Short story
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背伸びしたって届かないような人を好きになってしまった。数少ない会えるチャンスに四苦八苦しながら奮闘するも虚しく、結局何事も進展はないままその日が終わる。そんなことを繰り返してきた。
「たぶん、真島さんにとって、眼中にすらないんだろうな」
溜息を添えてそんな弱音をひとつ、目の前の秋山さんへとこぼす。
というのも、ただ今、喫茶アルプスを舞台に絶賛恋愛相談中。飲み会の帰り道、いつも真島さんが送ってくれて二人きりになっても、一向に甘い雰囲気になることも、そんな言葉をかけられることもない。そんな素振りも見られないのだから、まぁ単純に、私に気がないのだろうと思う。
毎回毎回、ちょっとでもなにかしらを期待してしまう私も悪いのかな。「よかったら、今度、二人で食事にでも行きませんか」って、いい加減、私から伝えればいいのかもしれない。そうやって脳内で考えるのは簡単だけど、二人きりになると、やはりそれを口にするハードルが急に跳ね上がってしまう。きっかけを探してるうちに言えないまま終わるのが常で、先日の飲み会の帰りもやはり例外ではなかった。
きっと、これは叶わぬ恋なのかもしれない、と……そんな後ろ向きな心情を、お友達の秋山さんに吐き出しているところである。
「ていうかさ……前にも言ったと思うけど、やっぱりそういう格好のほうがいいんじゃないの?」
「えぇ? それはないですよ、絶対」
「いや、でも、男の俺がそう言うんだから」
今の私の格好はカットソーにデニム、髪の毛は特にアレンジもしておらず下ろしたまま。その上にキャップを被っただけで、カジュアルというかシンプルというか……メイクだって控えめだ。
「だって、神室町ですよ! ここに四六時中いる人なら、綺麗な女性はさんざん見慣れてるでしょう?」
「まぁ、そういう女の人が多い場所だとは思うけど」
スラッとした手足に、ボンッギュッボンッで出るところはきちんと出てるという、そんなスタイルの抜群さ。それに加えて、可愛い顔や綺麗な顔。真島さんの周りには、当たり前にそれらすべてを持ち合わせている女性ばかりだろう。
もちろん、彼女達だって、それを維持するためにきっと陰で努力をしているはずだ。自身にお金をかけるにしたって、それを稼ぐのもまた努力のうちだと思う。もともとのベースが違う彼女達でさえ努力しているとなれば、じゃあ一般人中の一般人とも言える私は、それ以上にさらなる努力が必要になるのは当然ではないか。
こんなラフな格好でも、そんなスタイルと顔を持ち合わせている女性なら、モデルさんのように華やかさが出るのだろうけど……私の場合は、「起き抜けにとりあえず着替えてコンビニに行こう」みたいな印象になりかねないでしょう!
気がつけば、そんなネガティブな思考ばかり秋山さんに力説していた。
「そりゃあ、飲み会仕様でバリバリにお洒落してきてるあの格好もカワイイよ? カワイイけど」
「けど……?」
「俺は、今の雰囲気が見慣れてるのもあるけど……その飾ってない感じのほうが、素を見せてくれてるみたいでとっつきやすいと思うんだけどなぁ」
彼の言う「あの格好」とは、女性らしさを意識して、シルエットの綺麗なワンピースやマーメイドスカートなんかを身に纏い、少しでもスタイルがよく見えるようにうんと高いヒールを履いたり……で、そういうファッションをするなら、当然髪の毛も巻いたりアレンジしたほうが華やかに見えるし、メイクだってバッチリ。仕上げにアクセサリーも。ということで、真島さんがいる飲み会に参加するときは、今とは全然違う装いの私ができあがる。美女が集まる神室町で常時過ごす彼だもの。そこまでして、ようやくスタートラインに立てるくらいだと思っている。
そして、ときどき秋山さんが、隙を見て私にボソッと言うのだ。「なんか、今日もまた一段と気合い入ってるね」って。でも、毎回撃沈してるんですけどね!
