A tesoro mio
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それは、地獄の様な光景だった。
パレルモ中心部のデパートを爆音と共に襲った突然の爆発。濛々と立ち込める黒煙、方々に上がる火柱、絶叫し逃げ惑う人々。
「な、な…、何なんですか…!?」
丁度現場から20m程の位置に居合わせたハルが青ざめた顔で背後を振り返る。窓という窓は割れ、黒煙が噴き上げている。バカッ走れ!怒声を上げ隣の獄寺がハルの腕を掴み走り出した。間も無くあの建物は倒壊するだろう。彼らはそれぞれか弱き女達を庇うようにしてその場を離れた。
「こんなトコで爆発!?それも半端ねー規模…!」
充分に安全な位置まで来た所で息を切らせながら獄寺が崩れ落ちて行くデパートを振り返る。突如そちら目掛けて駆け出す綱吉。
「10代目!俺が…」
振り向く綱吉と目が合う。言葉無くとも獄寺には伝わった。
「…、分かったっス。お気を付けて!」
一つ頷くと綱吉はあっという間に駆け去って行ってしまった。ぐらり、獄寺の頭が揺れる。
「…ウプッ!」
「獄寺さん!」
二日酔いの身体に突然の全力疾走は堪える。だがそんな事を言っている場合では無い。今自分がすべきは…。ハルに背を撫でられながら頭が瞬く間に働き出す。
まずは報告だ。
本部へ帰りがてらルイに連絡を入れ、これから出るに違い無い膨大な数の負傷者受け入れ要請をする。デパートの規模を考えると近隣の病院だけでは手が回らないだろうし幸いな事に本部は比較的近くにある。
本部に着いたら次は医療チームの指示に従って自分の身の振り方を決める。救助に向かうのか治療のヘルプに回るのか。獄寺には多少とはいえ医療知識もある。綱吉は何も感情的に一人で飛び出した訳では無く、必要とあらば負傷者の治療に当たれる者は一人でも多い方が良いと判断したのだ。
綱吉の意図を正確に汲み取った獄寺は京子が震える手で差し出してくれたハンカチで乱雑に口元を拭うと、愛用のスマートフォンを取り出した。
「ワオ。まるで野戦病院だね」
「無駄口叩いてる場合かよ!てめぇも何か手伝え!」
「邪魔にならないよう傍観しておくのが最大の手伝いだ。僕に医療知識は無い」
血塗れで蹲る者、泣き叫ぶ者、全身赤剥けでピクリとも動かない者。次々に運び込まれる人、人、人。看護助手に当たる事になった獄寺は、負傷者の横たわる廊下で壁に凭れ掛かっている雲雀を睨み付けチッと舌打ちをした。だったら10代目を手助けしろ、とは言わない。既に現場には本職の救助隊が到着しているだろう。素人が混ざった所で邪魔にしかならない。綱吉が向かったのはあくまでスペシャリストが着くまでの足掛かりでしか無いのだ。
『第三オペ室!手が足らない、オペ看一人回してくれ!』
『第二医務室です!誰でも構いません、応援お願いします!』
廊下ではトリアージナースのアンジェリカが、患者の腕に治療の優先順位を示す色別のバッジを取り付けがてら、耳に付けたインカムで各医療室からの対応に追われている。周囲にも状況を伝える目的で拡声機能をオンにしている為、彼女に届く鬼の如き応援要請は獄寺にもはっきり分かる。アンジェリカと目が合うと、獄寺は一つ頷いて指示された場への応援へ駆け出して行った。
「ヒバリさん、あんたボサッとしてないでちょっと手伝いな!」
飛んで来たアンジェリカの野太い声に眉を顰める雲雀。
この恰幅の良いとベテランナースは守護者ら幹部連にも物怖じしない。彼女から見ると10代目守護者らなど息子娘のようなものなのだろう。それは雲雀や骸とて例外では無く、ガミガミと説教をされたり時には思い切り尻をはたかれる事もあるので、雲雀も骸も彼女を苦手としていた。
「聞こえてたか知らないけど僕は今役立たずだよ」
「そうだろうとも!下っ端ですら自分の出来る事見つけて走り回ってるってのにあんたと来たら!いつからそんなグズの無能に成り下がったんだい!!」
「は?無能「ツベコベ言って無いでさっさと第二医務室手伝っといで!凶器振り回すあんたの凶悪な腕でも混乱してる患者さんに温かいお茶出してやるくらい出来るだろうよ!」
