embrace
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
安らぎの時を打ち破ったのは、突然の激しい揺さぶり。もう時間切れか。疲れた体は随分と深い眠りに入ってしまっていたらしく、激しく不快な感覚に機嫌は一気に降下する。
「⋯何だい。起こすならもうちょっと──」
「外が⋯何だか騒がしくて⋯」
「?」
文句を遮る不安気な声、顔。霞む目を擦り擦り縁側へ続く戸を開けようと体を起こした時だった。
「失礼します!」
大声と共に許可も無く開かれた障子。現れた部下の表情は明らかに慌てていて。
「すみません、組長!並盛川で遊んでいた子供が流されたとかで──」
「流された?救助は」
「たった今しがた副長と数名が向かいました!急いで組長にも来ていただくようにと」
最後まで聞かず部屋を飛び出す。
この屋敷から徒歩10分と比較的近くに位置する並盛川は非常に流れが早い。並盛組がこの地を統治し遊泳禁止の令を出して以降は一切起こっていないものの、過去には夏になる度溺死者を出していた呪いの川だ。一旦流されてしまえば子供などひとたまりもない。
駆ける雲雀を苛むは自身の落ち度。
十年近い無事故に胡座をかいて今年からは警護不要、この令はもう並盛に根付いているだろうと判断していたのだ。子供は何をするか分からない、親とて四六時中子に付いて居られる訳では無い。何故そんな当然を見落としていたのか──
川べりはてんやわんやだった。褌一丁の草壁らに引き上げられたらしいずぶ濡れの子供を取り囲む群衆。騒ぎを聞き付けてやって来たのだろう。雲雀さん!口々に叫ぶ彼らを掻い潜った先、青い顔でぐたりと横たわる男児は既に息が止まっているように見えた。小さな手首に指をあてがってみれどやはり脈は確認出来ず、叩いても揺すってもピクリとも動きはしない。
「⋯⋯」
「⋯恭さん⋯!」
厳つい顔を緊張に強張らせる草壁に首を振る。横の方に。其方此方で上がる悲哀の声。
「⋯哲、親探して連絡しな。全員もう散るように」
遺体を衆人に晒しておくのは忍びない。騒めく背後から隠すように、虚ろな目が覗く血の気の無い瞼をそっと閉じてやる。
⋯これは、自分の責任。我欲から黒曜再興にかまけ一番大切なものを喪ってしまった。並盛の住人──それもこんな子供一人も護れず何が秩序だ。不甲斐無さに唇を噛んだその時。
「そこ、退いて下さい」
降って来た声。顔を上げると、そこには何故か我が妻の姿。目元だけを残し巻き付けた御高祖頭巾を顎先までぐいと下げると息を切らせながら割り込んで来る。
「⋯、何で君が「退いて!」
払い除けられ唖然としている内に遺体に跨り重ねた両の手を胸元にあてがうルイ。そして始まったのは圧迫。何度も何度も、男児の薄い胸部がへこむ程の力で規則的に繰り返される。そして一旦手を止めたかと思えば今度は突然の口付け。
「あんた何を!」
死者への冒涜と見なしたか、いきり立った男がルイを止めようと駆けて来たのを制し邪魔せぬよう告げる。雲雀とてこの行為が何なのかは知らない。しかしこれだけは直感的に理解出来た。彼女は逝ってしまった魂を呼び戻そうとしているのだ。
強い太陽光が剥き出しになった手を焼き付けて行くのを見かねて着物を脱ぐと彼女の上に翳し体全体を覆ってやる。纏うは長襦袢一枚、衆目の手前恐ろしくみっともない姿だけれど今の雲雀に出来るのはこれだけ。
気付いているのかいないのか、ひたすらに同じ動作を繰り返すルイの顎先から汗が滴り落ちて来た頃。
かふっ!僅かな音と共に男児の口から吐き出される水。誰もが息を呑むと同時にバタつき出す手足、苦しげな呼吸音。
「生き、返った⋯!?」
「まさか⋯!」
