キラキラ
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
気付けばそこは見知らぬベッド。
何だ、どこだここは。ガンガン疼く頭を抱えながらサイドテーブルの照明を頼りに目を凝らせば。
「⋯⋯」
一瞬事態が理解出来なかった。それから物凄い速さで血の気が引いて行く。同時に掛けられる声。
「…起きた?」
「………。はぁ、あの、」
隣で目を擦り欠伸を洩らす雲雀恭弥の上体は何も纏ってはいない。そして自分は⋯
「あの⋯」
「何?」
「どうして私は裸なんでしょう⋯?」
声が上擦る。聞くのは怖い、しかし⋯。
「ワオ、覚えてないんだ。最悪だね。酔っ払った君が突然僕にのしかかって来て「そう、OK、分かりました。すみませんでした」
もう充分だ。何てこった。
あからさまに動揺するルイに呆れ顔の雲雀がベッドから抜け出て水を渡してくれる。
「どこまで記憶にあるのかな?」
「え?あー⋯」
混乱する頭を必死に整理し、すぐに思い至る。そしてまた後悔。ああもう、全て忘れてしまっていれば良かったのに。残念ながら記憶してしまっていた。あのエノテカで、酔っ払って全てをぶちまけてしまった事。雲雀が一つの口も出さず静かに聞いていた事。
つまり、クビになっちゃったんですね──
全ての始まりは物心ついた頃。
ルイは母親を知らない。居たのは借金酒乱暴言暴力何でもござれの父親だけで、母親はそんな夫に嫌気がさして未だ赤ん坊のルイを残し家を出て行ったらしい。
ガキの癖に生意気に。女の分際で男に逆らうな。
反抗する度そう罵られ殴られた。小学生にして家事を強要され体たらくの父親の世話をさせられ続け、機嫌が悪ければまた殴られた。見える部分は避けられた。
そんなルイの支えになっていたのは近所に住む引退したピアニストのおばあさん。子供の居ない彼女は小さなルイをとても可愛がり、父親が外出している間に温かいご飯を食べさせピアノを教えてくれた。おばあさんはルイに努力の大切さを説いた。
“どんな場所だって、どんな環境だって、あなたが強く望んで努力すれば掴めないものなんて無いの。あなたはこんなに頑張れる子なんだから”
中学に上がる頃には、自身の成長に伴い父親に激しい嫌悪と侮蔑を抱くようになっていた。最悪の傲慢の権化。
こいつを這い蹲らせてやる。女如き子如きに劣る惨めな存在なんだと頭を踏み付け屈辱に塗れた顔を嘲笑ってやる。
その為に努力しようと決めたのだ。
全く健全で無いと分かってはいたけれど、それ以外の部分は概ね上々。良き友人に囲まれ色鮮やかな日々を送り、気付いた頃にはイタリアの某有名大への飛び級留学が決定。それも医師免許を取った後の系列の病院勤務を条件に授業料は全額免除という好待遇で。
そして四年後無事に医師という念願の高ステータスを手に入れる事になる。
しかしながら若くして医師免許を取った東洋の女が、医師という男社会、それも白人至上主義が蔓延る世界で歓迎される筈も無く、妬み蔑みに起因する様々な種類の嫌がらせを受け始めたのだ。良くも悪くも平凡な並盛で生きて来たルイは、社会的カースト上位層に住む人間の抱える闇に困惑し途方に暮れる。
けれどおばあさんは教えてくれた。努力すればあなたに掴めないものは無い──その言葉を胸に日々精進し続けた。
なのに、事件は起こってしまった。
医師になって三年が経過した秋の終わり。
ルイが助手を務めたオペで外科部長である執刀医がミスを犯し患者が死亡、その責任を転嫁され病院を追放される事態へと発展してしまったのだ。医師免許も剥奪され後に残ったのは契約不履行による大学費用の返済だけ。
当然抗議はしたが立ちはだかるのは大きな権力の壁、周囲はルイの失墜を望む敵だらけでは成す術も無くあっさりと失職。
それでもルイは諦めなかった。死ぬ気で身を立て直す方法を考えた。
まだやれる、私はこんなとこで負けてなんていられない。あんな奴らに、父親に、負けるなんて冗談じゃない!
