ハルソラノイロ(桐島兄弟幼馴染設定)
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写真を一通り見終え、三人でテーブルを囲んでいた時だった。テーブルの上の風景写真に目を落とした秋斗が、何枚もある写真を広げながら、何気ない疑問を口にした。
「史哉は、こういう風景撮るの好きなん?」
史哉は少しだけ考えてから、こくんと頷いた。
「……うん。静かで、誰もいない場所とか……夕方の光とか。そういうの撮ってると、落ち着くんだ」
「へェ。なんかわかる気がするな。史哉らしいわ」
夕焼けの公園の写真を、目の高さにかざす。それが見知った景色と重なり、秋斗は思いついたように言葉を繋げた。
「ほな、近いうちにこのへん案内したるわ。公園とか川沿いとか、夕方めっちゃ綺麗なとこあるんや」
その提案に、史哉の目がきらりと輝く。
「……ほんとに?連れてってくれるの?」
「ホンマホンマ。歩きで行ける範囲やしな」
「ありがとう、秋斗っ……!」
嬉しさを隠しきれず、史哉がパッと大きな笑みを咲かせる。
だがその瞬間、隣から夏彦の不満げな声が飛んできた。
「は?俺の方が秋斗よりええとこ知っとるし」
「なに張り合うてんねん、お前」
「うっさいわ!俺がガキの頃から秘密にしとる場所があんねん!」
「今もガキやん……」
また口ゲンカを始めそうになったふたりを、史哉は諌めるように見回す。
「じゃあ……ふたりに、いろんなところ教えてほしいな」
その言葉に、秋斗と夏彦がピタッと口を止める。
「ふたりとも知ってる景色が違うなら、どっちも見てみたい」
少しだけ照れくさそうな、それでも期待に満ちた顔をして。穏やかに微笑む史哉に、秋斗と夏彦は争う言葉を放り出す。
「おォ……そりゃええな」
「……しゃーないな」
秋斗は小さく何度も頷き、夏彦は鼻を鳴らしてそっぽを向く。
期せずして丸く収めたのは、史哉の無邪気な笑顔と言葉だ。けれど、史哉はそれに気が付かない。
調子を狂わされ、視線を泳がせたままの夏彦が部屋を見渡し始める。すると目を止めた視線の先に、ふと気になるものがあった。
「……ん?なんやあれ」
立ち上がり、ベッドの上にちょこんと座っていたものを手に取る。
——白い毛並みに、赤いリボン。
長い耳と、丸い目がふたつずつ。
それは、ちょうど胸に収まるくらいのサイズの、白いウサギのぬいぐるみだった。
愛らしいぬいぐるみと、夏彦の目が合う。
途端に、ニヤリと口元がゆがむ。
「史哉ァ〜。お前、ウサギのぬいぐるみなんて大事にしとんのォ?」
思いっきりからかうような口調で言われ、史哉はビクリと肩をすくめた。
夏彦が、獲物を見つけたとばかりにぬいぐるみを突きつける。それを目の当たりにした史哉は、じわじわと顔を赤くする。
「……ウサギ、かわいいから」
もごもごと答えて、史哉はむうっ、と唇を引き結ぶ。その小さく拗ねた様子に、秋斗の口角が吊り上がる。
「ええやん。史哉にウサギって、よう似合うわ」
そう言って席を立った秋斗は、夏彦の手からぬいぐるみを取り上げ、そっと史哉に差し出した。
「ほら、抱いてみ?」
差し出されたぬいぐるみを、史哉は戸惑いながらも両手で受け取る。
そして、迷いながらも、ぎゅっと胸に抱き寄せた。
顔をうずめると、ふわふわとした柔らかい毛並みが頬に触れる。その優しい肌触りに、史哉はふにゃりと表情を緩めていく。
「あ〜、やっぱ似合うわ。ぬいぐるみ似合う男子、高得点やろ。なァ?」
「なんの得点やねん」
呆れたようにつぶやきながらも、夏彦は盗み見るように史哉へ視線を送る。
ぬいぐるみを抱きしめたまま、史哉は幸せそうに微笑んでいる。
——その姿は、どこか安心しきった子猫のようで。
夏彦はまたひとつ、史哉の新しい一面を知った気がした。
「なァ史哉。そのウサギ、名前あんの?」
