A tesoro mio
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所変わって執務室では。
「どうぞ、10代目」
「ありがとう獄寺君」
カチャリと極僅かな音を立てて綱吉の目の前に置かれるティーカップとソーサー。マイセンのブルーオニオン。一組の価値を知って以来綱吉がこの繊細な薄手の陶器をまさしく壊れ物を扱う様に恐々と触れている事を獄寺は知らない。
獄寺が自分用の物を片手に机を挟み向かいのソファに腰を下ろすと、綱吉はにこりと微笑んだ。
「久しぶりだな、獄寺君の煎れてくれた紅茶飲めるの」
湯気を立てるカップを口に運びほぅっと蕩ける様な表情を浮かべて。
「ほんとごめん、バタバタさせちゃって…」
「とんでもありません10代目。お互いメドも立った事ですし、少しの間はゆっくりしましょう」
どうにかこうにか抱えた仕事に終わりを見出した二人はこのとんでも無く忙しかった数ヶ月を邂逅し疲れた顔で笑い合った。
こうしてこの方に食後のお茶を差し出せるなど本当にいつぶりだろう、綱吉が幸せそうに紅茶を楽しむ姿を眺めながら獄寺は憔悴仕切っていた心が癒されて行くのを感じる。
10代目就任以降、綱吉は随分と心を隠すのが上手くなった。優しい優しい彼の事だから、きっと途方も無い心労を抱え込んでいるに違いない。せめてこうして心を込めて煎れた温かな茶で安らいで欲しいと願う。例え束の間の休息であったとしても、彼の笑顔こそが獄寺の一番の幸せなのだから。
「そうだ、10代目。こっちも落ち着いて来た事ですし残ってる書類回して貰って構いませんよ」
「あ、ううん。さっき骸があらかた持ってってくれたんだ。暇持て余してるけど疲れてて出掛ける気にならないんだって」
「そりゃ世の中平和になって良いっすね」
毒を吐いてはみるけれど獄寺だって分かっているのだ。骸の存在が今の10代目ファミリー、そして誰より沢田綱吉その人にとって、どれ程大きな力となっているのかを。骸は今尚残忍で冷酷で全くいけ好かぬ男である事に変わりはない。しかし彼の全てを感情的に否定出来る程の稚拙さはもう今の獄寺には残っていなかったのだ。
「じゃそっちは骸に任せるとして…そうだ、ルイの奴。また何か起こる前に飯くれー連れてってやろうかな。あいつも来て早々忙しかっただろーし…」
ルイとは時折廊下ですれ違う事がある。彼女とファミリーの皆の円満な関係を願う綱吉の思いを汲み補佐役の自分が潤滑剤になってやらねばと、何かと忙しい合間を縫いコミュニケーションを図った所、初めの印象通りに快活でしっかりとした好人物だった。シャマルについても幾らか話してみたが彼女は彼に深く敬愛の念を抱いている模様で、兄弟弟子の誼みもありすぐに打ち解ける様になった。
せんせーはほんとにどうしようもない人だよねぇ。けど私には世界で一番かっこいいヒーローなの!
それはそれは嬉しそうにはにかんだ彼女はシャマルの弟子である事に心から誇りを持っているようで、それは獄寺に胸が擽られるような嬉しさを与えた。自分もまた彼を敬慕する一人なのだから。
そんな事もあり何の気無しに提案してみたのだが、綱吉の表情は何故か微妙だ。
「あーうん、俺も是非そうしたいとこなんだけどさ、今ヒバリさんが入院してるし…」
入院?それは初耳、何処か悪いのだろうか。
「何かあったんすか?」
「腕怪我してて」
「あーそういやクロームが言ってたっすね。擦り傷って聞いてたんすけど…んな酷かったとは」
「厄介な感染起こしてたらしくてまだ傷口開かせっ放しなんだって。そろそろ縫うけど菌の排除にもうちょっとかかるって言ってた」
本人自体はもう熱も下がって元気らしいけど。ルイからの報告をそのまま伝えると獄寺はうへっと眉間に皺を寄せた。
「厄介な感染…やっぱ銃創って怖いっすね。まぁほっとくあいつの自業自得っちゃそうなんすけど…」
帰国のメドが立っている上での擦り傷程度ならと気持ちが分かってしまうだけに、語尾は自然小さくなる。綱吉もまた茶を濁す様に曖昧な笑みを浮かべた。此処に言及する事は互いに首を絞め合う事だと認識しているのだ。
「つーかじゃあ今は元気なヒバリと医務室に雪隠詰めか。…あいつ大丈夫か?」
この場合のあいつとは勿論ルイを指す。そう言えばと中学生時代の入院事件が綱吉の脳裏を過る。相部屋でタチの悪い暇潰しゲームに付き合わされミイラ男にされた時の思い出。あの時院長は何処までも低姿勢でぺこぺこしていたな…
言われてみれば確かにこれは気掛かり。心配げな獄寺にちょっと今から覗いてみようと提案すると、彼は神妙な面持ちでソファから腰を上げた。
が、心配は杞憂に終わる事になる。
「…意外っすね」
入り口近くの窓からこっそり室内の様子を伺う獄寺が目をぱちぱちと瞬かせる。彼の翠緑の瞳が映したのは、実に穏やかな雰囲気の中談話する二人の姿だったから。
デスクの前に座るルイがいかにも海外育ちといった風体で両手を広げたり首を傾げてみたり身振り手振りを交えながら何かを喋ればベッドに上体を凭れ掛けている雲雀が時折口元に笑みを浮かべながら応える。
特段遠慮も恐れも感じ取れない極自然な会話の風景だ。窓からの位置ではルイの顔は見えないけれどきっと楽しそうにしているのだろう。
「…心配いらなかったみたいだね」
戻ろうか。そっすね。
やけに気が抜けてしまい、すぐにその場を離れた。見舞いも何も雲雀は不要と突っ撥ねるだろうしと。
その雲雀が実は彼らに気付いていながら知らん顔していた事を二人は知らない。