【事件の速報】
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白の教会が壊滅した。
その報せが黒の教団本部へ届いたのは、事件からしばらく経った頃だった。
最初は、地方で起きた不可解な大量死事件の一つとして扱われていた。
しかし現地調査に入ったファインダーから送られてきた報告書には、教団が無視できない記述がいくつも存在していた。
──現場にて、AKUMAの残骸と思われる物質を確認。
──施設内部に、イノセンスによるものと推測される異常な破壊痕あり。
──ただし、適合者の存在は確認できず。
その報告を受け、科学班にも事件資料が回された。
黒の教団本部。
科学班の一室に、何冊もの資料が積み上げられている。
「白の教会……?」
リナリーが表紙に書かれた文字を読み上げた。
「聞いたことないな」
アレンが隣から資料を覗き込む。
その少し離れたところでは、ラビが椅子を後ろ向きにして座り、背もたれに腕を乗せながら別の資料を読んでいた。
普段なら数ページ読んだところで退屈そうな声を上げそうなものだが、今日は妙に静かだった。
「ラビ?」
リナリーに呼ばれても、返事がない。
視線だけが紙面を追っている。
───
【白の教会崩壊 地下施設から非人道的な人体実験の痕跡】
〇〇年〇月〇日、〇〇地方にある宗教施設「白の教会」が崩壊した。
白の教会は、孤児や身寄りのない子どもたちを保護する慈善活動を行う教会として知られ、長年にわたり地域住民からも信頼を集めていた。
事件当時、教会では正体不明の怪物による襲撃があったとみられている。
さらに施設内部では、襲撃と前後して正体不明の力による大規模な爆発が発生。建物の大部分が崩壊し、地下施設を含む広い範囲が甚大な被害を受けた。
現場からは多数の遺体が発見されているが、損傷が激しく、現在も身元を確認できていない者が多数いる。
また、崩壊した教会の地下から、それまで存在を知られていなかった大規模な研究施設が発見された。
地下施設には実験器具や拘束設備などが残されており、回収された資料とあわせて調査した結果、複数の子どもたちを被験体とした非人道的な人体実験が繰り返されていたことが明らかとなった。
被験体となった子どもたちは名前ではなく番号で管理されていたとみられ、その正確な人数や身元、事件当時の所在については現在も調査が続けられている。
白の教会を統括し、地下施設での研究を主導していたとみられる神父は、事件後消息を絶っている。
慈善施設として長年地域に親しまれてきた教会の地下で、なぜこのような実験が行われていたのか。
そして、教会を襲撃した怪物と施設を崩壊させた正体不明の力は何だったのか。
事件の全容はいまだ明らかになっていない。
───
そこでラビの目が止まった。
「……被験体?」
その一言に、アレンの表情が変わる。
ラビはページをめくった。
次に綴じられていたのは、現場から回収された研究資料の一部だった。
ほとんどが焼け焦げている。
読める部分は少ない。
だが──。
そこには確かに書かれていた。
『適合実験』
『神の力』
『被験体』
そして。
いくつもの数字。
「……名前じゃねぇさ」
ラビが呟いた。
「え?」
「こいつら、子供を名前で管理してねぇ」
リナリーが息を呑む。
資料に残されているのは、人名ではなかった。
001。
008。
013。
021。
数字。
ただ、それだけ。
年齢も。
出身地も。
本当の名前も。
ほとんど残されていない。
アレンが険しい顔で資料を見る。
「この子たちに……何をしてたんでしょう」
「そこを調べてるんだろうねぇ」
いつの間にか現れたコムイが答えた。
いつもの気の抜けた雰囲気はない。
「残っていた資料から判断すると、この施設ではイノセンスらしきものを使った人体実験が行われていた可能性が高い」
「イノセンスを……?」
リナリーが聞き返す。
「向こうはそう呼んでないけどね」
コムイが一枚の資料を机へ置いた。
そこには何度も同じ言葉が書かれていた。
──神の力。
「彼らはイノセンスの正体を知らなかったらしい。それを『神の力』と呼んで研究していた」
「……教会、ねぇ」
ラビが小さく呟く。
皮肉っぽい口調だった。
だが、笑ってはいなかった。
さらに資料をめくる。
実験記録。
投薬記録。
身体反応。
拒絶反応。
そして、適合失敗。
同じような記述が延々と続いている。
アレンが途中で読むのをやめた。
リナリーも俯いている。
「ひどい……」
その中で、ラビだけは読み続けていた。
ブックマンとして。
起きたことを記録するために。
感情ではなく事実を見る。
それが自分の役目だから。
──そうして、ページをめくった。
