Ⅲ 新しい名前
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「──おい」
声がする。
「おい、大丈夫か?」
誰かがいる。
「嬢ちゃん、聞こえるか?」
身体を揺すられる。
ゆっくり目を開けると、知らない男の人が私を覗き込んでいた。
日に焼けた顔。
大きな荷物を積んだ馬車。
後になって、その人が行商人なのだと教えてもらった。
そのときの私には、そんなことすら分からなかった。
「……みず……」
どうにか、それだけを口にした。
「待ってろ」
男の人はすぐに水筒を取り出した。
少しずつ水を飲ませてくれる。
「こんなところで何してるんだ? 一人か?」
「…………」
「家は?」
「……分かりません」
男の人の表情が変わった。
「親は?」
「……分かりません」
「名前は?」
私は答えようとして──。
口を閉じた。
「…………分かりません」
それが一番、苦しかった。
自分が誰なのか分からない。
名前を聞かれるだけで、自分がこの世界のどこにも存在していないような気持ちになる。
男の人はしばらく黙っていた。
それから。
「そうか」
それ以上は聞かなかった。
「とりあえず、このままにはしておけねえな」
そう言って、私を馬車に乗せてくれた。
───
次に目を覚ましたとき。
知らない天井があった。
一瞬、身体が強張る。
「……!」
飛び起きようとして、頭がくらくらした。
「こらこら、まだ寝てなきゃ駄目だよ」
女性の声。
見ると、ベッドの横に年配の女性が座っていた。
「……ここは……?」
「村だよ。街道で倒れてたんだってね。行商の人が運んできてくれたんだよ」
「村……」
「三日もまともに食べてなかったんじゃないかい? ひどい有様だったよ」
そう言いながら、女性は温かいスープを差し出してくれた。
湯気が立っている。
「ほら。ゆっくりお食べ」
「…………」
私は受け取れなかった。
「どうしたんだい?」
「……お金……」
「ん?」
「私、お金……持ってません」
すると女性は目を丸くした。
次の瞬間。
笑った。
「そんなもの取らないよ」
「でも……」
「いいから食べな」
スープの入った器を、両手に持たされる。
温かい。
その温度が指先から身体へ伝わってくる。
恐る恐る、一口飲んだ。
「…………」
美味しかった。
どうしてだろう。
急に涙が出てきた。
「おやおや」
「……ごめんなさい……」
「なんで謝るんだい」
女性は笑いながら、私の頭を撫でた。
その手があまりにも優しくて。
私はますます泣いた。
声がする。
「おい、大丈夫か?」
誰かがいる。
「嬢ちゃん、聞こえるか?」
身体を揺すられる。
ゆっくり目を開けると、知らない男の人が私を覗き込んでいた。
日に焼けた顔。
大きな荷物を積んだ馬車。
後になって、その人が行商人なのだと教えてもらった。
そのときの私には、そんなことすら分からなかった。
「……みず……」
どうにか、それだけを口にした。
「待ってろ」
男の人はすぐに水筒を取り出した。
少しずつ水を飲ませてくれる。
「こんなところで何してるんだ? 一人か?」
「…………」
「家は?」
「……分かりません」
男の人の表情が変わった。
「親は?」
「……分かりません」
「名前は?」
私は答えようとして──。
口を閉じた。
「…………分かりません」
それが一番、苦しかった。
自分が誰なのか分からない。
名前を聞かれるだけで、自分がこの世界のどこにも存在していないような気持ちになる。
男の人はしばらく黙っていた。
それから。
「そうか」
それ以上は聞かなかった。
「とりあえず、このままにはしておけねえな」
そう言って、私を馬車に乗せてくれた。
───
次に目を覚ましたとき。
知らない天井があった。
一瞬、身体が強張る。
「……!」
飛び起きようとして、頭がくらくらした。
「こらこら、まだ寝てなきゃ駄目だよ」
女性の声。
見ると、ベッドの横に年配の女性が座っていた。
「……ここは……?」
「村だよ。街道で倒れてたんだってね。行商の人が運んできてくれたんだよ」
「村……」
「三日もまともに食べてなかったんじゃないかい? ひどい有様だったよ」
そう言いながら、女性は温かいスープを差し出してくれた。
湯気が立っている。
「ほら。ゆっくりお食べ」
「…………」
私は受け取れなかった。
「どうしたんだい?」
「……お金……」
「ん?」
「私、お金……持ってません」
すると女性は目を丸くした。
次の瞬間。
笑った。
「そんなもの取らないよ」
「でも……」
「いいから食べな」
スープの入った器を、両手に持たされる。
温かい。
その温度が指先から身体へ伝わってくる。
恐る恐る、一口飲んだ。
「…………」
美味しかった。
どうしてだろう。
急に涙が出てきた。
「おやおや」
「……ごめんなさい……」
「なんで謝るんだい」
女性は笑いながら、私の頭を撫でた。
その手があまりにも優しくて。
私はますます泣いた。