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麻天狼関連 短編

飲みの席でお酒を進められたらやっぱり飲まない訳にはいかない。飲み酔っ払った職場の上司が私の目の前のグラスにお酒を注ぐ。これを何度も繰り返した。貼りつけたような笑顔で受け取って一口飲むと、視界かぼやける。視点が定まらず、ぼーっと目の前を見ていると瞼が重くなってきた。
上司がいる手前、寝るわけにはいかないと無理やり目を擦って覚ますように頬をつねる。
楽しそうに娘の事を語る上司の話を聞き流すように相づちをして、自分の眠気と戦う。
ふいに肩をトントンとつつかれて、酔いがまわってふわふわとしたまま振り返る。

「眠たくなっちゃいましたか?」

それはそれは優しい低音のお声。その長い髪の毛を耳にくくる姿はもうがくぶちに入れて飾ってしまいたくなる。

「…寂雷先生」

そう呼ぶと彼は大人らしさのギャップのようなそれまた優しいふにゃりとした微笑みを向けてくる。
眠いんだね、と子供に言うように私に言うと私を立たせつつ自分も立ち上がる。

「この子、完全に酔いが回っちゃってるから帰すね。私も一緒に失礼するよ。」

さっきまでべらべら喋っていた上司が慌てて寂雷先生の荷物を手渡す。
寂雷先生はありがとうと返して私の方を振り返る。今にもふらつきそうな私を肩で抱くように支えて外へとあるきだした。
シラフだったら真っ赤になってきゃーきゃー言っているところだが、酔いつぶれ寸前だった私は目を回して委ねるだけだ。
寂雷先生のエスコートは流石先生と思うほど、楽に歩けた。普段からしょうがいを持って生まれた人とも向き合っているのだ。
これは患者さんも安心するわ、と思いながら寂雷先生を下からそっと見る。

「…どうかしたかい?」
「…美人さんのエスコート…幸せ…」

私がうっとりと眺めつつ言うと、寂雷先生は恥ずかしそうに笑った。

「それなら良かったです」

それもあっという間に、自宅のまん前まで送ってくれたのだ。
さぁ早く入りなさいと言って私が家に入るのを待っているが、あまりにも目が回りすぎて鍵が鍵穴に入らない…
しばらくその状況と戦っていると、後ろでニコニコと見ていた寂雷先生が流石に手伝ってくれた。

「ごめんなさい…」
「…ずっと見てるのも面白いけれど、君が風邪を引いたら困るからね」

ようやく玄関のドアが開く、振り返るとにこやかに手を振っている先生がいる。
なんという可愛さなのだろうか。美人な大人であり可愛いすら持ち合わせる…
彼に手を振りかえして別れ難いが家に入る。
その日は着替えもせずにベッドで爆睡。翌日から連休なのが助けだった。

ふっと上体を起こそうとして、とんでもない頭痛に襲われた。
二日酔いだ。もう一度体を倒して頭痛に耐えながら飲み過ぎたことを後悔する。
まあ、仕方なく飲んでいるようなものだから後悔のしようがないのだが。
ピコンと携帯が明るくなる。手だけ伸ばして携帯を掴みすぐに確認した。
メッセージアプリの一番上に未読である印とその名前が書かれている。
ポチっと、開くと二件のメッセージが届いていた。

"昨日だいぶ飲んだって聞いた。"
"大丈夫?"

労るメッセージにありがたく感じ、返信をする。

"やっぱり2日酔いにはなったけど、大丈夫そうです。観音坂さんもしっかり休んでくださいね"

すぐに既読がつく。

"今から行く"

唐突に何を言い出すのか…すぐに2日酔いですよ?あまりおもてなしできませんよ?と問うが観音坂さんはそれでも大丈夫の一点張り。

"行っちゃダメ?"

そう言われたらダメとは言えなかった。ダメでは無いですと返す。
これから来るのならお茶とかは用意しておかなくてはと、ガンガンする頭を押さえながらキッチンへ行く。
そのタイミングで電話が鳴った。

「はい…寂雷先生…」

電話口の向こうは寂雷先生だった。昨日はすみませんでしたと言うと、大丈夫だけどあまり飲み過ぎは良くないかもねと優しい声で言われる。きっと向こうで微笑んでいるだろう光景がうかぶ。

『…ところで、今日君のところに伺ってもいいかな?』

今日は一体どうしたというのか、観音坂さんといい寂雷先生といい…
観音坂さんをOKしたのだ、断る必要も無いかと承諾する。

「観音坂さんも来るみたいですけど…」
『問題ないよ』

電話を切って、お茶の準備をしておく。
それにしても二人共、2日酔いでもいいからってなんの用なのだろうか…
少し頭痛は治まった。酔いが和らぐようにと、コーヒーを入れて飲む。
それから10分くらいで、二人…いや三人が揃う。

「会いたかったよ仔猫ちゃん」

そう言って私の手を包み微笑んでいる彼は、観音坂さんに着いてきたらしい。

「ごめん…一二三も行きたいって言うから…」

観音坂さんが何度も謝る。

「大丈夫ですから…どうぞ上がって下さい」

三人分のカップにお茶を入れてお盆に載せると、2日酔い足元を心配して寂雷先生が運んでくれた。
私は自分の分を持ってテーブルにつく。
そして観音坂さんと一二三さんが持ってきてくれたアップルパイをつつく。
このアップルパイは一二三さんが作ってくれたらしい。うちに来るときはいつも何か作ってきてくれるのだ。本当に女子力が高いというかハイスペックというか…
毎回の楽しみにもなっている。フォークでつつき一口食べる、流石。シナモンがよく効いていてとても美味しい。

「2日酔いは大丈夫かい?」

寂雷先生が切り出す。さっきのコーヒーが良かったのか大分良くなった。頭痛はもう完全に無くなった。しかし、あまり動かないほうが良さそうではあった。自覚はあまりないが、昨日よっぽど飲まされたのだろう。

「少し良くなりました…」

そうか、でもあまり無理はしないでねと微笑まれる。

「疲れてるのに、ごめん…気遣いできなくて…」
「いえいえ、そんな…というか何か御用があったんじゃないですか?」

その問いかけに、目の前の観音坂さんはピンと来ていない表情をする。あれ、なにか違ったのかなと首をかしげると、一二三さんが笑って言った。

「ははは、用なんて無かったみたいだね。」

私の横でも、寂雷先生がふふふと笑う。

「一応、用にはなるかな。」

観音坂さんも力なく笑う。

「なんだ、三人揃って用は一緒…か。」

笑っている三人になんですかと問いかける。寂雷先生が、その微笑みのまま私の顔を覗きこむ。

「君に会いたかっただけだよ。独歩君も、一二三君も…勿論私もね」

ふわりとアップルパイの甘い匂いが広がっている。三人は私を見つめて微笑んだ。
なんだか恥ずかしくなってしまうが、嬉しくて三人に微笑み返した。
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