恋の犠牲者はどちらか
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思い出を振り返るとキリがないくらい、私は沢山の幸せをもらっていたんだなと改めて思い知らされる。彼はお金で全て綺麗に流せるらしいこれらの思い出が、私には綺麗すぎる宝物でしかない。
出逢ったときのことだって鮮明に覚えている。あれはある日、仕事絡みで神室町を歩いていた時だった。暗くなり神室町が夜の街として賑わい始める時間、私は帰宅するために街を歩いていれば、反対側からこちらへ向かい歩いてくる群衆で一際目立つ男性がいた。
長身のため人だかりのなかでも文字通り頭ひとつ飛び抜けていて、目立つジャケットが独特なファッションでありながらスタイルの良さが遠目からでもうかがえる。それと、多分……きっと怖い職業の人なんだろうな、なんて。それで目を引いたものの、その時は「流石神室町、色々な人が集まっているなぁ」程度で、ジロジロ見ないようにしていればいいだけだとも思っていた。
するとそのとき、別の男性とすれ違い様にぶつかってしまった私はバランスを上手く取ることが出来ず、よろけるというレベルを通り越してまるで勢いよく吹っ飛ばされるように前へ前へと足がもたついてしまって。
そんな私をその胸にすぽんと収めたのが「目立つなぁ」と思っていた長身の、怖そうな男性……つまりは吾朗さんだったのだ。
彼の胸元に半ば突進するようなかたちで突っ込んできた私を見事にキャッチした吾朗さんが「おう、平気か?」と声をかけてきたのだが、でも私は「まさかよりによってこの人に突進してしまっただなんて!?」という混乱でこの時は頭がいっぱいであった。
そしてぶつかってきた男性は酔っ払って出来上がっていたからか、気が大きくなっていたのだろう。連れのお仲間もいたようで、彼等は私に対して「オネーサン、ぶつかったんだから謝ってもらわねーと」「お詫びしてくれよ」と寄ってくる。
どうしようどうしよう、こういう時って警察を呼んでもらえばいいのかな!? 周りに、誰か……と怯えながらあたふたしていれば「あぁ? ぶつかって謝らんとならんのはそっちやろが」と、吾朗さんが声を上げてくれて。
彼からすれば自分の前を歩いていた集団が女にぶつかり、その女がよろけによろけて自分の元まで勢いよく辿り着いた一部始終が、たまたま目の前で繰り広げられていたからに過ぎないけれど。謝るべきはお前等だと凄みを利かせた途端に、連れの仲間で比較的酔いが浅い男が「ちょ、この人ヤベーって! すんません、すんませんでした!」と言いながら、ぶつかった張本人を無理矢理回収し退散したことでひとまず事なきを得る。
「……で、ネーチャンは大丈夫なんか?」
「は、はい! ありがとう、ございました」
怪我はないかと確認され、特に何も無いことを伝えれば「なら良かったわ。ボーッと歩いてると危ないで、気ィ付けろや」と、私を助けてくれたことが初めての出逢いだった。
去り際の彼に最後にもう一度「本当にありがとうございました」と伝えながら、怖い人だったけど助けてもらっちゃったなと思ったり、受け止められたときに香水なのかなんだか少し良い香りが掠めたこととか……とにかく、印象に残る出来事になったのは間違いない。
その日それきりで終わった出来事のはずが、じゃあなぜ付き合うまでに至ったのかというと、後日思いがけず再会することになったからである。そしてその舞台は、やはりまたもや神室町だった。
ちょうど時期的にも仕事でミレニアムタワーに出入りすることが多くなっていた頃で、吾朗さんに出逢った夜もその関係で神室町にいたのだけど……あの日が珍しく遅い時間だっただけで、いつもは神室町に出入りするのは昼間なのだ。ミレニアムタワー内にオフィスを構える会社との話し合いで、当時担当者だった私は頻繁にそこへ訪れていた。
あの出来事から数日、神室町の中心にそびえるタワーへといつも通り仕事の一環で訪れては、エレベーターを待っている時のこと。一階に停止し扉が開かれたその瞬間、中には男性が一人。そしてそれが見たことのある姿であることに驚きのあまり「……あ!」と声に出してしまい、その男性はもちろん「あぁ?」と不思議そうな表情を見せながらもエレベーターから出て来る。
声を上げてあからさまにその人に対し反応してしまったため、何事もなくエレベーターへと乗り込むことが出来なくなったまま男性と見つめ合うことほんの数秒間。お互い目を点にしていたと思う。
「……なぁ、どっかで会ったか?」
「あ、あのっ……少し前、夜に助けていただいて」
「せや! 吹っ飛んできたネーチャンやないか」
吹っ飛んで来たネーチャン。そんな認識とはいえ、彼の記憶にあの出来事も私の存在も残っていたらしい。
