伝奇パロ『愛縁奇縁』
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
二つ遊びの影
「鬼切役か」
闇から現れた三白眼の男――千石今日路が厄介そうに呟いた。その目は眞城ではなく、目の前に立ちはだかる国都を見据えている。
一方、もう一人の釣り目の男ーー小里偲歩は口の端を持ち上げ不敵に笑った。
「面白いじゃねェか。久しく戦ってなかったから、腕が鳴るな」
血気盛んな彼は戦いを前にして昂揚し、瞳を細める。
異様な緊迫感が場を支配する。眞城は震える足に縛られたまま、全身に冷たい汗を滲ませた。
(何が始まるんだ……? こいつら、一体何者だ……?)
その答えを知る暇もなく、国都は静かに告げる。
「キミは下がっていて」
たったそれだけの言葉。しかしそこに込められた静かな威圧が、眞城を動かした。奮って足を動かし、後ずさる。同時に、国都はゆっくりと背負っていた刀袋を開いた。
するり、と。麒麟紋が施された銀白色の布が音を立て、地に落ちる。袋の中から取り出されたのは、一振りの長い太刀だ。鞘から抜かれた刀身には美しい金の刃紋が走り、世にも珍しい漆黒の抜き身は、街灯の弱い光を吸い込み闇に溶け込む。
切先、刃先、鎬、棟ーー刀身の全ては古の技を感じさせ、繊細な模様が刻まれていた。
それはただの刃ではない。
この世のものではない何かを斬るために鍛えられた、異質な力を宿す太刀だった。
眞城は、その迫力に言葉を失う。一方小里は目を細め、にやりと笑う。
「へぇ……いい刀じゃねェか」
国都は一言も発することなく、スッと腰を落とし、太刀を隙なく構えた。
その動きに、一分の隙もない。まるで刃と人が一体になったような、研ぎ澄まされた構えだった。
凛とした、冷ややかな声が名乗りを上げる。
「鬼切部鬼切役 、国都家当主――国都英一郎」
彼の右眼が、深く青く、光を放つ。その瞬間、眞城はゾクリと背筋を震わせた。
(……国都は、やっぱりただの人間じゃない)
目の前に立つ国都はただの人ではなく、人を超越した何かに見えた。
名乗りの後は続く。
「役目に従い、お前たちを斬る」
静かに、けれども絶対的な決意を持って、国都はそう宣言した。
気だるく重い、密度の濃い夏夜の空気が揺るぐ。
そしてーー戦いの幕が開く。
千石と小里の姿が、闇の中に溶けるように消えた。眞城は目の前で起きた異常な現象に息を呑む。
(……消えた!?)
いや、違う。
彼らは”影”に潜ったのだ。
国都は微かに眉を寄せるが、驚きは見せない。
そして――。
「――来る」
その静かな声と同時に、背後の影がざわりと蠢いた。
影から、二つの鋭い爪が飛び出す。
闇の奥から、一瞬で距離を詰めて現れる千石と小里。彼らはまるで影の中を自在に泳ぐように、瞬時に死角へと回り込んでいた。
「影鬼か」
国都は冷静に呟く。
そして、まるで何も見えないはずの背後を”視て”いるかのように、迷いなく太刀を振るった。
ーーシュン!
鋭い剣閃が、空と影を裂く。
千石と小里はギリギリのところで攻撃を躱したが――。
「……ッ!」
「……くッ!」
千石の頬と、小里の腕に、浅い切り傷が走る。
小里は一瞬呆気に取られたが、その表情はすぐに怒りに染まる。
「この俺が……傷をつけられた?」
彼の目がぎらつき、国都へと煮えたぎる敵意を向けた。
だが――。
「やめろ」
千石の冷静な声が、それを制した。
「……こいつは、ただの下っ端の鬼切役ではないぞ」
千石は国都を睨みながらそう断じる。
一振りの太刀で影に潜る自分たちを見切り、瞬時に迎撃してきた。この男は、十把一絡げの鬼狩りではない。
「上等だ。この傷、百倍にして返してやる」
「落ち着け小里。こいつは俺たちの敵う相手じゃない」
千石の言葉に、小里は悔しそうに奥歯を噛んだ。
「……チッ」
しかしその言葉に逆らわず、一歩後ろに下がる。
眞城は事態を飲み込めず、ただ息を詰めていた。
(な……なんなんだ、こいつら……)
だが、千石の目はすぐに眞城へと向けられる。その眼光は、冷たく鋭い。
「……贄の血を前にして惜しいが、ここは退こう」
静かに、そう呟く。
眞城は、その言葉に心臓が強く締めつけられるような感覚を覚えた。
(こいつら……俺を”食い物”として見てるのか……?)
