国オリ『帝徳高校野球部の献身』
九月某日、午後九時半。夕食や入浴の時間を終えた帝徳高校野球部の寮では、とある会合が開かれていた。
食堂の隅にひっそりと集まったのは五人。いずれも二年生の部員であり、同じクラスの仲間同士だった。
「集まったな」
五人のうち、中心に席を構えた男子生徒ーー森嶋が目配せをする。ぐるりと周囲の顔を見回し、机に両肘を立てて手を組むと、森嶋は重々しく口を開く。
「お前たちを呼び出したのは……何故だかわかっているな」
「そりゃあな」
整った顔立ちの部員ーー戸辺が相槌を打つ。
「アレだろ」
ひょうきん顔を呆れ顔に変えた部員ーー中泉がぼやく。
「皆まで言うな」
濃い顔を渋らせた部員ーー安岡が頷く。
「さっさと始めようぜ」
強面を気楽に崩した部員ーー音羽が促す。
冒頭を牽引する森嶋は、それぞれの返答が揃うと大きくひとつ咳払いをする。
「うむ。では改めて話し合おう。議題はもちろんーー」
大きく鼻を膨らませ、キリッと眉を引き締め。
両手を机に下ろし組み替えた森嶋が、カッと目を見開き開幕を告げる。
「最近の国都と、眞城についてだ」
帝徳野球部の献身
一同が揃って頷いた。思うところは違えど、考えていることはみんな同じだ。彼らは膝を突き合わせながら、本題について切り出すタイミングを探り合っている。
「もったいぶって始めてっけどさ、ぶっちゃけみんな思ってること一緒だろ?」
「中泉!結論を急ぐな!」
そんな中せっかちな中泉が口火を切ると、森嶋が慌てて手綱を握った。仕切りたがりの森嶋に唇をへの字に曲げると、中泉は憮然と頬杖をつき戸辺へと視線を投げる。
「んなこと言ったって毎日毎日あの調子だろ?あんなの誰が見ても丸わかりだろ。なぁ戸辺」
「オレに振るなよ!」
「だって席替えして一番ふたりが見える席になったのお前だろ」
「まぁそれはそうだけど」
先日行われたクラスの席替えで、国都と眞城の並ぶ横列と一緒になったのが戸辺だ。壁際に位置する戸辺は、窓際に向かって手前に眞城、その奥に国都が見える位置にいる。
「確かに戸辺の位置なら監視しやすいな」
「監視って。そこまでしねぇよ。つか監視っていうなら安岡、お前だろ。なんか最近眞城のことめっちゃ見てるじゃん」
「俺はただ眞城の耳から首にかけての胸鎖乳突筋にそそられてるだけだ」
「出た!希少性癖博覧会!!老若男女関係なくオカズにする男!!」
「お前それバレたら国都に殺されるぞ」
「一回脳天にフルスイングされた方がいいんだよコイツは」
無数のフェチズムを持つ安岡の堂々たるスケベぶりに戸辺、音羽、中泉が物申す。が、安岡は何を言われようとも動じない。それどころか「あのラインの良さがわからないなんて可哀想な奴らだな」と逆に哀れんでくる。
「安岡、この前は小里さんのどこだかの骨がイイって言ってなかったか」
「第七頚椎な。あれもたまらん」
「いやわかんねーよ。引くわー」
「でも乳突って漢字と響きにはロマンを感じるよな」
「お前たち!話が逸れてるぞ!!」
マニアックな性の話を遮り、森嶋が軌道修正する。年頃の男子故、集まれば猥談になりがちなのは如何ともし難い。猥談というにはあまりに特殊な話ではあるが。
「ともかくだ。それぞれ思うところはあるってことだよな」
「それだけ国都がいろいろやらかしてるからな」
音羽の言葉に、各々が瞬時に心当たりを思い浮かべる。
今日まで色々あった。そしてそれは、今も現在進行形だ。
「なぁ〜。もうハッキリ言っちまおうって!さっきから話が遠回りすぎて、奥歯に物挟まったままとうもろこし食ってるみたいでウズウズすんだよ!」
「それ奥歯どころか歯の隙間という隙間に挟まるヤツだな」
「妙な例えは置いといたとして、中泉の言うことにも一理あるな。森嶋、ここは結論ありきで進めてもいいんじゃないか。その方がみんな言いたいこと言いやすいだろ」
忙しなくテーブルを指で叩く中泉に、安岡が加勢する。森嶋は腕組みをしながら逡巡するが、すぐに「そうだな」と意見を受け入れた。
「答えは最後に出そうかと思っていたが、お前たちがそこまで言うならそうするか。じゃあ中泉から順に!はい結論ッ!!」
「国都が」
「眞城に」
「恋してる」
中泉、戸辺、安岡へとリレーして。流れるように連ねたセリフは満場一致の結論だ。そして順番が回ってこなかった音羽は、神妙な顔つきをしながら「出たわね」と謎のオネエ言葉で締めくくる。
「あー!出すモン出したらちょっとスッキリした」
「うんこかよ」
「ずっと『アレってさ……』みたいな空気だったから、ハッキリ口にすると『だよな!』ってなるよな」
長いこと各々の心の内に留めていた疑念は、今こうして擦り合わせ、分かち合ったことで消化された。便秘解消並みに晴れやかな気分で笑い合う面々に、この会合の発端者であり、国都信奉者の森嶋は深く頷き手を叩く。
「よし!全員の結論が揃ったところでひとりずつ国都の眞城へのやらかし、もとい恋のエピソードを語ってもらおうか!今日までのふたりについて、それぞれあったこと見たことを報告してくれ」
「もう仕切りがトーク番組のそれだな」
「じゃあ俺から」
「いいぞ音羽。トップバッターは任せた」
「俺の話は、みんなも知ってるあの話だ」
〜音羽の証言〜
ふたりの話といえばまずはアレだろ?文化祭が終わった後、国都から「史哉くんがみんなにお礼を言いたいそうだから、僕たちと一緒にお昼を食べないかい?」って誘われたやつ。
俺ら全員と国都と眞城とで昼飯を食ったあの日、眞城から「文化祭用の撮影に協力してくれてありがとう」なんて言われて、お礼にミニクロワッサンまでくれたろ。それまでクラス一緒だったのにロクに眞城のこと知らなかったから、文化祭のことといい、真面目で気の利く良いヤツじゃんって思ったのよ俺は。クロワッサンは層がパリパリで、発酵バターのコクが深くて美味かったし。
まぁそこまではいいんだけど、問題はそっからだったよな。
撮影のために眞城が野球部に通ってた時から薄々思ってたけど、ふたりスゲー仲良くなってんじゃん。特に大会終わった後くらいから急激に。 国都があんなに楽しそうに誰かと一緒に居るのも、下の名前で呼んだりするのも見たことなかったからさ、俺的にも結構な衝撃だったわけよ。
だからそれだけでも引っかかってはいたんだけどさ。いきなり目の前で国都が「史哉くん。口元にパンくずがついてるよ」なんて言って、ゲロ甘い笑顔で眞城の口の横に手を伸ばして取ってんの見たらさ、「なんだこの雰囲気」って思うじゃん。眞城の飲んでたマックスコーヒーより甘々だったもんな。
