恋の犠牲者はどちらか
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「そんなに嫌なんですか、神室町」
「……うん」
「でもまぁ、先輩は夜の神室町ってよりも昼間のカフェって感じですよね」
「それは自分でもそう思うかも」
飲み会を終えてお疲れ様でしたーと解散して、一目散にタクシー乗り場へと向かう。
わざわざ送ってくれるという後輩の隣でそんな話をしながら、どうして今回の飲み会に限って新宿の、しかも歌舞伎町すぐの場所なのか……いや、こんな時まであの人に会うことはないだろうけど、変にヒヤヒヤしてしまってずっと落ち着かない。
「え、新宿!? ならパスしようかな」
「あ、ちょっと! 行くって言って今更それはダメですよ!」
あの後会社で引き続き交わされた会話からお店の場所が新宿だと判明してしまい、そうなると話が変わってくる。
新宿じゃなくても他に色々あるじゃないかと訴えてみたが、後輩曰く「他の色々も勿論行ってますよ、先輩がいつも不在なだけで。前回、部長の気になる店がちょうど新宿にあって次はそこにしようってことになってるんです。変更不可ですよ」と、前々からの話だと言う。
「でも」
「なにか嫌な理由でもあるんですか?」
「……まぁ、前に神室町で絡まれたことがあって、いい思い出がないっていうか」
「酷いですよ。俺、ぬか喜びじゃないですか」
本当は絡まれたことなんて今となっては大したことではなく、むしろその出来事をキッカケに色々な思い出があり過ぎる場所も同じ新宿区内なことに、少しばかり二の足を踏んでしまう。
それでも「またミーちゃんは勘弁してくださいよー」なんて嘆きを前に非情になりきれず、今日はこうして渋々参加することに。一口に新宿とは言っても神室町方面とは限らないだろうし、後輩からも「神室町じゃないから大丈夫ですよ」と言われていざ来てみれば、道路の向こう側はお馴染みのアーチが堂々と点灯していて、私から言わせればもうほぼ神室町なんだけど!?
「でも、二次会出なくて良かったの?」
「今日くらい部長担当は外れたいですから」
「はは、それもそうか」
今はひとまず一次会が終わり、早々に帰路につこうというところである。一刻も早く家へ帰るため、今日くらいこのままタクシーでも乗ってしまおうと乗り場へ向かう。方向も考慮すれば、ここからだと天下一通りへ渡ってそこに待機してるタクシーがいちばん近いなと、悲しいかな神室町によく来るようになって培われた知識がここで役立つとは。
会いたくない、そう意識してしまうほど私にとって吾朗さんはやはり特別なんだなと思う。彼はどうか知らないけれど、私は他人になんてなれない。会うとまた酷いことを言われるのかなという怖さもあるけれど、それ以上に何を言われても怒りになんてならず涙と悲しみが先行してしまうんだ。恨むことが出来たならどれほど楽か……根底にある「好き」は、どうしたら消えてくれるのだろう。
「新宿じゃないところで、飲み直したりします?」
「しないよ、もう帰る。久しぶりの部長の話はやっぱり長くて疲れちゃったし。あ、そこからタクシー乗るからここまででいいかな、どうもありがとう」
「まぁ、俺が頼んで来てもらったようなものですから。じゃあ気をつけて」
「うん、またね」
そして互いにお疲れ様ですと挨拶をした後、乗り場に控えているタクシーへと歩き出し「お願いします」と乗り込んだ。そして行き先を告げて、なんとなくスマホに目を落とす。
でもそこで、なかなか発車しないなぁなんて思っていれば、タクシーの運転手がこちらを振り返り困惑した声が聞こえた。
「あの、お連れ様ですか?」
「え?」
そんな運転手の視線を辿ればドアはいまだに閉じられておらず、さらにはいつの間にか吾朗さんが閉まるドアの導線上にいて……
「どうして……!?」
つまりは、彼が間にいるためドアを閉じることが出来ない。そして身体を屈め、タクシーの運転手へと声をかける。
「すまんのぅ、連れが忘れ物しとってな。ちょっと借りてくで」
