KISEKI series fan fiction
勘違いとお揃い
それは夕方になり、学生達が思い思いに過ごすリーヴスの街での出来事だった。
予想していたよりも早く出張先から帰って来たクロウは、恋人のリィンに会って驚かせようとして──学院へ向かう足を止めた。
(あれは……)
リィンだ。彼はカフェ《ルセット》に向かっていた。
彼がこの時間に校舎の外に出ているのは珍しい。
「リィ──」
クロウは声を掛けようとしたが、踏みとどまった。
彼の隣に、妙齢の女性が居たのだ。
恐らく、リィンにとっては人助けの一環か何かだろう。しかし女性の方はというと、頬を上気させ、言葉もしどろもどろになっている。
確実に、リィンに淡い想いを抱いているのが分かる。
(……大人げねえな、俺)
胸の奥から、どろりとした激しい感情が込み上げてくる。
これ以上仲睦まじそうな二人を見ていたくなくて、クロウは自分がリーヴスに間借りしているアパートへ向かった。
***
「クロウ、居るのか?」
仮住まいのアパートに帰り、コートをハンガーに掛けてそのままベッドに寝転んでいると、玄関のチャイムと共にリィンの声が聞こえた。
「! ワリ、連絡忘れてた。鍵は開いてっから入っていいぜ」
キイ、と音がして、リィンがおずおずと入って来た。その瞳は何かを言いたげにこちらを見つめる。
「……リィン?」
「お帰り、クロウ。その……ごめん」
「えっ?」
急に謝られ、クロウの口から思わず素っ頓狂な声が出る。
「さっきのことだ。街でクロウの気配がして、俺に近づいてきたのに、振り返った時には遠ざかっていってしまっていて……。もしかして俺が何かしてしまったのなら、謝る」
「ま、待て待て! そんなんじゃねえって。別にリィンが気に病むことじゃねえ」
わざと明るい声色で話すと、リィンはどこか寂しそうな表情をして。
「……俺には、言えないことなのか?」
「それ、は……」
リィンは俯いて黙り込んでしまった。
──彼は敏感だ。他人の気配にも、感情にも。クロウが絡むと尚更。
クロウは逡巡し、躊躇いがちにリィンに手を伸ばして伏せた頭ごと包み込むように抱き締めた。
リィンの髪にぽふんと顔をうずめる。さらさらで良い香りのする髪に触れると、奥底の激情が少しだけ鎮まっていく気がした。
「クロウ……?」
「──嫉妬、したんだよ。お前があん時、女と一緒にいるのを見た時にな」
リィンは動かない。その表情は窺えないが、さぞ呆れていることだろう。
「リィンにその気がねえってのは分かってる。なのにあの女の惚けた面を見た瞬間、どす黒い気持ちが湧き出て来て……。俺、ダセエよな。リィンがモテることなんざ、分かりきってるってのに……」
「──クロウ」
はっきりとしたリィンの声が聞こえるや否や、パッと身体を引き離される。
「リィン? ──ッ!?」
気が付いた時には頬を両手で挟まれ、己の唇にリィンの柔らかなそれが押し当てられていた。
目の前で長い睫毛がふるりと揺れ、潤む瞳がチラリと覗く。
唇が名残惜しそうに離れても、手はしっかりと頬を挟んでいる。
リィンの顔は桃のように赤く、視線は己を捉える。クロウは息を飲んだ。
「リィン……」
「……聞いてくれ。俺が“こんなこと”をするのは……恋人として愛しているのは、クロウ、お前だけだ」
「……!」
目が離せない。
強い瞳。──この瞳にずっと恋していた。始めて出会った時から、このまっすぐな紫水晶の瞳に。
時間が止まったような沈黙が流れて。耐えかねたのはクロウだった。
「……はあぁあ~っ。本ッ当、お前って奴は……」
思わず手で顔を覆って俯く。顔が熱い。おそらく茹で蛸のように真っ赤になっているのだろう。
「なっ……、何だよその反応! こっちはすごく恥ずかしいんだぞ!!」
「そいつはこっちの台詞だ! 油断していればこうもこっ恥ずかしいセリフをかましやがって……」
「そ、そんなつもりじゃない!」
「無自覚なのが厄介なんだよ!」
ああ言えばこう言う、子供じみたやりとり。なんだか次第に馬鹿馬鹿しくなってしまって。
「……クク」
「ははっ……」
同じタイミングで、思わず笑い出してしまった。
***
次の日。リィンはいつも通り、朝早くから学院に来ていた。
「リィン教官、おはようございます! ……あれっ?」
今日の一番乗りはユウナだ。彼女の目はリィンの胸元に止まる。
「おはよう、ユウナ。どうしたんだ?」
「ええっと……。その首に掛けている指輪、もしかして誰かからのプレゼントですか?」
「ははっ、正解。クロウから、な」
リィンの胸元で揺れる、狼のシルエットが彫られたシルバーの指輪。以前クロウに送ったウルフヘッドの指輪とは違うが、同じ狼がモチーフになっているのがなんだかお揃いみたいだ。
──そういや、なんか格好つかねえ形になってちまったが。
昨日のあのやりとりの後、そう言われて差し出されたのだ。指につけるのはなんだか気恥ずかしくて、革紐を通して首に掛けている。
「ふふっ、相変わらず仲が良いんですね」
「ああ……。とても」
──そう言った自分の表情は、きっと緩みきっているのだろう。
指輪にそっと指先で触れると、なんだかそこにクロウが居るような気がして、トクンと胸が高鳴った。
