国都くんで100のお題

『轟く』

 トランペットの高音が、早秋の夜を割り響く。曇天に月は隠れ、空広く覆った闇は今、燦爛としたナイター照明に灼かれている。
 延長十二回。試合開始からすでに四時間。時刻は二十二時に差し掛かろうという頃、バッターボックスに立ったのは国都だった。
 三対三。ツーアウトランナー無し。十二回の裏、正真正銘、最後の打席。この国都の一打席で、勝敗は決まる。
 客席からの声援は、すでにまばらになっている。失せ始めた音量には、ため息が混じっている。
 冷えた海風が人工芝を、グラウンドの土を荒らす。その風に乾く目を細めながら、国都は渾身の力でグリップを握りしめた。

 一打。
 たった一打、あの外野の壁を越えれば、勝利は訪れる。

 国都が、マウンド上の投手を睨む。漆黒のバットをくるりと回し、ボックスの土を強く踏み締める。そしてひとつだけ大きく深呼吸をすると、振りかぶられた投手の腕に瞳を合わせた。

 スリークウォーターのモーションから、白球が放たれる。弱まり出した球威に、国都の目はボールの縫い目までしかと捉える。

 一閃。
 木製のバットが風を裂き、豪としなる。

 バットの芯が白球の中心を強打し、瞬間、国都の両手に確かな手応えが伝わる。
 カッ!と、快打の音が響く。最後まで振り抜いたバットに乗せられ、白球はスタジアムの中央の空を猛スピードで分断していく。

 直飛球。打球は鋭い弾道で外野へ向かう。観客席の声量が、一段と上がった。
 切り拓かれた軌跡は、間もなくバックスクリーンに到達する。スタジアムに、ドッと打ち鳴らされた打音は、勝利を告げるものだった。
 
 ——ホームラン。

 球審がかざした右手を回し、実況者が劇的な展開に叫ぶ。
 客席は、最高潮を迎えていた。万来の拍手と国都を讃える歓声は轟き、厚い曇に覆われた夜天に破裂する。

 国都が、ゆっくりとダイヤモンドを周る。
 表情は引き締まったまま、笑みはない。しかし両の拳は、強く固く握りしめられている。

 三塁を蹴り、ホームを目指す。
 そこに待ち構える仲間たちが、それぞれの手にペットボトルの水を持って国都の到着を待ち構える。
 辿り着いた瞬間、手荒い祝福が国都を襲った。振りかざされたいくつものペットボトルから水飛沫が舞い、国都のヘルメットを、ユニフォームを濡らす。

 満面の笑みを浮かべた先輩たちから背中を叩かれ、頭を小突かれ、国都は輪の中心に迎えられる。

 したたる、汗と水が混じる水滴。
 それが、じわじわと体に染みていく。
 
 国都はそこで初めて、硬い頬を緩め、揃いの笑顔を花咲かせた。

 柔らいだ頬に、祝福の雫がきらりと光った。

 止まない歓声と勝利のテーマを奏でるトランペットは、試合の最高の結末を、いつまでも飾り続けていた。



 あとがき
 今日のテーマは『轟く』で、ミッションは心理描写禁止。この心理描写禁止、めちゃくちゃ難しかった…。普段どれだけ呼吸するように心情表現してんのかって気がつかされました。

 心理描写禁止なので三人称固定。状況、動作、心理を描かない比喩のみで構成したんですけど、まぁ手足もがれたような不自由さでした。あまりに普段書かない文の形なだけに、ちゃんと話として成り立ってるのか自分では判断すら出来なくて…読める形になってるならいいなと思います。

 さて、気を取り直してテーマは『轟く』。浮かんだのは、プロ野球選手になった国都くんの勝利を決める一打でした。トランペットが鳴り響く音と声援が轟いて、国都くんという選手の名が勝利を讃えられて轟く——そんなイメージでした。
 テーマからのインスピレーションは割とパッと浮かぶのになぁ…表現方法制限のせいでずっと右往左往してたな。
 
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