出逢うタイミングが違ったら、もう少し気を張らずに済んだのかな。そう、最初に真島さんと顔を合わせたときが、たまたま仕事の関係で綺麗な装いをしてるときだったんだ。で、場所が神室町の飲食店だったことから、帰りに秋山さんと鉢合わせてお話していれば、真島さんが「あ? なんや金貸し、綺麗なネーチャン連れとるのぅ」ってやってきたのがはじまり。
それから、真島さんがいるとわかると、装いに気が抜けなくなったというか……「綺麗なネーチャン」との第一印象を、なぜか崩したくないと思ってしまった。
今のような格好も私は好きだけど、その第一印象が一変、「なんだ、思ったより普通だな」なんて思われるのは嫌だな……という思考が働いたあたり、もしかしたら、自覚する前から早々に彼を意識していたのだろうか。
「そういうもんですかね」
「あまりきちっとしすぎなのも、それはそれで隙がないみたいでさ」
「そう思って、肩やら足やら出してみることもしましたけど、全然でしたよ」
「あぁ、あのときは俺も『ずいぶんと攻めたな』と思ったよ」
少し肌を出したなら、「見てるだけで寒そうやな」とか「上着忘れたんか」だし。いつだったか、ちょっとダイエットを意識してた時期に「そんなん気にするんなら、そもそもこの時間に飲み食いするような場所に来ないほうがええやろ」というド正論を言われたり。よくキュンキュンする台詞みたいな、そのままでいいよ的な言葉をかけられる対象ではないと判明したのは記憶に新しい。
「今さら、真島さんの前でカジュアルな格好する勇気もないしなぁ……」
あれだけ女性らしさを全面に出しても、女として見られないなら、もう無理じゃないか。もはや諦めに近い感情が私を包み、視線もどんどん俯いてしまう。
「よう、金貸し。デートか?」
そんなときに、背後から聞こえた声にハッとする。そして、咄嗟にキャップを深く被り直してしまった。真島さんの声……まさか、こんなときに! なんでここに!? いや、たしかにここは神室町だけど!
でも、私はいつもと全然違う格好だし、ぱっと見ただけじゃあ気づかれることもないはず。まずもって、こんなバッタリ顔を合わせる事態になんてならないだろうと考え、こうしてやってきたのは私の油断の極みとも言える。
「残念ながら、そんなんじゃないですよ。ちょっとお友達の相談にってところですかね」
どうしよう。ここにいるのは、真島さんが知る私ではない。一般女性も一般女性、登場人物モブAみたいな、そんな私でしかない。
挨拶したほうがいいだろう。私だと判明してしまったときに、知らないフリしてただなんて、彼からすれば不快な行為でしかないんだから……って、頭でわかってはいる。わかっているのだけれど。
「そうだ。よかったら真島さんも、彼女の相談に乗ってあげてくれませんかね。俺、そろそろ集金に行かないといけないんで」
私の名前を出すことこそしないものの、秋山さんが信じられないことを口にして、「じゃあ、またね」と席を立ってしまったではないか。顔を上げる勇気が出ないまま、心臓がバクバクと音を立てている。
「で、悩みがあるなら聞いたるで。ナマエチャン」
そして、私であることなんて最初からバレバレだった。いや、バレないのもそれはそれで複雑かもしれないけれど。
名前を呼ばれ、驚きのあまり不可抗力で顔を上げれば、すでに真島さんが正面にいた。思いきり目が合ってしまい、戸惑いながら「おはよう、ございます……」と、かろうじて挨拶をする。
どこか悪戯な笑みを浮かべる彼に、私は気まずい気持ちばかり溢れてしまう。思わぬ形で好きな人と一緒にいられるというのに、これできっと、「やっぱり普通の女」だったと……そういう認識でしかなくなってしまうのだろう。
「悩みっていうか、なんというか……」
そう口にしながら、また視線が落ちていく。
でも、じゃあ、もし仮に彼とお付き合いできたとして……普段の装いを見せて幻滅されないようにと、いつまでも私は表面を飾り続けるのだろうか。
考え方によっては、逆にいいタイミングなのかもしれない。ていうか、そもそもの話、まず私は彼にとって恋愛対象ではないのだから。私がどんなに着飾ろうが逆に気を抜こうが、彼からすればご自由にどうぞって話じゃないか。
「にしても、今日はずいぶんと雰囲気ちゃうなぁ。飲みの席にも、たまにはそういう格好で来ればええのに」
「……え?」
気まずくて外していた視線の先で一人迷っていれば、思いもよらないことを言われて、疑問を唱える声が出てしまった。
「そういう格好って?」
「今日の、それやそれ」
「これ?」
「おう」
「……なんで?」
目を見開いて全力で問えば、そんな私に「いや、今のどこにそんな驚く要素あったん?」と、彼も彼で不思議そうな顔を見せる。