微笑ましく見守っていた秋斗が問いかければ、史哉はその問いに一瞬だけ顔を上げ——そして、もう一度恥ずかしそうに顔をうずめた。
「……ぴょん太」
ぽつりとこぼれた名前に、秋斗と夏彦が顔を見合わせ、大きく瞬く。
「ぷッ……!」
その名前を聞いて、まっ先に吹き出したのは夏彦だった。
「ぴょ、ぴょん太ァ!?なんやその名前!!まんまやん!!」
「くくッ……いや、ストレートなんが逆にセンスあるやろ」
つられて秋斗も吹き出すが、なんとかフォローしようと笑いを噛み殺す。
「ぴょん太、可愛いやん。史哉のセンス最高やな」
「……バカにしてる」
ふたりの反応に、史哉は眉を寄せながらますます頬を赤く染めた。
史哉の顔はもう真っ赤だ。けれどからかわれた不快感よりも、どこか微笑ましく受け取られているのがわかって、心の奥にくすぐったいあたたかさを感じてしまう。
「バカになんてしてへんって。ホンマに可愛い思とるって」
「ひねりがなさすぎてオモろすぎるけどなァ」
「……ひねらなくていいし。ぴょん太はぴょん太だし」
拗ねたまま反論する史哉が、精一杯ふたりを睨みつける。けれどそんな表情に怖さはなく、ただただ愛らしいだけだった。
「せや。近所案内しに行くとき、ぴょん太も連れてこうや」
「それめっちゃええやん!『ぴょん太と行く春の大冒険』や!」
「それじゃあ……ぴょん太が主役じゃん……」
そうつぶやきながらも、史哉の表情にはほんのりと笑みが浮かんでいた。
——そうしてぴょん太も輪に加わり、話題はさらに弾んでいく。
「史哉はホンマにウサギが好きなんやなぁ」
ぴょん太を抱え続ける史哉を見ながら、秋斗がほっこりとした声で言う。
そうしてよく見てみれば、部屋のあちこちにはウサギモチーフの物がいくつもあった。
机の上の鉛筆の柄。引き出しに貼られたシール。本棚に飾られたガチャガチャのフィギュア。
それらを見つけた夏彦は、そしてまたふと、気になるものに目を留めた。
「ん?」
部屋の隅、タンスの上に無造作に置かれていた、変わった形のパーカーに手を伸ばす。
「なんやこれ」
手に取り広げた瞬間、ふわっとフードが落ちる。
長くて丸い、大きな“耳”。
——それは、ぴょこんと立った、白いウサギの耳だった。
「ぶッ、っははははッ!!」
夏彦が、腹を抱えて笑い出す。
「どんだけウサギ好きやねん、マジで!!」
「ち、違っ!それはっ!!」
珍しく大きな声を上げ、慌てて立ち上がった史哉が夏彦の手からパーカーを取り返す。
「これは、この前おばあちゃんが送ってくれて……!俺が欲しいって言ったわけじゃないしっ……!」
「でも置いとるってことは気に入っとんのやろ〜?」
「う、うるさいな……違うし……っ」
夏彦がニヤニヤとからかえば、史哉はぴょん太とパーカーを抱えて口ごもる。するとそのやり取りを見ていた秋斗が、閃いた名案に目を細めた。
「なァ、それええな」
「は?」
史哉と夏彦が同時に振り向く。
秋斗が、にんまりとイタズラな笑みを浮かべる。
「せっかくやし、ウサギのパーカー着てぴょん太抱いた史哉を写真に撮ったるで」
「なっ……!!」
思わぬ提案に、史哉が後ずさる。
「な、なんで……そんな……!」
「いや、絶対似合うって」
自信満々に言って、スマホを手にカメラを起動する。
「『史哉とぴょん太の春のもふもふ日和』ってタイトルで記念写真な?」
「なに勝手にシリーズ化しとんねん!」
「ええやん。プリントして俺らの部屋に飾ろうや」
「ぜ、絶対やだっっっ!!!」
ぴょん太とパーカーを抱えて、史哉は慌てて部屋の隅まで逃げる。
真っ赤になって縮こまる史哉に、夏彦と秋斗の笑顔はどんどんとタチの悪いものになっていく。
「ホラ、はよ着替えや。史哉もぴょん太になれや」
「な、なんでそうなるの!?意味わからないし!!」
「ええやん、ウサ耳似合うやろ絶対。それ着て外歩いたら人気出るで~」
「出ないっ!!出なくていいっ!!」