眞城は「わざわざ取ってくれなくていいって!」って言ってたけど、嫌がってるってよりは恥ずかしかったんだろうな。そりゃ国都にあんな顔であんなことされたらなぁ。
俺はふたりの丁度向かいに座ってたから、国都スマイルもろ直撃よ。俺の中の乙女もキュンとときめいたね。
そっから気付いてじっくり観察してみたら、まぁ国都の視線が眞城に向いてること向いてること。そしてその熱さったらないだろ。
俺はあの日に確信したね。国都の眞城への気持ちにさ。
「何途中で食レポ挟んでんだよ!」
「眞城の声真似が気持ち悪い」
「そのヤクザ顔で乙女を心に飼うな」
話しが締めくくられると中泉、戸辺、安岡から即座にツッコミが入る。が、話し終え満足気な音羽は総スルーだ。
「思えばあの昼休みが始まりだったな」
「それまでも気にはなってたけど、ガチじゃんってなったのはあの時だな」
森嶋と音羽が共通の認識に頷き合う。置いてけぼりにされた中泉たちも、そこには全面的に同意だ。あの日はクラスのことや文化祭のことなど色々話していたはずだが、もう雑談の記憶はみんなの頭にない。国都の眞城へのタッチアップ(中泉命名)が全てを持っていってしまった。
「しかし国都にあんなことされたら、男女関係なく大抵のヤツは秒で墜ちるだろと思うんだけど……眞城にはあんま伝わってなさそうなんだよな」
口元に触れられ恥ずかしがったのも束の間。あっさりと普通の態度へと戻った眞城に、森嶋は「それだけ!?」と仰天した。目に見えてだだ漏れしている国都の好意に対して気づいていないのか、眞城のリアクションはあまりに薄すぎた。そして国都もまた、眞城の塩スルーっぷりに対して特に気にもせず愛おしげに見つめ続けていたところを見ると、どうやら自分の気持ちに気づいてすらいなさそうだ。
恋をしている自覚のない国都と、動向が見えない眞城。
ーーもしやこのふたり、前途多難か。
そこまで見抜いた森嶋は、即座に心を決めた。
我らが帝徳野球部の絶対的支柱であり、次期主将。国都英一郎の恋を見守り、成就するよう応援しようと。
「オレ、国都と仲良いよなって眞城に探り入れてみたんだよ。でも友達だからなの一言で済まされた」
「いや、アレは男子高校生の友達の距離感じゃないだろ」
「ふたり揃って距離感バグってんだよ!あんなこと俺が安岡にやったらどうするよ?」
「飛びつき腕ひしぎ十字固めをキメる」
「だよなぁー!!」
中泉が豪快に仰け反る。そして天然パーマの髪をガシガシと両手で掻きむしり、頭を抱える。
「もう国都がやってるのは彼氏のそれなんだよッ!友達って何なんだよ!助走の時点でライン踏み越えてんだろッ!!」
「国都だからなで済まされてる感あるよな」
「眞城もそれは思ってそうだな。国都だしなって」
国都英一郎という人間は規格外である。それは野球においても人間的な面においても当てはまり、こと性格面においては強くも優しい人格者ではあるが、情熱的かつロマンチストな部分も目立つ。
そんな国都が恋をした今、その情熱的かつロマンチストな部分は燦然と際立ち、止めようのない恋の暴走列車と化していた。
「国都の言動はどうしようもなさそうだな」
「だな。じゃあ気を取り直して次の話に行こう。次は誰が話す?」
「じゃあオレ。音羽のよりはパンチ弱いけど」
「よし戸辺、任せたぞ」
〜戸辺の証言〜
オレの話は、さっき出た席替え後の話なんだけどさ。別に監視するつもりもなかったんだけどまぁ、たまたま授業中にチラッと国都と眞城の方向見たんだよ。その瞬間はふたりとも前向いて授業聞いてたんだけど、その後ふと国都が眞城の方ーー結果的に俺の方なんだけど、向いてさ。眞城はそれにすぐ気づいて目線合わせたんだよ。
そしたらもう!国都の顔、もうわかりやすくどろっどろに甘くなってさ。これでもかって笑顔を眞城に送ってんの。俺側からじゃ眞城の顔は見えなかったけどさ、多分微笑み返したんじゃないかな。その後の国都がすげー嬉しそうだったから。
でも二人とも真面目なんだよ。すぐ前向いてちゃんと授業受けてさ。オレなんか他の奴も見てたんじゃないかとか、またふたりでアイコンタクトするんじゃないかとか気になり出しちゃって、そっから気が気じゃなかったね。
結局、その後は何もなかったんだけどな。他の奴らも特に気づいてる風でもなくて、とりあえずは安心したんだよ。でもみんなにバレるのも時間の問題だろうな。国都のあの様子じゃ。
「目と目で通じ合うとか少女マンガじゃん」
「でもすぐ気づいた眞城も凄いな。意外と脈アリなんじゃないか?」
「いや、国都のあの熱視線は誰でも気づくだろ。あんな目で見られたら周辺温度五度は上がるわ」
「国都だからときめきイベントになってっけど俺がやったらキモがられるからな!俺が音羽に授業中視線送って微笑みかけたらどうするよ?」
「目で殺す」
「だよなぁー!!」
中泉が再び仰反る。授業中の脇見など大方の生徒にとってなんら珍しくもない行為だが、勉学にも真面目な国都からすると珍しいことだ。
授業中に、ほんのひと時とはいえ、眞城に視線と笑顔を送った。その事実は、もはや四六時中眞城を気にしていることに他ならないと森嶋は思った。
「クラスの奴らどう思ってるんだろうな。ふたりが友達なのはもう公認の雰囲気あるけど」
戸辺が疑問を口にすると、音羽がうーんと唸る。
「国都のあの距離の近さに疑ってる奴はいるだろ。ガチだと思ってるかどうかは知らんが」
「先週の体育の時にクラスの男子全員の前で大々的にやらかしたからな。アレで一気にふたりを怪しんだ奴はいるだろうな」
安岡が持ち出した話に、全員があぁ……と息を落とす。
「あれはなぁ……」
「とんだことだったな」
「ふむ。それはどんな話なんだ?」
「いやお前も一緒に居たじゃんーーって千石さん!?!?」
「どうも、私が千石さんです」
森嶋らの輪に突如現れ、いきなり会話に加わった男は三年の千石今日路だった。最上級生で先輩にあたる千石は帝徳高校野球部のレギュラーであり、控えに甘んじている森嶋らにとっては雲の上の人物かつ尊敬すべき先輩だ。それは三年が引退した今でも変わることはない。
「千石さん!!」
「千石さん!!」
「どこから現れたんですか千石さん!!」
「いつから居たんですか千石さん!!」
「俺の名前を連呼するな」
後輩たちを制しながら、千石は己の顎先を指で撫でつける。
「俺は貴様らが話し始める前から食堂に居たぞ。そこのカウンターの影に潜んでな」
「千石さん!!」
「それは盗み聞きでは千石さん!!」
「盗み聞きも何も、こんな場所で話しをしてたら嫌でも聞こえてくるだろう。特に森嶋、貴様の声はデカいからな」