ふと。
一枚だけ、妙な紙があった。
ほとんど焼けていて、端が黒く崩れている。
ラビは慎重に持ち上げた。
「……じじい」
部屋の隅で黙って資料を読んでいたブックマンが顔を上げる。
「なんじゃ」
「これ」
ラビが紙を見せる。
中央部分だけが辛うじて残っていた。
『──複数──適合──』
『──被験体──』
そして。
その下に並んだ数字の一部。
ラビの目が細くなる。
「複数のイノセンスに適合させようとしてた……?」
コムイが紙を受け取った。
「可能性はある。でも資料の欠損が激しすぎる。断定はできない」
「成功した奴は?」
「分からない」
「生存者は?」
一瞬。
部屋が静かになった。
コムイは首を横に振った。
「確認されていない」
「全員死亡?」
「それも分からない」
ラビが顔を上げた。
コムイは事件報告書を指差した。
「遺体の数と、資料上存在していたと思われる人間の数が一致しないんだ」
アレンが反応する。
「じゃあ……生き残った人がいるかもしれない?」
「可能性だけならね。ただし施設の損傷が激しい。そもそも正確な人数すら把握できていない」
ラビは再び報告書へ視線を落とした。
──多数の遺体。
──身元確認不能。
──被験体。
──生存者不明。
そして。
『白の教会を統括していた神父は、事件後消息不明』
「……神父も死体が見つかってねぇんだ」
「そういうことになるね」
コムイが答える。
「逃げたんでしょうか」
アレンが言った。
「分からない」
コムイは静かに答えた。
「死亡していて遺体を特定できていないだけかもしれない。あるいは、本当に施設から脱出したのかもしれない」
「……」
ラビはその一文をしばらく見つめていた。
それから、資料を閉じる。
「ラビ?」
「ん?」
リナリーに呼ばれ、ようやくいつものように口元を緩める。
「いや。なんでもねーさ」
けれど。
頭の中には、いくつかの情報が残っていた。
名前を奪われ、番号で呼ばれていた子供たち。
イノセンスを「神の力」と呼んでいた研究者たち。
複数のイノセンスへの適合を試みた痕跡。
数の合わない遺体。
そして──消息を絶った研究長。
「ラビ」
低い声が飛んできた。
ブックマンだった。
「記録したか」
ラビは一瞬だけ黙った。
そして。
「……ああ」
いつもの軽い声で答える。
「ちゃんと覚えたさ」
ブックマンの後継者として。
歴史を記録する者として。
ただ事実を記憶した。
その報せが黒の教団本部へ届いたのは、事件からしばらく経った頃だった。
最初は、地方で起きた不可解な大量死事件の一つとして扱われていた。
しかし現地調査に入ったファインダーから送られてきた報告書には、教団が無視できない記述がいくつも存在していた。
──現場にて、AKUMAの残骸と思われる物質を確認。
──施設内部に、イノセンスによるものと推測される異常な破壊痕あり。
──ただし、適合者の存在は確認できず。
その報告を受け、科学班にも事件資料が回された。
黒の教団本部。
科学班の一室に、何冊もの資料が積み上げられている。
「白の教会……?」
リナリーが表紙に書かれた文字を読み上げた。
「聞いたことないな」
アレンが隣から資料を覗き込む。
その少し離れたところでは、ラビが椅子を後ろ向きにして座り、背もたれに腕を乗せながら別の資料を読んでいた。
普段なら数ページ読んだところで退屈そうな声を上げそうなものだが、今日は妙に静かだった。
「ラビ?」
リナリーに呼ばれても、返事がない。
視線だけが紙面を追っている。
───
【白の教会崩壊 地下施設から非人道的な人体実験の痕跡】
〇〇年〇月〇日、〇〇地方にある宗教施設「白の教会」が崩壊した。
白の教会は、孤児や身寄りのない子どもたちを保護する慈善活動を行う教会として知られ、長年にわたり地域住民からも信頼を集めていた。
事件当時、教会では正体不明の怪物による襲撃があったとみられている。
さらに施設内部では、襲撃と前後して正体不明の力による大規模な爆発が発生。建物の大部分が崩壊し、地下施設を含む広い範囲が甚大な被害を受けた。
現場からは多数の遺体が発見されているが、損傷が激しく、現在も身元を確認できていない者が多数いる。
また、崩壊した教会の地下から、それまで存在を知られていなかった大規模な研究施設が発見された。
地下施設には実験器具や拘束設備などが残されており、回収された資料とあわせて調査した結果、複数の子どもたちを被験体とした非人道的な人体実験が繰り返されていたことが明らかとなった。
被験体となった子どもたちは名前ではなく番号で管理されていたとみられ、その正確な人数や身元、事件当時の所在については現在も調査が続けられている。