国都の手が再び太刀の柄を握り直し、斬撃の体勢に入る。
「逃がすものか」
鋭く吐き捨て、国都の太刀が再び振るわれた――が、それよりも早く、二人の姿は”影”に沈んでいく。
「……ッ!」
国都の刃は、虚しく闇を裂いただけだった。
そして、闇の中から、最後の囁きが聞こえる。
「また、すぐに会えるさ」
次の瞬間、完全に二人の姿は消え去った。
静寂が戻る。
国都はしばらくその場に立ち尽くし、息を整えるように小さく息を吐いた。
太刀を納めると、ゆっくりと眞城へと視線を向ける。
「……無事かい?」
眞城はその言葉で、やっと自分が生きていることを実感した。
「……なんだったんだ、あいつら……」
かすれた声で問う。国都は青く光る右眼を閉じ、静かに答えた。
「キミを狙う、“鬼”だ」
「……鬼って……」
ぞくりと、背筋が凍るのを感じる。
『鬼』。あまりにも非現実的な単語。
呆然と繰り返し呟いた眞城の声が、舞い戻った夜の静寂に溶ける。
目の前で起きたことを、脳が処理できない。
影に潜む二人の男――否、鬼。
そして、それを躊躇いなく迎え撃った国都。
それは、あまりに現実離れした光景だった。
震える手と足をどうすることもできず、眞城は地面にへたり込んだ。
(そんなはずない……鬼なんて……)
だが――今、目の前で起こったことは紛れもない事実だった。そして、それを斬ろうとした国都が、迷いなく「鬼」と言い切った。
「……大丈夫か?」
国都が鞘に刀を納めると、ゆっくりと手を差し伸べてきた。
眞城は、その手を見つめる。
節くれだった長い指。自分よりも大きく、逞しい手。
(……本当に、俺と同じ歳なのか?)
その手に触れるのが、少し怖かった。
しかし、今の自分には立ち上がる力がない。
眞城はおずおずとその手を握る。
ーー思ったよりも、温かい。
国都は静かに握り返し、軽々と引き上げる。眞城の体はふわりと持ち上げられ、すぐに地に足がついた。
「……詳しくは宿に戻ってから説明するよ。まずはここを離れよう」
そう言った国都の表情は冷静だった。何が起こっても動じない、強い意志を持つ瞳。
眞城はもう一度、握った手を見つめた。
この人なら――。
そう思いながら眞城は黙って頷き、国都と共に宿へと道を引き返した。
霞月旅館に戻ると、国都は眞城を部屋へ送る前に、宿の建物の外周を一周しながら何かをしていた。
(一体何を……?)
興味本位で眺めていると、国都は壁や柱に小さな紙を貼っている。風にそよぐ紙には、複雑な紋様が描かれていた。
「……何してるんだ?」
問いかけると、国都は振り向かずに答えた。
「結界符だ」
「結界……?」
「鬼がここへ入れないようにするための符だよ」
淡々と言いながら最後の一枚を貼り終えると、国都はふう、と息を吐いた。
「これで、今のところは安全だ」
それは、『今だけ』という意味なのだろうか。眞城の胸の奥に、不安が膨らむ。だが、何をどう聞けばいいのかわからなかった。
国都はそんな眞城の不安を察したように、「部屋で話そう」と静かに告げた。
眞城の部屋に戻ると、国都は静かに席についた。向かい合って座った眞城はまだ気持ちが落ち着かず、息をするたびにざわつく胸を抑えていた。
だけど。国都の落ち着いた佇まいに、少しだけ安心を覚える。
しばらくの沈黙。その先に、国都は静かに語り始めた。
「……キミが今夜見たのは、“鬼”だ」
眞城は息を呑む。
ーー『鬼』。あの二人の男。
宵闇が創り出した影から現れ、その影の中に消えていった異質な存在。
「鬼は、人間とは違う存在だ。かつては人間だった者もいれば、生まれながらの鬼もいる。彼らは長い時間をかけてこの世に潜み、人を喰らい、影に生きてきた」
「……影に……?」
国都は頷く。
「鬼は普通の人間には見えないことが多い。彼らは影を渡り、気配を消し、人々の知らないところで生き続けている。ーーそして、鬼や化け物の中には”特定の血”を好んで狙う者がいる」
眞城の背筋に悪寒が走る。
まさか――。
「……それが、“贄の血”?」
英一郎は微かに目を細めた。
「……ああ。君の血は、鬼や化け物にとって特別な意味を持つ」
「特別って……どういう意味だよ……?」
「贄の血は、鬼や化け物にとって膨大な力を得ることが出来る特別な血なんだ。それ以外のことは、僕も全てを知らない。ただ確かなことは、“贄の血を持つ者は、鬼に狙われる運命にある”ということだ」
“運命”。
その言葉が、重くのしかかる。
「……俺は、そんな血、持ちたくて持ってるわけじゃないのに」
震える声で呟くと、英一郎は少しだけ柔らかい表情になった。
「そうだね。でも、君の母親はきっとそのことを知っていたはずだ」
母親。
あの青い石のお守りを幼い頃から肌身離さず持つように言った、母さん。
(あれは……鬼から俺を守るためのものだったのか?)
