国オリ『眞城くんのダイエット』

「サナギくん太ったねぇ」
「……は?」
 とある日、冠波の事務所でのこと。コーヒーを啜りながらの何気ない冠波の一声に、デスクワークをしていた眞城が思わず驚きの声を上げ手を止めた。
 顔を上げた眞城の輪郭は、以前よりもふっくらしている。元々痩せ型だったため、標準的になったというのが正しいのだが、眞城は人生で初めて言われたセリフに思いの外衝撃を受けた。
「体はパッと見わかんないけど、顔がちょっと丸くなったよね。コクトくんとのラブラブ同棲生活で幸せ太りしたのかな?」
 ニヤニヤとした笑みで揶揄され、眞城は「違います!」と即座に反論する。が、冠波は追及をやめようとしない。
「じゃあなんでそうなったの?サナギくんいつも少食でしょ」
「これは、その……」
 普段自分の容姿に無頓着な眞城が、自分の顔に手を当てる。確かに頬や顎に肉がついている気がする。やたらとぷにぷにした感触が気になり考えてみると、原因はすぐに浮かんできた。
 ーー恋人である、国都のお土産だ。
「……英一郎、遠征行くと毎回俺にご当地のスイーツを買ってくるんですよ。それどころか、遠征じゃなくてもお土産だって買ってくる日もあって」
 「これお土産だよ」と渡してくる、いくつもの国都の笑顔が浮かぶ。眞城が甘い物好きであることを知っている国都は、喜んでもらおうと頻繁にスイーツを購入して帰ってくるのだ。
 それは微笑ましくも仲睦まじいことである。しかし。
「それ、幸せ太りって言わない?」
 冠波に突っ込まれ、眞城がグッと喉を詰まらせる。言い返すことが出来なくなった眞城はそーっと視線を逸らすと、デスクのパソコンのモニターに目を移した。なんとか話題を終わらせたい。その一心で。
「俺のことはいいんで仕事しましょう先生。さっきマネージャーの真野さんが先生を探してましたよ。どうせまた逃げてきたんでしょ」
 白々しく正道を説けば、冠波は笑いを噛み殺す。そしてコーヒーの残りをグッと飲み干すと、コーヒーカップを机に手放した。
「ま、幸せなのはいいことだからね。少し太ったくらい気にしなくていいんじゃない?」
「先生が言い出したんじゃないですか!」
「そうだったねぇ。じゃあボクは真野くんに叱られに行ってくるから、あとよろしく」
 ひらりと手を振り、冠波がオフィスを出ていく。その後ろ姿を見送ると、眞城は一人、もう一度自分の頬に手を当てた。

