キラキラ
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部屋の向こうからゴウンゴウンと鈍い音が響いている。話によると雲雀、ご丁寧にもルイの汚れた服を剥ぎ取り洗濯をしてくれているらしい。寝ながら粗相した際の窒息を防ぐ為に隣で見張り、また汚されては堪らぬと服も着なかったと。そうかそれで彼の上体は裸だったのか、納得。非常に申し訳無い事をしたと思いはするが──
「続けざまに三度。三度だよ。どう思う?」
「僕は愚鈍ではないから三度目は回避したさ。代わりにソファと床が広範囲で犠牲になったけど」
「ああもちろん今は後悔してるよ。もういっそ全部被ってしまえば良かった」
「これだけしてやったのに送り狼扱いだって。ゲロまみれの女とセックス?そんな異常性癖持ってないよ」
ぶちぶち、ぶちぶちと。
一言一言突き付けられる言葉が刃となって胸を抉る。
こんなにねちっこかったのか雲雀恭弥。そんなに責めなくても良いではないか、たった一度の過ちなのに──
それは逆切れだと分かっているので口には出せずただただ謝罪を続けるのみ。げにこの世は世知辛い。
「あ、あの、先輩。御迷惑掛けましたし、私もう帰─」
「は?」
「いえ何も」
もう一刻も早くこの場から退散してしまいたいのにギロリと鋭い目の前では蛇に睨まれた蛙にしかなれなくて。気まずさに恐る恐る視線を逸らし、殺風景な部屋を無意味に見渡しながら──はたと思う。雲雀の住居だと言うこの家、一体この広いイタリアのどこに位置しているのだろう。送って貰わなければ帰れない程遠くなければ良いのだが。
枕元に置かれたLEDが光る黒いデジタルクロックが示す時刻は04:25。交通機関はまだ動かない。
「あのー、ここどこですか?ちゃんとパレルモ?」
「そうだよ、僕の仮住まいの一つ。帰りの心配は良いから動けるなら風呂入って。酒臭い」
仮住まい。通りで物が少ないわけだ。
ピーーー。
丁度良く届いた乾燥終了の音に、小言から逃げるようにそそくさベッドを抜け出した。
自分の家とは比較にならぬ広く清潔なバスルームで全身綺麗に洗って乾きたての衣服に身を通す。柔軟剤がふわり香ると、どこか浮世離れした印象のある雲雀恭弥が洗濯などと言う世俗にまみれた行為をした事実に妙な生活感を覚えてしまい、込み上げて来た笑いをこっそり押し殺した。
寝室に戻ると彼は変わらずベッドに寝転がり天井を見つめていた。一睡も出来ず眠いのだろう、瞼が落ちかけている。しかしルイとしては今眠られると少々困る訳で。
「あのー先輩。もしかして送って下さるんでしょうか?」
ベッドサイドに腰掛け尋ねてみると明らかに不機嫌になる整った顔。
「帰る事ばかり考えてるみたいだけど君さ、これだけ迷惑掛けといてタダで帰れると思ってるの?」
「え?そ、そりゃー…」
ギクリと跳ねた肩に向けられるわざとらしい溜息。そんな事を言われても。言葉での謝罪をし尽くした今、何が出来ると言うのだろう。財力は皆無どころかすってんてんの今の自分に。
「お話した通り私明日食べる物にも困ってまして謝礼と言われても…頭なら幾らでも下げられますけど」
もう今更形も振りもあったものか。昨晩のチンケなプライドはどこへやらコメ付きバッタの如くヘコヘコへつらうルイの前にすぅと伸びてくる手。殴られる!咄嗟に両手で顔を庇おうとしたがその前に。
ボフッ!