なくしてしまったことを思い出し、胸が締め付けられる。国都は眞城が黙り込むのを見て、そっと続けた。
「……そして、僕は鬼を狩る者。“鬼切役”だ」
「鬼切役……?」
「“鬼切部”という組織が、昔から鬼を討つ役目を担っている。そして、僕の家系――“国都家”は、その中でも鬼狩りを司る一族だ」
「……だから、国都は俺を助けたのか」
「そう。鬼を斬り、人々を守るのは僕の役目だから」
国都が静かに頷く。
「キミを狙う鬼は、これからも現れるだろう。そのたびに戦いは避けられない。……だけど、僕がいる限り、キミを守る」
その言葉は、余計な感情を挟まない、揺るぎないものだった。
眞城は、真っ直ぐと彼の瞳を見つめた。
深い青の光を宿していた右眼は、今や闇色の瞳に戻っている。
眞城は、心の奥で思う。
(国都は、本当に俺を守ってくれるのか……?)
信じたい気持ちと、不安が交錯する。
けれど――もうすでに、この運命から逃れられない。
それだけは、確かだった。
鬼を狙う者と、鬼に狙われる者。
この出会いが、眞城の運命を大きく変えていくのだった――。
「鬼切役か」
闇から現れた三白眼の男――千石今日路が厄介そうに呟いた。その目は眞城ではなく、目の前に立ちはだかる国都を見据えている。
一方、もう一人の釣り目の男ーー小里偲歩は口の端を持ち上げ不敵に笑った。
「面白いじゃねェか。久しく戦ってなかったから、腕が鳴るな」
血気盛んな彼は戦いを前にして昂揚し、瞳を細める。
異様な緊迫感が場を支配する。眞城は震える足に縛られたまま、全身に冷たい汗を滲ませた。
(何が始まるんだ……? こいつら、一体何者だ……?)
その答えを知る暇もなく、国都は静かに告げる。
「キミは下がっていて」
たったそれだけの言葉。しかしそこに込められた静かな威圧が、眞城を動かした。奮って足を動かし、後ずさる。同時に、国都はゆっくりと背負っていた刀袋を開いた。
するり、と。麒麟紋が施された銀白色の布が音を立て、地に落ちる。袋の中から取り出されたのは、一振りの長い太刀だ。鞘から抜かれた刀身には美しい金の刃紋が走り、世にも珍しい漆黒の抜き身は、街灯の弱い光を吸い込み闇に溶け込む。
切先、刃先、鎬、棟ーー刀身の全ては古の技を感じさせ、繊細な模様が刻まれていた。
それはただの刃ではない。
この世のものではない何かを斬るために鍛えられた、異質な力を宿す太刀だった。
眞城は、その迫力に言葉を失う。一方小里は目を細め、にやりと笑う。
「へぇ……いい刀じゃねェか」
国都は一言も発することなく、スッと腰を落とし、太刀を隙なく構えた。
その動きに、一分の隙もない。まるで刃と人が一体になったような、研ぎ澄まされた構えだった。
凛とした、冷ややかな声が名乗りを上げる。
「
彼の右眼が、深く青く、光を放つ。その瞬間、眞城はゾクリと背筋を震わせた。
(……国都は、やっぱりただの人間じゃない)
目の前に立つ国都はただの人ではなく、人を超越した何かに見えた。
名乗りの後は続く。
「役目に従い、お前たちを斬る」
静かに、けれども絶対的な決意を持って、国都はそう宣言した。
気だるく重い、密度の濃い夏夜の空気が揺るぐ。
そしてーー戦いの幕が開く。
千石と小里の姿が、闇の中に溶けるように消えた。眞城は目の前で起きた異常な現象に息を呑む。
(……消えた!?)
