A tesoro mio
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タタタタタッ、トントントン。
雲雀の部屋のキッチンで、ルイが包丁を片手に鼻歌を口ずさむ。刻まれる軽快な音。
「こないだのスープが良い。後は任せるよ」そう言った雲雀の希望に応える為コンロでは鍋がとろとろ煮立っている。野菜を溶かし込んだトマトベースのミネストローネ。二ヶ月前に腐らせてしまったこのスープの事を覚えて貰えていたのがルイには嬉しかった。
ポテトサラダとタコを和え、リコッタチーズをカット。トマトのブルスケッタと共にプレートに盛り付け脇にはソースを添えて前菜はこれで出来上がり。ピー、オーブンが加熱完了の音を鳴らす。ミトンを嵌めて火傷しない様に取り出して…
キッチンを彼方此方に移動しながら調理して行くルイは非常にご機嫌な様子。どうやら彼女は相当暇だったと見える。街のクリスマス休暇に気付いた瞬間向こう三日のまともな食事を諦めていた雲雀にとって、これはかなりの幸運だった。
しかし。
今しがた彼女は家族は居ないと言った。亡くなっているのか縁切りでもしているのか言葉からは読み取れず。何れにせよ自分が踏み込める所では無いのだが、一瞬だけ見えた表情の強張りが気になった。
“家族の所に帰れば良いのに”
何の気無しの言葉だったが今になって、あんな事言わなければ良かったと若干の後悔が苛んで来て仕方がない。
ソファに掛けたまま楽しそうな背をぼんやり眺めているとふと振り返る顔。目が合うとニコッと微笑んで。
「もう出来ますよ。食器並べて貰えます?」
柔らかなニットに動く度ひらひら裾の広がるフレアスカート。普段とはまるで別人のカジュアルな服装に、プライベートな場で自分だけに向けられる笑顔。どんな事情であれ彼女がクリスマスに一人で良かったと思ってしまった。
「へぇ、やっぱ文化の違いなんですねー」
テーブルを囲んで、ムール貝のオーブン焼きを摘みつつ打たれる相槌は不思議そう。話題は日本とイタリアに於けるクリスマスの認識の差だ。
「恋人と過ごす日、ロマンチックですねぇ。趣旨ずれてますけど」
「日本はカトリックの国じゃないからね。謎の行事は沢山あるよ」
「ふぅん。ね、聞いても?」
「何」
「雲雀さんは今遊び相手は沢山居ても恋人は居ないんですよね?」
クリスマス、一緒に過ごしたい人も居ないの?心底不思議そうに首を傾げられ答えに詰まる。えらく直球な質問だ。
「遊び相手じゃない。仕事だよ」
「そういう事にしておきます」
骸が余計な事を喋ったせいで碌でもないイメージを持たれてしまっているではないか。あの男は本当に何から何まで──そう、あの頭頂部の房まで漏れなく全てが腹立たしい。
「何でそんな事聞くのかな?」
ポルチーニのリゾットを啜った彼女の眉を顰まる。
「煮詰め過ぎた…不思議だったんです。あなたモテるらしいのにどうして一人なのかなって。ディーノも何とか言ってたくらいだし」
「跳ね馬が何?…普通に美味いけど」
「そう?ツナの誕生パーティーで会った時にぼやいてたの。あいつ無茶やってばかりだから、女の一人でも出来りゃ少しは丸くなるかも知れないのにって。あなたディーノの弟子だったんですね。意外」
「……」
余計な事を。湧き出す苛立ちは置いておいて、今は質問について考えてみる。少し前までだったら興味無いな、その一言で終わっていただろう。けれど今は…。今、目の前に居る綺麗な女に惹かれている。そう言えば彼女はどんな反応を示すだろう。
しかし、だ。
あの爆破テロの日、ちらりと覗かせた禍々しい殺気に医師としての精悍な顔。心が奪われるのを確かに感じた。正直な所そのせいで苛立ちを感じてもいるのだ。
ルイが男と居れば微妙な不快感を覚えるし、たかだか数日姿が見えなければ誰と居るのか何をして居るのか気になって仕方無い。
心がままならない状態というのは忌々しいものだ。下らない嫉妬や焦燥に駆られるなんてプライドが許さないのに、この煩わしい事この上ない感情は頑として消えてくれず、雲雀自身持て余してどうしようもない。
そんな状況でこの問い。ルイとどうなりたいのかどうにもなりたくないのか、心の定まらぬ今は答えようが無く、逆に質問で返す事にした。
「君はどうなの」
「はい?」
赤い瞳を真っ直ぐに見据える。モテると言うなら彼女だってそうだろう。あちこちからのアプローチは日常茶飯事なのだから。恋人は居ないようだが心を寄せる男はどうだろうか。僅かな緊張を抱え待ったものの答えは存外あっさりとしたものだった。
「居ませんねぇ」
途端にスッと軽くなった胸がえらく腹立たしい。
「彼氏、欲しくないの?」
「要らない」
随分はっきり言い切る。ブルスケッタを摘みながら「何故」と更に問えば「自由で居たいの」と。束縛されたくないという意味だろうか。ならばそれは雲雀にも当て嵌まる。こんなにも思考を縛り付け雁字搦めにする厄介な感情、自分には必要無い。
「僕もだよ」
「はい?」
「僕も、自由で居たい」