Ⅰ 白の教会
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「──っ!」
024の小さな身体が床を転がった。
耳鳴りがする。
視界が揺れる。
何が起こったのか分からない。
「……え……?」
床に手をつき、ゆっくりと顔を上げた。
さっきまで自分が立っていた場所。
そこに──
045が倒れていた。
「…………045?」
返事がない。
「045……?」
024は這うように近づいた。
白い服が、赤く染まっていた。
見たこともないほど、たくさんの血。
「……やだ」
震える手を伸ばす。
「ねえ……起きて」
045の肩に触れる。
「逃げるんでしょ?」
返事はない。
「外に行くんでしょ……?」
肩を揺らす。
「本物の空、探すんでしょ……?」
その言葉に。
045の瞼が、ほんの少しだけ動いた。
『……024……』
「!」
024はその手を両手で握った。
「一緒に行こう」
必死に身体を起こそうとする。
「ほら、立って。早く行かないと」
『……024……』
「外に出たら、海を探そう」
小さな身体で何度も引っ張る。
「045が教えてくれた海」
『…………』
「向こう側が見えないくらい大きくて……壁がなくて……」
涙で声が震える。
「それから本物の空も見るの」
『…………』
「夕焼けも」
『……ごめん』
024の手が止まった。
「……え?」
045は、かすかに笑った。
『私……もう、行けないみたい』
「やだ」
考えるより先に言葉が出た。
『024』
「やだ」
『聞いて』
「やだ!」
024は激しく首を振った。
「約束したじゃん!」
涙が床へ落ちる。
「二人で出るって言った!」
『……うん』
「海を見るんでしょ!?」
『うん』
「本物の夕焼けも!」
『……うん』
「だったら立ってよ!!」
045は何も言わなかった。
ただ、泣きじゃくる024を見つめていた。
やがて、ゆっくりと手を持ち上げる。
震える指先が、024の頬に触れた。
『ねえ……024』
「……なに……」
『私ね……』
045は少しだけ目を細めた。
『お母さんの顔、もう思い出せない』
「…………」
『お父さんの声も』
「…………」
『家がどんなだったかも……忘れちゃった』
実験を受けるたびに。
少しずつ。
少しずつ。
045の中から、外の世界は消えていった。
『でもね……』
045は、024の手を握った。
『外があったことは、覚えてる』
「…………」
『風が吹いて……雨が降って……』
途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
『空は……すっごく大きくて』
「……知ってる」
『え……?』
024は泣きながら答えた。
「045が教えてくれたから、知ってる」
045が目を見開く。
「海は向こう側が見えないくらい大きくて……壁がないの」
『…………』
「雨に濡れたら服が重たくなるんでしょ?」
『……うん』
「夕焼けは……空が燃えてるみたいに赤くなる」
『うん……』
045の瞳から、涙が零れた。
『覚えててくれたんだ』
「当たり前でしょ……」
024はその手を強く握った。
「言ったじゃん」
『…………』
「045が忘れたら、私が教えてあげるって」
『……うん』
「だから……」
声が崩れる。
「自分で覚えててよ……」
『…………』
「これからも私にいっぱい話してよ……!」
『024……』
「一緒に外に出ようよ……!」
045は泣いていた。
それでも──笑った。
『じゃあ今度は……024が見てきて』
「嫌」
『本物の空』
「嫌だ」
『海も』
「やめて……」
『夕焼けも』
「やめてよ……!」
045の指先から、少しずつ力が抜けていく。
『私の分まで……見てきて』
「045……」
そして045の視線が、024の首筋へ向いた。
そこには、消えることのない数字が刻まれている。
《024》
045の首にも、同じように数字がある。
名前を奪われた自分たちに与えられたもの。
『それで……確かめてきて』
「……なにを……?」
『私たちが……』
045は息を吸った。
『番号じゃなくても、生きていけるのか』
024の目から、大粒の涙が零れた。
そのとき。
──ゴォォォォォ……。
建物全体が震えた。
「……なに……?」
先ほどまでとは違う。
爆発ではない。
もっと深いところ。
白の教会の地下──研究施設の最奥から。
何かが目を覚ましたような、低い音。
そして研究員たちの悲鳴が響いた。
《研究長!!》
《神の力が……!》
《反応値が上がり続けています!》
《駄目だ、制御できない!!》
《研究長! 神の力が暴走します!!》
次の瞬間。
世界が、白く染まった。
「……っ!」
凄まじい光が研究施設を貫く。
壁が砕ける。
床が裂ける。
天井が崩れ落ちる。
長い間。
人間たちが「神の力」と呼び、利用しようとし続けたもの。
身体に埋め込まれ。
無理やり適合させられ。
そのために、何人もの子どもが命を落とした。
その力が今。
まるで白の教会そのものを拒絶するかのように、すべてを呑み込んでいく。
研究員も。
実験体の子どもたちも。
侵入してきた怪物たちさえも。
区別などなかった。
『024!!』
045が最後の力を振り絞り、024を抱きしめた。
「045……?」
『目、閉じて』
「嫌だ」
『大丈夫』
「嫌……」
『024』
「置いていかないで……」
045の腕に、ほんの少しだけ力が入った。
「一人にしないで……」
『…………』
045は目を閉じた。
そして。
024の耳元で、小さく囁いた。
『生きて』
「……え?」
次の瞬間。
045は残された力のすべてを使って、024を突き飛ばした。
「──045!!」
轟音。
崩れ落ちた天井が、二人の間へ雪崩れ込む。
「045!!」
024は必死に手を伸ばした。
瓦礫の向こう。
045も、手を伸ばしている。
あと少し。
ほんの少しだけなのに。