必死にツッコむ史哉に、夏彦がジリジリと距離を詰めていく。追い詰められた史哉はますます顔を真っ赤にして、ぴょん太を盾のように構える。
「ぴょん太とリアルぴょん太の奇跡のコラボや。大ヒット間違いなしやで」
「どこにもヒットしないし!秋斗、助けてよ!」
「んー……カメラのモードどれがええんやろ。いっそ動画にするか?」
「ちょっ、秋斗!?何本気で撮ろうとしてるの!?」
「いや、これは記念に撮っとかなアカンやろ」
構えたスマホのカメラレンズが、史哉に向かってキラリと光る。
「や、やめてってば!!」
さらに逃げようとするも、すでに後はない。
目の前に、悪ノリの止まらない夏彦が迫る。同い年にしては大きな身長と体格が、逃がすものかと影を作る。
「もったいぶらんとさっさと着ろや」
「ちょ、やだ、やだってば……!」
ニヤニヤ顔のまま、夏彦が史哉の服に手をかけた——その瞬間。
「あ〜はいはい、いただきました〜」
——カシャッ。
秋斗のスマホが、タイミングばっちりでシャッターを切る。
「夏彦が史哉にエッチなことしとる写真撮れたわ〜」
「はァ!?何言うとんねんアホ!!」
矛先を突然変えられ、夏彦が振り向き顔を真っ赤にする。秋斗はにんまりと目を細めると、スマホの画面を見せつける。
——その写真には、夏彦が史哉の服をめくろうとしている瞬間が、完璧に捉えられている。
「こんなんアカンわ〜。ケーサツに届けなあかんなァ〜。夏彦、捕まってまうなァ〜」
「捕まるか!!ふざけんなや!!」
「お巡りさ〜ん!ここに史哉とぴょん太にイタズラする不審者がいます〜!」
「やめろやッ!!マジやめろ!!」
夏彦がバタバタと暴れ、秋斗は逃げ回りながら爆笑する。
その様子に史哉はぽかんとしながらも、じわじわと笑いが込み上げてくる。
「……っ、ふっ、ふふ……っ」
思わずうずくまる。小さな史哉の肩が、くすくすと揺れる。
逃げ場がなくて、からかわれて恥ずかしくて——でも、心の奥では、ちゃんと楽しいって思えてる。
誰かにいじられて、笑い声の真ん中にいても、本気で傷つけられるような空気じゃない。
——そんなあったかさに、史哉の心は、さらに開いていく。
「……ふふっ。そんなに見たいなら……いいよ。俺、着るよ?着るけど……からかわないでよ?」
史哉のその一言でふたりは動きを止め、揃って視線を集める。
「マジで!?ホンマに着るんか!」
「よっしゃ!カメラの準備は任しとき!」
ふたりのテンションが爆発する中、史哉はぴょん太をそっと床に置き、ゆっくりと白いウサ耳パーカーを広げた。
「……絶対、笑わないでね」
そう小さく前置きして、ふたりが見守る中、少しずつ頭にかぶっていく。
その様子を、秋斗も夏彦も冗談を止めて静かに見守っている。
するっ、と音がして。
ゆっくりとパーカーに袖を通していく史哉が、襟口からひょこりと顔を覗かせた。
ダボッとしたサイズ感は史哉の細い身体をすっぽり包み込み、お尻まで隠れるほど長い丈は、どこかワンピースのようにも見えた。
史哉が、恥ずかしげにフードをかぶる。すると、大きな白い耳がヒョコ、と可愛らしく揺れる。
史哉はしばらくじっとしてから、ぴょん太をもう一度抱きしめ——
「……はい。着替えたよ」
頬を染めたまま、うつむき気味にふたりの方へと向き直った。
その姿は、どこからどう見ても——愛らしい、二匹のウサギだった。
「……」
「……」
「……」
「……」
秋斗と夏彦が固まる。
「……」
「……アカン。めっちゃ似合うてる……」
先に呟いたのは秋斗だった。その目は本気で感動し、瞬きすら忘れている。
「マジで『ぴょん太2号』やん。写真集作れるレベルやろこれ……」
「ちょ、ちょっと……笑ってない……よね?」
「笑ってへん笑ってへん。惚れてまうって意味や」
「ほ、惚れっ!?いやいやいやいやっ……!」
「ぷッ……くくッ……」
次に耐えきれず吹き出したのは、夏彦だった。
