当翔『夏の一命』
「アイツまたあれやってんのか」
「飛高マジわけわかんねー」
練習が終わり寮に戻ろうとした時、ふと近くからチームメイトの会話が聞こえた。翔太の名前が出てたことが気になって近寄ってみると、同じく練習上がりの三年のチームメイトが集まり、話に花を咲かせていた。
「翔太が何してるの?」
輪に混ざり、ひょこ、と横から覗くように顔を出す。二人の視線を追ってみると、グラウンドの片隅には仰向けになり、ワサワサと手足を動かす翔太がいた。
あ、あれって。
「陽ノ本か。ホラ、あれ。最近噂になってる、死にかけのセミのモノマネだよ」
「ゴマ爆食いといい、アイツ行動が宇宙人だよな。食堂のおばちゃんが飛高のせいでゴマがすぐなくなるって嘆いてたわ」
「たしかにあのゴマのかけ方は凄いよね」
翔太の話になると、みんな決まってこんな言い方になる。
『面倒くさい』、『わけがわからない』。
確かにそういう風に取られそうなところはあるけど、でも。
「おい、陽ノ本。どこ行くんだよ。そろそろ飯だぞ」
「翔太のところ。ついでだし、ご飯だよって言ってくるよ」
「あー、そうか」
「じゃあ俺ら先戻ってるな」
「うん」
そんなことないのに。
そう思いながら、俺は翔太の傍に足を運んだ。
「翔太。お疲れ様」
「………はッ!あ、当」
無心で空を仰ぎワサワサしていた翔太が、俺に気づいた途端ピタリと動きを止めた。上体を起こして座って、何もしてませんでした風を装ってるけど、それは今更遅いと思うよ。
「続けてていいのに」
「いや、もう十分だし」
「そう?」
翔太の隣にしゃがみ込む。俺に見られていたのが気まずいのか、翔太は落ち切った夕日を見送るように、グラウンドの向こう、空の境界へ視線を逃がしている。まだ汗の残るその横顔を、俺はじっと見つめる。
「そんなに効くの?そのストレッチ」
「これが意外と……って、当!気づいてたの!?」
驚いて振り向いた翔太とようやく顔が合った。丸々とした瞳が驚きに大きくなると、気にしているという丸顔と相まってなんだか少し幼く見える。マウンドでの凛々しい翔太とは違って、なんだか可愛いなと思う。
「そりゃ気づくよ。これでも同じピッチャーだし、それに翔太はいつだって野球に熱心だから、意味のないことに時間使わないでしょ?」
笑いかければ、今度は気恥ずかしそうに口をモゴモゴさせる。普段口では自分のことをカスだゴミだとネガティブいっぱいに語るけど、翔太のやっている努力は、そんな人間が出来ることじゃない。
誰よりも貪欲で、真剣で、真っ直ぐで。
そんな翔太を見てると、みんなのいう『わけがわからない』は、翔太をわかろうとしてないからだと実感する。
だって、俺にはよくわかるから。
わかりたいと、ずっと想っているから。
翔太はそんな俺のこと、わかってくれてはいないけど。
遠くでセミが鳴いている。
ふと、子供の頃に聞いたセミの一生を思い出す。セミは何年も地中で育ち、大きくなると夏に地上に出て、大人になるために羽化するのだという。
そして羽化した後は、短い命を、その夏の間に落とすのだと。
夏はもう始まっている。
蝉も、俺たち三年も、命のカウントダウンが始まっている。
帝徳で翔太と野球が出来るのは、この夏が最後だ。
「翔太はセミじゃなくて、翔太でいてね」
「えッ…なにそれ。俺は当に虫ケラだと思われてた……?」
「違うよ。翔太には長生きしてほしいなってこと」
「どこからそんな話が…?というか俺みたいなカスゴミが長生きしていいって、当はホント優しいなぁ…」
「アハハ、また変な顔してる」
でも、大丈夫。
翔太は絶対に負けない。
たったひとつの夏に、一命を落としたりしない。
翔太は羽化して大人になったまま、次の季節に羽ばたいていくんだ。
翔太はどこまでも行ける。この帝徳という地を飛び立って一人になったとしても。
ーーーその先の季節に、俺がいなくても。
高く、飛んでいく。
「卒業しても、いつかまた翔太と野球が出来たらいいな」
希望は捨てずに口にする。言葉には魂が宿るなんていうし、願望は本人に伝えておくに越したことはない。
翔太はどう思うのかな、なんて反応を待っていると、翔太の眉が、瞳が、急にキリッと引き締まった。
その表情に一瞬、ドキッとしてしまう。
「俺も、当とまた野球がしたい」
返ってきたのは、俺の希望を繋ぐ架け橋のような言葉。曇りも淀みもない、翔太のストレートみたいなキレの良さに、俺は思わず喜び釣られてしまう。
「え、本当に?じゃあ約束しようよ」
「約束?」
「そう。どこでどんな形でもいいから、俺と翔太は、また同じチームで一緒にピッチャーやるって」
小指だけ立てた右手を翔太に伸ばす。翔太は小指に目を落とすと、すぐに理解して上目で見返してくる。
「指切りげんまん。絶対だよ?」
「わかった。約束な」
俺の小指と、翔太の小指が組み交わされる。
ほんの少しだけ触れた硬い皮膚の奥に、太陽みたいな翔太の熱を感じる。
それは、今を生きている何よりの証だ。
約束は結ばれた。
いつかまた、同じ空の下、同じ夏を生きれるようにと。
「飛高マジわけわかんねー」