それは夕方になり、学生達が思い思いに過ごすリーヴスの街での出来事だった。
予想していたよりも早く出張先から帰って来たクロウは、恋人のリィンに会って驚かせようとして──学院へ向かう足を止めた。
(あれは……)
リィンだ。彼はカフェ《ルセット》に向かっていた。
彼がこの時間に校舎の外に出ているのは珍しい。
「リィ──」
クロウは声を掛けようとしたが、踏みとどまった。
彼の隣に、妙齢の女性が居たのだ。
恐らく、リィンにとっては人助けの一環か何かだろう。しかし女性の方はというと、頬を上気させ、言葉もしどろもどろになっている。
確実に、リィンに淡い想いを抱いているのが分かる。
(……大人げねえな、俺)
胸の奥から、どろりとした激しい感情が込み上げてくる。
これ以上仲睦まじそうな二人を見ていたくなくて、クロウは自分がリーヴスに間借りしているアパートへ向かった。
***
「クロウ、居るのか?」
仮住まいのアパートに帰り、コートをハンガーに掛けてそのままベッドに寝転んでいると、玄関のチャイムと共にリィンの声が聞こえた。
「! ワリ、連絡忘れてた。鍵は開いてっから入っていいぜ」
キイ、と音がして、リィンがおずおずと入って来た。その瞳は何かを言いたげにこちらを見つめる。
「……リィン?」
「お帰り、クロウ。その……ごめん」
「えっ?」
急に謝られ、クロウの口から思わず素っ頓狂な声が出る。
「さっきのことだ。街でクロウの気配がして、俺に近づいてきたのに、振り返った時には遠ざかっていってしまっていて……。もしかして俺が何かしてしまったのなら、謝る」
「ま、待て待て! そんなんじゃねえって。別にリィンが気に病むことじゃねえ」
わざと明るい声色で話すと、リィンはどこか寂しそうな表情をして。
「……俺には、言えないことなのか?」
「それ、は……」
リィンは俯いて黙り込んでしまった。
──彼は敏感だ。他人の気配にも、感情にも。クロウが絡むと尚更。
クロウは逡巡し、躊躇いがちにリィンに手を伸ばして伏せた頭ごと包み込むように抱き締めた。
リィンの髪にぽふんと顔をうずめる。さらさらで良い香りのする髪に触れると、奥底の激情が少しだけ鎮まっていく気がした。
「クロウ……?」
「──嫉妬、したんだよ。お前があん時、女と一緒にいるのを見た時にな」
リィンは動かない。その表情は窺えないが、さぞ呆れていることだろう。
「リィンにその気がねえってのは分かってる。なのにあの女の惚けた面を見た瞬間、どす黒い気持ちが湧き出て来て……。俺、ダセエよな。リィンがモテることなんざ、分かりきってるってのに……」
「──クロウ」
はっきりとしたリィンの声が聞こえるや否や、パッと身体を引き離される。
「リィン? ──ッ!?」
気が付いた時には頬を両手で挟まれ、己の唇にリィンの柔らかなそれが押し当てられていた。
目の前で長い睫毛がふるりと揺れ、潤む瞳がチラリと覗く。
唇が名残惜しそうに離れても、手はしっかりと頬を挟んでいる。
リィンの顔は桃のように赤く、視線は己を捉える。クロウは息を飲んだ。
「リィン……」
「……聞いてくれ。俺が“こんなこと”をするのは……恋人として愛しているのは、クロウ、お前だけだ」
「……!」
目が離せない。
強い瞳。──この瞳にずっと恋していた。始めて出会った時から、このまっすぐな紫水晶の瞳に。
時間が止まったような沈黙が流れて。耐えかねたのはクロウだった。
「……はあぁあ~っ。本ッ当、お前って奴は……」
思わず手で顔を覆って俯く。顔が熱い。おそらく茹で蛸のように真っ赤になっているのだろう。
「なっ……、何だよその反応! こっちはすごく恥ずかしいんだぞ!!」
「そいつはこっちの台詞だ! 油断していればこうもこっ恥ずかしいセリフをかましやがって……」
「そ、そんなつもりじゃない!」
「無自覚なのが厄介なんだよ!」
ああ言えばこう言う、子供じみたやりとり。なんだか次第に馬鹿馬鹿しくなってしまって。
「……クク」
「ははっ……」
同じタイミングで、思わず笑い出してしまった。
***
次の日。リィンはいつも通り、朝早くから学院に来ていた。
「リィン教官、おはようございます! ……あれっ?」
今日の一番乗りはユウナだ。彼女の目はリィンの胸元に止まる。
「おはよう、ユウナ。どうしたんだ?」
「ええっと……。その首に掛けている指輪、もしかして誰かからのプレゼントですか?」
「ははっ、正解。クロウから、な」
リィンの胸元で揺れる、狼のシルエットが彫られたシルバーの指輪。以前クロウに送ったウルフヘッドの指輪とは違うが、同じ狼がモチーフになっているのがなんだかお揃いみたいだ。
──そういや、なんか格好つかねえ形になってちまったが。
昨日のあのやりとりの後、そう言われて差し出されたのだ。指につけるのはなんだか気恥ずかしくて、革紐を通して首に掛けている。
「ふふっ、相変わらず仲が良いんですね」
「ああ……。とても」
──そう言った自分の表情は、きっと緩みきっているのだろう。
指輪にそっと指先で触れると、なんだかそこにクロウが居るような気がして、トクンと胸が高鳴った。