我々は社畜だ
今日も会社に半日以上いた。きっと、明日も明後日もそうだろう。
朝起きて朝食の代わりにサプリメントと栄養剤を一気に飲み、仕事着を纏いいざ出勤をする。ただし足取りは限りなく重い。
たまの休みは家の事と買い出しと睡眠であっという間に終わる。それか持ち帰った資料とにらめっこをして、あーでもない、こーでもないと頭を抱えるのだ。
つまり一般的には私みたいなやつを社畜と言うのだと思う。
まだ会社に泊まることがないだけましなのかもしれない。世間にはもっとブラックで寝ていなくて休んでいない社畜もいるんだろう。私の所はまだましだと思う。
そうやって気がつけばアラサーになっていて、彼氏もいない、友人も少ない、渇いた生活を送っている。
言ってて悲しいがこれが現実だ。
そんな生活の中でも唯一の楽しみがある。
それは帰り道に私と同じように遅くまで働いている目の隈が酷い男性を見つけることだ。完璧に連勤真っ最中であろう彼はスーツはくたくたになっていてクリーニングに出す余裕もないのかもしれない。
そんな彼に
『君もお疲れさま。明日も頑張ろうな。』と心の中で励ますことが最近の楽しみだ。
楽しみと言うと彼に悪い気もするが、彼の背中を見ると思わず目で追ってしまう。
偶然同じような境遇であろう人物を見て、親近感が沸いたしすごく社畜の匂いがしたのだ。
同志がいると心強いのは私だけだろうか?
毎日私だけ?こんなに疲れているの?他の人はなんであんなに笑って過ごせるんだ?そんな取り残された日常の中で彼は私にとって一緒に頑張っている仲間のようなものだった。
今日も彼の背中を見て
『いや、君は本当に頑張っているよ。そんな風に落ち込むなって。次の休みがきたら自分を甘やかすんだぞ。絶対働くなよ!?』
と心の中で声をかけた。当たり前だが届かない。私は彼の声も知らないし彼は何処で働いていて、どういう仕事をしているか?ここら辺に住んでいるのか?友達はいるのか?彼女はいるのか?
そんな事を一つも知らない。
彼に対して色んな興味が湧いてくる。
思いきって話しかけるのもありだろうが、いきなり……ただでさえ美人というわけでもないのに死んだ目の女が親しげに声をかけたら不快だろう。もっと顔がよく生まれたかった。世の中は悲しみに満ちている。
来世は綺麗な顔に生まれたい。
私は彼から視線を外し、そのままいつものように自宅へ帰ろうと歩き出した。
明日も彼は仕事だろうか?
そろそろ休んでほしい気持ちとまた会えるのを楽しみにしている気持ちとがあって複雑だ。
彼が休みだと私は彼に会うことができない。
何せ、通勤中にしか出会えないのだから。
少し薄暗い道を歩く。点々と街灯はあるがどこか心許ない。
空には痩せ細った月と金星であろう星が一つ。他は夜の空に飲まれているようだった。
暫く歩き、後ろから足音が聞こえてきた。そして家の近くまで来たところで誰かに声をかけられた。
うわ~何だろう?怖いなぁ、怖いなぁ~。
「すみません、落としましたよ。」
聞いたことのない男性の声に思わず、警戒する。
時間帯も遅いし酔っぱらいに絡まれたか?と思って無視する。知らない知らない、相手にしたら面倒だ。そもそも私に話しかけたのかも分からないしね!