「え、あのっ……吾朗さんっ!」
そんな言葉とともに私の腕を掴んでは、無理矢理車外へと連れ出したのだ。
突然すぎる出来事と私の腕を引くその力が痛いくらい強いもので、混乱しながら「いきなりなんですか!? ていうか、ちょっと、痛い!」と声を上げるものの、彼は私を見ることなどなくどんどんと進み神室町内へと入っていってしまう。
「ねぇ、吾朗さんっ!」
付き合っていた頃からは考えられないほど乱雑に扱われ、連れて来られたのは狭い路地。こんなところに人などおらず、壁を背にした私の前に立ちはだかる吾朗さんのその表情は、夜の暗さも相まって一際恐怖を感じてしまう。またあの、笑っているのに冷たくて怖くて、私はもう捕らわれた獲物のように怯えるしかできない。
「さっきの、泣いて引っかけた男か? 仕事が早いのぅ」
鼻で笑いながらそう言われて、違うと一言声に出せばいいのに、首を横に張ればいいのに。そんなんじゃないのに、身体が硬直してしまい否定することさえ出来ない。
黙ったまま動けない私に、とうとう彼の表情から笑顔が消えた。そして……
「神室町はお前みたいな奴が来る所やないねん」
「んっ、んんっ……」
別れてくれと言われたあのときと同じ、冷酷な顔つきで。そして私がこれまで聞いたこともないような低い声で、脅しつけるように吐いた言葉をぶつけるが早いか、勢いよく唇を塞がれてしまった。キスであるはずなのに、まるで獲物に喰らいつくかのような衝動を帯びたその行動に訳がわからない、でも力では敵わない。
されるがまま流されてしまうのだけは嫌だと、その気持ちで抵抗をしてみせたなら、彼はいとも簡単に私の両手をまとめて拘束してしまう。私の頭上で抑え付けられてしまった両手は、彼の片手以下の力しかないなんて。その間ももちろん口付けは止まらない。
声にならない声を出しながら、呼吸もままならない、涙も出てくる。何を思ってこんなことをするの、今更私のことなんて放っておけばいいじゃない。そんなことも考えられないほどに、理解の出来ない状況に頭がパンクしてしまう。
すると一瞬、唇だけ僅かに離れる。私はこの隙に息を吸うのに必死で、至近距離にある吾朗さんの顔がぼんやりと映る。そして彼は、私の手を抑制している方とは反対の手を自身の口元へと持っていった。
着用しているそのグローブを歯で、まるで食いちぎるかのように脱いだと思えばそのままぼとりと地面に落とす。呼吸をすることで精一杯な私が、その行動の意味を知るのはこのすぐ後。
また口付けが再開されたと思ったら、今度は纏うものが無くなった彼のその手が私の服を乱して肌に触れてきたのがわかった。その手の感触がひんやりと感じられるのはその表情と同様に彼の手も冷たいからなのか、私の身体が彼に触れられたことにより熱を持ってしまったからなのか。
嫌だ嫌だと、その意思表示のため出来る限り抗っていたあるとき。一瞬彼の力が弱まったその瞬間、私の右手は彼の頬目掛けて空を切り、乾いた音を立てた。
すると今度は彼にとって思いがけない状況になったのか、その動きを止めて驚きを含む目で私を見て。
「もう、構わないで……」
震える声で、その精一杯の気持ちだけ置いて。拘束が解けた私は彼を残し、一人その場を立ち去った。
私はやっぱり、吾朗さんが好きだから。
会う度に酷いことを言われたって、こんな目に遭ったって、やっぱりすぐに嫌いになんてなれないのはなんでなの。だから好きな人にあんなふうに、行き摩りのようなかたちで抱かれてしまうのだけはどうしても受け入れられなかった。
だって……キスをしてくれるときも抱いてくれるときも、今までいつもいつもその行為は優しいものでしかなかったのだから。かけてくれる声も触れる手もなにもかも、本当に優しくて。
でももう、そんな吾朗さんには会えないんだと思うと、彼を叩いた右手がやけに痛く感じてしまった。
別れろと言っておいてこうして手を出してくる彼も、いつまでも好きを引き摺る自分も、もういい加減にしてほしい。どうしたらこの感情をオフに出来るのか、もう「好き」なんて要らない。そう思っても涙が止まらないのだから、やっぱり好きな人なのだと思い知らされる。