ざわつく周囲、激しくむせ込み出す男児。小さな体を痙攣させ必死に酸素を得ようとする彼をどうにか宥めたルイが大きく安堵の息を吐くと、額の汗をぐいと拭った。
「⋯何だい。起こすならもうちょっと──」
「外が⋯何だか騒がしくて⋯」
「?」
文句を遮る不安気な声、顔。霞む目を擦り擦り縁側へ続く戸を開けようと体を起こした時だった。
「失礼します!」
大声と共に許可も無く開かれた障子。現れた部下の表情は明らかに慌てていて。
「すみません、組長!並盛川で遊んでいた子供が流されたとかで──」
「流された?救助は」
「たった今しがた副長と数名が向かいました!急いで組長にも来ていただくようにと」
最後まで聞かず部屋を飛び出す。
この屋敷から徒歩10分と比較的近くに位置する並盛川は非常に流れが早い。並盛組がこの地を統治し遊泳禁止の令を出して以降は一切起こっていないものの、過去には夏になる度溺死者を出していた呪いの川だ。一旦流されてしまえば子供などひとたまりもない。
駆ける雲雀を苛むは自身の落ち度。
十年近い無事故に胡座をかいて今年からは警護不要、この令はもう並盛に根付いているだろうと判断していたのだ。子供は何をするか分からない、親とて四六時中子に付いて居られる訳では無い。何故そんな当然を見落としていたのか──
川べりはてんやわんやだった。褌一丁の草壁らに引き上げられたらしいずぶ濡れの子供を取り囲む群衆。騒ぎを聞き付けてやって来たのだろう。雲雀さん!口々に叫ぶ彼らを掻い潜った先、青い顔でぐたりと横たわる男児は既に息が止まっているように見えた。小さな手首に指をあてがってみれどやはり脈は確認出来ず、叩いても揺すってもピクリとも動きはしない。
「⋯⋯」
「⋯恭さん⋯!」
厳つい顔を緊張に強張らせる草壁に首を振る。横の方に。其方此方で上がる悲哀の声。
「⋯哲、親探して連絡しな。全員もう散るように」
遺体を衆人に晒しておくのは忍びない。騒めく背後から隠すように、虚ろな目が覗く血の気の無い瞼をそっと閉じてやる。
⋯これは、自分の責任。我欲から黒曜再興にかまけ一番大切なものを喪ってしまった。並盛の住人──それもこんな子供一人も護れず何が秩序だ。不甲斐無さに唇を噛んだその時。
「そこ、退いて下さい」
降って来た声。顔を上げると、そこには何故か我が妻の姿。目元だけを残し巻き付けた御高祖頭巾を顎先までぐいと下げると息を切らせながら割り込んで来る。
「⋯、何で君が「退いて!」
払い除けられ唖然としている内に遺体に跨り重ねた両の手を胸元にあてがうルイ。そして始まったのは圧迫。何度も何度も、男児の薄い胸部がへこむ程の力で規則的に繰り返される。そして一旦手を止めたかと思えば今度は突然の口付け。
「あんた何を!」
死者への冒涜と見なしたか、いきり立った男がルイを止めようと駆けて来たのを制し邪魔せぬよう告げる。雲雀とてこの行為が何なのかは知らない。しかしこれだけは直感的に理解出来た。彼女は逝ってしまった魂を呼び戻そうとしているのだ。
強い太陽光が剥き出しになった手を焼き付けて行くのを見かねて着物を脱ぐと彼女の上に翳し体全体を覆ってやる。纏うは長襦袢一枚、衆目の手前恐ろしくみっともない姿だけれど今の雲雀に出来るのはこれだけ。
気付いているのかいないのか、ひたすらに同じ動作を繰り返すルイの顎先から汗が滴り落ちて来た頃。
かふっ!僅かな音と共に男児の口から吐き出される水。誰もが息を呑むと同時にバタつき出す手足、苦しげな呼吸音。
「生き、返った⋯!?」
「まさか⋯!」
ざわつく周囲、激しくむせ込み出す男児。小さな体を痙攣させ必死に酸素を得ようとする彼をどうにか宥めたルイが大きく安堵の息を吐くと、額の汗をぐいと拭った。