1.Ich kenne ihn.
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気づくと、私はそこに立っていた。
むせ返るような血と焦げた木材の匂い。鼓膜にこびり付く悲鳴。赤黒く染まる、母なる大地。思わず、地獄絵図、という言葉がこぼれた。これはーーベルリン、だろうか。走り去っていく人々の身なりも言葉も古い。映画か何かの撮影だろうか。否、それなら何故私はここに居る?
次々と巡っていく思考に置いていかれたように、体は未だ呆然としていた。幼子の遊びのように、次々と消えて行く命。あまりに大きな喪失感に、立っているだけの己の無力に、押し潰されそうになる。現実離れしているが、ただの夢にしては生々し過ぎる。これは、もしかして過去の記憶って奴なのだろうか。
ふと、視線を逸らすと。目立つ銀髪の男と、目が合った。と同時に、こちらに駆け寄ってくる。がちゃがちゃと鉄の鎧が揺れる。かっと開かれた眼は、獲物を狩る鷲のように鋭い。葡萄酒を零したような色の瞳には、くらりと酔わせてしまうような不思議な魅力があった。
「ベルリン、無事か!?」
男は息も絶え絶えに此方へ問う。
……ベルリン?ベルリンって、都市の名前じゃあないか。それを、まるで人の名前みたいに言うなんて。
戸惑いを覚えるのとほぼ同時に、どこかの私が言った。
「私は、無事よ。でも」
「……私の愛する兄弟達は、泣いているわ」
自然と零れ落ちる涙。かすり傷に滲んで、じんじんと来る痛みを拭う。袖を見て、軍服を着ていたのだと気づいた。返り血か自分の血かも分からない色で染まるそれは、酷く痛々しい。
数秒の沈黙があった後、馬から降りる音が聞こえた。彼は此方へ寄って、私をぎゅう、と抱き締めた。
あたたかい。どうしてだろうか。誰かもわからない彼が、愛しい。
何故愛しいのかは、本当に分からなかったけれど。
「……ベルリン」
「また、俺 を建て直すの、手伝ってくれるか?」
雨上がりの木漏れ日のようなかすかな問い。それに何か答えようとして、無理やり涙をぬぐって、口を開こうとしてーー。
そこで、目が覚めた。
橙色の灯りが目に入る。ぐるりと見渡せば、いつも通りの勉強部屋。夢だったか、と改めて自覚した。AM6:30を示す目覚まし時計が喧しい。少し硬い釦をぎゅっと押し込め、音を止める。
「イルザ!! 朝ごはん食べる?」
「食べる、ダンケ……」
階下から聞こえる母の声。ハイトーンの彼女の声は、朝には毒だ。もそもそと使いなれたギムナジウムの鞄を取り出す、直前ではたと気づく。そうだ、今日から私は大学生だった。クローゼットの手前にある、新品の革の鞄。入学祝いにと特注で作ってもらった、小さく鷲の刺繍が入ったお気に入りだ。
私の家は、一言で言えば質素だ。一緒に居るのはラントヒルトさん。彼女は少し心配性だが、健康志向で頼り甲斐がある強かな女性だ。私をここまで、女手一つで育ててくれた世界一大切な人。
……さっき声が毒って言ったのは聞かなかった事にして欲しい。久々に一緒の朝を迎えられたから、いつもより気分が良いみたいなんだ。ハイトーンに磨きがかかってた。
ラントヒルトさんの事はなんでも知ってる。その逆も然り。
……今まで一度だって、お母さん、とは呼ばせてくれなかったけれど。
「イルザ、ごめんね。また、ひとりで入学式なんて……」
「ううん、大丈夫だよ。ラントヒルトさんが私のために働いてくれてるって、分かってるもの」
ロッゲンブロートのサンドウィッチと、一杯のミルク。
いつも通りの食事を口にしながら、笑って言う。
すると少し悲しそうな顔をしてから、彼女は私を見つめて言うのだ。
「イルザは良い子ね」
あまりに期待通りの言葉をくれるので、思わずクスリと笑ってしまった。そう、私はすっごく良い子。学費免除でトップレベルの国立の学校をずっと首席で卒業した、我儘も殆ど言わない女の子。
凄く可愛くて愛されるような子では無いけれど、少なくとも『しっかり者』とはよく言われる。
だから、今日から通う大学でも、数年後の職業も、きっと心配なんか少しもさせない女の子になるんだ。
「じゃあ、Tschüs !」
「行ってらっしゃい」
そんな希望とも諦めとも取れる思いを胸に、見慣れた街並みを進む。今日の夢、やっぱりちょっと変だった。予兆のようなそれに胸騒ぎをさせつつ、都心へと進むバスの、後ろの席へ腰掛けた。
むせ返るような血と焦げた木材の匂い。鼓膜にこびり付く悲鳴。赤黒く染まる、母なる大地。思わず、地獄絵図、という言葉がこぼれた。これはーーベルリン、だろうか。走り去っていく人々の身なりも言葉も古い。映画か何かの撮影だろうか。否、それなら何故私はここに居る?