「俺ですか!?」
「それはそう」
「今も全力でデカい」
「ついでに顔もデカい」
便乗し悪口を付け足した中泉に、森嶋はギロリと目力を強める。中泉は圧力から目を逸らすと、わざとらしく口笛を鳴らして視線を躱す。
「とにかく話は全て聞かせてもらった。貴様ら、そんな面白……重要な話は俺にも共有すべきだろう」
「千石さん!!」
「本音が漏れてます千石さん!!」
千石が悠々と末席に着席する。新たに一名を加えた集いは、さらに賑やかな様相を呈していく。
「しかし国都と眞城がそこまで堂々とイチャついてるとはな」
「国都と眞城がっていうより、国都が一方的にというのが正しいんスけどね」
「眞城は拒んでいないんだろう。ならば同罪だ」
「罪人扱いされてるよ眞城……」
「貰い事故もいいとこだな」
戸辺と音羽が眞城に同情する。
眞城はおそらく、本当に国都をただの友達だと思っているのだろう。ただし眞城は元々影が薄く、クラスにおいても人間関係を避けていただろう節がある。平たく言えばぼっちだ。森嶋らも正直、野球部に関わってくるまで眞城を気にしたことはなかった。
そもそも眞城に国都以外の友達が居るのかも怪しいし、なんなら国都が初めての友達の可能性だって考えられる。
だとしたら、そもそも友達の適切な距離感がわからないのかもしれない。そうであれば、眞城は国都によって距離感をバグらされている被害者とも言える。
「そんなことより話の続きだ。大々的なやらかしというのを早く聞かせろ」
「めちゃくちゃ前のめりですね千石さん」
「じゃあ話を戻して、ここ最近で一番のメインエピソードを千石さんにも聞いてもらおうか。誰が話す?」
「じゃあ俺が」
「よし、安岡。話してくれ。あの重大事件を」
〜安岡の証言〜
先週水曜の体育の時だったか。サッカーの授業中に眞城がコケたやつ。あれは一大事件だったから、みんなの記憶に新しいだろう。
あの日の俺は眞城の膕も好みだなと気付いて、ハーフパンツ姿の眞城の背後をキープしてたんだよ。そうしたら目の前で転んだから、戸辺と一緒に大丈夫かーなんて声かけてたら、離れた位置にいた国都が猛スピードでやってきたろ。
「史哉くん大丈夫かい!?怪我をしたのかい!?」なんて熊にでも襲われたのかってくらい慌ててたから、周りのクラスの奴らもみんな驚いて注目しちゃってさ。
そんな中でやらかしただろ。お姫様抱っこ。
眞城が大丈夫だから降ろせって言ってんのに国都が全く聞いてねぇの。「今は動かない方がいい。僕が保健室に連れて行くよ」なんてスゲー真面目に心配してさ。あれは本心だろうけど、それにしたって女子相手ならともかく男子相手にするのはなぁ。
まぁ俺は抱き上げる国都を見て、合法的に眞城の膕に触れるチャンスだったかと思いもしたんだがな。国都の手前そんなことするわけにもいかないから、見るだけにしておこうと心に決めたよ。
で、当然そんなことしたもんだから、クラスの奴らみんな目ぇひん剥いてたろ。いや、俺らもビックリしたけどさ。
国都の恋が知れ渡って、クラスで揶揄われたり噂されたりするようになったらふたりもやり辛いだろ。……いや、国都は気にしなさそうだけどな。でも眞城は噂の的になるの絶対困るだろ。
だからあの時は、俺たちも一致団結したよな。 「国都って大袈裟だよなー」とか「お姫様抱っこって実際にやる奴いるんだな!」とかネタにしてギリ笑い話な空気に出来たからセーフだったけど、正直アウトだろと思ったね俺は。ビデオ判定入ったら一発で覆るだろと。
それでも結果、保健室から戻ってきたふたりを揶揄う奴らもいなかったし、俺らのフォローが功を奏したわけだ。帰りは国都が肩を貸すだけにしてたしたな。あれって眞城にやめろって言われたんだろうな、きっと。
「いや熊に襲われたら怪我どころの騒ぎじゃねぇだろ!」
「新たな性癖をナチュラルに晒してんじゃねーよ!!」
「ヒカガミってどこだよ!!漢字もわかんねェよ!!」
音羽、中泉、戸辺が同時にツッコむ。先輩の前でも堂々と特異なフェチズムを曝け出す安岡はもはや強者の風格だ。
「……そういうわけで、その場はなんとか事なき事を得たんですけど、あれからふたりをチラチラ気にする奴が増えたんですよ」
「女子は体育館でバレーだったからいなかったけど、もう一部の女子には噂で広まってるみたいだしな。眞城、国都のこと好きな女子にヘンなやっかみ受けなきゃいいんだけどな」
森嶋と音羽が後述すると、千石はふむ、と息をつく。
「どうしたらいいんですかね、俺たち。国都のあの様子じゃ、遅かれ早かれ周りにバレそうだとは思うんですけど」
「だろうな。現に俺たち三年の間でさえ噂になっているからな」
「え!?そうなんですか!?」
驚く戸辺に、千石が頷く。
「撮影に来てた時から薄々感じてた奴はいたんだ。だが、決定的だったのはその後だ。文化祭一日目の終わりに眞城が寮に来たことがあっただろう。あの時、寮に来るまでの間、国都と眞城が手を繋いでいたのを見たという久我の証言があったんだ」
「手ェ!?」
「いやおかしいだろそれは!!そんなん俺が安岡にしたらどうするよ!?」
「リストロックからのハンマーロックキメる」
「だよなぁー!!」
ここに来て新たなビッグエピソードが飛び出し、場は興奮の坩堝と化す。千石は熱狂する後輩たちを尻目に淡々と続ける。
「目撃した当の久我は全く気づいてなかったがな。『国都と眞城、仲良くなってよかったな』なんて俺たちの前でしみじみ言うから、陽ノ本と小里が怪訝な顔で見合わせていた」
「久我さん……」
「なんてピュアな心を……」
色恋に疎い人間は一定数いる。それは帝徳野球部においても例外ではない。
「じゃあ千石さんも国都のこと知ってたんですね」
「あんなあからさまな態度見てわからん奴の方がおかしいだろう。飛高ですら気づいてたぞ」
「今ナチュラルに久我さんがディスられましたね」
強面仲間として勝手に久我へシンパシーを感じている音羽が、千石からの言われように同情を浮かべる。
「にしても手は繋がないだろう〜!普通〜!」
「戸辺、国都に普通を求めるな」
「でも眞城も大人しく繋がれたままだったんだろ?まさか無理やりされてるわけでもないだろうし」
「主語を入れないとイヤらしく聞こえるな」
「安岡お前エロいことしか頭にないのかよ!」
話は堂々巡りだ。延々と国都のやらかしに言及してはツッコむというルーティンは、もはやどこに終着するのかわからない座談になっている。