そのまま私は早歩きする。
もう少しで家なのに、家を知られるのも厄介なのでわざわざ遠回りをした。
だが後ろから声をかけた人物もそのままついて来るようだ。
え~~~~~まだついてくるか。
面倒だな。
私はそのまま早歩きから走り出した。
「え!?ちょっ、待ってっ…!」
「待ちませんっ!」
また声をかけられるが待つわけないだろ。
無理無理~~~~~。
普段運動をしない疲労が溜まった体が悲鳴をあげる。いや、まじ、無理、もう走れない。このままだと追い付かれると思った瞬間後ろで大きな音がした。
どうやら盛大に転けたらしい。
少し振り向くと倒れている。動かない。
ああ、変に同情してしまう。顔面から転んだかもしれないと思うと可哀想になってきた。きっとかなり痛かったんだろうな。
はぁ…大きなため息をつき、私は転けた人物のもとへ駆け寄った。そして鞄の中からハンカチを探し渡そうとする。
う~ん、ないな。暗くてなかなか見つからない。とりあえず声をかけてみる。
「大丈夫ですか?」
少し呆れたような声だったかもしれないが顔面から転けたらしい人物を心配した。だってこんなにお手本の様に転んだ人初めて見たよ。
ふむ、スーツを着ている。社会人か。
「…?…あれ?え??」
よくよく見るとその人物は私がよく見かける人物だった。
ここまで言えば分かるとは思うがいつも見ていた社畜の彼だった。
「あの、これ落としましたよ。」
そう言う彼の手には私が渡そうと思ったハンカチが握りしめられてた。あっ、本当に落とし物していたんだ。そこで初めて気がつく。
私は今日まで彼の姿を何度も見てきたが、声を聞いたのは初めてだった。
こんな声だったのか………。
よく聞くと良い声だ。
あー、そんなこともあったなと思いながら私は先ほど部屋の中で転んだ彼を見て思い出していた。
何?どうして転けた?何かに躓いた?
「独歩くん……大丈夫?」
「……大丈夫じゃない。何でもないところで転けたなんてもう駄目だ。俺なんて地を這いつくばっていればいいんだ。俺は人と同じ目線に立っていては駄目なんだ。こんなカッコ悪いやつといたら君も嫌だろ……。」
「はいはいストップ。」
突然のネガティブモードに入る彼をいつものようにあしらう。いちいち真に受けていると私も折れて二人でネガティブループに入ってしまう。社畜は気を抜くといつでもネガティブになれるよ、怖いね!
だから私は昔のように彼を励ますのだ。
勿論、今度は口に出す。
「いや、君は本当に頑張っているよ。駄目なんかじゃない。そんな風に落ち込むなって。今日はそんな頑張っている独歩くんを一杯甘やかしてあげるからね。だからとりあえず起きようか?」
這いつくばる彼の頭を撫で彼を溶かすように甘い言葉を捧げる。
「本当に?」
「うん。」
「……なら今日は誰にも会ったら駄目だ。外ても出ちゃ駄目。今日は俺だけのものでいて。」
「うん、勿論だよ。」
私と彼は手と手を絡め、今日は何も考えず溶け合うのだろう。
何やらたまに穏やかじゃない台詞を聞くこともあるが私はそんな彼も好きだ。
「ねえ、好き?」
「うん、大好きだよ。」
ネガティブな彼は心配して聞いてくるのを私は心地よく感じながら返す。好き?ってそんなの条件反射で好きって返すに決まっているじゃん。
今ではこんなに近くで独歩くんを励ませれるのが私は嬉しい。仕事は何をしていてどこに住んでいるのか?あんなに知らなかったことを私は全部知っているし、何より気になる彼の彼女になるなんて思いもしなかった。
そんなに昔でもないことを思い返す。あんなこと、こんなことあったね。
ぼーっと思考に耽っていると、
「駄目、ちゃんと俺だけのことを考えて。」
「え?あっ、……っん。」
私の両頬を手で掴んだかと思うとそのまま文字通り噛みつくようなキスをされる。
私は割りと独歩くんのことしか考えていないのにな。
ほら、昔もさっきも今も独歩くんのことしか考えていないよ?
明日私たちは仕事だ。きっと頭の中は実績とかご指摘とかクライアントとか期限がとかネガティブなことだらけで帰る頃にはそれはそれは酷い顔をしているし割りと死ぬのでは?と思うことがある。
社畜なら当たり前で、出来れば本当は当たり前になってほしくない。ホワイト企業はどこになるのでしょうか?
