【神父の記憶】
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白の教会が、崩れていく。
突然現れた怪物によって研究施設は襲撃された。
廊下には警報が鳴り響き、研究員たちの叫び声が幾重にも重なる。
逃げ惑う者。
子どもたちを置き去りにして逃げようとする者。
何が起きているのかも分からないまま、命を奪われていく者。
そして怪物との戦闘の最中、研究施設で保管・研究されていた彼らが「神の力」と呼んでいたものが暴走した。
光が研究所を呑み込む。
次の瞬間、凄まじい爆発が白の教会そのものを襲った。
──どれほど意識を失っていたのか。
研究長が瓦礫の中で目を覚ましたときには、もう何の音もしなかった。
身体中が痛む。
血を流しながら、研究長は崩れ落ちた施設の中を歩いた。
「……誰か……」
返事はない。
研究員も。
神父たちも。
そして、あれほど大勢いた実験体の子どもたちも。
誰一人として応えなかった。
やがて研究長は、瓦礫の向こうに小さな身体を見つける。
「……024……?」
駆け寄り、震える指を首筋へ当てる。
弱い。
けれど──脈がある。
生きている。
研究長が見つけることのできた、唯一の生存者だった。
024の身体はひどく傷つき、意識もない。
何度名前代わりの番号を呼んでも目を覚まさない。
研究長は、その身体を抱き上げた。
この子に、自分たちは何をしてきた。
複数の「神の力」に適応できる人間を作る。
その目的のために、024には何度もイノセンスを適合させようとした。
何度も。
何度も。
身体が拒絶反応を起こしても。
高熱にうなされても。
泣き叫んでも。
実験をやめなかった。
──そして、そのすべてが失敗した。
一つとして024の身体に定着しなかった。
それでも研究長は続けた。
いつか成功する。
この子なら神の力を受け入れられる。
そう信じて。
いや。
そう信じなければ、自分たちが子どもたちにしてきたことの意味がなくなってしまうから。
けれど今、腕の中にいる024を見て、研究長は初めて違うことを願った。
研究の成功ではない。
神の力の証明でもない。
ただ。
──この子を、生かしたい。
そのときだった。
研究長の脳裏に、ずっと以前に読んだ古い資料が蘇った。
人の寄りつかない深い森。
その奥にある、大きな湖。
そこで不可思議な現象が幾度か確認されていること。
そして、その原因として──自分たちが「神の力」と呼んでいるものが存在している可能性があること。
確証などない。
資料そのものも古い。
本当にまだそこにあるのかすら分からない。
まして、それが024を救ってくれる保証など、どこにもない。
それでも。
他に方法はなかった。
研究長は024を背負った。
崩壊した白の教会をあとにして、森へ向かった。
自分自身も重傷を負っている。
傷口から血が流れ続け、何度も意識が遠のいた。
それでも024だけは地面へ落とさなかった。
一日。
二日。
どれほど歩いたのか、もう分からない。
食べるものもほとんどない。
水を見つければ、まず024の口元を濡らした。
夜になれば自分の上着を024にかけ、自分は木にもたれて眠った。
研究長の身体は、確実に死へ近づいていた。
それでも歩いた。
そして──。
木々の隙間から、水面に反射する光が見えた。
「……あった……」
湖。
資料に記されていた場所だった。
だが、研究長にはもう湖まで024を運ぶ力すら残されていなかった。
足が崩れる。
それでも最後の力で、湖へ続く場所にある一本の木のそばまで024を運んだ。
静かに背中から下ろす。
眠ったままの024を、木の根元へ横たえる。
その顔をしばらく見つめた。
研究長の震える手が、024の髪に触れかける。
けれど──途中で止まった。
自分に、この子へ触れる資格があるのだろうか。
その手をゆっくりと下ろす。
「……すまなかった……」
届くはずのない言葉だった。
研究長は湖を見た。
もう視界は霞み、その水面さえぼやけている。
それでも、確かにそこにある。
最後の望み。
「……私の記憶が……正しければ……」
この先に「神の力」がある。
それが何なのか。
024を選ぶのか。
それとも拒むのか。
研究長には、もう確かめることはできない。
ただ一つだけ願った。
研究の成功などではなく。
自分たちが番号でしか呼ばなかった、一人の子どもが。
──生きてくれることを。
研究長は眠ったままの024を残し、湖から少し離れた場所まで歩いた。