一同はどんどんヒートアップしていく。ぶっちゃけると、楽しくなってきたというのが正しい。人の色恋話は蜜の味とはよく言ったもので、それが生真面目で浮いた噂のなかった国都が発端だというのがまた、彼らを大いに盛り上がらせていた。
「そういえばまだ中泉の話を聞いてないな。中泉もなんかあるか?」
「あるにはあるけど手繋ぎ越えるほどの話じゃねーしなぁ。後出しの俺完全に負けじゃん」
「勝ち負けあるのか?この話に」
「まぁ一応話しはするけどさ」
「よし、じゃあトリは任せたぞ中泉」
〜中泉の証言〜
アレはいつだっけな。眞城が野球部で撮影してた頃だから結構前だな。まだ今ほど国都が暴走してない頃ではあったんだけど、今思うとあの時から様子はおかしかったんだよ。
その日の放課後、俺は提出物遅れて出しに職員室寄ってたんだけど、用事終わって廊下に出てみたら、昇降口近くの廊下で眞城が三人の男子に囲まれててさ。ウチのクラスの奴じゃないし、友達って雰囲気でもなかったから、野次馬半分で様子見ようと思って近寄ってみたんだよ。
そしたら、「眞城に人物撮れるのかよ」とか、「そのボロカメラじゃロクな写真撮れないだろ」とか言われてんの。アレ写真部の奴らなんかな。言い方がこれまた陰湿で、嫌な奴らだなって思ったワケよ。
眞城は俺が目立ちたいって頼んだら写真めちゃくちゃ撮ってくれたし、頑張ってんの見てたから、しゃーない助けに入ってやるかと意気込んだんだよ。でもそこに、俺より先に国都が割って入ってさ。俺は急遽廊下の曲がり角に隠れたのよ。
その時の国都、スゲー冷てェ顔しててさ。「眞城くんに何か用ですか?」とか、「彼は忙しいので、用がないなら邪魔をしないで下さい」って威嚇してんだよ。ヒョロヒョロの文化部があのガタイの良い国都に凄まれたらひとたまりもなかったな。ビビってすぐ居なくなったわ。
それだけならまぁ困ってる友達助けたんだなで終わるんだけどさぁ〜……直後に、「何かあったらすぐに言って。僕がキミを守るから」って言い出した時は、ここで場外ホームランかっ飛ばすか?って頭吹っ飛んだね。
ないでしょうよ、男友達に守る宣言は。
あの時は「守るのは一塁だけにしとけよ!」って駆け寄って心底ツッコミたかった。しなかったけど。
眞城の反応?「ありがとう」とか、「そう言ってくれるのは嬉しいけど、そこまでしなくて大丈夫だから」とか、安定の塩対応だよ。好感度上昇せず。ときめきポイントゼロ。
このふたり、こんなんでくっつくのかね。
「言いかねんとは思ってたけど、守る発言はもう出てたのか……」
「少女マンガのテンプレートだな、もう」
森嶋と戸辺が遠い目をする。ふたりの距離がハッキリと近くなったと実感したのは大会直後だ。だが中泉の話からすると、それより前にすでに国都はクラウチングスタートを切っていたということになる。
「小里の盗塁くらいスタートが早いな、国都の奴」
「確かにそうっスけど、こんなことに自分が引き合いに出されてるって知ったら小里さんキレそうっスね」
小里の鋭い目つきと怒りが中泉の脳裏に思い浮かぶ。今ここに居なくて良かった。もし居たら、千石と激しく揉め出していただろう。
宴もたけなわ。まだまだ盛り下がる気配のない集まりは、しかし時計の針が就寝時間を指したことでお開きが近づく。
「もうこんな時間か。でも話は出揃ったな。思いの外エピソードが盛りだくさんだったな」
チラリと時計を把握した森嶋が、場を結しようと締めにかかる。一同はそこで会話を止めると、会の終わりを大人しく待つ。
「なかなかに面白い話だったな。ここ最近進路だなんだと忙しかったから、いい息抜きになったぞ」
「もう面白がってるの隠す気なくなってますね千石さん」
途中参加の千石は誰よりも満足気だ。森嶋ら当事者とは違い、外野である彼からすると国都と眞城の話はただただ面白い話題でしかない。
「で、この会ってどう締めんだよ森嶋」
「そこまで考えてなかったな。とりあえずお前たちと確認し合いたかっただけだから」
「グダグダだな〜」
「どうしますか千石さん」
「ふむ。ならばこの場は俺が預かろう」
末席に座していた千石に視線が集まる。最上級生の威厳を醸し出しながら、千石は森嶋らの顔を見回す。
「まず、貴様らにはこれからもふたりに注視してもらう。何かあったら即共有だ。招集の音頭は森嶋が取れ」
「はいッ!!わかりましたッ!!」
「あとはそうだな。国都の様子からして、これからもこうして集まることはかなりの頻度であるだろう。そこで、この会に名前をつけておく。以後は『国都と眞城を見守る会』、略して『コクサナ会』とする」
「おお……名前まで」
「本格的になってきたな」
秘密の集まりというものはいくつになっても男子心をくすぐるものだ。森嶋らは妙な高揚感に目配せをし合い、仲間意識を強める。
「お前たち、こんなところに集まって何してるんだ」
すわ閉会、というタイミングで、食堂に新たな人物が現れた。やって来たのは三年のレギュラー捕手である益村重光だ。益村は給水機から水を汲み喉を潤すと、千石たちが集うテーブルへと歩み寄った。
「丁度いいところに来たな、益村。貴様にはコクサナ会の発起の立合人となってもらおう」
「は?こくさな……?なんだそれは」
「国都と眞城を見守る会の略称だ」
「あぁ……国都と眞城のことか。それでわざわざこんな集まりやってたのか」
益村もまた事を察していたひとりだ。元々無表情ではあるが眉ひとつも動かさず、千石たちの意図をその洞察力でもって汲み取る。
「先輩として、国都の幸せを願ってやろうと思ってな」
「いや、千石は確実に面白がっているだけだろう」
さすがに付き合いが長いだけあり、益村に千石の建前は通用しなかった。が、千石は見破られた所で気にもしない。
「いいから貴様も加わるんだ。さぁ、ここに発会宣言を行うぞ。立会人は益村、この会の代表は俺だ」
強引に宣言をした千石に、益村は是も否もなく巻き込まれる。益村は呆れながらも、何をさせられるわけでもないので特に反発もせず場に留まる。
「ふたりの状況に変化、進展があった場合は報連相必須だ。わかったな」
「グループメッセ作っておきますか」
「よし戸辺、任せたぞ」
「俺らはこれから国都と眞城にバレないようにしないとな。中泉は口が軽そうだから気をつけろよ」
「言わねーよ!森嶋こそ声デカいんだから危ねーだろ!そっちが気をつけろよ!」
「国都と眞城が俺たちの動向に気づくとも思えないけどな。特に国都は周り気にするタイプじゃないし」
「俺らのこのハラハラドキドキも伝わってねぇだろうからなぁ。知らぬは本人ばかりなりだな」
これからあのふたりはどうなっていくのだろう。
