恋の犠牲者はどちらか
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それから少しの間はお友達としての期間があったものの、付き合うまでに時間はかからなかった。
真島吾朗、その名前を聞いてもピンと来なくて、東城会と言われて「あぁ、なんかニュースで聞いたことある」といった程度。裏社会のことなど無縁な世界で生きてきた私は無知に近く、後で組織の大幹部ですごい人なのだと知ったくらいである。
彼からすれば、単純に一人の男性として接してくれることが逆に心地良かったらしい。そして私も、良い意味で「ただの吾朗さん」の姿を散々見てきてしまったから……付き合うことに躊躇いが全くなかったと言い切るのは嘘になるけど、でもそれだって僅かなもので、迷いはほんの一瞬。それならやめようとなるどころか、それでも好きが溢れる一方。再会したこともきっと意味があったんじゃないのかななんて、そんな夢見がちな考えも背中を押すようで……でも私なりにきちんと考えたうえで、彼と付き合うことを決めたんだ。
正直なことを述べるなら、彼と付き合ってから失くしたものはわりとある。でも、得られたものだってちゃんとある。
簡単に言えば、やはり普通の恋愛ではないから。付き合っていることは迂闊に他言出来ないし、行く場所だって考慮しなければならない場合も。前に軽い気持ちで「行きたい」と言った場所に後日二人で向かえばなんと貸切で、そのときは「すごいですね!」なんて単純にはしゃいでしまったのだけど、後から思えばそうしないと他の方の迷惑になってしまうからだと気付く。
どうしても立場上色々と人一倍配慮しなければならない彼は、時々自分は極道者だからと口にしていたけれど……それでも出来る限り私を愛してくれていたことはちゃんと伝わっていた。
友達や職場など、周りには「彼氏がいる」ということで詮索されても困るから「彼氏はいない」を貫いて。そうすれば女同士の食事とは別に、飲み会と称した出会いの場……まぁ、つまりは合コンに誘われることも時々あった。でももちろんそれには不参加で、誘われる度にお断りしていれば後に声もかからなくなる。
まぁ友達に関しては、結婚や出産などを迎える人も出てきて徐々にみんな生活リズムが変わっていき、自然と各々のペースで暮らすことにもなりつつあったけれど……それでもそうやって周りが環境を変えていく中にいれば、自然と「いい人は見つかった?」と、そんな話題にもなってしまうから。
付き合っていると堂々と言えない相手、言えない関係。周りに言えないことで、本当の気持ちを吐き出せる人もいなくなる。それにより表面上の会話しかしなくなっていき、気付けば当たり障りのない人と当たり障りのない関係を築くことしか出来なくなっていた。
「なぁ、今度飲み会があるんやが」
「そうなんですね、楽しんで来てくださいね」
「そうやなくて、ナマエも一緒にどや」
そんなある日、吾朗さんが神室町の親しい人と飲み会があるからと私を同席させてくれた。そこで出逢ったのが先日居酒屋にてお喋りしたメンバーなのだが、彼等は吾朗さんのことも私との関係も理解してくれている人達だったから、打ち解けるのはすぐだった。
名前を伏せる必要もない、付き合っていることを隠す必要もない。こんなことがあったあんなことがあったと包み隠さず話が出来る人の存在は素直に嬉しくて、私も神室町へと自然に足が向かうようになっていく。
神室町なら堂々と吾朗さんと並んで歩くことが出来て、彼の話を堂々とすることが出来る人達がいて……新たに大切な場所、大切な人達が出来て、それを繋いでくれたのは他でもない吾朗さんだ。それまでの私の「普通の生活」にあったものがどんどん離れてしまっても、そこに未練もなにも感じることがなかったのは、新たに出逢った人達や吾朗さんが与えてくれる幸せがそれを上回るほど大事なものだったから。