次々と巡っていく思考に置いていかれたように、体は未だ呆然としていた。幼子の遊びのように、次々と消えて行く命。あまりに大きな喪失感に、立っているだけの己の無力に、押し潰されそうになる。現実離れしているが、ただの夢にしては生々し過ぎる。これは、もしかして過去の記憶って奴なのだろうか。
ふと、視線を逸らすと。目立つ銀髪の男と、目が合った。と同時に、こちらに駆け寄ってくる。がちゃがちゃと鉄の鎧が揺れる。かっと開かれた眼は、獲物を狩る鷲のように鋭い。葡萄酒を零したような色の瞳には、くらりと酔わせてしまうような不思議な魅力があった。
「ベルリン、無事か!?」
男は息も絶え絶えに此方へ問う。
……ベルリン?ベルリンって、都市の名前じゃあないか。それを、まるで人の名前みたいに言うなんて。
戸惑いを覚えるのとほぼ同時に、どこかの私が言った。
「私は、無事よ。でも」
「……私の愛する兄弟達は、泣いているわ」
自然と零れ落ちる涙。かすり傷に滲んで、じんじんと来る痛みを拭う。袖を見て、軍服を着ていたのだと気づいた。返り血か自分の血かも分からない色で染まるそれは、酷く痛々しい。
数秒の沈黙があった後、馬から降りる音が聞こえた。彼は此方へ寄って、私をぎゅう、と抱き締めた。
あたたかい。どうしてだろうか。誰かもわからない彼が、愛しい。
何故愛しいのかは、本当に分からなかったけれど。
「……ベルリン」
「また、
雨上がりの木漏れ日のようなかすかな問い。それに何か答えようとして、無理やり涙をぬぐって、口を開こうとしてーー。
そこで、目が覚めた。
橙色の灯りが目に入る。ぐるりと見渡せば、いつも通りの勉強部屋。夢だったか、と改めて自覚した。AM6:30を示す目覚まし時計が喧しい。少し硬い釦をぎゅっと押し込め、音を止める。
「イルザ!! 朝ごはん食べる?」
「食べる、ダンケ……」
階下から聞こえる母の声。ハイトーンの彼女の声は、朝には毒だ。もそもそと使いなれたギムナジウムの鞄を取り出す、直前ではたと気づく。そうだ、今日から私は大学生だった。クローゼットの手前にある、新品の革の鞄。入学祝いにと特注で作ってもらった、小さく鷲の刺繍が入ったお気に入りだ。
私の家は、一言で言えば質素だ。一緒に居るのはラントヒルトさん。彼女は少し心配性だが、健康志向で頼り甲斐がある強かな女性だ。私をここまで、女手一つで育ててくれた世界一大切な人。
……さっき声が毒って言ったのは聞かなかった事にして欲しい。久々に一緒の朝を迎えられたから、いつもより気分が良いみたいなんだ。ハイトーンに磨きがかかってた。
ラントヒルトさんの事はなんでも知ってる。その逆も然り。
……今まで一度だって、お母さん、とは呼ばせてくれなかったけれど。
「イルザ、ごめんね。また、ひとりで入学式なんて……」
「ううん、大丈夫だよ。ラントヒルトさんが私のために働いてくれてるって、分かってるもの」
ロッゲンブロートのサンドウィッチと、一杯のミルク。
いつも通りの食事を口にしながら、笑って言う。
すると少し悲しそうな顔をしてから、彼女は私を見つめて言うのだ。
「イルザは良い子ね」
あまりに期待通りの言葉をくれるので、思わずクスリと笑ってしまった。そう、私はすっごく良い子。学費免除でトップレベルの国立の学校をずっと首席で卒業した、我儘も殆ど言わない女の子。
凄く可愛くて愛されるような子では無いけれど、少なくとも『しっかり者』とはよく言われる。
だから、今日から通う大学でも、数年後の職業も、きっと心配なんか少しもさせない女の子になるんだ。
「じゃあ、
「行ってらっしゃい」
そんな希望とも諦めとも取れる思いを胸に、見慣れた街並みを進む。今日の夢、やっぱりちょっと変だった。予兆のようなそれに胸騒ぎをさせつつ、都心へと進むバスの、後ろの席へ腰掛けた。
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