「なんや、神室町にはよくおるんか?」
「最近は仕事で、ここに入ってる会社に度々来てるんです」
「ほう。まぁ、また絡まれんようにな。お疲れさん」
この些細な会話をした日を境に、ミレニアムタワーに訪れる度に顔を合わせることも増えたんだ。
「また会ったのぅ」
「あ、こんにちは。お疲れ様です」
タワーの中を歩いていれば、名前は知らないけれど見かければ互いに挨拶をするようになって。ある日「ミレニアムタワーにはよくいらっしゃるんですか?」「ワシの事務所が上にあるねん」「え、そうだったんですね!」みたいな会話もしたり。
そして次第に「今日は会えるかな」なんて思うようになり、ミレニアムタワーへ向かうのを毎回楽しみにしている自分がたしかに居ることに気付いたのは、もうすぐそこの会社へ訪問する必要がなくなるというとき。
「おう、今日も来てたんか」
「はい。もう終わって戻るところです」
会う回数に比例して交わす言葉も少しずつ増えていく。内容は特別なものじゃなく本当になんてことないものだけれど、それでも段々と自然に会話が続くことにどこか嬉しさを感じてしまう部分があったのは否めない。
でも、それだけ。ちょっと顔を合わせて別れるだけ。私がここに来なくなれば、もうきっと会うことも無くなるのだろう。そんな関係。
「せや、次はいつ来るねん?」
「次は、今週中にもう一度……もしかしたら、それで最後になるかもしれません」
「あぁ? なんでや」
「話も大分纏まってきたので、あとはもう電話やメールとか定期的な報告書のやり取りで済むレベルになってるんです。これからはよほどトラブルでも無い限り、直接伺うこともないと思います」
もちろん会社としては順調に話が進んだ結果の明るい話題なのだが、私だけはどこか淋しさを感じてしまう。目的がなければ、彼に会うことも無くなるという事実に。
「それやったら、もう会えなくなるんか? 淋しいのぅ」
「そうですね、私もです」
すんなりと出てきたことからその「淋しい」が社交辞令であることはわかる。だから深く考えずに、私も軽いノリで同意する。
すると普段話すトーンより少し低い声で「なぁ」と呼びかけられて、続いた言葉にどきんとする。
「淋しいのは本音なんやけど」
会話の流れで紡がれた社交辞令かと思えば、それは彼の「本音」だと。それが本当なら……そう思う私の鼓動はどんどん速くなっていく。
「もし、ここ以外でも会いたいって言うたら……迷惑か?」
どうやら自分でも知らぬ間に、その言葉が嬉しいと思えるほどには彼に惹かれていたのだと、この時に気付かされたんだ。
出逢ったときのことだって鮮明に覚えている。あれはある日、仕事絡みで神室町を歩いていた時だった。暗くなり神室町が夜の街として賑わい始める時間、私は帰宅するために街を歩いていれば、反対側からこちらへ向かい歩いてくる群衆で一際目立つ男性がいた。
長身のため人だかりのなかでも文字通り頭ひとつ飛び抜けていて、目立つジャケットが独特なファッションでありながらスタイルの良さが遠目からでもうかがえる。それと、多分……きっと怖い職業の人なんだろうな、なんて。それで目を引いたものの、その時は「流石神室町、色々な人が集まっているなぁ」程度で、ジロジロ見ないようにしていればいいだけだとも思っていた。
するとそのとき、別の男性とすれ違い様にぶつかってしまった私はバランスを上手く取ることが出来ず、よろけるというレベルを通り越してまるで勢いよく吹っ飛ばされるように前へ前へと足がもたついてしまって。
そんな私をその胸にすぽんと収めたのが「目立つなぁ」と思っていた長身の、怖そうな男性……つまりは吾朗さんだったのだ。
彼の胸元に半ば突進するようなかたちで突っ込んできた私を見事にキャッチした吾朗さんが「おう、平気か?」と声をかけてきたのだが、でも私は「まさかよりによってこの人に突進してしまっただなんて!?」という混乱でこの時は頭がいっぱいであった。
そしてぶつかってきた男性は酔っ払って出来上がっていたからか、気が大きくなっていたのだろう。連れのお仲間もいたようで、彼等は私に対して「オネーサン、ぶつかったんだから謝ってもらわねーと」「お詫びしてくれよ」と寄ってくる。
どうしようどうしよう、こういう時って警察を呼んでもらえばいいのかな!? 周りに、誰か……と怯えながらあたふたしていれば「あぁ? ぶつかって謝らんとならんのはそっちやろが」と、吾朗さんが声を上げてくれて。
彼からすれば自分の前を歩いていた集団が女にぶつかり、その女がよろけによろけて自分の元まで勢いよく辿り着いた一部始終が、たまたま目の前で繰り広げられていたからに過ぎないけれど。謝るべきはお前等だと凄みを利かせた途端に、連れの仲間で比較的酔いが浅い男が「ちょ、この人ヤベーって! すんません、すんませんでした!」と言いながら、ぶつかった張本人を無理矢理回収し退散したことでひとまず事なきを得る。