全員の心に過った疑問に答えが出る日は、まだまだ遠い。
食堂の隅にひっそりと集まったのは五人。いずれも二年生の部員であり、同じクラスの仲間同士だった。
「集まったな」
五人のうち、中心に席を構えた男子生徒ーー森嶋が目配せをする。ぐるりと周囲の顔を見回し、机に両肘を立てて手を組むと、森嶋は重々しく口を開く。
「お前たちを呼び出したのは……何故だかわかっているな」
「そりゃあな」
整った顔立ちの部員ーー戸辺が相槌を打つ。
「アレだろ」
ひょうきん顔を呆れ顔に変えた部員ーー中泉がぼやく。
「皆まで言うな」
濃い顔を渋らせた部員ーー安岡が頷く。
「さっさと始めようぜ」
強面を気楽に崩した部員ーー音羽が促す。
冒頭を牽引する森嶋は、それぞれの返答が揃うと大きくひとつ咳払いをする。
「うむ。では改めて話し合おう。議題はもちろんーー」
大きく鼻を膨らませ、キリッと眉を引き締め。
両手を机に下ろし組み替えた森嶋が、カッと目を見開き開幕を告げる。
「最近の国都と、眞城についてだ」
帝徳野球部の献身
一同が揃って頷いた。思うところは違えど、考えていることはみんな同じだ。彼らは膝を突き合わせながら、本題について切り出すタイミングを探り合っている。
「もったいぶって始めてっけどさ、ぶっちゃけみんな思ってること一緒だろ?」
「中泉!結論を急ぐな!」
そんな中せっかちな中泉が口火を切ると、森嶋が慌てて手綱を握った。仕切りたがりの森嶋に唇をへの字に曲げると、中泉は憮然と頬杖をつき戸辺へと視線を投げる。
「んなこと言ったって毎日毎日あの調子だろ?あんなの誰が見ても丸わかりだろ。なぁ戸辺」
「オレに振るなよ!」
「だって席替えして一番ふたりが見える席になったのお前だろ」
「まぁそれはそうだけど」
先日行われたクラスの席替えで、国都と眞城の並ぶ横列と一緒になったのが戸辺だ。壁際に位置する戸辺は、窓際に向かって手前に眞城、その奥に国都が見える位置にいる。
「確かに戸辺の位置なら監視しやすいな」
「監視って。そこまでしねぇよ。つか監視っていうなら安岡、お前だろ。なんか最近眞城のことめっちゃ見てるじゃん」
「俺はただ眞城の耳から首にかけての胸鎖乳突筋にそそられてるだけだ」
「出た!希少性癖博覧会!!老若男女関係なくオカズにする男!!」
「お前それバレたら国都に殺されるぞ」
「一回脳天にフルスイングされた方がいいんだよコイツは」
無数のフェチズムを持つ安岡の堂々たるスケベぶりに戸辺、音羽、中泉が物申す。が、安岡は何を言われようとも動じない。それどころか「あのラインの良さがわからないなんて可哀想な奴らだな」と逆に哀れんでくる。
「安岡、この前は小里さんのどこだかの骨がイイって言ってなかったか」
「第七頚椎な。あれもたまらん」
「いやわかんねーよ。引くわー」
「でも乳突って漢字と響きにはロマンを感じるよな」
「お前たち!話が逸れてるぞ!!」
マニアックな性の話を遮り、森嶋が軌道修正する。年頃の男子故、集まれば猥談になりがちなのは如何ともし難い。猥談というにはあまりに特殊な話ではあるが。
「ともかくだ。それぞれ思うところはあるってことだよな」
「それだけ国都がいろいろやらかしてるからな」
音羽の言葉に、各々が瞬時に心当たりを思い浮かべる。
今日まで色々あった。そしてそれは、今も現在進行形だ。
「なぁ〜。もうハッキリ言っちまおうって!さっきから話が遠回りすぎて、奥歯に物挟まったままとうもろこし食ってるみたいでウズウズすんだよ!」
「それ奥歯どころか歯の隙間という隙間に挟まるヤツだな」
「妙な例えは置いといたとして、中泉の言うことにも一理あるな。森嶋、ここは結論ありきで進めてもいいんじゃないか。その方がみんな言いたいこと言いやすいだろ」
忙しなくテーブルを指で叩く中泉に、安岡が加勢する。森嶋は腕組みをしながら逡巡するが、すぐに「そうだな」と意見を受け入れた。
「答えは最後に出そうかと思っていたが、お前たちがそこまで言うならそうするか。じゃあ中泉から順に!はい結論ッ!!」
「国都が」
「眞城に」
「恋してる」
中泉、戸辺、安岡へとリレーして。流れるように連ねたセリフは満場一致の結論だ。そして順番が回ってこなかった音羽は、神妙な顔つきをしながら「出たわね」と謎のオネエ言葉で締めくくる。
「あー!出すモン出したらちょっとスッキリした」
「うんこかよ」
「ずっと『アレってさ……』みたいな空気だったから、ハッキリ口にすると『だよな!』ってなるよな」
長いこと各々の心の内に留めていた疑念は、今こうして擦り合わせ、分かち合ったことで消化された。便秘解消並みに晴れやかな気分で笑い合う面々に、この会合の発端者であり、国都信奉者の森嶋は深く頷き手を叩く。
「よし!全員の結論が揃ったところでひとりずつ国都の眞城へのやらかし、もとい恋のエピソードを語ってもらおうか!今日までのふたりについて、それぞれあったこと見たことを報告してくれ」
「もう仕切りがトーク番組のそれだな」
「じゃあ俺から」
「いいぞ音羽。トップバッターは任せた」
「俺の話は、みんなも知ってるあの話だ」
〜音羽の証言〜
ふたりの話といえばまずはアレだろ?文化祭が終わった後、国都から「史哉くんがみんなにお礼を言いたいそうだから、僕たちと一緒にお昼を食べないかい?」って誘われたやつ。
俺ら全員と国都と眞城とで昼飯を食ったあの日、眞城から「文化祭用の撮影に協力してくれてありがとう」なんて言われて、お礼にミニクロワッサンまでくれたろ。それまでクラス一緒だったのにロクに眞城のこと知らなかったから、文化祭のことといい、真面目で気の利く良いヤツじゃんって思ったのよ俺は。クロワッサンは層がパリパリで、発酵バターのコクが深くて美味かったし。
まぁそこまではいいんだけど、問題はそっからだったよな。
撮影のために眞城が野球部に通ってた時から薄々思ってたけど、ふたりスゲー仲良くなってんじゃん。特に大会終わった後くらいから急激に。 国都があんなに楽しそうに誰かと一緒に居るのも、下の名前で呼んだりするのも見たことなかったからさ、俺的にも結構な衝撃だったわけよ。
だからそれだけでも引っかかってはいたんだけどさ。いきなり目の前で国都が「史哉くん。口元にパンくずがついてるよ」なんて言って、ゲロ甘い笑顔で眞城の口の横に手を伸ばして取ってんの見たらさ、「なんだこの雰囲気」って思うじゃん。眞城の飲んでたマックスコーヒーより甘々だったもんな。
眞城は「わざわざ取ってくれなくていいって!」って言ってたけど、嫌がってるってよりは恥ずかしかったんだろうな。そりゃ国都にあんな顔であんなことされたらなぁ。