吾朗さんはやはり立場上忙しいのか、なかなか思うように会えないことも多かった。そして仕事柄仕方ないとわかっていても、夜の繁華街はどうしても切り離せない世界で、キャバクラ等にも当たり前に出入りする。当然言い寄ってくる夜の蝶も多数で、たまに彼と神室町を歩いていればそういう女性が次々と声をかけてくることもあった。
それだって少しずつ気にならなくなったとはいえ、やっぱり付き合い始めてからしばらくは気になって仕方なかったなぁ。でもそれをいちいち口にしたり、顔に出したりはしないように心がけていた。そういう彼と付き合うと決めたのは自分だから、理解するべきなのだと。だからその辺りのことはこっそり神室町の皆に話を聞いてもらったりしながら、上手くモヤモヤを発散させるようにすることもあった。
突然約束がダメになってしまうこともあるし、急に時間が出来たからと連絡が来ることもあって。でもそんな時は私の元まで来てもらう時間も惜しい気がしてしまって、彼の時間に合わせて私が神室町に行きますと返事をしては向かっていたこともしばしば。
デートだっていつでも出来るワケじゃない、行く場所だってある程度限られてしまう、綺麗な女性ともたくさん関わりがある、でも一緒にいられるならそれで良かったから。
「そんなの、私には無理ですー」
「よくそれで続けてられますね、ナマエちゃんじゃなきゃ無理ですよ!」と、やや呆れ気味に花ちゃんに言われたこともあったっけ。
そうやって吾朗さんの彼女として過ごしてきたこれまでの日々を、神室町の彼等は知っている。だから吾朗さんが私を「飽きた」だの「捨てた」だのといった言い方をしていたことに、私がどんな思いでこれまでと考えるとつい腹が立ってしまったらしい。その気持ちは嬉しいもので……まぁ、だからといって喧嘩はしてほしくないけれど。
でも、彼と別れても素直に話せる皆が変わらない関係でいてくれることは、私としては救いにも感じられた。
とてもとても大切にしてくれてるとばかり思っていた私は、やはり浮かれていたのだと思う。時間が出来たなら私から会いに行くことも、よく言われる「都合のいい女」の行動パターンだったかもなんて今更反省しても遅い。吾朗さんからすればいつしか簡単な女、都合の良い女になってしまっていたのかな。
だけどどんなに思い返しても、やっぱり私に向けてくれた言葉も行動も一緒にいた時間も、そこにはきちんと愛があったと思えてしまう私は盲目でしかないのだろうか。
「先輩、次の飲み会、今度こそは参加してほしいんですけど」
後輩の男性社員からそう言われて、私は返事に詰まる。
吾朗さんと付き合うようになってから、会社の飲み会に参加するのもすっかり減っていたのだ。まぁ正直、飲み会に参加する時間があるなら家でゆっくりしたいという気持ちと、もしその間に彼に時間が出来たら飲み会より彼の元へと向かいたい気持ちとがあったから。ある程度の節目どきだけ顔出し程度に参加しておけばいいかなと、これまでなんとなくやり過ごしてきたのだが……
「先輩がなかなか来てくれないから、もうずーっと俺が部長の相手なんですよね」
「あぁ……ミーちゃんは相変わらず?」
「はい。一度だけ自分に擦り寄ってきた話を毎度毎度聞かされてますよ」
「あはは、いつもお疲れ様」
上司は酔うとここ最近ペットとして飼い始めた猫の自慢が止まらなくなる。そして私がいない飲み会のとき、その話し相手はこの彼が固定となってるそう。たしかに物腰柔らかい人柄から話をしやすいタイプではある、困ったら私もつい相談してしまうし。
ペットの話題なら、自分の武勇伝や説教が止まらない等といったものより随分と可愛らしいとも思える。ただ少々困るのは、その猫の「ミーちゃん」の話題は飲み会の度に少しずつ変わるのならいいのだが……なんと毎回一から十まで全く同じであるがゆえ、流石の彼も耳にタコが出来ると言う。
「だから人助けだと思って、どうか!」
「……まぁ、たまにはいいかな。でも長居はしないけどね」
そう告げれば「これで久しぶりに部長以外の話し相手が!」だなんて目を輝かせる後輩を横目に、また仕事の手を進める。