「だって、その、めちゃくちゃ普通じゃないですか!? 綺麗さとか女っぽさとか、足りない気がして……」
「そうか? でも、変に気ィ張っとる感じがないっちゅうか、無理しとらんやろ」
その言葉に、返す言葉が見つからない。そんなふうに見えていたことが予想外であり、でも心当たりというか、思いきり図星でチクッと針が刺さった感じ。
「まぁ正直なところ、普段から繕った女ばっかり寄ってくるからすぐわかるっちゅうのもあるが……それに、そっちのほうが個人的には遊びに誘いやすいのぅ。バッセンとかも行けるやん」
「バッセン……」
「おう。仮に、バッセン行くって日にあのごっついヒールなんて履かれたら引くで。あぁ、せや。このあと時間あるか? せっかく動きやすそうな格好やし、ちょっと遊びに行こうや」
「え!」
「浮かない顔しとるときは、思いきり遊ぶのも案外ええモンやで」
浮かない顔の原因は、まさに、目の前のあなたのことを考えてだったはずなのに。
私が勝手に「こんな姿は見せられない」と思っていただけで、これがきっかけで、まさか二人でその、遊びに行く!? と、急に頭の中が忙しくなる。
展開に置いていかれてしまうような感覚の私に、彼は「いつものあの格好やと、歩きにくそうであちこち連れ回すのも気が引けるしな」なんて続けたから、脳内で秋山さんに全力で謝るのだ。さっきはごめんなさい、秋山さんの言うとおりでしたって、もう心の中では土下座しているレベル。もちろん、秋山さんには次回きちんと伝えなければ。
「で、どうする?」
「じゃあ、ぜひ! 行きますっ!」
「ヒヒッ。なら、さっそく出るで」
相変わらず鳴り止まない心臓はうるさいけれど、口角を上げて尋ねる彼に勇気を出して伝えれば、待ってましたと言わんばかりに真島さんが席を立つ。
つられて私も立ち上がったところで、自然とこの手が取られた。こうなると、まだしばらく胸の鼓動はうるさいままだろう。
よかったら今度、二人で食事にでも行きませんか。
もしかしたら……無理して繕うことをしていない今日なら、きっと素直に言えるのかもしれない。
なお、一足先にアルプスを出た秋山さんは「次の飲み会、ナマエちゃんはどんな格好で来るんだろ」と、一人考えていたとかなんとか。
「たぶん、真島さんにとって、眼中にすらないんだろうな」
溜息を添えてそんな弱音をひとつ、目の前の秋山さんへとこぼす。
というのも、ただ今、喫茶アルプスを舞台に絶賛恋愛相談中。飲み会の帰り道、いつも真島さんが送ってくれて二人きりになっても、一向に甘い雰囲気になることも、そんな言葉をかけられることもない。そんな素振りも見られないのだから、まぁ単純に、私に気がないのだろうと思う。
毎回毎回、ちょっとでもなにかしらを期待してしまう私も悪いのかな。「よかったら、今度、二人で食事にでも行きませんか」って、いい加減、私から伝えればいいのかもしれない。そうやって脳内で考えるのは簡単だけど、二人きりになると、やはりそれを口にするハードルが急に跳ね上がってしまう。きっかけを探してるうちに言えないまま終わるのが常で、先日の飲み会の帰りもやはり例外ではなかった。
きっと、これは叶わぬ恋なのかもしれない、と……そんな後ろ向きな心情を、お友達の秋山さんに吐き出しているところである。
「ていうかさ……前にも言ったと思うけど、やっぱりそういう格好のほうがいいんじゃないの?」
「えぇ? それはないですよ、絶対」
「いや、でも、男の俺がそう言うんだから」
今の私の格好はカットソーにデニム、髪の毛は特にアレンジもしておらず下ろしたまま。その上にキャップを被っただけで、カジュアルというかシンプルというか……メイクだって控えめだ。
「だって、神室町ですよ! ここに四六時中いる人なら、綺麗な女性はさんざん見慣れてるでしょう?」
「まぁ、そういう女の人が多い場所だとは思うけど」
スラッとした手足に、ボンッギュッボンッで出るところはきちんと出てるという、そんなスタイルの抜群さ。それに加えて、可愛い顔や綺麗な顔。真島さんの周りには、当たり前にそれらすべてを持ち合わせている女性ばかりだろう。
もちろん、彼女達だって、それを維持するためにきっと陰で努力をしているはずだ。自身にお金をかけるにしたって、それを稼ぐのもまた努力のうちだと思う。もともとのベースが違う彼女達でさえ努力しているとなれば、じゃあ一般人中の一般人とも言える私は、それ以上にさらなる努力が必要になるのは当然ではないか。
こんなラフな格好でも、そんなスタイルと顔を持ち合わせている女性なら、モデルさんのように華やかさが出るのだろうけど……私の場合は、「起き抜けにとりあえず着替えてコンビニに行こう」みたいな印象になりかねないでしょう!