そして誰にも看取られることなく、静かに力尽きた。
突然現れた怪物によって研究施設は襲撃された。
廊下には警報が鳴り響き、研究員たちの叫び声が幾重にも重なる。
逃げ惑う者。
子どもたちを置き去りにして逃げようとする者。
何が起きているのかも分からないまま、命を奪われていく者。
そして怪物との戦闘の最中、研究施設で保管・研究されていた彼らが「神の力」と呼んでいたものが暴走した。
光が研究所を呑み込む。
次の瞬間、凄まじい爆発が白の教会そのものを襲った。
──どれほど意識を失っていたのか。
研究長が瓦礫の中で目を覚ましたときには、もう何の音もしなかった。
身体中が痛む。
血を流しながら、研究長は崩れ落ちた施設の中を歩いた。
「……誰か……」
返事はない。
研究員も。
神父たちも。
そして、あれほど大勢いた実験体の子どもたちも。
誰一人として応えなかった。
やがて研究長は、瓦礫の向こうに小さな身体を見つける。
「……024……?」
駆け寄り、震える指を首筋へ当てる。
弱い。
けれど──脈がある。
生きている。
研究長が見つけることのできた、唯一の生存者だった。
024の身体はひどく傷つき、意識もない。
何度名前代わりの番号を呼んでも目を覚まさない。
研究長は、その身体を抱き上げた。
この子に、自分たちは何をしてきた。
複数の「神の力」に適応できる人間を作る。
その目的のために、024には何度もイノセンスを適合させようとした。
何度も。
何度も。
身体が拒絶反応を起こしても。
高熱にうなされても。
泣き叫んでも。
実験をやめなかった。
──そして、そのすべてが失敗した。
一つとして024の身体に定着しなかった。
それでも研究長は続けた。
いつか成功する。
この子なら神の力を受け入れられる。
そう信じて。
いや。
そう信じなければ、自分たちが子どもたちにしてきたことの意味がなくなってしまうから。
けれど今、腕の中にいる024を見て、研究長は初めて違うことを願った。
研究の成功ではない。
神の力の証明でもない。
ただ。
──この子を、生かしたい。
そのときだった。
研究長の脳裏に、ずっと以前に読んだ古い資料が蘇った。
人の寄りつかない深い森。
その奥にある、大きな湖。
そこで不可思議な現象が幾度か確認されていること。
そして、その原因として──自分たちが「神の力」と呼んでいるものが存在している可能性があること。
確証などない。
資料そのものも古い。
本当にまだそこにあるのかすら分からない。
まして、それが024を救ってくれる保証など、どこにもない。
それでも。
他に方法はなかった。
研究長は024を背負った。
崩壊した白の教会をあとにして、森へ向かった。
自分自身も重傷を負っている。
傷口から血が流れ続け、何度も意識が遠のいた。
それでも024だけは地面へ落とさなかった。
一日。
二日。
どれほど歩いたのか、もう分からない。
食べるものもほとんどない。
水を見つければ、まず024の口元を濡らした。
夜になれば自分の上着を024にかけ、自分は木にもたれて眠った。
研究長の身体は、確実に死へ近づいていた。
それでも歩いた。
そして──。
木々の隙間から、水面に反射する光が見えた。
「……あった……」
湖。
資料に記されていた場所だった。
だが、研究長にはもう湖まで024を運ぶ力すら残されていなかった。
足が崩れる。
それでも最後の力で、湖へ続く場所にある一本の木のそばまで024を運んだ。
静かに背中から下ろす。
眠ったままの024を、木の根元へ横たえる。
その顔をしばらく見つめた。
研究長の震える手が、024の髪に触れかける。
けれど──途中で止まった。
自分に、この子へ触れる資格があるのだろうか。
その手をゆっくりと下ろす。
「……すまなかった……」
届くはずのない言葉だった。
研究長は湖を見た。
もう視界は霞み、その水面さえぼやけている。
それでも、確かにそこにある。
最後の望み。
「……私の記憶が……正しければ……」
この先に「神の力」がある。
それが何なのか。
024を選ぶのか。
それとも拒むのか。
研究長には、もう確かめることはできない。
ただ一つだけ願った。
研究の成功などではなく。
自分たちが番号でしか呼ばなかった、一人の子どもが。
──生きてくれることを。
研究長は眠ったままの024を残し、湖から少し離れた場所まで歩いた。
そして誰にも看取られることなく、静かに力尽きた。