A tesoro mio
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デパート爆発事件から三日、それは人為的なものだったと解明された。薬品会社に勤める一般人の男が自分を認めぬ社会への怨恨から起こした犯行。個人による無差別爆破テロだった。犯人は既に警察に拘束されている。
第一医務室では医療チームが集結し報告会議を行っていた。この本部で受け入れをした患者ら全員の近隣病院への移送が終了した為、目の下に隈を作っていた彼らもようやく休みを取れる。
「受け入れ数224名、現時点での死亡者数8名、か。…遣る瀬ねーな」
「立派なもんじゃねーか。気持ちは分かるが胸張れよ」
苦しそうに呟く医者に寝具類を運んでいたリボーンが歩み寄りポンと肩を叩く。大規模な事件故裏社会が絡んでいる可能性が捨てきれず、あれやこれやの捜査役を務めていたリボーンの顔も若干の疲労が見て取れる。結果は本当にただの一般人の起こした事件。それがリボーンの結論だった。
「じゃ、とにかく俺らも休ませて貰いますか。…生きてっか?ルイ先生よ」
立ったまま船を漕いでいるルイにスタッフの一人が声を掛けると彼女はビクッと肩を震わせ顔を上げた。赤く充血した目に血の気の無い顔。
「おいおい吸血鬼かよ!」
その声にどっと笑うスタッフらは皆疲れ果ててはいるが雰囲気は良い。チームというのは通常疲労が蓄積されると空気が悪くなって来るもので喧嘩などザラにある。だがここでは全員が互助の精神を忘れず最後までやり切った。チーム・ボンゴレは素晴らしい医療班だとルイは今心底そう感じている。普段はバラバラな仕事をしている癖にいざとなると何と結束の固い事だろう。
「じゃDr.ルイ、我らがジャンヌ・ダルク。シャマルに代わってあんたがトップだ。しっかり締めてくれよ」
促されルイは背筋を伸ばし凛と声を張った。
「チーム・ボンゴレに感謝!お疲れ様でした。しっかり休んでね」
沸き起こった拍手の後ばらばらと出て行くスタッフの中にアンジェリカを見つけ、ルイは彼女の腰に軽く手を回した。
「ねぇ、ありがとう。あなたが居てくれて良かった」
亡くなった8名中6名は彼女がトリアージにより救命不可と判断した者達。中には小さな子供も含まれていた。そして彼女をトリアージ役に選任したのはルイ。普段の仕事ぶりからの判断といえど、辛い立場だったろう。
命の重み。患者と向き合う時、ルイはいつもそれを感じる。どれ程簡単な手術だろうが器具を持つ手が震え、それを気迫で押し込める。重い重い、この世で一番尊い唯一無二のもの。その選別をアンジェリカ一人の手に託した。彼女は一生自分が切り捨てた命を背負って生きて行かなければならないのだ。
しかしアンジェリカは小さく首を振る。
「仕事だからね。あんたには技術があってあたしには無い。あんたがトリアージに回っちゃ救える命も救えない。真っ当な采配、それだけの話だろ?」
あんたの方が傷付いた顔してるじゃないか、柔らかく微笑むアンジェリカにルイは零す。
「どうかな。ね、私涙出ないの。いつだってそう。あなたは?」
「ううん…落ち着いた頃にゃ分かんないね」
「救いたかった。全員」
「そりゃ傲慢ってもんだ!あんたつくづくDr.シャマルの弟子だね。あの人もなんだかんだで熱い男だった」
そっとルイの白い手を取るアンジェリカ。大事そうに大事そうにその手を撫でて。
「ふざけた顔して一人になったら壁ぶん殴ってね。あんたそこは真似ちゃ駄目だよ」
あんたのこの手は、人を救える魔法の手なんだから。あのオッサンみたいにごっつくないんだ、大事にしなよ。その言葉にルイは小さく微笑む。
「ありがとう」
「しかしこりゃ、半端ねーな」
目前の光景にリボーンはうんざり顔。突如野戦病院化した本部内は今やしっちゃかめっちゃか、余力のある者で片付け中なのだ。
あらゆる場所に敷き詰められている寝具を運び、脇に蹴り飛ばされたあれこれを然るべき配置に戻す。単純な軽作業とはいえ疲れた身体には結構堪える。本来は医療スタッフの仕事ではあるが、誰より疲労困憊の彼らはもう休ませてあげたい。
リボーンが辺りを見渡すと沢山の構成員に混じって了平、山本、雲雀の姿がある。睡眠不足で幻覚が見えたのか。
雲雀の姿がある。
ゴミ袋を引き摺り散乱したペットボトルを回収して回っている。