「くはッ!ははッ!!はァ~~~!!ヤバい、ズルいわ!!なんやそれ、オモろすぎるわッ!!」
「夏彦ッ、笑いすぎっ!!」
史哉がぴょん太で夏彦の腕をぽかぽかと叩く。
けれどその動きも、小動物のようで全く怖さがない。むしろ、愛らしさが爆発している。
「笑わないでって言ったのに!」
「無理に決まっとるやろ!こんなん笑わんでいられるか!!」
「秋斗、止めてよっ!」
「そう言われてもなァ。史哉が自分で着たんやし」
——カシャッ。
秋斗のスマホがまた一枚、記念の写真を切り取った。
——賑わいが、ますます部屋に溢れていく。
すっかり打ち解けた三人と一匹のぬいぐるみが、バタバタと追いかけっこをしている。
あっちを走り、こっちを走り。
騒がしい足音がいくつも響く中、その音に紛れて、階段からもうひとつの足音が上ってきた。
「あらあら、なんだか盛り上がってるわねぇ?」
ドアが開き、のんきな声とともに現れたのは晴子だった。晴子は手に持ってたトレーから、お菓子の乗った大皿とコップをテーブルに置いていく。
「はい、オヤツとジュース。仲良く食べてね」
ポテチ、せんべい、チョコ、ラムネ、一口ゼリー。そして、りんごのジュース。
その完璧な布陣に、夏彦が喜び勇んで飛びついた。
「晴子、気がきくやん!!」
「変わり身はっやいな!さっきまでのテンションどこ行ったねん!」
呆れながらも、秋斗はすでにお菓子を食べ始めている夏彦の横に座る。史哉もそれに倣って腰を下ろすと、晴子はそんな史哉の格好を見て、驚きながらも半笑いの笑顔を浮かべた。
「あんた、おばあちゃんからもらったその服、恥ずかしくて着れないって言ってたじゃない。……なんで着てるのかしらぁ?」
——言うたなァ、晴子さん。
自分たちと同じようにからかいだした晴子に仲間意識を覚えつつ、秋斗はラムネを口に放る。夏彦もポテチをバリバリと頬張っては、ニヤニヤと史哉に目を向けている。
視線の的になった史哉は、案の定——トマトみたいな顔色に染まっている。
「……その、なんか……着たところ、見たいって言うから。ふたりとも、喜ぶのかなって、そう思って……」
消え入りそうな声は、しかし、みんなの耳に届いていた。
——『ふたりとも、喜ぶのかなって』。
史哉の口から語られた動機に、秋斗の胸がじんわりと熱くなっていく。
——あァ、史哉って、ホンマこういうヤツなんやな。
恥ずかしがりですぐ逃げ腰なるくせに、俺らが笑ってくれる思たら、無理してでもやってまう。
史哉にとって——俺らはもう、そこまでの存在なんやな。
「史哉は優しいなァ。でも安心しぃ。ホンマにめっちゃ似合うとるから。なァ、夏彦」
ぐっと胸に迫る思いを感じながら、秋斗が一際あたたかい視線を史哉に注ぐ。そして夏彦に同意を求めてみれば、意外にも真面目な声が返った。
「……まァ、似合うとるんちゃう」
ぽろりとこぼれた本音に、秋斗がひどく驚いた。——が、すぐにニヤリと口元がゆがむ。
「お、素直やん。どうした夏彦〜?」
「ウッザ!キショいねんその顔!!」
からかわれ、ぎゅんと怒りに振れた夏彦が、テーブルの上にちょこんと座っていたぴょん太を掴んで投げつける。
しかし、秋斗はそれを難なくキャッチする。
「ぴょん太確保〜!」
「ちょっ、ふたりとも!ぴょん太に乱暴しないでよ!」
「俺は受け止めただけやで?投げつけてきたんは夏彦やし」
フン、と大きく鼻息を鳴らして、夏彦はまたそっぽを向く。しかしその顔は、頬から耳まで赤かった。
——なんか、俺の弟も、案外チョロいのかもしれんな。
夏彦は生まれた時からずっと、乱暴で横柄で反抗的な『夏彦』という生き物だった。
それが今、素直で優しくてあたたかい『史哉』という生き物によって、徐々に絆され懐柔されはじめている。
秋斗は、兄として、そんな夏彦が微笑ましかった。
ふたりの『弟』が仲良くなる様子が、やけに嬉しかった。
——だけど、何より一番嬉しかったのは。