こうして少しずつ、付き合う前の日常に戻っていくのだろうか。これまでの日々が戻らない思い出となってしまうようで、時間が経つのがこわいとさえ思ってしまった。
真島吾朗、その名前を聞いてもピンと来なくて、東城会と言われて「あぁ、なんかニュースで聞いたことある」といった程度。裏社会のことなど無縁な世界で生きてきた私は無知に近く、後で組織の大幹部ですごい人なのだと知ったくらいである。
彼からすれば、単純に一人の男性として接してくれることが逆に心地良かったらしい。そして私も、良い意味で「ただの吾朗さん」の姿を散々見てきてしまったから……付き合うことに躊躇いが全くなかったと言い切るのは嘘になるけど、でもそれだって僅かなもので、迷いはほんの一瞬。それならやめようとなるどころか、それでも好きが溢れる一方。再会したこともきっと意味があったんじゃないのかななんて、そんな夢見がちな考えも背中を押すようで……でも私なりにきちんと考えたうえで、彼と付き合うことを決めたんだ。
正直なことを述べるなら、彼と付き合ってから失くしたものはわりとある。でも、得られたものだってちゃんとある。
簡単に言えば、やはり普通の恋愛ではないから。付き合っていることは迂闊に他言出来ないし、行く場所だって考慮しなければならない場合も。前に軽い気持ちで「行きたい」と言った場所に後日二人で向かえばなんと貸切で、そのときは「すごいですね!」なんて単純にはしゃいでしまったのだけど、後から思えばそうしないと他の方の迷惑になってしまうからだと気付く。
どうしても立場上色々と人一倍配慮しなければならない彼は、時々自分は極道者だからと口にしていたけれど……それでも出来る限り私を愛してくれていたことはちゃんと伝わっていた。
友達や職場など、周りには「彼氏がいる」ということで詮索されても困るから「彼氏はいない」を貫いて。そうすれば女同士の食事とは別に、飲み会と称した出会いの場……まぁ、つまりは合コンに誘われることも時々あった。でももちろんそれには不参加で、誘われる度にお断りしていれば後に声もかからなくなる。
まぁ友達に関しては、結婚や出産などを迎える人も出てきて徐々にみんな生活リズムが変わっていき、自然と各々のペースで暮らすことにもなりつつあったけれど……それでもそうやって周りが環境を変えていく中にいれば、自然と「いい人は見つかった?」と、そんな話題にもなってしまうから。
付き合っていると堂々と言えない相手、言えない関係。周りに言えないことで、本当の気持ちを吐き出せる人もいなくなる。それにより表面上の会話しかしなくなっていき、気付けば当たり障りのない人と当たり障りのない関係を築くことしか出来なくなっていた。
「なぁ、今度飲み会があるんやが」
「そうなんですね、楽しんで来てくださいね」
「そうやなくて、ナマエも一緒にどや」
そんなある日、吾朗さんが神室町の親しい人と飲み会があるからと私を同席させてくれた。そこで出逢ったのが先日居酒屋にてお喋りしたメンバーなのだが、彼等は吾朗さんのことも私との関係も理解してくれている人達だったから、打ち解けるのはすぐだった。
名前を伏せる必要もない、付き合っていることを隠す必要もない。こんなことがあったあんなことがあったと包み隠さず話が出来る人の存在は素直に嬉しくて、私も神室町へと自然に足が向かうようになっていく。
神室町なら堂々と吾朗さんと並んで歩くことが出来て、彼の話を堂々とすることが出来る人達がいて……新たに大切な場所、大切な人達が出来て、それを繋いでくれたのは他でもない吾朗さんだ。それまでの私の「普通の生活」にあったものがどんどん離れてしまっても、そこに未練もなにも感じることがなかったのは、新たに出逢った人達や吾朗さんが与えてくれる幸せがそれを上回るほど大事なものだったから。
吾朗さんはやはり立場上忙しいのか、なかなか思うように会えないことも多かった。そして仕事柄仕方ないとわかっていても、夜の繁華街はどうしても切り離せない世界で、キャバクラ等にも当たり前に出入りする。当然言い寄ってくる夜の蝶も多数で、たまに彼と神室町を歩いていればそういう女性が次々と声をかけてくることもあった。
