A tesoro mio
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「ボス、Buon natale!」
12月23日。イタリアでは今日が本格的なクリスマスの始まりだ。陽気なファミリー達が次々ご機嫌に綱吉に声を掛ける。同じく祝いの言葉を返しながら綱吉はこれからの予定にウキウキ胸を躍らせていた。
今日は今から獄寺、山本、了平、そしてリボーンとビアンキと共にボンゴレの所有するプライベートジェットで日本へ発つ。勿論クリスマスを大切な人達と祝う為だ。
二ヶ月程前、随分と恐ろしい思いをさせてしまった京子達はどうしているだろうか。あの時は気丈にも大丈夫と笑ってくれたけれど。そして久しく会っていない両親。彼らはきっと変わらず仲睦まじくしているのだろう。
綱吉の父である家光は、綱吉達が渡伊するのと入れ替わり自宅に戻って暮らしている。賑やかだった家で突然一人になってしまう妻の奈々を想っての事だったが、ボンゴレ門外顧問としての活動は今でも変わり無く続けている。
クリスマスと言えば恋人達の日という考えが日本ではスタンダード。しかしカトリックの国イタリアではそうでは無く、基本的には家族で集まりその絆を深め合うようにして過ごす。街も本日23日の夕方から26日のサントステファノの日までは休みになり人もまばらに静まり返る。謂わば日本の年末年始における行事ようなものだ。
「じゃ申し訳無いけど、頼むな。」
正午過ぎ。口元までしっかりとマフラーを巻き付けた綱吉が骸の私室まで挨拶に来ていた。
ファミリー全体が故郷へ帰省するクリスマスは本部の護りが手薄になる為、誰かが警備に当たるのが例年の決まりのようになっているのだ。となるとその役目は自然クリスマスなど最初から祝う気の無い骸と雲雀に回る事になる。
とは言っても綱吉はそう警戒してもいない。敵対マフィアといえど誰かしら大事な人は居るものだし、この時期だけは暴挙に出てはならぬというマフィア間での暗黙の掟があるから。
心配事は只一つ。
「分かってるだろうけどヒバリさんと喧嘩しちゃダメだからな!」
「それ毎年聞きますけどね。このだだっ広い屋敷でばらばらに過ごしているのに喧嘩も何も起こりようが無いでしょうが」
あからさまな迷惑顔でシッシッと振られる線の細い手。
「さっさと出て行って下さい。僕は今忙しい」
「そーだびょん。テメーらはさっさと日本に帰って二度と戻って来んなれすよ!」
「犬、ここはボンゴレの屋敷…」
「なぁに固いコト言ってんのよ柿ピー。今は私達の屋敷も同然でしょー」
クリスマス──キリストの生誕を祝う気はさらさら無い癖にイベント事は好む骸。いつの間にやら黒曜組を呼び寄せ本人はせっせとプレゼーピオを飾り付けたりなどしている。そんな彼らと共に過ごすクロームが僅かに申し訳なさそうな表情を向けてくるのもこれまた例年の決まり事のようなものだ。
綱吉は決して立ち入れぬ固い絆で結ばれた彼らにとって、これはこれでクリスマスの正しい過ごし方なのだろうから何も言わない。
「は、ハハッ…。じゃ、じゃあ俺行くね。クローム、ごめん。頼むね」
背後で好き勝手喚く彼らはもう無視だ。クロームに苦笑いで言うと彼女は微笑んで行ってらっしゃい、ボスと返してくれた。
「あー!ボンゴレちょっと待って!」
踵を返そうとした瞬間M・Mの甲高い声に呼び止められる。
「あんた日本行くんだったらあの女も連れてってよ!あの女狐!」
「…は?女狐?誰?」
見当が付かぬ綱吉に骸がうんざりと教えてくれた。
「ルイですよ。彼女もクリスマスには興味が無くてね、此処に滞在するようです」
ちらりと横目でM・Mを見遣り相性が悪いんですよ、と。
「面倒事は起こさせませんから気にせずに」
「ちょっと骸ちゃ…あ、もう!離せ柿ピー!」
「めんどい…ボンゴレ、早く行って…」