「045!!」
指先は――
届かなかった。
白い光が、すべてを呑み込んだ。
024の小さな身体が床を転がった。
耳鳴りがする。
視界が揺れる。
何が起こったのか分からない。
「……え……?」
床に手をつき、ゆっくりと顔を上げた。
さっきまで自分が立っていた場所。
そこに──
045が倒れていた。
「…………045?」
返事がない。
「045……?」
024は這うように近づいた。
白い服が、赤く染まっていた。
見たこともないほど、たくさんの血。
「……やだ」
震える手を伸ばす。
「ねえ……起きて」
045の肩に触れる。
「逃げるんでしょ?」
返事はない。
「外に行くんでしょ……?」
肩を揺らす。
「本物の空、探すんでしょ……?」
その言葉に。
045の瞼が、ほんの少しだけ動いた。
『……024……』
「!」
024はその手を両手で握った。
「一緒に行こう」
必死に身体を起こそうとする。
「ほら、立って。早く行かないと」
『……024……』
「外に出たら、海を探そう」
小さな身体で何度も引っ張る。
「045が教えてくれた海」
『…………』
「向こう側が見えないくらい大きくて……壁がなくて……」
涙で声が震える。
「それから本物の空も見るの」
『…………』
「夕焼けも」
『……ごめん』
024の手が止まった。
「……え?」
045は、かすかに笑った。
『私……もう、行けないみたい』
「やだ」
考えるより先に言葉が出た。
『024』
「やだ」
『聞いて』
「やだ!」
024は激しく首を振った。
「約束したじゃん!」
涙が床へ落ちる。
「二人で出るって言った!」
『……うん』
「海を見るんでしょ!?」
『うん』
「本物の夕焼けも!」
『……うん』
「だったら立ってよ!!」
045は何も言わなかった。
ただ、泣きじゃくる024を見つめていた。
やがて、ゆっくりと手を持ち上げる。
震える指先が、024の頬に触れた。
『ねえ……024』
「……なに……」
『私ね……』
045は少しだけ目を細めた。
『お母さんの顔、もう思い出せない』
「…………」
『お父さんの声も』
「…………」
『家がどんなだったかも……忘れちゃった』
実験を受けるたびに。
少しずつ。
少しずつ。
045の中から、外の世界は消えていった。
『でもね……』
045は、024の手を握った。
『外があったことは、覚えてる』
「…………」
『風が吹いて……雨が降って……』
途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
『空は……すっごく大きくて』
「……知ってる」
『え……?』
024は泣きながら答えた。
「045が教えてくれたから、知ってる」
045が目を見開く。
「海は向こう側が見えないくらい大きくて……壁がないの」
『…………』
「雨に濡れたら服が重たくなるんでしょ?」
『……うん』
「夕焼けは……空が燃えてるみたいに赤くなる」
『うん……』
045の瞳から、涙が零れた。
『覚えててくれたんだ』
「当たり前でしょ……」
024はその手を強く握った。
「言ったじゃん」
『…………』
「045が忘れたら、私が教えてあげるって」
『……うん』
「だから……」
声が崩れる。
「自分で覚えててよ……」
『…………』
「これからも私にいっぱい話してよ……!」
『024……』
「一緒に外に出ようよ……!」
045は泣いていた。
それでも──笑った。
『じゃあ今度は……024が見てきて』
「嫌」
『本物の空』
「嫌だ」
『海も』
「やめて……」
『夕焼けも』
「やめてよ……!」
045の指先から、少しずつ力が抜けていく。
『私の分まで……見てきて』
「045……」
そして045の視線が、024の首筋へ向いた。
そこには、消えることのない数字が刻まれている。
《024》
045の首にも、同じように数字がある。
名前を奪われた自分たちに与えられたもの。
『それで……確かめてきて』
「……なにを……?」
『私たちが……』
045は息を吸った。
『番号じゃなくても、生きていけるのか』
024の目から、大粒の涙が零れた。
そのとき。
──ゴォォォォォ……。
建物全体が震えた。
「……なに……?」
先ほどまでとは違う。
爆発ではない。
もっと深いところ。
白の教会の地下──研究施設の最奥から。
何かが目を覚ましたような、低い音。
そして研究員たちの悲鳴が響いた。
《研究長!!》
《神の力が……!》
《反応値が上がり続けています!》
《駄目だ、制御できない!!》
《研究長! 神の力が暴走します!!》
次の瞬間。
世界が、白く染まった。
「……っ!」
凄まじい光が研究施設を貫く。
壁が砕ける。
床が裂ける。
天井が崩れ落ちる。
長い間。
人間たちが「神の力」と呼び、利用しようとし続けたもの。
身体に埋め込まれ。
無理やり適合させられ。
そのために、何人もの子どもが命を落とした。
その力が今。
まるで白の教会そのものを拒絶するかのように、すべてを呑み込んでいく。
研究員も。
実験体の子どもたちも。
侵入してきた怪物たちさえも。
区別などなかった。
『024!!』
045が最後の力を振り絞り、024を抱きしめた。
「045……?」
『目、閉じて』
「嫌だ」
『大丈夫』
「嫌……」
『024』
「置いていかないで……」
045の腕に、ほんの少しだけ力が入った。
「一人にしないで……」
『…………』
045は目を閉じた。
そして。
024の耳元で、小さく囁いた。
『生きて』
「……え?」
次の瞬間。
045は残された力のすべてを使って、024を突き飛ばした。
「──045!!」
轟音。
崩れ落ちた天井が、二人の間へ雪崩れ込む。
「045!!」
024は必死に手を伸ばした。
瓦礫の向こう。
045も、手を伸ばしている。
あと少し。
ほんの少しだけなのに。
「045!!」
指先は――
届かなかった。
白い光が、すべてを呑み込んだ。