いや、違う。
彼らは”影”に潜ったのだ。
国都は微かに眉を寄せるが、驚きは見せない。
そして――。
「――来る」
その静かな声と同時に、背後の影がざわりと蠢いた。
影から、二つの鋭い爪が飛び出す。
闇の奥から、一瞬で距離を詰めて現れる千石と小里。彼らはまるで影の中を自在に泳ぐように、瞬時に死角へと回り込んでいた。
「影鬼か」
国都は冷静に呟く。
そして、まるで何も見えないはずの背後を”視て”いるかのように、迷いなく太刀を振るった。
ーーシュン!
鋭い剣閃が、空と影を裂く。
千石と小里はギリギリのところで攻撃を躱したが――。
「……ッ!」
「……くッ!」
千石の頬と、小里の腕に、浅い切り傷が走る。
小里は一瞬呆気に取られたが、その表情はすぐに怒りに染まる。
「この俺が……傷をつけられた?」
彼の目がぎらつき、国都へと煮えたぎる敵意を向けた。
だが――。
「やめろ」
千石の冷静な声が、それを制した。
「……こいつは、ただの下っ端の鬼切役ではないぞ」
千石は国都を睨みながらそう断じる。
一振りの太刀で影に潜る自分たちを見切り、瞬時に迎撃してきた。この男は、十把一絡げの鬼狩りではない。
「上等だ。この傷、百倍にして返してやる」
「落ち着け小里。こいつは俺たちの敵う相手じゃない」
千石の言葉に、小里は悔しそうに奥歯を噛んだ。
「……チッ」
しかしその言葉に逆らわず、一歩後ろに下がる。
眞城は事態を飲み込めず、ただ息を詰めていた。
(な……なんなんだ、こいつら……)
だが、千石の目はすぐに眞城へと向けられる。その眼光は、冷たく鋭い。
「……贄の血を前にして惜しいが、ここは退こう」
静かに、そう呟く。
眞城は、その言葉に心臓が強く締めつけられるような感覚を覚えた。
(こいつら……俺を”食い物”として見てるのか……?)
国都の手が再び太刀の柄を握り直し、斬撃の体勢に入る。
「逃がすものか」
鋭く吐き捨て、国都の太刀が再び振るわれた――が、それよりも早く、二人の姿は”影”に沈んでいく。
「……ッ!」
国都の刃は、虚しく闇を裂いただけだった。
そして、闇の中から、最後の囁きが聞こえる。
「また、すぐに会えるさ」
次の瞬間、完全に二人の姿は消え去った。
静寂が戻る。
国都はしばらくその場に立ち尽くし、息を整えるように小さく息を吐いた。
太刀を納めると、ゆっくりと眞城へと視線を向ける。
「……無事かい?」
眞城はその言葉で、やっと自分が生きていることを実感した。
「……なんだったんだ、あいつら……」
かすれた声で問う。国都は青く光る右眼を閉じ、静かに答えた。
「キミを狙う、“鬼”だ」
「……鬼って……」
ぞくりと、背筋が凍るのを感じる。
『鬼』。あまりにも非現実的な単語。
呆然と繰り返し呟いた眞城の声が、舞い戻った夜の静寂に溶ける。
目の前で起きたことを、脳が処理できない。
影に潜む二人の男――否、鬼。
そして、それを躊躇いなく迎え撃った国都。
それは、あまりに現実離れした光景だった。
震える手と足をどうすることもできず、眞城は地面にへたり込んだ。
(そんなはずない……鬼なんて……)
だが――今、目の前で起こったことは紛れもない事実だった。そして、それを斬ろうとした国都が、迷いなく「鬼」と言い切った。
「……大丈夫か?」
国都が鞘に刀を納めると、ゆっくりと手を差し伸べてきた。
眞城は、その手を見つめる。
節くれだった長い指。自分よりも大きく、逞しい手。
(……本当に、俺と同じ歳なのか?)