けれど今日はそんな仕事など忘れて私と独歩くんは愛し合うのだった。
ほら、今も独歩くんは私の指と指の間を撫でてくる。それは彼が甘えてくる合図。
君はいつも頑張っているね、お疲れさま。今日はたっぷりと甘えようね。
朝起きて朝食の代わりにサプリメントと栄養剤を一気に飲み、仕事着を纏いいざ出勤をする。ただし足取りは限りなく重い。
たまの休みは家の事と買い出しと睡眠であっという間に終わる。それか持ち帰った資料とにらめっこをして、あーでもない、こーでもないと頭を抱えるのだ。
つまり一般的には私みたいなやつを社畜と言うのだと思う。
まだ会社に泊まることがないだけましなのかもしれない。世間にはもっとブラックで寝ていなくて休んでいない社畜もいるんだろう。私の所はまだましだと思う。
そうやって気がつけばアラサーになっていて、彼氏もいない、友人も少ない、渇いた生活を送っている。
言ってて悲しいがこれが現実だ。
そんな生活の中でも唯一の楽しみがある。
それは帰り道に私と同じように遅くまで働いている目の隈が酷い男性を見つけることだ。完璧に連勤真っ最中であろう彼はスーツはくたくたになっていてクリーニングに出す余裕もないのかもしれない。
そんな彼に
『君もお疲れさま。明日も頑張ろうな。』と心の中で励ますことが最近の楽しみだ。
楽しみと言うと彼に悪い気もするが、彼の背中を見ると思わず目で追ってしまう。
偶然同じような境遇であろう人物を見て、親近感が沸いたしすごく社畜の匂いがしたのだ。
同志がいると心強いのは私だけだろうか?
毎日私だけ?こんなに疲れているの?他の人はなんであんなに笑って過ごせるんだ?そんな取り残された日常の中で彼は私にとって一緒に頑張っている仲間のようなものだった。
今日も彼の背中を見て
『いや、君は本当に頑張っているよ。そんな風に落ち込むなって。次の休みがきたら自分を甘やかすんだぞ。絶対働くなよ!?』
と心の中で声をかけた。当たり前だが届かない。私は彼の声も知らないし彼は何処で働いていて、どういう仕事をしているか?ここら辺に住んでいるのか?友達はいるのか?彼女はいるのか?
そんな事を一つも知らない。
彼に対して色んな興味が湧いてくる。
思いきって話しかけるのもありだろうが、いきなり……ただでさえ美人というわけでもないのに死んだ目の女が親しげに声をかけたら不快だろう。もっと顔がよく生まれたかった。世の中は悲しみに満ちている。
来世は綺麗な顔に生まれたい。
私は彼から視線を外し、そのままいつものように自宅へ帰ろうと歩き出した。
明日も彼は仕事だろうか?
そろそろ休んでほしい気持ちとまた会えるのを楽しみにしている気持ちとがあって複雑だ。
彼が休みだと私は彼に会うことができない。
何せ、通勤中にしか出会えないのだから。
少し薄暗い道を歩く。点々と街灯はあるがどこか心許ない。
空には痩せ細った月と金星であろう星が一つ。他は夜の空に飲まれているようだった。
暫く歩き、後ろから足音が聞こえてきた。そして家の近くまで来たところで誰かに声をかけられた。
うわ~何だろう?怖いなぁ、怖いなぁ~。
「すみません、落としましたよ。」
聞いたことのない男性の声に思わず、警戒する。
時間帯も遅いし酔っぱらいに絡まれたか?と思って無視する。知らない知らない、相手にしたら面倒だ。そもそも私に話しかけたのかも分からないしね!
