A tesoro mio
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「おはようございます。もう昼前ですけどね」
窓を叩く雨音と耳障りの良い女の声が覚醒を促す。重い瞼を擦り擦り大きく欠伸を零すと雲雀はゆっくり上体を起こした。僅かな頭痛にこれが二日酔いという奴かとぼんやり思う。
「気分は?」
酔っ払い達の残したぐちゃぐちゃのベッド達を整えているルイに肩を竦めてみせる。
「だるい」
「それだけ?代謝良いんですね。起きた瞬間吐くんじゃないかと思ってました」
枕元に置かれているガーグルがその言葉を嫌に生々しく感じさせた。
「吐かないからこれ持ってって。逆に気持ち悪くなる」
クスクス笑ってガーグルを受け取るルイの目は心持ち腫れぼったい。恐らく彼女はずっと起きていたのだろう。喉がカラカラに乾いている。ひどい寝汗をかいていたようで身体もベタベタだ。
「シャワー借りるよ。あと水」
立ち上がり勝手に私室のドアに手を掛けるが特にお咎めは無い。
「部屋の冷蔵庫に飲み物入れてますからご自由に。お勧めはゲータレード」
「何故」
「二日酔いに良いの」
覚えておくよと再度欠伸を零し入室した。
退院後も彼女の部屋に置きっぱなしになっていたルームウェアに着替え、ゲータレード片手に医務室に戻ると、丁度ルイが雲雀が使用していたベッドを片付け終えたところだった。
「それはもう出て行けって意思表示かな」
「お酒の匂い消したかったんですよ。シーツ変えたからまだだるければどうぞ」
「酒は嫌い?」
整えたてのベッドに再度腰を下ろせば、嫌いじゃないけど弱いんです、と返って来る。
「さっきまで酔っ払い達のゲロ処理に追われてましたからねぇ…もう当分アルコール臭は結構」
いつも笑顔ばかりの女が鼻に皺を寄せる様はやけに新鮮でやたら目を引く。が、もしや。はたと気付く。
「僕も?」
「有難い事にあなただけは静かに寝てました。噛み付かれましたけど」
「は?」
ルイが白衣の襟元を摘み白い首筋を露出させると、薄ら歯形が残っている。かなり激しく噛まれたと見える。
「僕が噛んだって?」
「そう。様子見に行ったら急に頭押さえられてガブッと…なんか夢見てたんですかね。捕食とか」
捕食だと?呆然と昨晩の記憶を手繰り寄せると、すぐに思い当たる事があった。…成程。
沈殿していた意識の中、微かにある匂いを感じて思わずその元を引き寄せたのだ。酷く落ち着くような昂るようなその香を本能の求めるままに思い切り吸い込むと、途轍も無い幸福感と興奮に襲われ、思わず噛み付いてしまった。その後は覚えていない。まさか彼女の首筋だったとは。
「……」
確かに自らの意志に基づいた行動ではあったが、夢という事で片付けてしまった方が良さそうだ。僅かに歯に残る柔らかな感触に、無意識に舌が歯列をなぞった。
雨は降り続ける。ザーザー地面を打つ音に混じり時折雷が曇天に轟き辺りを照らす。
「ひどい天気…みんな大丈夫かな」
窓を覗くルイがぽそり呟く。何でも綱吉と獄寺は、観光を楽しみにしていた京子達に付き添い外出しているのだという。山本も山本でこの久し振りの休みに何処かに出掛けて行ったらしい。
「こんな日に観光?バカじゃないの」
「彼女達すごく楽しみにしてたんですよ。ツナなんて好きな子がっかりさせたくない気持ちだけで酷い二日酔い押してちゃんと起きてあげて。男前じゃないですか」
「下らない」
にべも無い雲雀にルイは大きな目を悪戯っぽく笑わせた。
「雲雀さんはゆっくり寝られて良かったですね」
言外に休日に予定の無いことを揶揄されているのだと理解する。この女の口は時折不躾だ。恋人の有無など雲雀にとってどうでも良い事ではあるが、ルイとの会話は嫌いでは無い。乗ってやるのも一興、わざとらしく口角を上げてみせる。
「土砂降りの日に寝てるからって遊ぶ女が居ないとは限らないかもね」
「そうでしょうとも。えーっと、」
花瓶の水を入れ替えつつルイの口が紡ぎ始めたのは、モニカ・アナスタシア、シシーナ・カルディナーレ、ヴァネッサ・ローレンに…
まるで歌うように流れ出す女の名にギョッと目を見張る雲雀。
「それに、etc.etc…モテますね雲雀さん。無愛想なのにねぇ」
何れも名だたる情報屋や大物女優。黙り込んだ雲雀にルイはくつくつ笑い「骸って何でも知ってるんですよ」と。雲雀の眉間に深い皺が刻まれる。
「ビジネス相手。割り切った大人の関係、ですか。にしてもそうそうたる顔触れで」
「六道も人の事言えた義理じゃない。君は知らないかも知れないけど」
「少なくともこんな雨の日に二日酔いを押してまで一緒に出掛けたい人はあなたにも骸にも居ないみたいですね」
私モニカの大ファンなの。今度会ったらサイン貰って来てくれません?などと呑気に言うルイにフンと鼻を鳴らす。
「君は今暇そうだね」
「ええとても」
「こんな雨の日に連れ出してくれる男は居ないのかな」
「誘われても御断り。正常な判断だと思いません?」
稲光から一拍遅れて激しい雷鳴が轟く。
「恋愛感情に踊らされた人間の末路が大雨に飛び出した沢田なら、やっぱり君にはそれ程の誰かは居ないってわけだ」
無理矢理な理屈にルイが吹き出すと雲雀もまたこの馬鹿げた会話に我知らず笑いが漏れた。けれど、ふと朧げながら昨夜の記憶が甦る。
「六道とは恋愛では無く依存関係にある…ね」
ほんの一瞬。ぴたりとルイの動きが止まったのを雲雀は見逃さない。半分は個人的な興味、もう半分は己の知らぬ所で非常にプライベートな情報を共有されていた事への復讐。さぁ、彼女はどう出る。
じっと見つめているとルイは長い睫毛を伏せ俯いた後ややあって顔を上げ、困った様に微笑んだ。
「起きてたとは思いませんでした」
「だろうね」
「つまり、それは…誰だって多少なりとも誰かに依存して生きてるでしょう?それは自然な事だし、何も特別ってわけでは」
「随分重い空気だったけどね」
「やめません?」
「やだって言ったら?」
ザーザー、雨は止まない。
スタスタ歩いて来るルイ。小さな顔が雲雀の目と鼻の先まで近付いた距離で、不意に口角の片側が吊り上がった。赤い瞳に宿った冷酷な輝きにぞくりと背が粟立つのを自覚する間も無くその目がすぅと細まる。
麗しい女の禍々しくヒステリックな笑み。
アシンメトリーを描く唇がゆっくり開かれ──
「咬み殺す」
ドクン。心臓が一つ、大きく脈絡打った。