それだって少しずつ気にならなくなったとはいえ、やっぱり付き合い始めてからしばらくは気になって仕方なかったなぁ。でもそれをいちいち口にしたり、顔に出したりはしないように心がけていた。そういう彼と付き合うと決めたのは自分だから、理解するべきなのだと。だからその辺りのことはこっそり神室町の皆に話を聞いてもらったりしながら、上手くモヤモヤを発散させるようにすることもあった。
突然約束がダメになってしまうこともあるし、急に時間が出来たからと連絡が来ることもあって。でもそんな時は私の元まで来てもらう時間も惜しい気がしてしまって、彼の時間に合わせて私が神室町に行きますと返事をしては向かっていたこともしばしば。
デートだっていつでも出来るワケじゃない、行く場所だってある程度限られてしまう、綺麗な女性ともたくさん関わりがある、でも一緒にいられるならそれで良かったから。
「そんなの、私には無理ですー」
「よくそれで続けてられますね、ナマエちゃんじゃなきゃ無理ですよ!」と、やや呆れ気味に花ちゃんに言われたこともあったっけ。
そうやって吾朗さんの彼女として過ごしてきたこれまでの日々を、神室町の彼等は知っている。だから吾朗さんが私を「飽きた」だの「捨てた」だのといった言い方をしていたことに、私がどんな思いでこれまでと考えるとつい腹が立ってしまったらしい。その気持ちは嬉しいもので……まぁ、だからといって喧嘩はしてほしくないけれど。
でも、彼と別れても素直に話せる皆が変わらない関係でいてくれることは、私としては救いにも感じられた。
とてもとても大切にしてくれてるとばかり思っていた私は、やはり浮かれていたのだと思う。時間が出来たなら私から会いに行くことも、よく言われる「都合のいい女」の行動パターンだったかもなんて今更反省しても遅い。吾朗さんからすればいつしか簡単な女、都合の良い女になってしまっていたのかな。
だけどどんなに思い返しても、やっぱり私に向けてくれた言葉も行動も一緒にいた時間も、そこにはきちんと愛があったと思えてしまう私は盲目でしかないのだろうか。
「先輩、次の飲み会、今度こそは参加してほしいんですけど」
後輩の男性社員からそう言われて、私は返事に詰まる。
吾朗さんと付き合うようになってから、会社の飲み会に参加するのもすっかり減っていたのだ。まぁ正直、飲み会に参加する時間があるなら家でゆっくりしたいという気持ちと、もしその間に彼に時間が出来たら飲み会より彼の元へと向かいたい気持ちとがあったから。ある程度の節目どきだけ顔出し程度に参加しておけばいいかなと、これまでなんとなくやり過ごしてきたのだが……
「先輩がなかなか来てくれないから、もうずーっと俺が部長の相手なんですよね」
「あぁ……ミーちゃんは相変わらず?」
「はい。一度だけ自分に擦り寄ってきた話を毎度毎度聞かされてますよ」
「あはは、いつもお疲れ様」
上司は酔うとここ最近ペットとして飼い始めた猫の自慢が止まらなくなる。そして私がいない飲み会のとき、その話し相手はこの彼が固定となってるそう。たしかに物腰柔らかい人柄から話をしやすいタイプではある、困ったら私もつい相談してしまうし。
ペットの話題なら、自分の武勇伝や説教が止まらない等といったものより随分と可愛らしいとも思える。ただ少々困るのは、その猫の「ミーちゃん」の話題は飲み会の度に少しずつ変わるのならいいのだが……なんと毎回一から十まで全く同じであるがゆえ、流石の彼も耳にタコが出来ると言う。
「だから人助けだと思って、どうか!」
「……まぁ、たまにはいいかな。でも長居はしないけどね」
そう告げれば「これで久しぶりに部長以外の話し相手が!」だなんて目を輝かせる後輩を横目に、また仕事の手を進める。
こうして少しずつ、付き合う前の日常に戻っていくのだろうか。これまでの日々が戻らない思い出となってしまうようで、時間が経つのがこわいとさえ思ってしまった。