そのまま私は早歩きする。
もう少しで家なのに、家を知られるのも厄介なのでわざわざ遠回りをした。
だが後ろから声をかけた人物もそのままついて来るようだ。
え~~~~~まだついてくるか。
面倒だな。
私はそのまま早歩きから走り出した。
「え!?ちょっ、待ってっ…!」
「待ちませんっ!」
また声をかけられるが待つわけないだろ。
無理無理~~~~~。
普段運動をしない疲労が溜まった体が悲鳴をあげる。いや、まじ、無理、もう走れない。このままだと追い付かれると思った瞬間後ろで大きな音がした。
どうやら盛大に転けたらしい。
少し振り向くと倒れている。動かない。
ああ、変に同情してしまう。顔面から転んだかもしれないと思うと可哀想になってきた。きっとかなり痛かったんだろうな。
はぁ…大きなため息をつき、私は転けた人物のもとへ駆け寄った。そして鞄の中からハンカチを探し渡そうとする。
う~ん、ないな。暗くてなかなか見つからない。とりあえず声をかけてみる。
「大丈夫ですか?」
少し呆れたような声だったかもしれないが顔面から転けたらしい人物を心配した。だってこんなにお手本の様に転んだ人初めて見たよ。
ふむ、スーツを着ている。社会人か。
「…?…あれ?え??」
よくよく見るとその人物は私がよく見かける人物だった。
ここまで言えば分かるとは思うがいつも見ていた社畜の彼だった。
「あの、これ落としましたよ。」
そう言う彼の手には私が渡そうと思ったハンカチが握りしめられてた。あっ、本当に落とし物していたんだ。そこで初めて気がつく。
私は今日まで彼の姿を何度も見てきたが、声を聞いたのは初めてだった。
こんな声だったのか………。
よく聞くと良い声だ。
あー、そんなこともあったなと思いながら私は先ほど部屋の中で転んだ彼を見て思い出していた。
何?どうして転けた?何かに躓いた?
「独歩くん……大丈夫?」
「……大丈夫じゃない。何でもないところで転けたなんてもう駄目だ。俺なんて地を這いつくばっていればいいんだ。俺は人と同じ目線に立っていては駄目なんだ。こんなカッコ悪いやつといたら君も嫌だろ……。」
「はいはいストップ。」
突然のネガティブモードに入る彼をいつものようにあしらう。いちいち真に受けていると私も折れて二人でネガティブループに入ってしまう。社畜は気を抜くといつでもネガティブになれるよ、怖いね!
だから私は昔のように彼を励ますのだ。
勿論、今度は口に出す。
「いや、君は本当に頑張っているよ。駄目なんかじゃない。そんな風に落ち込むなって。今日はそんな頑張っている独歩くんを一杯甘やかしてあげるからね。だからとりあえず起きようか?」
這いつくばる彼の頭を撫で彼を溶かすように甘い言葉を捧げる。
「本当に?」
「うん。」
「……なら今日は誰にも会ったら駄目だ。外ても出ちゃ駄目。今日は俺だけのものでいて。」
「うん、勿論だよ。」
私と彼は手と手を絡め、今日は何も考えず溶け合うのだろう。
何やらたまに穏やかじゃない台詞を聞くこともあるが私はそんな彼も好きだ。
「ねえ、好き?」
「うん、大好きだよ。」
ネガティブな彼は心配して聞いてくるのを私は心地よく感じながら返す。好き?ってそんなの条件反射で好きって返すに決まっているじゃん。
今ではこんなに近くで独歩くんを励ませれるのが私は嬉しい。仕事は何をしていてどこに住んでいるのか?あんなに知らなかったことを私は全部知っているし、何より気になる彼の彼女になるなんて思いもしなかった。
そんなに昔でもないことを思い返す。あんなこと、こんなことあったね。
ぼーっと思考に耽っていると、
「駄目、ちゃんと俺だけのことを考えて。」
「え?あっ、……っん。」
私の両頬を手で掴んだかと思うとそのまま文字通り噛みつくようなキスをされる。
私は割りと独歩くんのことしか考えていないのにな。
ほら、昔もさっきも今も独歩くんのことしか考えていないよ?
明日私たちは仕事だ。きっと頭の中は実績とかご指摘とかクライアントとか期限がとかネガティブなことだらけで帰る頃にはそれはそれは酷い顔をしているし割りと死ぬのでは?と思うことがある。
社畜なら当たり前で、出来れば本当は当たり前になってほしくない。ホワイト企業はどこになるのでしょうか?
けれど今日はそんな仕事など忘れて私と独歩くんは愛し合うのだった。
ほら、今も独歩くんは私の指と指の間を撫でてくる。それは彼が甘えてくる合図。
君はいつも頑張っているね、お疲れさま。今日はたっぷりと甘えようね。
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