白の教会を統括し、地下施設での研究を主導していたとみられる神父は、事件後消息を絶っている。
慈善施設として長年地域に親しまれてきた教会の地下で、なぜこのような実験が行われていたのか。
そして、教会を襲撃した怪物と施設を崩壊させた正体不明の力は何だったのか。
事件の全容はいまだ明らかになっていない。
───
そこでラビの目が止まった。
「……被験体?」
その一言に、アレンの表情が変わる。
ラビはページをめくった。
次に綴じられていたのは、現場から回収された研究資料の一部だった。
ほとんどが焼け焦げている。
読める部分は少ない。
だが──。
そこには確かに書かれていた。
『適合実験』
『神の力』
『被験体』
そして。
いくつもの数字。
「……名前じゃねぇさ」
ラビが呟いた。
「え?」
「こいつら、子供を名前で管理してねぇ」
リナリーが息を呑む。
資料に残されているのは、人名ではなかった。
001。
008。
013。
021。
数字。
ただ、それだけ。
年齢も。
出身地も。
本当の名前も。
ほとんど残されていない。
アレンが険しい顔で資料を見る。
「この子たちに……何をしてたんでしょう」
「そこを調べてるんだろうねぇ」
いつの間にか現れたコムイが答えた。
いつもの気の抜けた雰囲気はない。
「残っていた資料から判断すると、この施設ではイノセンスらしきものを使った人体実験が行われていた可能性が高い」
「イノセンスを……?」
リナリーが聞き返す。
「向こうはそう呼んでないけどね」
コムイが一枚の資料を机へ置いた。
そこには何度も同じ言葉が書かれていた。
──神の力。
「彼らはイノセンスの正体を知らなかったらしい。それを『神の力』と呼んで研究していた」
「……教会、ねぇ」
ラビが小さく呟く。
皮肉っぽい口調だった。
だが、笑ってはいなかった。
さらに資料をめくる。
実験記録。
投薬記録。
身体反応。
拒絶反応。
そして、適合失敗。
同じような記述が延々と続いている。
アレンが途中で読むのをやめた。
リナリーも俯いている。
「ひどい……」
その中で、ラビだけは読み続けていた。
ブックマンとして。
起きたことを記録するために。
感情ではなく事実を見る。
それが自分の役目だから。
──そうして、ページをめくった。
ふと。
一枚だけ、妙な紙があった。
ほとんど焼けていて、端が黒く崩れている。
ラビは慎重に持ち上げた。
「……じじい」
部屋の隅で黙って資料を読んでいたブックマンが顔を上げる。
「なんじゃ」
「これ」
ラビが紙を見せる。
中央部分だけが辛うじて残っていた。
『──複数──適合──』
『──被験体──』
そして。
その下に並んだ数字の一部。
ラビの目が細くなる。
「複数のイノセンスに適合させようとしてた……?」
コムイが紙を受け取った。
「可能性はある。でも資料の欠損が激しすぎる。断定はできない」
「成功した奴は?」
「分からない」
「生存者は?」
一瞬。
部屋が静かになった。
コムイは首を横に振った。
「確認されていない」
「全員死亡?」
「それも分からない」
ラビが顔を上げた。
コムイは事件報告書を指差した。
「遺体の数と、資料上存在していたと思われる人間の数が一致しないんだ」
アレンが反応する。
「じゃあ……生き残った人がいるかもしれない?」
「可能性だけならね。ただし施設の損傷が激しい。そもそも正確な人数すら把握できていない」
ラビは再び報告書へ視線を落とした。
──多数の遺体。
──身元確認不能。
──被験体。
──生存者不明。
そして。
『白の教会を統括していた神父は、事件後消息不明』
「……神父も死体が見つかってねぇんだ」
「そういうことになるね」
コムイが答える。
「逃げたんでしょうか」
アレンが言った。
「分からない」
コムイは静かに答えた。
「死亡していて遺体を特定できていないだけかもしれない。あるいは、本当に施設から脱出したのかもしれない」
「……」
ラビはその一文をしばらく見つめていた。
それから、資料を閉じる。
「ラビ?」
「ん?」
リナリーに呼ばれ、ようやくいつものように口元を緩める。
「いや。なんでもねーさ」
けれど。
頭の中には、いくつかの情報が残っていた。
名前を奪われ、番号で呼ばれていた子供たち。
イノセンスを「神の力」と呼んでいた研究者たち。
複数のイノセンスへの適合を試みた痕跡。
数の合わない遺体。
そして──消息を絶った研究長。
「ラビ」
低い声が飛んできた。
ブックマンだった。
「記録したか」
ラビは一瞬だけ黙った。
そして。
「……ああ」
いつもの軽い声で答える。
「ちゃんと覚えたさ」
ブックマンの後継者として。
歴史を記録する者として。
ただ事実を記憶した。