笑えて、安心して、冗談が言える空気の中で、史哉がちゃんと「笑われても平気」でいられるようになったこと。
目の前でくるくると変わる史哉の表情に、秋斗はそんな想いを胸に秘めていた。
「史哉は、こういう風景撮るの好きなん?」
史哉は少しだけ考えてから、こくんと頷いた。
「……うん。静かで、誰もいない場所とか……夕方の光とか。そういうの撮ってると、落ち着くんだ」
「へェ。なんかわかる気がするな。史哉らしいわ」
夕焼けの公園の写真を、目の高さにかざす。それが見知った景色と重なり、秋斗は思いついたように言葉を繋げた。
「ほな、近いうちにこのへん案内したるわ。公園とか川沿いとか、夕方めっちゃ綺麗なとこあるんや」
その提案に、史哉の目がきらりと輝く。
「……ほんとに?連れてってくれるの?」
「ホンマホンマ。歩きで行ける範囲やしな」
「ありがとう、秋斗っ……!」
嬉しさを隠しきれず、史哉がパッと大きな笑みを咲かせる。
だがその瞬間、隣から夏彦の不満げな声が飛んできた。
「は?俺の方が秋斗よりええとこ知っとるし」
「なに張り合うてんねん、お前」
「うっさいわ!俺がガキの頃から秘密にしとる場所があんねん!」
「今もガキやん……」
また口ゲンカを始めそうになったふたりを、史哉は諌めるように見回す。
「じゃあ……ふたりに、いろんなところ教えてほしいな」
その言葉に、秋斗と夏彦がピタッと口を止める。
「ふたりとも知ってる景色が違うなら、どっちも見てみたい」
少しだけ照れくさそうな、それでも期待に満ちた顔をして。穏やかに微笑む史哉に、秋斗と夏彦は争う言葉を放り出す。
「おォ……そりゃええな」
「……しゃーないな」
秋斗は小さく何度も頷き、夏彦は鼻を鳴らしてそっぽを向く。
期せずして丸く収めたのは、史哉の無邪気な笑顔と言葉だ。けれど、史哉はそれに気が付かない。
調子を狂わされ、視線を泳がせたままの夏彦が部屋を見渡し始める。すると目を止めた視線の先に、ふと気になるものがあった。
「……ん?なんやあれ」
立ち上がり、ベッドの上にちょこんと座っていたものを手に取る。
——白い毛並みに、赤いリボン。
長い耳と、丸い目がふたつずつ。
それは、ちょうど胸に収まるくらいのサイズの、白いウサギのぬいぐるみだった。
愛らしいぬいぐるみと、夏彦の目が合う。
途端に、ニヤリと口元がゆがむ。
「史哉ァ〜。お前、ウサギのぬいぐるみなんて大事にしとんのォ?」
思いっきりからかうような口調で言われ、史哉はビクリと肩をすくめた。
夏彦が、獲物を見つけたとばかりにぬいぐるみを突きつける。それを目の当たりにした史哉は、じわじわと顔を赤くする。
「……ウサギ、かわいいから」
もごもごと答えて、史哉はむうっ、と唇を引き結ぶ。その小さく拗ねた様子に、秋斗の口角が吊り上がる。
「ええやん。史哉にウサギって、よう似合うわ」
そう言って席を立った秋斗は、夏彦の手からぬいぐるみを取り上げ、そっと史哉に差し出した。
「ほら、抱いてみ?」
差し出されたぬいぐるみを、史哉は戸惑いながらも両手で受け取る。
そして、迷いながらも、ぎゅっと胸に抱き寄せた。
顔をうずめると、ふわふわとした柔らかい毛並みが頬に触れる。その優しい肌触りに、史哉はふにゃりと表情を緩めていく。
「あ〜、やっぱ似合うわ。ぬいぐるみ似合う男子、高得点やろ。なァ?」
「なんの得点やねん」
呆れたようにつぶやきながらも、夏彦は盗み見るように史哉へ視線を送る。
ぬいぐるみを抱きしめたまま、史哉は幸せそうに微笑んでいる。
——その姿は、どこか安心しきった子猫のようで。
夏彦はまたひとつ、史哉の新しい一面を知った気がした。
「なァ史哉。そのウサギ、名前あんの?」
微笑ましく見守っていた秋斗が問いかければ、史哉はその問いに一瞬だけ顔を上げ——そして、もう一度恥ずかしそうに顔をうずめた。
「……ぴょん太」
ぽつりとこぼれた名前に、秋斗と夏彦が顔を見合わせ、大きく瞬く。