「……うん」
「でもまぁ、先輩は夜の神室町ってよりも昼間のカフェって感じですよね」
「それは自分でもそう思うかも」
飲み会を終えてお疲れ様でしたーと解散して、一目散にタクシー乗り場へと向かう。
わざわざ送ってくれるという後輩の隣でそんな話をしながら、どうして今回の飲み会に限って新宿の、しかも歌舞伎町すぐの場所なのか……いや、こんな時まであの人に会うことはないだろうけど、変にヒヤヒヤしてしまってずっと落ち着かない。
「え、新宿!? ならパスしようかな」
「あ、ちょっと! 行くって言って今更それはダメですよ!」
あの後会社で引き続き交わされた会話からお店の場所が新宿だと判明してしまい、そうなると話が変わってくる。
新宿じゃなくても他に色々あるじゃないかと訴えてみたが、後輩曰く「他の色々も勿論行ってますよ、先輩がいつも不在なだけで。前回、部長の気になる店がちょうど新宿にあって次はそこにしようってことになってるんです。変更不可ですよ」と、前々からの話だと言う。
「でも」
「なにか嫌な理由でもあるんですか?」
「……まぁ、前に神室町で絡まれたことがあって、いい思い出がないっていうか」
「酷いですよ。俺、ぬか喜びじゃないですか」
本当は絡まれたことなんて今となっては大したことではなく、むしろその出来事をキッカケに色々な思い出があり過ぎる場所も同じ新宿区内なことに、少しばかり二の足を踏んでしまう。
それでも「またミーちゃんは勘弁してくださいよー」なんて嘆きを前に非情になりきれず、今日はこうして渋々参加することに。一口に新宿とは言っても神室町方面とは限らないだろうし、後輩からも「神室町じゃないから大丈夫ですよ」と言われていざ来てみれば、道路の向こう側はお馴染みのアーチが堂々と点灯していて、私から言わせればもうほぼ神室町なんだけど!?
「でも、二次会出なくて良かったの?」
「今日くらい部長担当は外れたいですから」
「はは、それもそうか」
今はひとまず一次会が終わり、早々に帰路につこうというところである。一刻も早く家へ帰るため、今日くらいこのままタクシーでも乗ってしまおうと乗り場へ向かう。方向も考慮すれば、ここからだと天下一通りへ渡ってそこに待機してるタクシーがいちばん近いなと、悲しいかな神室町によく来るようになって培われた知識がここで役立つとは。
会いたくない、そう意識してしまうほど私にとって吾朗さんはやはり特別なんだなと思う。彼はどうか知らないけれど、私は他人になんてなれない。会うとまた酷いことを言われるのかなという怖さもあるけれど、それ以上に何を言われても怒りになんてならず涙と悲しみが先行してしまうんだ。恨むことが出来たならどれほど楽か……根底にある「好き」は、どうしたら消えてくれるのだろう。
「新宿じゃないところで、飲み直したりします?」
「しないよ、もう帰る。久しぶりの部長の話はやっぱり長くて疲れちゃったし。あ、そこからタクシー乗るからここまででいいかな、どうもありがとう」
「まぁ、俺が頼んで来てもらったようなものですから。じゃあ気をつけて」
「うん、またね」
そして互いにお疲れ様ですと挨拶をした後、乗り場に控えているタクシーへと歩き出し「お願いします」と乗り込んだ。そして行き先を告げて、なんとなくスマホに目を落とす。
でもそこで、なかなか発車しないなぁなんて思っていれば、タクシーの運転手がこちらを振り返り困惑した声が聞こえた。
「あの、お連れ様ですか?」
「え?」
そんな運転手の視線を辿ればドアはいまだに閉じられておらず、さらにはいつの間にか吾朗さんが閉まるドアの導線上にいて……
「どうして……!?」
つまりは、彼が間にいるためドアを閉じることが出来ない。そして身体を屈め、タクシーの運転手へと声をかける。
「すまんのぅ、連れが忘れ物しとってな。ちょっと借りてくで」
「え、あのっ……吾朗さんっ!」
そんな言葉とともに私の腕を掴んでは、無理矢理車外へと連れ出したのだ。