こんな状況でお茶汲みだって?反論する間も無く尻を蹴り出される。とんでもない中年女だ。廊下の端の方に座り込んでいる骸がブフッと吹き出すのが視界に入り殺気が膨れ上がるも抑え込む。流石に今の骸に手は出せない。
骸は集中していた。途方も無い数の負傷者、中でも生命の危機に瀕している数多の重傷者に纏めて幻覚を掛けているのだ。負傷している部分を補い適切な処置を受けられるまで生命を繋ぐ。今骸はこの野戦病院と化した本部で間違いなく最も重要な人物の一人だった。表情こそ涼しいものの幾筋の汗が秀麗な顔から滴り落ち彼の負荷を伝えて来る。
ここに居てもあの中年ナースが喧しいだけだ。仕方無い。うんざりと雲雀が第二医務室に向かおうとしたその時。
「あ、あの…」
血の気の引いた白い顔、青ざめた唇。一目で分かる程具合の悪そうな京子が手術用エプロンを着けたまま壁伝いにふらふら歩み寄って来た。ヒバリさん、言いながら倒れ込んで来た小さな身体を支える。
どうしたの、とは敢えて聞かない。へたりとしゃがみ込む京子の様子から大体は把握出来たのだ。心配したアンジェリカが駆け着ける。
「ヒバリさん、すいません…誰でも構わないって聞いたから私第一オペ室の手伝いに行って、オペ中、か、患部は見ないよう、言われてたんですけど、っ…」
「分かったから落ち着きな」
不意に患部が見えてしまい気分が悪くなってしまったのだろう。無理もない。一般人の京子にはそれが正常で、寧ろ相当の勇気を振り絞った結果なのだ。口元を押さえガタガタ震える京子の背をさすってやるアンジェリカが痛々しそうに口を開く。
「悪いねぇこんな事に巻き込んじまって…それじゃ今第一オペ室は…」
「はい…ルイ先生が一人で、すいません、すいませんっ…」
ふと雲雀はアンジェリカと目が合ってしまった。言いたい事は伝わる。ルイが誰でも良いと言った以上雲雀で構わないのだろう。このまま知らん顔していれば芯の強い京子は無理にでもオペ室に戻りかねないし、今度こそ失神したりしてしまえば重大な手術の妨げとなってしまう。
「出番だよヒバリさん。Dr.ルイならあんた相手でもコミュニケーションとれるだろうさ」
アンジェリカから幾つか説明を受けた後オペ室へ入室すれば、バイタルモニタの電子音が響く中、ルイはたった一人で患者と向き合っていた。こちらに気付いている筈なのに振り向きもしない。
初めて見た手術衣のルイ。手術帽、医療用マスク、足首まで覆う青いガウン。銀の器具を操る手は血に染まっている。
カチャリ、プチュリ。器具と患部が触れ合う独特の音、緊迫した空気感。京子は良く耐えたものだ。
「8」
不意にルイの薄い声が響く。視線は患部に向けられたまま、片手だけが雲雀の方に寄越される。此処で雲雀が求められているのは主に器械出しとバイタルモニタの監視。そしてルイの汗拭き。
器械出しなど本来器具の名称も何も知らぬ素人には不可能なのだが、彼女は御丁寧にも私物の医療器具の全てに小さく番号を彫り込んでいる。闇医者として世界各地を飛び回って来た彼女らしい周到さだと言えるだろう。
器具がズラリ並ぶ銀のトレーから8が刻まれたものを探し渡す。アンジェリカから得た最低限の知識としてルイの手を傷付けぬ様に渡す事、それだけに注意を払って。
「6」
「15」
矢継ぎ早に飛ばされる指示に対応しながらもその手が織り成す神業に思わず魅入ってしまう。あちらを抑えてこちらを切って、実に細やかにしかし素早く、魔法のように滑らかにオペは進んで行く。知識の無い雲雀にでもはっきりと分かる。Dr.ルイは天才なのだと。
「汗。手間違えないで」低く言われ器具を出す右手とは逆の左手で額を拭ってやる。相当の集中を以って執刀を続ける厳しい横顔。凛然という形容の相応しいルイの姿に、胸が騒つく。
ピッピッピッ…規則的に響くモニタをちらりと横目に意識の無い患者に語りかける。小さいながら力強く。「助けるよ。もう少しだけ頑張ろうね」
魅力的な女だとは思っていた。麗しい容姿もクレバーな性格もヒステリックな笑みですらも。そして今たった一人で尚見ず知らずの他人の生命を繋がんと華奢な身体から鬼の如き気迫を漲らせている。
見せつけられる言葉無き医師の矜持。
美しい。精悍な顔付きで一つの命を懸命に追う汗みずくの姿に、心からそう思う。
雲雀恭弥が、一人の女に心臓を撃ち抜かれた瞬間だった。