embrace
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すっかり夜の帳が下りてからの帰宅だった。
雲雀に贈られた上等の着物と簪で身を飾り、ルイのねだった通りに牛鍋をたらふく頂き、帰りは冷え切った手を繋いでもらって、帰り着けば寒かろうと一番風呂を譲られ。本当に大事にされていると実感している。
しかし、ルイの胸には少しの懸念があった。
雲雀が触れて来ない。もう数ヶ月も。日中にふと口付けては来るが、体の方は全くの音沙汰無しなのだ。
障子の向こうから彼が入浴を済ませた気配がしたのは少し前の事。襖の僅かな隙間が彼の部屋の灯りが消えたと教えて来たのはたった今。きっと今夜も雲雀は来ない。
「……」
どうして?自分があんなだから?上手く行っているように見せ掛けて、本当は諦めたからこその最近の平穏なの?一旦気になってしまえば心がざわめいてどうしようもなく、布団の中いつまでも温まらぬ手に吐息を吹きかけた。
昼間の晴天が嘘のように今は酷い雪が降っている。引き戸の向こうから時折風が唸っているが、こんな時に限ってルイはストーブの薪の補充を失念していた。庭の隅まで取りに行かなければならないのに寒くて堪らない。
あの人はもう二度とこの部屋へ来ないのだろうか。自分が悪い事は分かっていても酷く苦しい。いつか本当に浮気をされてしまうのではないか、他所の女と子を成し君は用済みと放り出されてしまうのではないか。悲観的な思いは延々止まらぬ。いっそこちらからお願いしてみる?抱いて下さいと。…そのようなはしたない真似出来る筈も無い。そもそもこの体は彼を受け入れようともしない癖に。どうして自分はこんな風なのだろう。
寒さに鼻を啜れば嗚咽が漏れそうになった。ああ、何もかも寒くて凍死してしまいそう。それからずっとぐるぐる悩んで居たのだが、正子を告げる時計の音が静かに鳴り響いた時ついに腰を上げた。隣の彼の眠る部屋へ。
「…ルイ?」
そっと開かれた襖から現れた妻の姿を見るなり雲雀は弾かれたように身を起こした。何かあったと思ったのだろう。当然だ。ルイがこのような時間に雲雀を訪ねるなど初めてだったのだから。
「起こしてすみません。ストーブに薪くべるの忘れてしまって…あの、…寒くて」
「…ああ何だ。びっくりさせないでよ。おいで」
分かり易い程に安堵した声音で上掛けを持ち上げ間を開けてくれた。早く来いと言わんばかりに。すみませんと入らせて貰えばすぐにぎゅうと抱き締められた。
「早く来ればよかったのに。何だいこの手。氷みたい」
「一人寝を邪魔されるの煩わしいかと思って」
「気にしなくて良いよそんな事」
ルイの凍り付いた手に足に自らのそれをくっ付けて温めてくれる。頬に感じる懐かしい衿元の感触と彼の匂い、間近で聴く低い声。その全てが愛しくて堪らない分酷く切ない。だから意を決して聞いてみたのだ。どうして最近は触れて来ないのですか、と。
僅かばかりの静寂の後、やや落とした声音で彼が言う。
「君はあれが苦手なんだろ。だったらもうしなくて良い」
それはルイにとって胸を劈かれるような責め苦だった。分かっていた。いたのだが…もう女としての君を必要とはしていない。そう言われたも同然ではないか。あまりの打撃に急速に内腑が冷えて行った。しかし雲雀の思いは別の所にあるのだとすぐに知らされる事になる。くいと持ち上げられて触れ合った唇に。
「…これは好きだよね」
ルイを見据える瞳は柔らかく陰鬱な心など僅かにも無いのだとはっきり伝える。「僕はね、君の良さそうな顔を見るのが良いんだよ」と少しだけ口角を吊り上げた様が、ああ、何故かえらく擽ったい。随分と悪い顔をしているのに。何も言えずに居る内にちゅ、ちゅ、と好き放題繰り返される。
そう。ルイはこれが好きなのだ。どうしてだか分からぬがこれは本当に気持ちが良い。先日初めてそうされた時など全身を走り抜けた電流に腰が抜けそうになった。突然もたらされた体の変化の訳が分からず、驚きに思わず笑ってしまったのだが…
「ねぇ、ルイ。言ってよ。これは好き?」
触れ合わせたままに甘やかな声音で聞かれれば否応なく答えざるを得ない。それは優しき蹂躙であり誘惑だった。
「好き、です…」
そう、と、唇の中に差し込まれた舌が口内を甘やかに辿る。あの日と同じに。背に回されていた手がやんわり尻を撫ぜたり太腿の内を摩ったり。そうされていればやがて下腹部の内側の内側に何とも付かぬ蠢きが産まれ、それがそのまま真下に降りて来たが如く、信じられぬ所がずくんずくん疼き出した。は、意図せず漏れ出す吐息が酷く恥ずかしいのに止められぬ。ついさっきまで冷え切っていた体が嘘のように熱を持ってじんわり汗ばんで来る。
もぞり内股を弄っていた手がゆっくり上へ辿り、疼くそこを一つ撫でた。そして。
「…ね。だからもうこれだけで良いんだ。充分だよ」
目前に見せつけられたのは洋燈の微かな灯りが照らす濡れた彼の指先。それをぼんやりと見つめる。じんじん熱く秘めやかに泣く場所のおかげでこれが自分の溢れさせたものだと驚きもしない。ただただ不思議な気分だった。
「恭弥さん、私まぐわいは嫌なんかではないんです。本当に。ただ分からないの。どんなにしてもらっても、どうしても何も感じないんです。…唇は、こんなに気持ち良いのに」
「そう。じゃ唇可愛がってあげよう。良い顔だ。もっと見せてね」
「恭弥さん、恭弥さん」
「何」
ちゅ、ちゅ、瞬く間も無くこうされている今ならば言える。
「…寂しいんです。私、何も感じないけど…でもあなたに触れてもらえないのは、寂しいの。体が良くなれなくても心はちゃんと、だから…」
抱いて下さい、恭弥さん。抱いて。
その時鮮烈に脳に焼き付いた。雲雀恭弥が、本当に嬉しそうに笑った顔が。