カノン
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とても天気が良く、少し風の強い日だった
昨日、モストロ・ラウンジに沢山のお客が来て、今日営業する分の材料がギリギリしか無くて無くなっては困ると話になり、フロイドはジェイドとのジャンケン勝負に負けて購買へと買い出しに向かっていた
「はぁ……なんで俺が買い出しになんかいかなきゃなんねぇんだよ………ん?…」
購買に向かう道を歩きながら文句を言っていたら、風と共にピアノの演奏が聞こえた
その弾かれている曲は、聞いたことがない曲で何処か暖かくも感じたり悲しくも感じる曲だった
何処から聞こえるのか、音を探すと丁度隣にある校舎の上の階にある音楽室から聞こえた
………
……
…
音楽室の前にまで来て、扉についている窓から中を見てみる
ピアノに向かっているのは、オンボロ寮に住んでいて、魔法の使えない異質な生徒のユウだった。
そっと扉を開けて中に入るが、夢中になって楽しそうに弾いており、気づいていないらしく教室の椅子に腰掛けてユウのピアノを弾く姿をまじまじと見た
丁度曲の一番盛り上がる場面が過ぎて、落ち着いたパートに入った
ユウのピアノを弾く手は一つ一つ重く感じて、鍵盤を滑る指は沢山の感情がこもっている気がした
たまに何かを思い出したような笑顔になったり、悲しそうな顔になったりするのが証拠だ
………
……
…
前から音楽の授業の時に、音楽室のピアノが気になってこちらに来てから一度も好きだったピアノを弾いていないと思っていた
放課後にこっそり音楽室に忍び込んで、少しだけ、少しだけと思っていたのに、いつの間にかフルで演奏をしていた
パチパチパチパチャ…
演奏を終えて、一呼吸を置いて鍵盤を見つめていたら乾いた拍手が聞こえて拍手が聞こえた方を見る
「小エビちゃん凄いね…俺、思わず聴き入っちゃった…」
『フ、フロイド先輩!いつからここに…』
「サビのパートに入る位からいたよ♡」
そう言いながら、扉の近くの椅子に座っていたフロイド先輩は立ち上がりこちらに向かってきた
「聞いたこと無ぇ曲だけど、なんて曲なの?」
『これは…この曲は、カノンと言います』
「カノン?」
『そうです、私の大切な曲……だった気がします…』
少し冷たい鍵盤を撫でながら、何も置いていない譜面台を見る
黒い譜面台に自分の考え込んだ顔が映る
『たしか、大切な人の為に練習をして、その人の前で弾いた気がします…』
「たしか…?」
『……誰に弾いてあげたのか覚えてないんです』
前の世界に、家族や友達がいた記憶はある
だが、思い出せないのだ…
親の顔、友達の名前、学校の先生
「大切だと思っていた人がいた」という記憶はあるのに顔や名前が思い出せないのだ
大切な人の為に弾いたと言うのも、実際親に弾いたのか、友達の為に弾いたのかとかも覚えてないのだ
ただ、私がピアノを弾いている横に座ってずっと見守ってくれて「上手だね」って声をかけてくれたのは覚えてるのだ
きっとこの曲を覚えていたから、そんなエピソードも覚えてられたのかもしれない
『酷いですよね…大切な人達の事を覚えてないなんて…』
「……。」
『元の世界に帰りたいと願ってるのに、元の世界の大切な人達を覚えてないなんて帰る資格があるのだろうか…』
そう言って、俯いて膝の上に乗せていた手を見た
このカノンという曲は私が凄い好きだった曲だ。だから思い入れが強い大切な曲の筈なのに。ピアノを弾く資格すら無いのでは…と思って涙が出てきそうになった
「じゃあさ、ユウは俺にとって大切な人だからさ、俺のために弾いてよ」
『……え…?』
俯いて見ていた自分の手の上に、別の手が両方乗せられる
その手は大きくて、指は細く、とても色白な骨張っている男の人の手だ
「俺この曲好き。だからユウは俺の為に弾いてよ」
『………。』
「それに弾いてるうちに、もしかしたら思い出すかもしれないじゃん。だから、今は笑って弾いてよ」
重ねられた両手は私の手を包み込み、ギュッと握ってくれた
前を見ると椅子に座っている私の目線に合わせて、しゃがんで優しい笑顔で見つめてくるフロイド先輩
フロイド先輩の優しさに包まれて、堪えていた涙が溢れ出てきて包み込んでくれている手の上に落ちる
手が離されて、泣くのを許してくれるように抱きしめられて頭を撫でられる
『………うぅ…フロイド…先輩ぃ…』
「小エビちゃんって泣き虫なんだねぇ。今日はたーくさん泣いていいよ」
『……あ゛りがとう…ございます…』
「今度、ジェイドとアズールの前でも演奏してよ。約束だからね」
いつか、前の世界に戻っても
この曲を弾いたら、今いる大切な人の事も忘れないでいることはできるだろうか
カノン/ヨハン・パッヘルベル