千種に羽交締めにされているM・Mはルイが相当嫌いなようで連れて行きなさいよ!と吠えている。何があったのか知らないが骸が気にするなと言う以上構わないのだろう。自分も早く行かないと皆を待たせている。
「…じゃ、俺ほんとに行くね。よろしく!」
M・Mの怒声を振り切るようにそそくさと部屋を退避した。
しんと静まり返った本部。いつも賑わしいこの屋敷がこんなにも静かになるのはこの時期だけだ。
ルイはたった一人大浴場でゆったり湯に浸かっていた。バスタブの無い自室では、寒いこの時期もシャワーを浴びるだけ。初めて入ったボンゴレの大浴場はとても広くて綺麗で心が和む。
いつかビアンキから一緒に入らないかと誘われた事を思い出す。あの時はやんわり断ったけれど。
「……」
ゆらゆら。透明な湯に透ける白い肌。遺伝子異常による色素欠乏症。誰もから好奇の目を浴びる呪わしい己の肉体。ちゃぷん。ぱしゃ。両の手で湯を掬っては溢して何の意味も無いそれを繰り返す。
何故こんな風に生まれてしまったのだろう。これすらなければ。これすらなければ──
沈殿していた記憶の渦に呑み込まれかけバシャッと湯を叩き付けた。掌に感じる痛みに我に返り何度か首を振ると、さっさと身体を洗ってしまおうと勢い良く立ち上がった。
湯上りにはヴェルデ博士特製のUVクリームをしっかり全身に塗り込む。色素欠乏のルイがそれでも自由に外出出来るのは、このヴェルデ特製のクリームのおかげだ。とはいえやはり余りに紫外線の強い環境は避けなけらばならないが。
普段は何も思わないけれど、この時期が来るとルイの心は決まって重くなる。皆が家族と過ごすクリスマス。自分は一人のクリスマス。誘ってくれる人も居るのだが、適当な理由を付けては断ってしまう。それぞれが既に作り上げている温かな輪の中に入って行くのは勇気が要るのだ。疎外感を覚えるに決まっているから。
こんな身体に生まれさえしなければ私だってきっと…。きゅっとクリームのチューブを握り締め唇を噛んだ。
「君、居たの」
夕方、厨房の食料庫から夕食の素材を持ち出し私室へ戻ろうとした所で雲雀とすれ違った。ルームウェアの黒のスウェット上下。いつも身綺麗な彼がこんなに適当な格好で室外に居るのは初めて見る。人が居ないからだろう。
「クリスマスまで仕事かい?」
呆れ顔の雲雀に「仕事入ってたらまだ良かったんですけどねぇ」と返した声音は自分でも驚く程に沈んでいて。そう、仕事さえしていれば余計な事は考えずに済んだのにこんな時に限って何も有りはしない。
「暇なんだ」
「そう」
「家族の所に帰れば良いのに」
何気無い言葉にもこんなに心が淀む。クリスマスなんて大嫌いだ。
「家族、居ないの」
出来るだけ何でも無い事のように告げると雲雀は一瞬怪訝な顔をしたがすぐにふぅんとだけ返して来た。どう捉えたのかは知らないが、追及して来る様子は無さそうだった。
この休暇中、雲雀と骸とクロームは警備員なのだと先日骸が言っていた。
“何か起こるとは思えませんがね”
その言葉の通りだと思う。このだだっ広く閑静な屋敷で雲雀もまた暇を持て余しているのだろう。
「それ、何作るの?」
手に抱えたままの素材を目線で示され少し悩む。食料庫の余りの寒さに何も考えず適当に持って来たからメニューなんて決めていないのだ。
「何にしましょうか。何食べたいです?」
今晩のメニューの閃きに繋がれば良い、その程度の感覚の問い掛け。
「ああ、作ってくれるの。助かるよ」
成程、今の聞き方ではそう捉えられるだろう。「この国はこの時期店が閉まるって毎年忘れるんだよね」ぼやく雲雀はもしかして今から嫌々自炊する所だったのかも知れない。この通路の先には無人の厨房と食料庫が有るのみなのできっとそうなのだろう。
これは良い勘違い。
ルイは淀んでいた心が僅かに晴れるのを感じにこりと笑った。
今日の夕食は独りでは無い。