そんなこんなで兎にも角にも一旦帰国した日本で直面したものは。
父親の起こした強盗殺人。そして自殺。
闇金で繰り返した借金、遂に首が回らなくなり自暴自棄になった末の犯行だったらしい。
勝手に連帯保証人にされていた故の返済金、遺族への賠償金は莫大な額。遺族はやり切れぬ憎しみを全てルイにぶつけて来た。
半狂乱で泣き叫び罵って来る遺族を目前に、もう、どうしようもないと。張り詰めていた心の糸がとうとう切れてしまった。
父親を踏み付ける為だけに血の滲む努力に耐えた。その全てが無へと帰した今のルイに有るのは、向けられる怨恨の念と途方も無い負債金。
人生がどうあがこうがやり直せない程めちゃくちゃに破壊されてしまった。大嫌いな男、殺したい程憎い男、必ず降伏させてやると望んだ父親は、ルイに全てを押し付けて逝ってしまったのだ。
その後日本には居られなくなったルイは、当面有るだけの貯蓄の殆ど全てを遺族へと渡しイタリアへと戻って来た。そうするしか無かった。
医師だった頃の知り合いと鉢合わせたくは無かったので住居は以前住んでいたボローニャとは程遠いシチリアはパレルモを選択し、家賃も格安のアパートメントに。
今はもう何もしたくない、頭も身体も限界が来ていた。
いっそくたばってしまいたかったが遺族の顔がチラついてしまう。償いを終えるまでは生きて稼がなければ。だったらせめて早急に生活費は工面しないと…けれど、けれど、本当に今は何も出来ない。
毎夜悪夢に魘される日々、そんな折にパレルモ郊外の薄暗い通りで一枚の貼り紙を見つけた。“エノテカ・ローザロッサ ピアニスト募集 日給50€”
これだ、と思った。ピアノ。ルイが中学を卒業する直前に病気で逝ってしまったおばあさんの優しい顔が蘇る。愛情を与えてくれたお婆さんとの優しく温かな記憶。
プロには程遠いけれど待遇からして大した腕も要求されないだろう。これならば、今の半死人の如き自分にも出来るかも知れない。
そうしてルイはローザロッサの門戸を叩く事となった。真っ当に働く気にはまだなれず、死んだ魚の生活を送りながらその内ダラダラと半年が過ぎて──
そこまで喋った後、記憶は途切れている。
「本当に、すみませんでした⋯ちょっと責任は取れませんけど」
もう顔を上げられもしない。みっともない不幸自慢を延々聞かせ続けた挙句に誘惑してのワンナイトだと?馬鹿だ。馬鹿女の典型だ。ほら見ろ憧れの先輩の呆れ顔を。
「私、病気とか持ってませんので大丈夫です。ピル飲んでますし妊娠の心配も──あ、先輩恋人居たりします?」
「ねぇ、」
「居ないわけないか。けどー、んんん⋯やっぱそれは先輩の自己責任も若干⋯私だけが悪いとは」
「ちょっと」
「そもそも私何も覚えてませんし、そうだ!もうこうしちゃいましょう。今夜私達は会いもしなかっ「話を聞け」
親指と人差し指で頬を挟まれ、ぐにっと蛸になった口で無理矢理に視線を合わせられる。
「僕に恋人は居ないし君とも何もしてない」
「ふぁい?」
「丁寧に教えてあげよう」
一気に気の抜けたルイを見詰める瞳はどことなく冷ややかだ。
「君は店で馬鹿みたいに飲んだくれて喋るだけ喋ったら薄気味悪い笑いを洩らしながら涎食って寝た。僕は君を放り出す訳にも行かず連れて帰って来てベッドに寝かせたんだ」
「⋯⋯」
「しばらくしたら大人しく寝てた君は突然跳ね起きるなりソファに居た僕目掛けて歩いて来てね。瞬間盛大に」
ぎろり、鋭い目が剣呑な光を宿す。止める間も無く告げられる絶望的な言葉。
「頭上からゲロぶっ掛けて来た」
穴があったら入りたい。
何だ、どこだここは。ガンガン疼く頭を抱えながらサイドテーブルの照明を頼りに目を凝らせば。
「⋯⋯」