俺はふたりの丁度向かいに座ってたから、国都スマイルもろ直撃よ。俺の中の乙女もキュンとときめいたね。
そっから気付いてじっくり観察してみたら、まぁ国都の視線が眞城に向いてること向いてること。そしてその熱さったらないだろ。
俺はあの日に確信したね。国都の眞城への気持ちにさ。
「何途中で食レポ挟んでんだよ!」
「眞城の声真似が気持ち悪い」
「そのヤクザ顔で乙女を心に飼うな」
話しが締めくくられると中泉、戸辺、安岡から即座にツッコミが入る。が、話し終え満足気な音羽は総スルーだ。
「思えばあの昼休みが始まりだったな」
「それまでも気にはなってたけど、ガチじゃんってなったのはあの時だな」
森嶋と音羽が共通の認識に頷き合う。置いてけぼりにされた中泉たちも、そこには全面的に同意だ。あの日はクラスのことや文化祭のことなど色々話していたはずだが、もう雑談の記憶はみんなの頭にない。国都の眞城へのタッチアップ(中泉命名)が全てを持っていってしまった。
「しかし国都にあんなことされたら、男女関係なく大抵のヤツは秒で墜ちるだろと思うんだけど……眞城にはあんま伝わってなさそうなんだよな」
口元に触れられ恥ずかしがったのも束の間。あっさりと普通の態度へと戻った眞城に、森嶋は「それだけ!?」と仰天した。目に見えてだだ漏れしている国都の好意に対して気づいていないのか、眞城のリアクションはあまりに薄すぎた。そして国都もまた、眞城の塩スルーっぷりに対して特に気にもせず愛おしげに見つめ続けていたところを見ると、どうやら自分の気持ちに気づいてすらいなさそうだ。
恋をしている自覚のない国都と、動向が見えない眞城。
ーーもしやこのふたり、前途多難か。
そこまで見抜いた森嶋は、即座に心を決めた。
我らが帝徳野球部の絶対的支柱であり、次期主将。国都英一郎の恋を見守り、成就するよう応援しようと。
「オレ、国都と仲良いよなって眞城に探り入れてみたんだよ。でも友達だからなの一言で済まされた」
「いや、アレは男子高校生の友達の距離感じゃないだろ」
「ふたり揃って距離感バグってんだよ!あんなこと俺が安岡にやったらどうするよ?」
「飛びつき腕ひしぎ十字固めをキメる」
「だよなぁー!!」
中泉が豪快に仰け反る。そして天然パーマの髪をガシガシと両手で掻きむしり、頭を抱える。
「もう国都がやってるのは彼氏のそれなんだよッ!友達って何なんだよ!助走の時点でライン踏み越えてんだろッ!!」
「国都だからなで済まされてる感あるよな」
「眞城もそれは思ってそうだな。国都だしなって」
国都英一郎という人間は規格外である。それは野球においても人間的な面においても当てはまり、こと性格面においては強くも優しい人格者ではあるが、情熱的かつロマンチストな部分も目立つ。
そんな国都が恋をした今、その情熱的かつロマンチストな部分は燦然と際立ち、止めようのない恋の暴走列車と化していた。
「国都の言動はどうしようもなさそうだな」
「だな。じゃあ気を取り直して次の話に行こう。次は誰が話す?」
「じゃあオレ。音羽のよりはパンチ弱いけど」
「よし戸辺、任せたぞ」
〜戸辺の証言〜
オレの話は、さっき出た席替え後の話なんだけどさ。別に監視するつもりもなかったんだけどまぁ、たまたま授業中にチラッと国都と眞城の方向見たんだよ。その瞬間はふたりとも前向いて授業聞いてたんだけど、その後ふと国都が眞城の方ーー結果的に俺の方なんだけど、向いてさ。眞城はそれにすぐ気づいて目線合わせたんだよ。
そしたらもう!国都の顔、もうわかりやすくどろっどろに甘くなってさ。これでもかって笑顔を眞城に送ってんの。俺側からじゃ眞城の顔は見えなかったけどさ、多分微笑み返したんじゃないかな。その後の国都がすげー嬉しそうだったから。
でも二人とも真面目なんだよ。すぐ前向いてちゃんと授業受けてさ。オレなんか他の奴も見てたんじゃないかとか、またふたりでアイコンタクトするんじゃないかとか気になり出しちゃって、そっから気が気じゃなかったね。
結局、その後は何もなかったんだけどな。他の奴らも特に気づいてる風でもなくて、とりあえずは安心したんだよ。でもみんなにバレるのも時間の問題だろうな。国都のあの様子じゃ。
「目と目で通じ合うとか少女マンガじゃん」
「でもすぐ気づいた眞城も凄いな。意外と脈アリなんじゃないか?」
「いや、国都のあの熱視線は誰でも気づくだろ。あんな目で見られたら周辺温度五度は上がるわ」
「国都だからときめきイベントになってっけど俺がやったらキモがられるからな!俺が音羽に授業中視線送って微笑みかけたらどうするよ?」
「目で殺す」
「だよなぁー!!」
中泉が再び仰反る。授業中の脇見など大方の生徒にとってなんら珍しくもない行為だが、勉学にも真面目な国都からすると珍しいことだ。
授業中に、ほんのひと時とはいえ、眞城に視線と笑顔を送った。その事実は、もはや四六時中眞城を気にしていることに他ならないと森嶋は思った。
「クラスの奴らどう思ってるんだろうな。ふたりが友達なのはもう公認の雰囲気あるけど」
戸辺が疑問を口にすると、音羽がうーんと唸る。
「国都のあの距離の近さに疑ってる奴はいるだろ。ガチだと思ってるかどうかは知らんが」
「先週の体育の時にクラスの男子全員の前で大々的にやらかしたからな。アレで一気にふたりを怪しんだ奴はいるだろうな」
安岡が持ち出した話に、全員があぁ……と息を落とす。
「あれはなぁ……」
「とんだことだったな」
「ふむ。それはどんな話なんだ?」
「いやお前も一緒に居たじゃんーーって千石さん!?!?」
「どうも、私が千石さんです」
森嶋らの輪に突如現れ、いきなり会話に加わった男は三年の千石今日路だった。最上級生で先輩にあたる千石は帝徳高校野球部のレギュラーであり、控えに甘んじている森嶋らにとっては雲の上の人物かつ尊敬すべき先輩だ。それは三年が引退した今でも変わることはない。
「千石さん!!」
「千石さん!!」
「どこから現れたんですか千石さん!!」
「いつから居たんですか千石さん!!」
「俺の名前を連呼するな」
後輩たちを制しながら、千石は己の顎先を指で撫でつける。
「俺は貴様らが話し始める前から食堂に居たぞ。そこのカウンターの影に潜んでな」
「千石さん!!」
「それは盗み聞きでは千石さん!!」
「盗み聞きも何も、こんな場所で話しをしてたら嫌でも聞こえてくるだろう。特に森嶋、貴様の声はデカいからな」
「俺ですか!?」
「それはそう」