「ぷッ……!」
その名前を聞いて、まっ先に吹き出したのは夏彦だった。
「ぴょ、ぴょん太ァ!?なんやその名前!!まんまやん!!」
「くくッ……いや、ストレートなんが逆にセンスあるやろ」
つられて秋斗も吹き出すが、なんとかフォローしようと笑いを噛み殺す。
「ぴょん太、可愛いやん。史哉のセンス最高やな」
「……バカにしてる」
ふたりの反応に、史哉は眉を寄せながらますます頬を赤く染めた。
史哉の顔はもう真っ赤だ。けれどからかわれた不快感よりも、どこか微笑ましく受け取られているのがわかって、心の奥にくすぐったいあたたかさを感じてしまう。
「バカになんてしてへんって。ホンマに可愛い思とるって」
「ひねりがなさすぎてオモろすぎるけどなァ」
「……ひねらなくていいし。ぴょん太はぴょん太だし」
拗ねたまま反論する史哉が、精一杯ふたりを睨みつける。けれどそんな表情に怖さはなく、ただただ愛らしいだけだった。
「せや。近所案内しに行くとき、ぴょん太も連れてこうや」
「それめっちゃええやん!『ぴょん太と行く春の大冒険』や!」
「それじゃあ……ぴょん太が主役じゃん……」
そうつぶやきながらも、史哉の表情にはほんのりと笑みが浮かんでいた。
——そうしてぴょん太も輪に加わり、話題はさらに弾んでいく。
「史哉はホンマにウサギが好きなんやなぁ」
ぴょん太を抱え続ける史哉を見ながら、秋斗がほっこりとした声で言う。
そうしてよく見てみれば、部屋のあちこちにはウサギモチーフの物がいくつもあった。
机の上の鉛筆の柄。引き出しに貼られたシール。本棚に飾られたガチャガチャのフィギュア。
それらを見つけた夏彦は、そしてまたふと、気になるものに目を留めた。
「ん?」
部屋の隅、タンスの上に無造作に置かれていた、変わった形のパーカーに手を伸ばす。
「なんやこれ」
手に取り広げた瞬間、ふわっとフードが落ちる。
長くて丸い、大きな“耳”。
——それは、ぴょこんと立った、白いウサギの耳だった。
「ぶッ、っははははッ!!」
夏彦が、腹を抱えて笑い出す。
「どんだけウサギ好きやねん、マジで!!」
「ち、違っ!それはっ!!」
珍しく大きな声を上げ、慌てて立ち上がった史哉が夏彦の手からパーカーを取り返す。
「これは、この前おばあちゃんが送ってくれて……!俺が欲しいって言ったわけじゃないしっ……!」
「でも置いとるってことは気に入っとんのやろ〜?」
「う、うるさいな……違うし……っ」
夏彦がニヤニヤとからかえば、史哉はぴょん太とパーカーを抱えて口ごもる。するとそのやり取りを見ていた秋斗が、閃いた名案に目を細めた。
「なァ、それええな」
「は?」
史哉と夏彦が同時に振り向く。
秋斗が、にんまりとイタズラな笑みを浮かべる。
「せっかくやし、ウサギのパーカー着てぴょん太抱いた史哉を写真に撮ったるで」
「なっ……!!」
思わぬ提案に、史哉が後ずさる。
「な、なんで……そんな……!」
「いや、絶対似合うって」
自信満々に言って、スマホを手にカメラを起動する。
「『史哉とぴょん太の春のもふもふ日和』ってタイトルで記念写真な?」
「なに勝手にシリーズ化しとんねん!」
「ええやん。プリントして俺らの部屋に飾ろうや」
「ぜ、絶対やだっっっ!!!」
ぴょん太とパーカーを抱えて、史哉は慌てて部屋の隅まで逃げる。
真っ赤になって縮こまる史哉に、夏彦と秋斗の笑顔はどんどんとタチの悪いものになっていく。
「ホラ、はよ着替えや。史哉もぴょん太になれや」
「な、なんでそうなるの!?意味わからないし!!」
「ええやん、ウサ耳似合うやろ絶対。それ着て外歩いたら人気出るで~」
「出ないっ!!出なくていいっ!!」
必死にツッコむ史哉に、夏彦がジリジリと距離を詰めていく。追い詰められた史哉はますます顔を真っ赤にして、ぴょん太を盾のように構える。
「ぴょん太とリアルぴょん太の奇跡のコラボや。大ヒット間違いなしやで」