一瞬事態が理解出来なかった。それから物凄い速さで血の気が引いて行く。同時に掛けられる声。
「…起きた?」
「………。はぁ、あの、」
隣で目を擦り欠伸を洩らす雲雀恭弥の上体は何も纏ってはいない。そして自分は⋯
「あの⋯」
「何?」
「どうして私は裸なんでしょう⋯?」
声が上擦る。聞くのは怖い、しかし⋯。
「ワオ、覚えてないんだ。最悪だね。酔っ払った君が突然僕にのしかかって来て「そう、OK、分かりました。すみませんでした」
もう充分だ。何てこった。
あからさまに動揺するルイに呆れ顔の雲雀がベッドから抜け出て水を渡してくれる。
「どこまで記憶にあるのかな?」
「え?あー⋯」
混乱する頭を必死に整理し、すぐに思い至る。そしてまた後悔。ああもう、全て忘れてしまっていれば良かったのに。残念ながら記憶してしまっていた。あのエノテカで、酔っ払って全てをぶちまけてしまった事。雲雀が一つの口も出さず静かに聞いていた事。
つまり、クビになっちゃったんですね──
全ての始まりは物心ついた頃。
ルイは母親を知らない。居たのは借金酒乱暴言暴力何でもござれの父親だけで、母親はそんな夫に嫌気がさして未だ赤ん坊のルイを残し家を出て行ったらしい。
ガキの癖に生意気に。女の分際で男に逆らうな。
反抗する度そう罵られ殴られた。小学生にして家事を強要され体たらくの父親の世話をさせられ続け、機嫌が悪ければまた殴られた。見える部分は避けられた。
そんなルイの支えになっていたのは近所に住む引退したピアニストのおばあさん。子供の居ない彼女は小さなルイをとても可愛がり、父親が外出している間に温かいご飯を食べさせピアノを教えてくれた。おばあさんはルイに努力の大切さを説いた。
“どんな場所だって、どんな環境だって、あなたが強く望んで努力すれば掴めないものなんて無いの。あなたはこんなに頑張れる子なんだから”
中学に上がる頃には、自身の成長に伴い父親に激しい嫌悪と侮蔑を抱くようになっていた。最悪の傲慢の権化。
こいつを這い蹲らせてやる。女如き子如きに劣る惨めな存在なんだと頭を踏み付け屈辱に塗れた顔を嘲笑ってやる。
その為に努力しようと決めたのだ。
全く健全で無いと分かってはいたけれど、それ以外の部分は概ね上々。良き友人に囲まれ色鮮やかな日々を送り、気付いた頃にはイタリアの某有名大への飛び級留学が決定。それも医師免許を取った後の系列の病院勤務を条件に授業料は全額免除という好待遇で。
そして四年後無事に医師という念願の高ステータスを手に入れる事になる。
しかしながら若くして医師免許を取った東洋の女が、医師という男社会、それも白人至上主義が蔓延る世界で歓迎される筈も無く、妬み蔑みに起因する様々な種類の嫌がらせを受け始めたのだ。良くも悪くも平凡な並盛で生きて来たルイは、社会的カースト上位層に住む人間の抱える闇に困惑し途方に暮れる。
けれどおばあさんは教えてくれた。努力すればあなたに掴めないものは無い──その言葉を胸に日々精進し続けた。
なのに、事件は起こってしまった。
医師になって三年が経過した秋の終わり。
ルイが助手を務めたオペで外科部長である執刀医がミスを犯し患者が死亡、その責任を転嫁され病院を追放される事態へと発展してしまったのだ。医師免許も剥奪され後に残ったのは契約不履行による大学費用の返済だけ。
当然抗議はしたが立ちはだかるのは大きな権力の壁、周囲はルイの失墜を望む敵だらけでは成す術も無くあっさりと失職。
それでもルイは諦めなかった。死ぬ気で身を立て直す方法を考えた。
まだやれる、私はこんなとこで負けてなんていられない。あんな奴らに、父親に、負けるなんて冗談じゃない!