「今も全力でデカい」
「ついでに顔もデカい」
便乗し悪口を付け足した中泉に、森嶋はギロリと目力を強める。中泉は圧力から目を逸らすと、わざとらしく口笛を鳴らして視線を躱す。
「とにかく話は全て聞かせてもらった。貴様ら、そんな面白……重要な話は俺にも共有すべきだろう」
「千石さん!!」
「本音が漏れてます千石さん!!」
千石が悠々と末席に着席する。新たに一名を加えた集いは、さらに賑やかな様相を呈していく。
「しかし国都と眞城がそこまで堂々とイチャついてるとはな」
「国都と眞城がっていうより、国都が一方的にというのが正しいんスけどね」
「眞城は拒んでいないんだろう。ならば同罪だ」
「罪人扱いされてるよ眞城……」
「貰い事故もいいとこだな」
戸辺と音羽が眞城に同情する。
眞城はおそらく、本当に国都をただの友達だと思っているのだろう。ただし眞城は元々影が薄く、クラスにおいても人間関係を避けていただろう節がある。平たく言えばぼっちだ。森嶋らも正直、野球部に関わってくるまで眞城を気にしたことはなかった。
そもそも眞城に国都以外の友達が居るのかも怪しいし、なんなら国都が初めての友達の可能性だって考えられる。
だとしたら、そもそも友達の適切な距離感がわからないのかもしれない。そうであれば、眞城は国都によって距離感をバグらされている被害者とも言える。
「そんなことより話の続きだ。大々的なやらかしというのを早く聞かせろ」
「めちゃくちゃ前のめりですね千石さん」
「じゃあ話を戻して、ここ最近で一番のメインエピソードを千石さんにも聞いてもらおうか。誰が話す?」
「じゃあ俺が」
「よし、安岡。話してくれ。あの重大事件を」
〜安岡の証言〜
先週水曜の体育の時だったか。サッカーの授業中に眞城がコケたやつ。あれは一大事件だったから、みんなの記憶に新しいだろう。
あの日の俺は眞城の膕も好みだなと気付いて、ハーフパンツ姿の眞城の背後をキープしてたんだよ。そうしたら目の前で転んだから、戸辺と一緒に大丈夫かーなんて声かけてたら、離れた位置にいた国都が猛スピードでやってきたろ。
「史哉くん大丈夫かい!?怪我をしたのかい!?」なんて熊にでも襲われたのかってくらい慌ててたから、周りのクラスの奴らもみんな驚いて注目しちゃってさ。
そんな中でやらかしただろ。お姫様抱っこ。
眞城が大丈夫だから降ろせって言ってんのに国都が全く聞いてねぇの。「今は動かない方がいい。僕が保健室に連れて行くよ」なんてスゲー真面目に心配してさ。あれは本心だろうけど、それにしたって女子相手ならともかく男子相手にするのはなぁ。
まぁ俺は抱き上げる国都を見て、合法的に眞城の膕に触れるチャンスだったかと思いもしたんだがな。国都の手前そんなことするわけにもいかないから、見るだけにしておこうと心に決めたよ。
で、当然そんなことしたもんだから、クラスの奴らみんな目ぇひん剥いてたろ。いや、俺らもビックリしたけどさ。
国都の恋が知れ渡って、クラスで揶揄われたり噂されたりするようになったらふたりもやり辛いだろ。……いや、国都は気にしなさそうだけどな。でも眞城は噂の的になるの絶対困るだろ。
だからあの時は、俺たちも一致団結したよな。 「国都って大袈裟だよなー」とか「お姫様抱っこって実際にやる奴いるんだな!」とかネタにしてギリ笑い話な空気に出来たからセーフだったけど、正直アウトだろと思ったね俺は。ビデオ判定入ったら一発で覆るだろと。
それでも結果、保健室から戻ってきたふたりを揶揄う奴らもいなかったし、俺らのフォローが功を奏したわけだ。帰りは国都が肩を貸すだけにしてたしたな。あれって眞城にやめろって言われたんだろうな、きっと。
「いや熊に襲われたら怪我どころの騒ぎじゃねぇだろ!」
「新たな性癖をナチュラルに晒してんじゃねーよ!!」
「ヒカガミってどこだよ!!漢字もわかんねェよ!!」
音羽、中泉、戸辺が同時にツッコむ。先輩の前でも堂々と特異なフェチズムを曝け出す安岡はもはや強者の風格だ。
「……そういうわけで、その場はなんとか事なき事を得たんですけど、あれからふたりをチラチラ気にする奴が増えたんですよ」
「女子は体育館でバレーだったからいなかったけど、もう一部の女子には噂で広まってるみたいだしな。眞城、国都のこと好きな女子にヘンなやっかみ受けなきゃいいんだけどな」
森嶋と音羽が後述すると、千石はふむ、と息をつく。
「どうしたらいいんですかね、俺たち。国都のあの様子じゃ、遅かれ早かれ周りにバレそうだとは思うんですけど」
「だろうな。現に俺たち三年の間でさえ噂になっているからな」
「え!?そうなんですか!?」
驚く戸辺に、千石が頷く。
「撮影に来てた時から薄々感じてた奴はいたんだ。だが、決定的だったのはその後だ。文化祭一日目の終わりに眞城が寮に来たことがあっただろう。あの時、寮に来るまでの間、国都と眞城が手を繋いでいたのを見たという久我の証言があったんだ」
「手ェ!?」
「いやおかしいだろそれは!!そんなん俺が安岡にしたらどうするよ!?」
「リストロックからのハンマーロックキメる」
「だよなぁー!!」
ここに来て新たなビッグエピソードが飛び出し、場は興奮の坩堝と化す。千石は熱狂する後輩たちを尻目に淡々と続ける。
「目撃した当の久我は全く気づいてなかったがな。『国都と眞城、仲良くなってよかったな』なんて俺たちの前でしみじみ言うから、陽ノ本と小里が怪訝な顔で見合わせていた」
「久我さん……」
「なんてピュアな心を……」
色恋に疎い人間は一定数いる。それは帝徳野球部においても例外ではない。
「じゃあ千石さんも国都のこと知ってたんですね」
「あんなあからさまな態度見てわからん奴の方がおかしいだろう。飛高ですら気づいてたぞ」
「今ナチュラルに久我さんがディスられましたね」
強面仲間として勝手に久我へシンパシーを感じている音羽が、千石からの言われように同情を浮かべる。
「にしても手は繋がないだろう〜!普通〜!」
「戸辺、国都に普通を求めるな」
「でも眞城も大人しく繋がれたままだったんだろ?まさか無理やりされてるわけでもないだろうし」
「主語を入れないとイヤらしく聞こえるな」
「安岡お前エロいことしか頭にないのかよ!」
話は堂々巡りだ。延々と国都のやらかしに言及してはツッコむというルーティンは、もはやどこに終着するのかわからない座談になっている。
一同はどんどんヒートアップしていく。ぶっちゃけると、楽しくなってきたというのが正しい。人の色恋話は蜜の味とはよく言ったもので、それが生真面目で浮いた噂のなかった国都が発端だというのがまた、彼らを大いに盛り上がらせていた。