突然すぎる出来事と私の腕を引くその力が痛いくらい強いもので、混乱しながら「いきなりなんですか!? ていうか、ちょっと、痛い!」と声を上げるものの、彼は私を見ることなどなくどんどんと進み神室町内へと入っていってしまう。
「ねぇ、吾朗さんっ!」
付き合っていた頃からは考えられないほど乱雑に扱われ、連れて来られたのは狭い路地。こんなところに人などおらず、壁を背にした私の前に立ちはだかる吾朗さんのその表情は、夜の暗さも相まって一際恐怖を感じてしまう。またあの、笑っているのに冷たくて怖くて、私はもう捕らわれた獲物のように怯えるしかできない。
「さっきの、泣いて引っかけた男か? 仕事が早いのぅ」
鼻で笑いながらそう言われて、違うと一言声に出せばいいのに、首を横に張ればいいのに。そんなんじゃないのに、身体が硬直してしまい否定することさえ出来ない。
黙ったまま動けない私に、とうとう彼の表情から笑顔が消えた。そして……
「神室町はお前みたいな奴が来る所やないねん」
「んっ、んんっ……」
別れてくれと言われたあのときと同じ、冷酷な顔つきで。そして私がこれまで聞いたこともないような低い声で、脅しつけるように吐いた言葉をぶつけるが早いか、勢いよく唇を塞がれてしまった。キスであるはずなのに、まるで獲物に喰らいつくかのような衝動を帯びたその行動に訳がわからない、でも力では敵わない。
されるがまま流されてしまうのだけは嫌だと、その気持ちで抵抗をしてみせたなら、彼はいとも簡単に私の両手をまとめて拘束してしまう。私の頭上で抑え付けられてしまった両手は、彼の片手以下の力しかないなんて。その間ももちろん口付けは止まらない。
声にならない声を出しながら、呼吸もままならない、涙も出てくる。何を思ってこんなことをするの、今更私のことなんて放っておけばいいじゃない。そんなことも考えられないほどに、理解の出来ない状況に頭がパンクしてしまう。
すると一瞬、唇だけ僅かに離れる。私はこの隙に息を吸うのに必死で、至近距離にある吾朗さんの顔がぼんやりと映る。そして彼は、私の手を抑制している方とは反対の手を自身の口元へと持っていった。
着用しているそのグローブを歯で、まるで食いちぎるかのように脱いだと思えばそのままぼとりと地面に落とす。呼吸をすることで精一杯な私が、その行動の意味を知るのはこのすぐ後。
また口付けが再開されたと思ったら、今度は纏うものが無くなった彼のその手が私の服を乱して肌に触れてきたのがわかった。その手の感触がひんやりと感じられるのはその表情と同様に彼の手も冷たいからなのか、私の身体が彼に触れられたことにより熱を持ってしまったからなのか。
嫌だ嫌だと、その意思表示のため出来る限り抗っていたあるとき。一瞬彼の力が弱まったその瞬間、私の右手は彼の頬目掛けて空を切り、乾いた音を立てた。
すると今度は彼にとって思いがけない状況になったのか、その動きを止めて驚きを含む目で私を見て。
「もう、構わないで……」
震える声で、その精一杯の気持ちだけ置いて。拘束が解けた私は彼を残し、一人その場を立ち去った。
私はやっぱり、吾朗さんが好きだから。
会う度に酷いことを言われたって、こんな目に遭ったって、やっぱりすぐに嫌いになんてなれないのはなんでなの。だから好きな人にあんなふうに、行き摩りのようなかたちで抱かれてしまうのだけはどうしても受け入れられなかった。
だって……キスをしてくれるときも抱いてくれるときも、今までいつもいつもその行為は優しいものでしかなかったのだから。かけてくれる声も触れる手もなにもかも、本当に優しくて。
でももう、そんな吾朗さんには会えないんだと思うと、彼を叩いた右手がやけに痛く感じてしまった。
別れろと言っておいてこうして手を出してくる彼も、いつまでも好きを引き摺る自分も、もういい加減にしてほしい。どうしたらこの感情をオフに出来るのか、もう「好き」なんて要らない。そう思っても涙が止まらないのだから、やっぱり好きな人なのだと思い知らされる。