そんなこんなで兎にも角にも一旦帰国した日本で直面したものは。
父親の起こした強盗殺人。そして自殺。
闇金で繰り返した借金、遂に首が回らなくなり自暴自棄になった末の犯行だったらしい。
勝手に連帯保証人にされていた故の返済金、遺族への賠償金は莫大な額。遺族はやり切れぬ憎しみを全てルイにぶつけて来た。
半狂乱で泣き叫び罵って来る遺族を目前に、もう、どうしようもないと。張り詰めていた心の糸がとうとう切れてしまった。
父親を踏み付ける為だけに血の滲む努力に耐えた。その全てが無へと帰した今のルイに有るのは、向けられる怨恨の念と途方も無い負債金。
人生がどうあがこうがやり直せない程めちゃくちゃに破壊されてしまった。大嫌いな男、殺したい程憎い男、必ず降伏させてやると望んだ父親は、ルイに全てを押し付けて逝ってしまったのだ。
その後日本には居られなくなったルイは、当面有るだけの貯蓄の殆ど全てを遺族へと渡しイタリアへと戻って来た。そうするしか無かった。
医師だった頃の知り合いと鉢合わせたくは無かったので住居は以前住んでいたボローニャとは程遠いシチリアはパレルモを選択し、家賃も格安のアパートメントに。
今はもう何もしたくない、頭も身体も限界が来ていた。
いっそくたばってしまいたかったが遺族の顔がチラついてしまう。償いを終えるまでは生きて稼がなければ。だったらせめて早急に生活費は工面しないと…けれど、けれど、本当に今は何も出来ない。
毎夜悪夢に魘される日々、そんな折にパレルモ郊外の薄暗い通りで一枚の貼り紙を見つけた。“エノテカ・ローザロッサ ピアニスト募集 日給50€”
これだ、と思った。ピアノ。ルイが中学を卒業する直前に病気で逝ってしまったおばあさんの優しい顔が蘇る。愛情を与えてくれたお婆さんとの優しく温かな記憶。
プロには程遠いけれど待遇からして大した腕も要求されないだろう。これならば、今の半死人の如き自分にも出来るかも知れない。
そうしてルイはローザロッサの門戸を叩く事となった。真っ当に働く気にはまだなれず、死んだ魚の生活を送りながらその内ダラダラと半年が過ぎて──
そこまで喋った後、記憶は途切れている。
「本当に、すみませんでした⋯ちょっと責任は取れませんけど」
もう顔を上げられもしない。みっともない不幸自慢を延々聞かせ続けた挙句に誘惑してのワンナイトだと?馬鹿だ。馬鹿女の典型だ。ほら見ろ憧れの先輩の呆れ顔を。
「私、病気とか持ってませんので大丈夫です。ピル飲んでますし妊娠の心配も──あ、先輩恋人居たりします?」
「ねぇ、」
「居ないわけないか。けどー、んんん⋯やっぱそれは先輩の自己責任も若干⋯私だけが悪いとは」
「ちょっと」
「そもそも私何も覚えてませんし、そうだ!もうこうしちゃいましょう。今夜私達は会いもしなかっ「話を聞け」
親指と人差し指で頬を挟まれ、ぐにっと蛸になった口で無理矢理に視線を合わせられる。
「僕に恋人は居ないし君とも何もしてない」
「ふぁい?」
「丁寧に教えてあげよう」
一気に気の抜けたルイを見詰める瞳はどことなく冷ややかだ。
「君は店で馬鹿みたいに飲んだくれて喋るだけ喋ったら薄気味悪い笑いを洩らしながら涎食って寝た。僕は君を放り出す訳にも行かず連れて帰って来てベッドに寝かせたんだ」
「⋯⋯」
「しばらくしたら大人しく寝てた君は突然跳ね起きるなりソファに居た僕目掛けて歩いて来てね。瞬間盛大に」
ぎろり、鋭い目が剣呑な光を宿す。止める間も無く告げられる絶望的な言葉。
「頭上からゲロぶっ掛けて来た」
穴があったら入りたい。