A tesoro mio
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「では改めて…」
コホンと咳払い。そして。
「10代目の成人を祝して、乾杯!」
「「「乾杯!」」」
十月十四日。
本日は綱吉の二十歳を祝う誕生パーティーが開かれ外部の人間も集まりそれはそれは大いに盛り上がった。今は二次会と称した親しい仲間内での飲み会が始まった所だ。未だ子供であるランボを除いた守護者達とリボーン、ビアンキは勿論の事、この日の為に日本から来訪して来た笹川京子と三浦ハルも参加している。
「ツナさん、挨拶ご立派でしたよ!」
「うん、カッコ良かったよツナ君!」
「き、京子ちゃん、ハル…」
やめてくれよ~と二人の女性に囲まれた綱吉が頬を赤らめ狼狽える脇では既に出来上がっている山本が了平のグラスにワインを注ごうとしては溢れさせている。
「あ、やべ、溢しちまったのな~。すんませんセンパイ!」
「極限気にするな!今日は無礼講だ!」
「なーにやってんだ野球バカ。もう酔っちまってんのか?」
不機嫌な顔の多い獄寺も今は随分リラックスした様子。口調はいつも通りだが表情からは棘の一つも見受けられない。リボーンがご機嫌にビアンキに口付けを贈り、それを見たクロームがぽぉっと頬を染める。それぞれがめいめいに楽しい時を過ごしていた。
唯二人強制参加させられた骸と雲雀は、このめでたい席で諍いを起こさぬ様にボックス席の端と端に座らせられうんざりと酒を煽っていたけれど。
「おいヒバリ。腕はもう良いのか?」
左端に座っている雲雀の隣にどかっと腰を下ろし長い脚を組むリボーン。片手に持ったワイングラスが何とも様になる生粋の伊達男だ。
「治ったよ」
「どうだ。俺の弟子は中々だろ」
「医療教えたのは君じゃないだろ。…けどまぁ良いドクターだね」
ぐいっとシャツの袖を捲り二週間ほど前にはぐちゃぐちゃに化膿していた傷口を晒す。今はもう一本の線と縫い跡が薄っすら見えるだけだ。ある程度炎症が治まった時点で縫合したのだがそれがまた迅速丁寧、思わず嘆息した事を思い出す。
邂逅に伴いあの魅惑の香と麗らかな横顔が雲雀の頭に浮かんだ。今日パーティーで見掛けた彼女は淡色のシンプルなロングドレスに身を包み、会場の端の方でディーノと何やらくすくす笑い合っていた。何となく苛立ちを覚えたのは何故だっただろう。うんざりする群れの中に跳ね馬という恰好の獲物を見つけたにも関わらず、何となく割って入るのを憚られる空気だったからかも知れない。
「そういう意味じゃねぇけどな。まぁいい。ちっとは楽しそうな顔しやがれ」
祝いの席だぞと目の前でグラスを煽るリボーンの喉仏が隆起する。彼はザルなのだろうか。パーティーの間も始終飲み続けていたような気がするが。
「ねぇ君どんだけ飲んだら潰れるの?」
「オレはどんだけ飲んでも潰れねぇぞ。お前らガキとは違うんだ」
その言葉にワクワクと滾るものを感じてしまう。
「じゃー飲み比べしようよ。僕が勝ったら本気の勝負して」
雲雀はアルコールには強い体質だ。飲み比べなどという低俗なものには興味の欠片も無いけれど、リボーンとバトルに持ち込むにはまたと無い機会だと思った。彼にはいつも何だかんだ理由を付けては躱されてしまうので。
リボーンが楽しそうに笑う。
「おめーの頭ん中はほんとそんだけだな。どーなっても知んねーぞ」
一方、右端の方では。
「あの、骸様…」
「何です、クローム」
「そんなに怖い顔しないで下さい…ボスの誕生日なんだから」
遠慮がちな瞳、だがしっかりと見つめられやれやれと肩を竦める骸。
「怒ってはいませんよ。ですが別に僕は居なくても構わないのではないかと」
ぎゃあぎゃあ盛り上がっている綱吉達を横目にクロームの空になったグラスに赤ワインを注ぎ足してやる。極自然にそれを受けクロームはグラスにぽってりとした唇を付けた。
彼らの関係性は中学生時代から幾分変化した。初めは主従関係に近いものだったかも知れない。だが骸が自らの肉体を取り戻し一個人として生きる様になってからは互いが互いを違う個体だと認識する事で精神的に対等な立場になったのだ。そもそも骸としては彼女を支配し服従させようという意図を持っていなかった為、骸に依存しきっていたクロームに自我と自立心が芽生えた結果、これは当然と云えば当然の成り行きだったとも言える。
もうクロームは骸の操り人形では無い。意見が違えばそれを口に出すし真正面から話し合いだってする。
「そんな事…ボスは骸様の事、大事な仲間だと思ってます」
「何を」
クロームの口が紡いだ言葉で無ければ嘲笑の一つでもくれてやれただろうに、この瞳に見つめられると何故か弱い。否定も肯定もせず彼女から視線を外すと、視界に入るのは頬を染め京子と談笑している綱吉。
実に平和な光景。このような血腥い世界の頂点に君臨しながら表社会の旧友らと親交があると言うのは一見不思議ではあるが、骸は何となく理解していた。
綱吉は迷っているのだと。
少年期より続く笹川京子への恋情を実らせるか切り捨てるか…簡単では無いだろう。だって彼女はミルフィオーレが起こしたあの忌々しい一件のせいで既に殆ど全ての事情を知ってしまっているのだから。そしてここは骸の勘でしか無いのだが、二人は恐らく気付いている。自分達が想い合っている事を。人を慮る京子は健気にも急かす事無く綱吉の決断を待ち続け、綱吉は情けなくもその優しさに甘えこのぬるま湯に浸かり心の内側でもがいているのだ。
もしミルフィオーレの件が無ければ綱吉は京子を闇の世界から遠ざけるべく心に蓋をしてしまえただろうに、知られているが故に未来への希望を捨てられないのだ。心底惚れた女と歩む未来を。立場が重いだけに難儀な話だと思う。骸には更々関係も関心も無い事だけれど。
「骸様?」
「ああ、何でもありませんよ」
うっかりぼんやりしていた骸に心配げに声を掛けるクロームに笑顔を返しグラスを煽る。
──未来を共に歩む女性。
有り得ないけれど、もしも自分が人生の何処かの地点で伴侶を得たいと考えたならば、その時に選ぶのはきっとクロームなのだろう。決して恋愛のそれと呼べるものでは無いが、かつて感情の一部を共有した者故の特別な絆が有るから。
クロームと居るのは気が楽だ。恋慕が伴わなくともそこは問題では無い。骸が思うに共に生きる相手とは結局双方居心地が良いのが一番ではなかろうかと。
居心地の良さ。そこに思いを馳せた時、ふと脳裏を過るもう一人の女性の顔。類稀なる才を持つ色素の欠乏した女。
出逢った時の事を思い出す。スラム街の路地裏、赤と黒にまみれた景色の中鮮烈に目に焼き付いた雪の肌と流れる血液を透かす瞳。
クロームと共有したのが現世を儚むある種の虚無ならば、ルイとは何を分かち合っただろう。その感情は──…
「…何を考えているのやら」
我知らず嵌まり込んでいた思考の沼を振り払うように、グラスの中の赤く揺れる液体をぐいと嚥下した。