「そういえばまだ中泉の話を聞いてないな。中泉もなんかあるか?」
「あるにはあるけど手繋ぎ越えるほどの話じゃねーしなぁ。後出しの俺完全に負けじゃん」
「勝ち負けあるのか?この話に」
「まぁ一応話しはするけどさ」
「よし、じゃあトリは任せたぞ中泉」
〜中泉の証言〜
アレはいつだっけな。眞城が野球部で撮影してた頃だから結構前だな。まだ今ほど国都が暴走してない頃ではあったんだけど、今思うとあの時から様子はおかしかったんだよ。
その日の放課後、俺は提出物遅れて出しに職員室寄ってたんだけど、用事終わって廊下に出てみたら、昇降口近くの廊下で眞城が三人の男子に囲まれててさ。ウチのクラスの奴じゃないし、友達って雰囲気でもなかったから、野次馬半分で様子見ようと思って近寄ってみたんだよ。
そしたら、「眞城に人物撮れるのかよ」とか、「そのボロカメラじゃロクな写真撮れないだろ」とか言われてんの。アレ写真部の奴らなんかな。言い方がこれまた陰湿で、嫌な奴らだなって思ったワケよ。
眞城は俺が目立ちたいって頼んだら写真めちゃくちゃ撮ってくれたし、頑張ってんの見てたから、しゃーない助けに入ってやるかと意気込んだんだよ。でもそこに、俺より先に国都が割って入ってさ。俺は急遽廊下の曲がり角に隠れたのよ。
その時の国都、スゲー冷てェ顔しててさ。「眞城くんに何か用ですか?」とか、「彼は忙しいので、用がないなら邪魔をしないで下さい」って威嚇してんだよ。ヒョロヒョロの文化部があのガタイの良い国都に凄まれたらひとたまりもなかったな。ビビってすぐ居なくなったわ。
それだけならまぁ困ってる友達助けたんだなで終わるんだけどさぁ〜……直後に、「何かあったらすぐに言って。僕がキミを守るから」って言い出した時は、ここで場外ホームランかっ飛ばすか?って頭吹っ飛んだね。
ないでしょうよ、男友達に守る宣言は。
あの時は「守るのは一塁だけにしとけよ!」って駆け寄って心底ツッコミたかった。しなかったけど。
眞城の反応?「ありがとう」とか、「そう言ってくれるのは嬉しいけど、そこまでしなくて大丈夫だから」とか、安定の塩対応だよ。好感度上昇せず。ときめきポイントゼロ。
このふたり、こんなんでくっつくのかね。
「言いかねんとは思ってたけど、守る発言はもう出てたのか……」
「少女マンガのテンプレートだな、もう」
森嶋と戸辺が遠い目をする。ふたりの距離がハッキリと近くなったと実感したのは大会直後だ。だが中泉の話からすると、それより前にすでに国都はクラウチングスタートを切っていたということになる。
「小里の盗塁くらいスタートが早いな、国都の奴」
「確かにそうっスけど、こんなことに自分が引き合いに出されてるって知ったら小里さんキレそうっスね」
小里の鋭い目つきと怒りが中泉の脳裏に思い浮かぶ。今ここに居なくて良かった。もし居たら、千石と激しく揉め出していただろう。
宴もたけなわ。まだまだ盛り下がる気配のない集まりは、しかし時計の針が就寝時間を指したことでお開きが近づく。
「もうこんな時間か。でも話は出揃ったな。思いの外エピソードが盛りだくさんだったな」
チラリと時計を把握した森嶋が、場を結しようと締めにかかる。一同はそこで会話を止めると、会の終わりを大人しく待つ。
「なかなかに面白い話だったな。ここ最近進路だなんだと忙しかったから、いい息抜きになったぞ」
「もう面白がってるの隠す気なくなってますね千石さん」
途中参加の千石は誰よりも満足気だ。森嶋ら当事者とは違い、外野である彼からすると国都と眞城の話はただただ面白い話題でしかない。
「で、この会ってどう締めんだよ森嶋」
「そこまで考えてなかったな。とりあえずお前たちと確認し合いたかっただけだから」
「グダグダだな〜」
「どうしますか千石さん」
「ふむ。ならばこの場は俺が預かろう」
末席に座していた千石に視線が集まる。最上級生の威厳を醸し出しながら、千石は森嶋らの顔を見回す。
「まず、貴様らにはこれからもふたりに注視してもらう。何かあったら即共有だ。招集の音頭は森嶋が取れ」
「はいッ!!わかりましたッ!!」
「あとはそうだな。国都の様子からして、これからもこうして集まることはかなりの頻度であるだろう。そこで、この会に名前をつけておく。以後は『国都と眞城を見守る会』、略して『コクサナ会』とする」
「おお……名前まで」
「本格的になってきたな」
秘密の集まりというものはいくつになっても男子心をくすぐるものだ。森嶋らは妙な高揚感に目配せをし合い、仲間意識を強める。
「お前たち、こんなところに集まって何してるんだ」
すわ閉会、というタイミングで、食堂に新たな人物が現れた。やって来たのは三年のレギュラー捕手である益村重光だ。益村は給水機から水を汲み喉を潤すと、千石たちが集うテーブルへと歩み寄った。
「丁度いいところに来たな、益村。貴様にはコクサナ会の発起の立合人となってもらおう」
「は?こくさな……?なんだそれは」
「国都と眞城を見守る会の略称だ」
「あぁ……国都と眞城のことか。それでわざわざこんな集まりやってたのか」
益村もまた事を察していたひとりだ。元々無表情ではあるが眉ひとつも動かさず、千石たちの意図をその洞察力でもって汲み取る。
「先輩として、国都の幸せを願ってやろうと思ってな」
「いや、千石は確実に面白がっているだけだろう」
さすがに付き合いが長いだけあり、益村に千石の建前は通用しなかった。が、千石は見破られた所で気にもしない。
「いいから貴様も加わるんだ。さぁ、ここに発会宣言を行うぞ。立会人は益村、この会の代表は俺だ」
強引に宣言をした千石に、益村は是も否もなく巻き込まれる。益村は呆れながらも、何をさせられるわけでもないので特に反発もせず場に留まる。
「ふたりの状況に変化、進展があった場合は報連相必須だ。わかったな」
「グループメッセ作っておきますか」
「よし戸辺、任せたぞ」
「俺らはこれから国都と眞城にバレないようにしないとな。中泉は口が軽そうだから気をつけろよ」
「言わねーよ!森嶋こそ声デカいんだから危ねーだろ!そっちが気をつけろよ!」
「国都と眞城が俺たちの動向に気づくとも思えないけどな。特に国都は周り気にするタイプじゃないし」
「俺らのこのハラハラドキドキも伝わってねぇだろうからなぁ。知らぬは本人ばかりなりだな」
これからあのふたりはどうなっていくのだろう。
全員の心に過った疑問に答えが出る日は、まだまだ遠い。
1/1ページ