embrace
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骸の気配を辿ればすぐに部屋に行き当たる。幾つかある広い客間の一つで、畳に長い四肢を放り彼は何とも呑気にすやすや眠っていた。こちらがどんな思いで居たのか、全くもって腹立たしい事この上ない。雲雀の無言の殺気に緩慢に伸びをしてようやく体を起こす。
「おやおや、もう終わったんですか?この畳は寝心地が良い。もう少し休ませて頂きたかったんですがね」
「病み上がり気取りは要らないよ。どうせ充分やり合えるくらいの回復はして来てるんだろ。いつ起きたんだい」
「二ヶ月程前ですよ。年明け前までは毎週顔出して下さってたとか聞きましたが、来なくなってくれていて好都合でした。万全になるまでは知られたくなかったのでね。それよりルイは?泣かせてないでしょうね」
ふん、と鼻を鳴らす。見れば見る程に忌々しい顔だ。
「残念ながらさめざめ泣いて、すっかり泣き疲れて眠ってるよ。どうしても僕から離れたくないんだってさ」
「それはそれは…うちでは嫁ぎたくなくて暴れ狂っていたと聞きましたが。大人しそうな顔して激しいでしょう、あの娘は」
そうか、暴れ狂っていたのか。腑に落ちてしまうかつての彼女の様子をこの男に教えてやる気は皆無だ。
「僕には常日頃から素直で従順な可愛い女さ。君にはどうだったか知らないけどね」
「苦しいですよ流石に。まあ良い、話は付いたんですね。ルイは今後も君の伴侶で居ると」
「当然だろ。もうこっちには関与しないでね。それより君の力は六道輪廻が何だって?」
さもそちらの方が重要と言わんばかりに話をすり替える雲雀に骸は呆れ笑う。しかしすぐにいつもの薄笑いに戻りわざとらしく肩を竦めた。
「君に教えてやる義理は無い。知りたくば自力で解明してみせる事ですね。知られた所で痛くも痒くもありませんが」
静かな火花が飛び散る。もしこの場に誰か居たならば裸足で逃げ出す程の覇気が充満していたが、幸いにも今の二人にはその気は無かった。雲雀は彼の言うサシで話したい案件とやらを聞き早急に自室へ戻りたかったし、骸も骸で不要な闘争は控えたかったのだ。未だあちこち軋む体は、全快には後数ヶ月は要するというのが正直な所だったから。
「それで君の話したい事って何?さっさと話してさっさと帰れ」
「ええ、では結論から言いましょう」
顔色一つ変えず、またもや予想だにしなかった事を告げて来る。
「ルイは親殺しの殺人者だ。それでも君はルイを受入られますか?」
沈黙。
この男が何を言っているのか分からなかった。ルイは以前話していたではないか。赤ん坊の頃にスラムでシャマルに拾われたのだと。赤ん坊に親殺しもへったくれも無かろう。これも骸お得意の撹乱なのだろうか。
言葉を無くした雲雀に向けられる嘲るような声音。
「事実ですよ。君が何をどう聞いているのか知りませんが、あの娘は当時の父親を撲殺しています。鈍器で頭を何度も何度も殴打してね。本人はすっかり覚えていませんが」
鈍器での、殴打…
ざわりと胸に波紋が広がった。そうだ、あの襲撃事件の際ルイは、罪人を殴り倒す雲雀を目にし酷く不安定になっていた。この光景をどこかで見た気がすると。荒唐無稽に思えた骸の話がにわかに真実味を帯びて来る。
「…ルイはイタリアに居た頃の記憶が無いと言っていたよ。赤ん坊の頃にあの医者に拾われたと聞かされたと。君達は二人で結託してルイの記憶をどうにかしたのかい?」
「いいえ、僕一人の犯行ですよ。あの娘にあの記憶は必要ない。だから催眠を掛けて消しました。何も知らぬDr.シャマルはある日突然失われたルイの記憶を医学的観点から見た一種の健忘と判断し、偽の過去を授けたんです。優しい嘘の方があの娘の為になると信じてね。そういう意味では彼も加担していると言えますが」
「……」
忘却に追いやられた過去。何か恐ろしい事が起こった、だのに靄が掛かったように思い出せぬと錯乱したルイの秘密の扉が開かれようとしている。幼きルイに一体何があったと言うのだ。