「……」
我が目を疑いゴシゴシ目を擦っても彼の姿は依然としてそこに在る。
「どうした?疲れてんなら休んでていーぜ。後はオレらでやっからさ!」
山本がポンと肩を叩いて来た。相変わらずの快活さではあるが若干髭が伸びている。この期間彼が何をしていたのか把握出来ていないが、やはり息も吐けぬ程忙しくしていたに違いない。
「そのチョビヒゲなかなかじゃねーか。あいつ何で居るんだ?」
顎をしゃくり雲雀を指し示すと山本はハハッと笑った。
「第一医務室は昼寝に丁度良いからこのままじゃ困るんだとさ。…けどな」
少し声のトーンを落とし、纏めたカルテを棚の上の方に収納しようと背伸びしているルイの後ろ姿に目をやって。
「ヒバリこの三日間殆どルイとオペに掛かりっきりだったんだろ?幾ら緊急事態だったってあいつがそこまでするかって話なんだよな…それこそお前と一緒に捜査してる方があいつ向きの筈なのにさ」
「…何だおめーまさか」
もうちょっとと足の爪先を突っ張り頑張るルイの手からひょいとカルテを奪った雲雀が高い棚に差し込んでやっている。笑うルイと呆れ顔の雲雀。踏み台使いなよ。面倒だったの。そんな会話をしているに違いない。
「まーなんつーか、気に入ってんのかもな?ここルイの部屋みてーなもんだし」
「……」
「リボーン、過保護はいけねーぜ?」
ニヤリ。あの純粋な野球少年が何時の間にこんな顔を覚えたのだろう悪い笑みをリボーンに向ける山本。馬鹿言え、返しながらリボーンは何とも複雑な思いが湧いて来るのを感じていた。
何とか第一医務室の片付けを終えた者達が次の場所へ流れて行く。ようやく落ち着いて休めるようになったルイは、壁に凭れ掛かり小さく息を吐いた。幾度と無く経験して来た災害医療。いつになっても気の重いものだ。どうやったって救えない命がある。それは災害時で無くともそうだけれど。
オペ室に入る前にちらと目に入った全身大火傷で赤剥けになった子供。あの子はもう無理。一瞬の迷いも無く判断した。
“ 先生お願いしますお願いします、あの子を助けて!”
半狂乱で縋って来た母親に小さく目礼して目の前を通り過ぎた。アンジェリカも同じ判断の元、子供は処置を受けられる事無く短い生を終えた。
ガンッ!拳を叩き付けられた壁が激しい音を立てる。ぎりっと歯を食いしばりもう一度。噴き上がる激情に任せて振り上げられた拳はひんやりした何かに包まれ弾かれたように後ろを振り向くと。
「激しいね」
そこには無表情の雲雀。いつから居たのだろう、全く気付かなかった。片手に受け止めたルイの血管の浮き出た拳を今度は両手で包み込んで。
「これは人を救える魔法の手なんだろ?」
「……」
俯くルイ。長い睫毛が陰影を作った憂い顔。雲雀の手の中、力を無くして行く拳。オペ室でのその人が嘘のように今のルイは弱々しく見えた。が、不意に上げたその顔は毅然としており赤い瞳には静かな怒りを孕んだ炎が燃えている。
「分かってます。私も含めみんなが最善を尽くした。相対的に見れば結果も上々」
挑戦的な声音。包まれていた手を引き、二、三歩後退るとくるりと雲雀に背を向ける。
「けど、分かるでしょう?今の気分は」
「荒れたい」
「そう」
八つ当たりされたくなければ出てって貰えます?素っ気ないルイは何と可愛げの無い。アンジェリカにはあれ程しおらしい態度で居たというのに自分にはこれか。だがどちらかと言うとこの気性の荒さこそが彼女の真髄ではある気がした。どちらの彼女も本物ではあるのだろうけど。
「僕は慰めに来たんじゃないよ」
「でしょうね。何か用?」
「お腹空いた。あのスープまだ残ってるよね」
人生初の二日酔いを味わった数日前、昼食に出して貰ったのがルイが作り置きしていたミネストローネだったのだ。じっくり煮込まれたそれはとても美味だったのに、突如舞い込んだテロのせいで結局殆ど食べられなかった。
目を丸くしたルイがプッと吹き出す。
「もう無理、腐ってますよ。火通してないんですから」
「そう。残念」
瞬時に声音からやる気が消失した男にけらけら笑うルイ
「寝ようと思ってたのにあなたが余計な事言うから私もお腹空いて来ました」
ご飯付き合ってくれますよね?有無を言わせぬ問い掛けに、女心と秋の空、そんな格言が頭を過る。さっさと出て行く彼女の背に、雲雀は小さく口元を笑わせた。