気がつけば、そんなネガティブな思考ばかり秋山さんに力説していた。
「そりゃあ、飲み会仕様でバリバリにお洒落してきてるあの格好もカワイイよ? カワイイけど」
「けど……?」
「俺は、今の雰囲気が見慣れてるのもあるけど……その飾ってない感じのほうが、素を見せてくれてるみたいでとっつきやすいと思うんだけどなぁ」
彼の言う「あの格好」とは、女性らしさを意識して、シルエットの綺麗なワンピースやマーメイドスカートなんかを身に纏い、少しでもスタイルがよく見えるようにうんと高いヒールを履いたり……で、そういうファッションをするなら、当然髪の毛も巻いたりアレンジしたほうが華やかに見えるし、メイクだってバッチリ。仕上げにアクセサリーも。ということで、真島さんがいる飲み会に参加するときは、今とは全然違う装いの私ができあがる。美女が集まる神室町で常時過ごす彼だもの。そこまでして、ようやくスタートラインに立てるくらいだと思っている。
そして、ときどき秋山さんが、隙を見て私にボソッと言うのだ。「なんか、今日もまた一段と気合い入ってるね」って。でも、毎回撃沈してるんですけどね!
出逢うタイミングが違ったら、もう少し気を張らずに済んだのかな。そう、最初に真島さんと顔を合わせたときが、たまたま仕事の関係で綺麗な装いをしてるときだったんだ。で、場所が神室町の飲食店だったことから、帰りに秋山さんと鉢合わせてお話していれば、真島さんが「あ? なんや金貸し、綺麗なネーチャン連れとるのぅ」ってやってきたのがはじまり。
それから、真島さんがいるとわかると、装いに気が抜けなくなったというか……「綺麗なネーチャン」との第一印象を、なぜか崩したくないと思ってしまった。
今のような格好も私は好きだけど、その第一印象が一変、「なんだ、思ったより普通だな」なんて思われるのは嫌だな……という思考が働いたあたり、もしかしたら、自覚する前から早々に彼を意識していたのだろうか。
「そういうもんですかね」
「あまりきちっとしすぎなのも、それはそれで隙がないみたいでさ」
「そう思って、肩やら足やら出してみることもしましたけど、全然でしたよ」
「あぁ、あのときは俺も『ずいぶんと攻めたな』と思ったよ」
少し肌を出したなら、「見てるだけで寒そうやな」とか「上着忘れたんか」だし。いつだったか、ちょっとダイエットを意識してた時期に「そんなん気にするんなら、そもそもこの時間に飲み食いするような場所に来ないほうがええやろ」というド正論を言われたり。よくキュンキュンする台詞みたいな、そのままでいいよ的な言葉をかけられる対象ではないと判明したのは記憶に新しい。
「今さら、真島さんの前でカジュアルな格好する勇気もないしなぁ……」
あれだけ女性らしさを全面に出しても、女として見られないなら、もう無理じゃないか。もはや諦めに近い感情が私を包み、視線もどんどん俯いてしまう。
「よう、金貸し。デートか?」
そんなときに、背後から聞こえた声にハッとする。そして、咄嗟にキャップを深く被り直してしまった。真島さんの声……まさか、こんなときに! なんでここに!? いや、たしかにここは神室町だけど!