「……で、ネーチャンは大丈夫なんか?」
「は、はい! ありがとう、ございました」
怪我はないかと確認され、特に何も無いことを伝えれば「なら良かったわ。ボーッと歩いてると危ないで、気ィ付けろや」と、私を助けてくれたことが初めての出逢いだった。
去り際の彼に最後にもう一度「本当にありがとうございました」と伝えながら、怖い人だったけど助けてもらっちゃったなと思ったり、受け止められたときに香水なのかなんだか少し良い香りが掠めたこととか……とにかく、印象に残る出来事になったのは間違いない。
その日それきりで終わった出来事のはずが、じゃあなぜ付き合うまでに至ったのかというと、後日思いがけず再会することになったからである。そしてその舞台は、やはりまたもや神室町だった。
ちょうど時期的にも仕事でミレニアムタワーに出入りすることが多くなっていた頃で、吾朗さんに出逢った夜もその関係で神室町にいたのだけど……あの日が珍しく遅い時間だっただけで、いつもは神室町に出入りするのは昼間なのだ。ミレニアムタワー内にオフィスを構える会社との話し合いで、当時担当者だった私は頻繁にそこへ訪れていた。
あの出来事から数日、神室町の中心にそびえるタワーへといつも通り仕事の一環で訪れては、エレベーターを待っている時のこと。一階に停止し扉が開かれたその瞬間、中には男性が一人。そしてそれが見たことのある姿であることに驚きのあまり「……あ!」と声に出してしまい、その男性はもちろん「あぁ?」と不思議そうな表情を見せながらもエレベーターから出て来る。
声を上げてあからさまにその人に対し反応してしまったため、何事もなくエレベーターへと乗り込むことが出来なくなったまま男性と見つめ合うことほんの数秒間。お互い目を点にしていたと思う。
「……なぁ、どっかで会ったか?」
「あ、あのっ……少し前、夜に助けていただいて」
「せや! 吹っ飛んできたネーチャンやないか」
吹っ飛んで来たネーチャン。そんな認識とはいえ、彼の記憶にあの出来事も私の存在も残っていたらしい。
「なんや、神室町にはよくおるんか?」
「最近は仕事で、ここに入ってる会社に度々来てるんです」
「ほう。まぁ、また絡まれんようにな。お疲れさん」
この些細な会話をした日を境に、ミレニアムタワーに訪れる度に顔を合わせることも増えたんだ。
「また会ったのぅ」
「あ、こんにちは。お疲れ様です」
タワーの中を歩いていれば、名前は知らないけれど見かければ互いに挨拶をするようになって。ある日「ミレニアムタワーにはよくいらっしゃるんですか?」「ワシの事務所が上にあるねん」「え、そうだったんですね!」みたいな会話もしたり。
そして次第に「今日は会えるかな」なんて思うようになり、ミレニアムタワーへ向かうのを毎回楽しみにしている自分がたしかに居ることに気付いたのは、もうすぐそこの会社へ訪問する必要がなくなるというとき。
「おう、今日も来てたんか」
「はい。もう終わって戻るところです」
会う回数に比例して交わす言葉も少しずつ増えていく。内容は特別なものじゃなく本当になんてことないものだけれど、それでも段々と自然に会話が続くことにどこか嬉しさを感じてしまう部分があったのは否めない。
でも、それだけ。ちょっと顔を合わせて別れるだけ。私がここに来なくなれば、もうきっと会うことも無くなるのだろう。そんな関係。
「せや、次はいつ来るねん?」
「次は、今週中にもう一度……もしかしたら、それで最後になるかもしれません」
「あぁ? なんでや」
「話も大分纏まってきたので、あとはもう電話やメールとか定期的な報告書のやり取りで済むレベルになってるんです。これからはよほどトラブルでも無い限り、直接伺うこともないと思います」
もちろん会社としては順調に話が進んだ結果の明るい話題なのだが、私だけはどこか淋しさを感じてしまう。目的がなければ、彼に会うことも無くなるという事実に。
「それやったら、もう会えなくなるんか? 淋しいのぅ」
「そうですね、私もです」
すんなりと出てきたことからその「淋しい」が社交辞令であることはわかる。だから深く考えずに、私も軽いノリで同意する。
すると普段話すトーンより少し低い声で「なぁ」と呼びかけられて、続いた言葉にどきんとする。
「淋しいのは本音なんやけど」
会話の流れで紡がれた社交辞令かと思えば、それは彼の「本音」だと。それが本当なら……そう思う私の鼓動はどんどん速くなっていく。
「もし、ここ以外でも会いたいって言うたら……迷惑か?」
どうやら自分でも知らぬ間に、その言葉が嬉しいと思えるほどには彼に惹かれていたのだと、この時に気付かされたんだ。