練習が終わり寮に戻ろうとした時、ふと近くからチームメイトの会話が聞こえた。翔太の名前が出てたことが気になって近寄ってみると、同じく練習上がりの三年のチームメイトが集まり、話に花を咲かせていた。
「翔太が何してるの?」
輪に混ざり、ひょこ、と横から覗くように顔を出す。二人の視線を追ってみると、グラウンドの片隅には仰向けになり、ワサワサと手足を動かす翔太がいた。
あ、あれって。
「陽ノ本か。ホラ、あれ。最近噂になってる、死にかけのセミのモノマネだよ」
「ゴマ爆食いといい、アイツ行動が宇宙人だよな。食堂のおばちゃんが飛高のせいでゴマがすぐなくなるって嘆いてたわ」
「たしかにあのゴマのかけ方は凄いよね」
翔太の話になると、みんな決まってこんな言い方になる。
『面倒くさい』、『わけがわからない』。
確かにそういう風に取られそうなところはあるけど、でも。
「おい、陽ノ本。どこ行くんだよ。そろそろ飯だぞ」
「翔太のところ。ついでだし、ご飯だよって言ってくるよ」
「あー、そうか」
「じゃあ俺ら先戻ってるな」
「うん」
そんなことないのに。
そう思いながら、俺は翔太の傍に足を運んだ。
「翔太。お疲れ様」
「………はッ!あ、当」
無心で空を仰ぎワサワサしていた翔太が、俺に気づいた途端ピタリと動きを止めた。上体を起こして座って、何もしてませんでした風を装ってるけど、それは今更遅いと思うよ。
「続けてていいのに」
「いや、もう十分だし」
「そう?」
翔太の隣にしゃがみ込む。俺に見られていたのが気まずいのか、翔太は落ち切った夕日を見送るように、グラウンドの向こう、空の境界へ視線を逃がしている。まだ汗の残るその横顔を、俺はじっと見つめる。
「そんなに効くの?そのストレッチ」
「これが意外と……って、当!気づいてたの!?」
驚いて振り向いた翔太とようやく顔が合った。丸々とした瞳が驚きに大きくなると、気にしているという丸顔と相まってなんだか少し幼く見える。マウンドでの凛々しい翔太とは違って、なんだか可愛いなと思う。
「そりゃ気づくよ。これでも同じピッチャーだし、それに翔太はいつだって野球に熱心だから、意味のないことに時間使わないでしょ?」
笑いかければ、今度は気恥ずかしそうに口をモゴモゴさせる。普段口では自分のことをカスだゴミだとネガティブいっぱいに語るけど、翔太のやっている努力は、そんな人間が出来ることじゃない。
誰よりも貪欲で、真剣で、真っ直ぐで。
そんな翔太を見てると、みんなのいう『わけがわからない』は、翔太をわかろうとしてないからだと実感する。
だって、俺にはよくわかるから。
わかりたいと、ずっと想っているから。
翔太はそんな俺のこと、わかってくれてはいないけど。
遠くでセミが鳴いている。
ふと、子供の頃に聞いたセミの一生を思い出す。セミは何年も地中で育ち、大きくなると夏に地上に出て、大人になるために羽化するのだという。
そして羽化した後は、短い命を、その夏の間に落とすのだと。
夏はもう始まっている。
蝉も、俺たち三年も、命のカウントダウンが始まっている。
帝徳で翔太と野球が出来るのは、この夏が最後だ。
「翔太はセミじゃなくて、翔太でいてね」
「えッ…なにそれ。俺は当に虫ケラだと思われてた……?」
「違うよ。翔太には長生きしてほしいなってこと」
「どこからそんな話が…?というか俺みたいなカスゴミが長生きしていいって、当はホント優しいなぁ…」
「アハハ、また変な顔してる」
でも、大丈夫。
翔太は絶対に負けない。
たったひとつの夏に、一命を落としたりしない。
翔太は羽化して大人になったまま、次の季節に羽ばたいていくんだ。
翔太はどこまでも行ける。この帝徳という地を飛び立って一人になったとしても。
ーーーその先の季節に、俺がいなくても。
高く、飛んでいく。
「卒業しても、いつかまた翔太と野球が出来たらいいな」
希望は捨てずに口にする。言葉には魂が宿るなんていうし、願望は本人に伝えておくに越したことはない。
翔太はどう思うのかな、なんて反応を待っていると、翔太の眉が、瞳が、急にキリッと引き締まった。
その表情に一瞬、ドキッとしてしまう。
「俺も、当とまた野球がしたい」
返ってきたのは、俺の希望を繋ぐ架け橋のような言葉。曇りも淀みもない、翔太のストレートみたいなキレの良さに、俺は思わず喜び釣られてしまう。
「え、本当に?じゃあ約束しようよ」
「約束?」
「そう。どこでどんな形でもいいから、俺と翔太は、また同じチームで一緒にピッチャーやるって」
小指だけ立てた右手を翔太に伸ばす。翔太は小指に目を落とすと、すぐに理解して上目で見返してくる。
「指切りげんまん。絶対だよ?」
「わかった。約束な」
俺の小指と、翔太の小指が組み交わされる。
ほんの少しだけ触れた硬い皮膚の奥に、太陽みたいな翔太の熱を感じる。
それは、今を生きている何よりの証だ。
約束は結ばれた。
いつかまた、同じ空の下、同じ夏を生きれるようにと。
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