「どこにもヒットしないし!秋斗、助けてよ!」
「んー……カメラのモードどれがええんやろ。いっそ動画にするか?」
「ちょっ、秋斗!?何本気で撮ろうとしてるの!?」
「いや、これは記念に撮っとかなアカンやろ」
構えたスマホのカメラレンズが、史哉に向かってキラリと光る。
「や、やめてってば!!」
さらに逃げようとするも、すでに後はない。
目の前に、悪ノリの止まらない夏彦が迫る。同い年にしては大きな身長と体格が、逃がすものかと影を作る。
「もったいぶらんとさっさと着ろや」
「ちょ、やだ、やだってば……!」
ニヤニヤ顔のまま、夏彦が史哉の服に手をかけた——その瞬間。
「あ〜はいはい、いただきました〜」
——カシャッ。
秋斗のスマホが、タイミングばっちりでシャッターを切る。
「夏彦が史哉にエッチなことしとる写真撮れたわ〜」
「はァ!?何言うとんねんアホ!!」
矛先を突然変えられ、夏彦が振り向き顔を真っ赤にする。秋斗はにんまりと目を細めると、スマホの画面を見せつける。
——その写真には、夏彦が史哉の服をめくろうとしている瞬間が、完璧に捉えられている。
「こんなんアカンわ〜。ケーサツに届けなあかんなァ〜。夏彦、捕まってまうなァ〜」
「捕まるか!!ふざけんなや!!」
「お巡りさ〜ん!ここに史哉とぴょん太にイタズラする不審者がいます〜!」
「やめろやッ!!マジやめろ!!」
夏彦がバタバタと暴れ、秋斗は逃げ回りながら爆笑する。
その様子に史哉はぽかんとしながらも、じわじわと笑いが込み上げてくる。
「……っ、ふっ、ふふ……っ」
思わずうずくまる。小さな史哉の肩が、くすくすと揺れる。
逃げ場がなくて、からかわれて恥ずかしくて——でも、心の奥では、ちゃんと楽しいって思えてる。
誰かにいじられて、笑い声の真ん中にいても、本気で傷つけられるような空気じゃない。
——そんなあったかさに、史哉の心は、さらに開いていく。
「……ふふっ。そんなに見たいなら……いいよ。俺、着るよ?着るけど……からかわないでよ?」
史哉のその一言でふたりは動きを止め、揃って視線を集める。
「マジで!?ホンマに着るんか!」
「よっしゃ!カメラの準備は任しとき!」
ふたりのテンションが爆発する中、史哉はぴょん太をそっと床に置き、ゆっくりと白いウサ耳パーカーを広げた。
「……絶対、笑わないでね」
そう小さく前置きして、ふたりが見守る中、少しずつ頭にかぶっていく。
その様子を、秋斗も夏彦も冗談を止めて静かに見守っている。
するっ、と音がして。
ゆっくりとパーカーに袖を通していく史哉が、襟口からひょこりと顔を覗かせた。
ダボッとしたサイズ感は史哉の細い身体をすっぽり包み込み、お尻まで隠れるほど長い丈は、どこかワンピースのようにも見えた。
史哉が、恥ずかしげにフードをかぶる。すると、大きな白い耳がヒョコ、と可愛らしく揺れる。
史哉はしばらくじっとしてから、ぴょん太をもう一度抱きしめ——
「……はい。着替えたよ」
頬を染めたまま、うつむき気味にふたりの方へと向き直った。
その姿は、どこからどう見ても——愛らしい、二匹のウサギだった。
「……」
「……」
「……」
「……」
秋斗と夏彦が固まる。
「……」
「……アカン。めっちゃ似合うてる……」
先に呟いたのは秋斗だった。その目は本気で感動し、瞬きすら忘れている。
「マジで『ぴょん太2号』やん。写真集作れるレベルやろこれ……」
「ちょ、ちょっと……笑ってない……よね?」
「笑ってへん笑ってへん。惚れてまうって意味や」
「ほ、惚れっ!?いやいやいやいやっ……!」
「ぷッ……くくッ……」
次に耐えきれず吹き出したのは、夏彦だった。
「くはッ!ははッ!!はァ~~~!!ヤバい、ズルいわ!!なんやそれ、オモろすぎるわッ!!」
「夏彦ッ、笑いすぎっ!!」
史哉がぴょん太で夏彦の腕をぽかぽかと叩く。