その手に触れるのが、少し怖かった。
しかし、今の自分には立ち上がる力がない。
眞城はおずおずとその手を握る。
ーー思ったよりも、温かい。
国都は静かに握り返し、軽々と引き上げる。眞城の体はふわりと持ち上げられ、すぐに地に足がついた。
「……詳しくは宿に戻ってから説明するよ。まずはここを離れよう」
そう言った国都の表情は冷静だった。何が起こっても動じない、強い意志を持つ瞳。
眞城はもう一度、握った手を見つめた。
この人なら――。
そう思いながら眞城は黙って頷き、国都と共に宿へと道を引き返した。
霞月旅館に戻ると、国都は眞城を部屋へ送る前に、宿の建物の外周を一周しながら何かをしていた。
(一体何を……?)
興味本位で眺めていると、国都は壁や柱に小さな紙を貼っている。風にそよぐ紙には、複雑な紋様が描かれていた。
「……何してるんだ?」
問いかけると、国都は振り向かずに答えた。
「結界符だ」
「結界……?」
「鬼がここへ入れないようにするための符だよ」
淡々と言いながら最後の一枚を貼り終えると、国都はふう、と息を吐いた。
「これで、今のところは安全だ」
それは、『今だけ』という意味なのだろうか。眞城の胸の奥に、不安が膨らむ。だが、何をどう聞けばいいのかわからなかった。
国都はそんな眞城の不安を察したように、「部屋で話そう」と静かに告げた。
眞城の部屋に戻ると、国都は静かに席についた。向かい合って座った眞城はまだ気持ちが落ち着かず、息をするたびにざわつく胸を抑えていた。
だけど。国都の落ち着いた佇まいに、少しだけ安心を覚える。
しばらくの沈黙。その先に、国都は静かに語り始めた。
「……キミが今夜見たのは、“鬼”だ」
眞城は息を呑む。
ーー『鬼』。あの二人の男。
宵闇が創り出した影から現れ、その影の中に消えていった異質な存在。
「鬼は、人間とは違う存在だ。かつては人間だった者もいれば、生まれながらの鬼もいる。彼らは長い時間をかけてこの世に潜み、人を喰らい、影に生きてきた」
「……影に……?」
国都は頷く。
「鬼は普通の人間には見えないことが多い。彼らは影を渡り、気配を消し、人々の知らないところで生き続けている。ーーそして、鬼や化け物の中には”特定の血”を好んで狙う者がいる」
眞城の背筋に悪寒が走る。
まさか――。
「……それが、“贄の血”?」
英一郎は微かに目を細めた。
「……ああ。君の血は、鬼や化け物にとって特別な意味を持つ」
「特別って……どういう意味だよ……?」
「贄の血は、鬼や化け物にとって膨大な力を得ることが出来る特別な血なんだ。それ以外のことは、僕も全てを知らない。ただ確かなことは、“贄の血を持つ者は、鬼に狙われる運命にある”ということだ」
“運命”。
その言葉が、重くのしかかる。
「……俺は、そんな血、持ちたくて持ってるわけじゃないのに」
震える声で呟くと、英一郎は少しだけ柔らかい表情になった。
「そうだね。でも、君の母親はきっとそのことを知っていたはずだ」
母親。
あの青い石のお守りを幼い頃から肌身離さず持つように言った、母さん。
(あれは……鬼から俺を守るためのものだったのか?)
なくしてしまったことを思い出し、胸が締め付けられる。国都は眞城が黙り込むのを見て、そっと続けた。
「……そして、僕は鬼を狩る者。“鬼切役”だ」
「鬼切役……?」
「“鬼切部”という組織が、昔から鬼を討つ役目を担っている。そして、僕の家系――“国都家”は、その中でも鬼狩りを司る一族だ」
「……だから、国都は俺を助けたのか」
「そう。鬼を斬り、人々を守るのは僕の役目だから」
国都が静かに頷く。
「キミを狙う鬼は、これからも現れるだろう。そのたびに戦いは避けられない。……だけど、僕がいる限り、キミを守る」
その言葉は、余計な感情を挟まない、揺るぎないものだった。
眞城は、真っ直ぐと彼の瞳を見つめた。
深い青の光を宿していた右眼は、今や闇色の瞳に戻っている。
眞城は、心の奥で思う。
(国都は、本当に俺を守ってくれるのか……?)
信じたい気持ちと、不安が交錯する。
けれど――もうすでに、この運命から逃れられない。
それだけは、確かだった。
鬼を狙う者と、鬼に狙われる者。
この出会いが、眞城の運命を大きく変えていくのだった――。