でも、私はいつもと全然違う格好だし、ぱっと見ただけじゃあ気づかれることもないはず。まずもって、こんなバッタリ顔を合わせる事態になんてならないだろうと考え、こうしてやってきたのは私の油断の極みとも言える。
「残念ながら、そんなんじゃないですよ。ちょっとお友達の相談にってところですかね」
どうしよう。ここにいるのは、真島さんが知る私ではない。一般女性も一般女性、登場人物モブAみたいな、そんな私でしかない。
挨拶したほうがいいだろう。私だと判明してしまったときに、知らないフリしてただなんて、彼からすれば不快な行為でしかないんだから……って、頭でわかってはいる。わかっているのだけれど。
「そうだ。よかったら真島さんも、彼女の相談に乗ってあげてくれませんかね。俺、そろそろ集金に行かないといけないんで」
私の名前を出すことこそしないものの、秋山さんが信じられないことを口にして、「じゃあ、またね」と席を立ってしまったではないか。顔を上げる勇気が出ないまま、心臓がバクバクと音を立てている。
「で、悩みがあるなら聞いたるで。ナマエチャン」
そして、私であることなんて最初からバレバレだった。いや、バレないのもそれはそれで複雑かもしれないけれど。
名前を呼ばれ、驚きのあまり不可抗力で顔を上げれば、すでに真島さんが正面にいた。思いきり目が合ってしまい、戸惑いながら「おはよう、ございます……」と、かろうじて挨拶をする。
どこか悪戯な笑みを浮かべる彼に、私は気まずい気持ちばかり溢れてしまう。思わぬ形で好きな人と一緒にいられるというのに、これできっと、「やっぱり普通の女」だったと……そういう認識でしかなくなってしまうのだろう。
「悩みっていうか、なんというか……」
そう口にしながら、また視線が落ちていく。
でも、じゃあ、もし仮に彼とお付き合いできたとして……普段の装いを見せて幻滅されないようにと、いつまでも私は表面を飾り続けるのだろうか。
考え方によっては、逆にいいタイミングなのかもしれない。ていうか、そもそもの話、まず私は彼にとって恋愛対象ではないのだから。私がどんなに着飾ろうが逆に気を抜こうが、彼からすればご自由にどうぞって話じゃないか。
「にしても、今日はずいぶんと雰囲気ちゃうなぁ。飲みの席にも、たまにはそういう格好で来ればええのに」
「……え?」
気まずくて外していた視線の先で一人迷っていれば、思いもよらないことを言われて、疑問を唱える声が出てしまった。
「そういう格好って?」
「今日の、それやそれ」
「これ?」
「おう」
「……なんで?」
目を見開いて全力で問えば、そんな私に「いや、今のどこにそんな驚く要素あったん?」と、彼も彼で不思議そうな顔を見せる。
「だって、その、めちゃくちゃ普通じゃないですか!? 綺麗さとか女っぽさとか、足りない気がして……」
「そうか? でも、変に気ィ張っとる感じがないっちゅうか、無理しとらんやろ」
その言葉に、返す言葉が見つからない。そんなふうに見えていたことが予想外であり、でも心当たりというか、思いきり図星でチクッと針が刺さった感じ。
「まぁ正直なところ、普段から繕った女ばっかり寄ってくるからすぐわかるっちゅうのもあるが……それに、そっちのほうが個人的には遊びに誘いやすいのぅ。バッセンとかも行けるやん」
「バッセン……」
「おう。仮に、バッセン行くって日にあのごっついヒールなんて履かれたら引くで。あぁ、せや。このあと時間あるか? せっかく動きやすそうな格好やし、ちょっと遊びに行こうや」
「え!」
「浮かない顔しとるときは、思いきり遊ぶのも案外ええモンやで」
浮かない顔の原因は、まさに、目の前のあなたのことを考えてだったはずなのに。
私が勝手に「こんな姿は見せられない」と思っていただけで、これがきっかけで、まさか二人でその、遊びに行く!? と、急に頭の中が忙しくなる。
展開に置いていかれてしまうような感覚の私に、彼は「いつものあの格好やと、歩きにくそうであちこち連れ回すのも気が引けるしな」なんて続けたから、脳内で秋山さんに全力で謝るのだ。さっきはごめんなさい、秋山さんの言うとおりでしたって、もう心の中では土下座しているレベル。もちろん、秋山さんには次回きちんと伝えなければ。
「で、どうする?」
「じゃあ、ぜひ! 行きますっ!」
「ヒヒッ。なら、さっそく出るで」
相変わらず鳴り止まない心臓はうるさいけれど、口角を上げて尋ねる彼に勇気を出して伝えれば、待ってましたと言わんばかりに真島さんが席を立つ。
つられて私も立ち上がったところで、自然とこの手が取られた。こうなると、まだしばらく胸の鼓動はうるさいままだろう。
よかったら今度、二人で食事にでも行きませんか。
もしかしたら……無理して繕うことをしていない今日なら、きっと素直に言えるのかもしれない。
なお、一足先にアルプスを出た秋山さんは「次の飲み会、ナマエちゃんはどんな格好で来るんだろ」と、一人考えていたとかなんとか。
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