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KISEKI series fan fiction

君はきっと気づかない


 それは最近のことだ。

 例えば、手が触れたとき。例えば、髪を耳にかけてちらりと横顔が覗くとき。例えば、背中に寄りかかられると同時にちょんと頬をつつかれたとき。

 “彼”と一緒に居ると、些細なスキンシップや仕草、更には微かに漂うフレグランスの香りや低くよく通る声まで、妙に意識してしまって落ち着かない。

 数日前にその事をエリオットとガイウスに話したら、二人して神妙な顔で『重症』と言われたのが記憶に新しいが──


「どうした、リィン」
「! ああ、済まない。少し考え事をしていて」

 当の“彼”──クロウの声で思考が現実に引き戻される。

 休日の昼下がり、二人はカフェ《ルセット》を訪れていた。
 リィンの目の前には、以前ユウナやアルティナ達に猛烈に勧められた、焼きリンゴと生クリームを添えたパンケーキ。傍らでブレンドコーヒーが香ばしい湯気を立てている。


 気を取り直して。

「いただきます」

 パンケーキを一口。
 メレンゲをしっかり泡立てたというそれはずっしりとした見た目に反してふわふわと軽やかな口当たりだった。シナモンの風味を利かせたリンゴに合わせてか生クリームは甘さが控えめで、平時甘いものを食べないリィンも思わず夢中で食べ進める。


「……?」

 ふと、クロウの視線を感じて手を止めた。

「クロウ? そうだ、一口食べてみないか」
「いや、俺はいい。それより……」
「?」

 言葉を濁した彼に首を傾げた、そのとき。

「え?」


 ガタンッ、と音を立てて──クロウがおもむろに身体を乗り出した。


(ち、近……!?)

 息がかかるほどに顔と顔が近づく。顎に手を添えられ、クロウと目が合うや否や──


 ペロリ、と頬に柔らかく湿ったものが触れた。


「クリーム、付いてたぜ」

 耳もとで囁かれ、呆然としていた頭で即座に状況を理解した。


「……な、な……!?」

 顔がボッと熱くなる。
 中途半端に手にしていたフォークが皿の上に落ち、カチャンと音を立てた。

「……だったら先に言ってくれ、クロウ!!」
「? どうしたよ? 顔真っ赤だぜ」
「ッ……~~~~~~!!」

 してやられた。
 クロウはいかにも、イタズラが成功した子供のような無邪気な笑顔を浮かべていて。

「……ッ」

 そう、これはただのちょっとしたイタズラだ。
 それ以上の意味は無いしおそらくクロウに他意は無い。無いのだが。


(……まただ)

 胸がざわつく。
 クロウの唇と舌が触れたところから、じわじわと熱が伝播していくような感覚。
 柔らかな感触がずっと肌に残っている気がして、どうしようもなく“意識して”しまう。

 羞恥心、焦燥感、もどかしさ。色々な感情がごちゃ混ぜになって、なのに決して嫌な気分ではなくて。


「……はぁ」

 クロウは何事もなかったように澄ました顔でコーヒーを飲んでいる。それを見て、リィンは小さく溜め息をついた。

(俺ばっかり変に意識して……馬鹿みたいだ)

 何故だか急に居たたまれなくなる。
 胸焼けにも似た胸のざわつきを誤魔化すように、少し温くなったコーヒーを啜った。
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