けれどその動きも、小動物のようで全く怖さがない。むしろ、愛らしさが爆発している。
「笑わないでって言ったのに!」
「無理に決まっとるやろ!こんなん笑わんでいられるか!!」
「秋斗、止めてよっ!」
「そう言われてもなァ。史哉が自分で着たんやし」
——カシャッ。
秋斗のスマホがまた一枚、記念の写真を切り取った。
——賑わいが、ますます部屋に溢れていく。
すっかり打ち解けた三人と一匹のぬいぐるみが、バタバタと追いかけっこをしている。
あっちを走り、こっちを走り。
騒がしい足音がいくつも響く中、その音に紛れて、階段からもうひとつの足音が上ってきた。
「あらあら、なんだか盛り上がってるわねぇ?」
ドアが開き、のんきな声とともに現れたのは晴子だった。晴子は手に持ってたトレーから、お菓子の乗った大皿とコップをテーブルに置いていく。
「はい、オヤツとジュース。仲良く食べてね」
ポテチ、せんべい、チョコ、ラムネ、一口ゼリー。そして、りんごのジュース。
その完璧な布陣に、夏彦が喜び勇んで飛びついた。
「晴子、気がきくやん!!」
「変わり身はっやいな!さっきまでのテンションどこ行ったねん!」
呆れながらも、秋斗はすでにお菓子を食べ始めている夏彦の横に座る。史哉もそれに倣って腰を下ろすと、晴子はそんな史哉の格好を見て、驚きながらも半笑いの笑顔を浮かべた。
「あんた、おばあちゃんからもらったその服、恥ずかしくて着れないって言ってたじゃない。……なんで着てるのかしらぁ?」
——言うたなァ、晴子さん。
自分たちと同じようにからかいだした晴子に仲間意識を覚えつつ、秋斗はラムネを口に放る。夏彦もポテチをバリバリと頬張っては、ニヤニヤと史哉に目を向けている。
視線の的になった史哉は、案の定——トマトみたいな顔色に染まっている。
「……その、なんか……着たところ、見たいって言うから。ふたりとも、喜ぶのかなって、そう思って……」
消え入りそうな声は、しかし、みんなの耳に届いていた。
——『ふたりとも、喜ぶのかなって』。
史哉の口から語られた動機に、秋斗の胸がじんわりと熱くなっていく。
——あァ、史哉って、ホンマこういうヤツなんやな。
恥ずかしがりですぐ逃げ腰なるくせに、俺らが笑ってくれる思たら、無理してでもやってまう。
史哉にとって——俺らはもう、そこまでの存在なんやな。
「史哉は優しいなァ。でも安心しぃ。ホンマにめっちゃ似合うとるから。なァ、夏彦」
ぐっと胸に迫る思いを感じながら、秋斗が一際あたたかい視線を史哉に注ぐ。そして夏彦に同意を求めてみれば、意外にも真面目な声が返った。
「……まァ、似合うとるんちゃう」
ぽろりとこぼれた本音に、秋斗がひどく驚いた。——が、すぐにニヤリと口元がゆがむ。
「お、素直やん。どうした夏彦〜?」
「ウッザ!キショいねんその顔!!」
からかわれ、ぎゅんと怒りに振れた夏彦が、テーブルの上にちょこんと座っていたぴょん太を掴んで投げつける。
しかし、秋斗はそれを難なくキャッチする。
「ぴょん太確保〜!」
「ちょっ、ふたりとも!ぴょん太に乱暴しないでよ!」
「俺は受け止めただけやで?投げつけてきたんは夏彦やし」
フン、と大きく鼻息を鳴らして、夏彦はまたそっぽを向く。しかしその顔は、頬から耳まで赤かった。
——なんか、俺の弟も、案外チョロいのかもしれんな。
夏彦は生まれた時からずっと、乱暴で横柄で反抗的な『夏彦』という生き物だった。
それが今、素直で優しくてあたたかい『史哉』という生き物によって、徐々に絆され懐柔されはじめている。
秋斗は、兄として、そんな夏彦が微笑ましかった。
ふたりの『弟』が仲良くなる様子が、やけに嬉しかった。
——だけど、何より一番嬉しかったのは。
笑えて、安心して、冗談が言える空気の中で、史哉がちゃんと「笑われても平気」でいられるようになったこと。
目の前でくるくると変わる史哉の表情に、秋斗はそんな想いを胸に秘めていた。