勢い良く腕を引かれベッドに引き摺り込まれた。
「痛っ!ちょ、何ですか!」
抗議の声は完全に無視でのしかかって来る体。唇が触れるまで後何cmの距離で。
「借金まみれの人間に金品の要求なんて無益な真似はしないよ」
突然の状況に硬直するルイに雲雀は「二つ選択肢をあげよう」吐息を漏らすように低く甘美な声音で囁く。眼前の男が放つあまりの艶にドクッ!心臓が大きく鳴る。
「一つ目。向こう一年僕の仕事に帯同し協力する」
「し、仕事…?何のです」
「世界旅行だよ。少々危険なね」
お断りします、出かけた返事は遮られて。
「引き受けてくれるなら前払いの報酬で君の借金は全てチャラ」
「は…?」
「但し一度こちら側に踏み込んでしまえば、仕事が終わってももう完全に表の人間に戻るのは難しいかも知れない。必要であればサポートはするけど」
思わず目を剥いた。借金がチャラだと?まさか。否、相手は雲雀恭弥だ。有りうる、のかも知れない。だとすればこれは喉から手が出る程食い付きたい条件、しかし…所謂裏社会というやつなのだろうか、下手したら死にかねない仕事だと言外に聞き取れる。もし無事に完了出来たとしてもその後の人生は…
けれど、けれども。現状はこのザマ。借金を背負っている以上生ける屍でしか無い自分だ。返し終える算段が無ければ未来への希望も無い。ならば…
手招きして来る魅惑の闇。揺れる心を見透かして雲雀は薄く笑った。
「…二つ目の選択肢は?」
ゆっくりと、頬を撫ぜるひんやりした手。「二つ目はね、」耳元で、脳に直接声を吹き込むように。ビクリ震えるルイの体に微かに喉を鳴らして首筋をねとりと舐め、食む。信じられない感触に痩せぎすの肩が大きく跳ねた。
「ちょっ…やめ、」
頬にあった手がカットソーの裾から潜り込み下着の上から胸を撫で上げる。
「さぁ、どっちが良い?さっさと選んで」
「み、三つ目!三つ目は何ですか!」
飛び出しそうな心臓を抱えて絞り出した声は見事に裏返り、けれど気にしている余裕などとても無くて。こんな男だったとは。もっと高潔な人だと思っていたのに。それはルイが初めて感じた雲雀恭弥の十年間での変貌だった。
…けれど、この年になれば案外こんな事は普通で、異常だと感じる自分の方がお堅くてズレているのかも知れない。我武者羅に目標だけを追い、人生におけるその他の事象など全て不要物と切り捨てて来たルイにはその辺りの感覚がまるで分からない。
「選択肢は二つって言ったよ。どっち?」
かち合う視線。間近でルイを映し出す冴え冴えと澄んだ瞳。
「な、何でこんな事…先輩なら相手なんて幾らでも居るんじゃないですか。ろくに知りもしない私なんかじゃなくて、こういうのはちゃんと恋人作ってそれから、」
「恋人とは別れたばかりだよ。そういうの面倒だからもう良い。何故君なのかと言うと、溜まって来てた所に丁度居たから」
「正直ですね!」
とんでもない男だ。薄手のスカートを捲りあげ太ももをまさぐって来る手を必死に押し留めながら何とか気を逸らせようと頭はパンク寸前。
「ど、どうして別れたんです?喧嘩?すれ違い?まさか浮気?」
「僕と居るの疲れたんだって。こっちのセリフだよ。そんな事どうでも良いからさっさと決めてくれるかな」
本当に、碌でもない…けれど綺麗な人。肌なんて女より細やかで白くて、けれどはっきりと男性のそれ。意識した瞬間胸が甘く疼く。少女だったルイは恋をしていた、この人に。あの頃のキラキラした想いが甦って来て。
…これも有りではないだろうか。
どうせどう転んでもしがない人生。一度くらい普通の女として、人生で唯一惹かれた魅力的な男に抱かれてみる、そんな夢を見ても良いではないか。決して捨て鉢になったわけでも無くそんな風に感じてしまった。一応尋ねてみる。
「この場合、借金はどうなるんです?」
「は?たった一度のセックスに一億も払うわけないだろ。馬鹿なの?」
鼻で笑われる。まぁそれはそうだろう。ゲロ掃除代に洗濯看病代、送迎代及び迷惑料をチャラにする一度の関係か。得なような惨めなような。ああ、太ももから這い上がって来た手が下着を下げようとしている。彼は本気なのだ。もう猶予は無い、どうすべきか。どちらが──
そこで、最後の理性が結論を出した。一晩の夢を見た所で今後が好転するわけではない。夢はあくまで夢でしかなく明日になれば儚く消えてしまうのだ。だったらたった一欠片でも希望が残されている選択を、今ここで。
この機を逃してしまえばきっと一生腐った魚で居るしかないから。例え海外旅行とやらの途中でくたばってしまったとしても、報酬が前払いならばせめて遺族への誠意は示せるから。
「先輩」
「何?決まった?」
ごくり、生唾を飲み込んで決断の言葉を。
「お仕事についての話を聞かせて下さい」
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