「はいこれ、史哉にお土産。チームメイトの茅場さんがお薦めしてくれたケーキなんだ」
 その日の夜。国都が遠征から帰宅すると、眞城の体重の大敵は今日もやってきた。白く小さな紙箱を開けてみれば、小さな苺のモンブランがふたつ、可愛い色合いをして並び寄っている。
 ーー美味しそう。反射的に瞳を輝かせた眞城だったが、ハッと冠波との会話を思い出すと、小さく咳払いをする。
「……英一郎。お土産買ってきてくれるのは嬉しいんだけどさ、ちょっと頻度が多くない?」
 純然たる好意でしてくれているだけに、眞城の注意は慎重になる。しかし遠回りな言い方では、国都に何ひとつ伝わらなかった。
「どうしたの急に。いつも喜んでくれてるじゃないか」
「いや、嬉しいよ。嬉しいんだけどさ」
 やはりこんな言い方じゃ察してはもらえないか。眞城は諦めにため息をつくと、きょとんとした国都に毅然と立ち向かう。
「今日先生に、『サナギくん太ったね』って言われたんだよ。原因を考えたらどう考えても英一郎のお土産のスイーツしかないし、これからは少し控えようと思って」
 言いながらも、未練がましく苺のモンブランをチラ見してしまう。眞城の説明にようやく合点がいった国都は、「ああ、そういうことか」と納得に声を上げる。
「気にしなくていいと思うけどな。元々史哉は細かったし、今くらいが丁度いいと思うよ」
「いや、でも顔がだいぶ丸くなってきたし……というか、英一郎は俺が太ったこと気づかなかったのかよ」
「気づいてたよ。でも史哉は元々外見気にするタイプじゃないだろう?だから、特に気にしてないんだと思ってたよ」
「気づいてたのかよ!そうならそうと言ってくれればいいのに!」
「僕は別に気にならないし、それに、僕は買ってきたスイーツを美味しそうに食べてる史哉の顔が好きだから」
 悪気のない、純度100%の好意が微笑む。眞城は寄り切られそうになる土俵際でグッと踏ん張ると、心を鬼にして紙箱を突き返そうとする。
「とにかく!しばらく甘い物控えるから、これは英一郎が食べて」
「でもせっかく福岡で買ってきたんだし……それにこれ、期間限定でなかなか食べられないらしいよ?」
「うっ……」
「一緒に食べようと思って買ってきたのに、ふたつとも僕が食べるのは寂しいよ。だから、これは一緒に食べよう」
 そこまで言われると、眞城はもう何も言えなかった。忙しい合間を縫ってわざわざ買ってきてくれたものを突き返すのは心苦しい。それに、本心では食べたいのだ。
「……じゃあ、これは食べるよ」
「よかった。じゃあ早速食べようか」
「そのかわり、しばらくお土産は買ってこなくていいからな」
「わかったよ。控えるようにする」
 そう約束をすると、眞城は「絶対だからな」と念を押し、ダイニングテーブルにお茶とケーキの用意をする。
 二人だけの夜のお茶会は、今日でしばらくお預けだ。苺のモンブランの美味しさに浸りながら、眞城は後ろ髪を引かれる思いで味わう。あっという間に食べ終え、名残惜しくクリームのついたフォークを口に入れていると、国都はふっと小さな笑みを浮かべる。
「でも史哉、ダイエットするんだね。今の抱き心地、僕は好きなんだけどな」
「……は?」
 何の気もない国都の言葉に、眞城はぴくりと眉を動かす。
「最近お腹まわりの触り心地が良かったから。もちろん、以前のキミの体型に不満があるわけじゃないんだけどね」
 さらりと言われた言葉に、眞城が羞恥と困惑に顔を歪める。国都に悪気はない。しかし眞城にとっては、デリカシーもない発言だった。
「……英一郎」
 低い声に呼ばれ、国都は小首を傾げる。眞城の視線が冷たい。しかし国都は何故機嫌を損ねたかわからず、ぽやぽやと眞城を見返す。
「もう二度と、お土産買って来なくていいから」
 じとりと睨みつけ、静かな笑顔で怒る眞城に、国都はようやく失言だったのかと気づいたのだった。

 夜、ベッドの中。眞城は布団の中で仰向けになり、スマホで「効果的 ダイエット」と検索していた。真剣な表情で画面を眺めていると、隣で寝そべっていた国都が眞城に体を寄せる。
「何してるの?」
「……ダイエットについて調べてる」
 スマホの画面に視線を向けたままの眞城に、国都は小さく笑う。
「そんなに気にしてるの?」
「当たり前だろ。英一郎に“抱き心地が良い”とか言われたんだから……」
 拗ねたように口を尖らせる。国都はそんな眞城の表情に微笑みを浮かべながら、横から手を伸ばし、彼のスマホをそっと取り上げる。
「おい!何するんだよ!」
「夜にスマホばっかり見てると目が悪くなるよ。それにそんなの調べるより、僕と一緒に運動した方がいいんじゃない?」
「運動?ジョギングとか?」
 眞城が疑問に瞬くと、国都は彼を優しく抱きしめ、耳元で低く囁く。
「ううん。ここで出来る、二人の運動だよ」
 声のトーンと、身体に腕を回され寄せられた体温に気づいた眞城が、意味を一瞬で理解し顔を真っ赤にする。
「ちょ、ちょっと待て!」
 慌てて布団の中で逃げようとする眞城だったが、国都はさらに抱きしめる力を強める。逃げ場を失った眞城は、さらに耳元で囁かれる。
「どう?僕と一緒に、今すぐ始めてみない?」
「そういうの運動って言わないだろ!」
「心拍数も上がるし、エネルギーも消費するんだから、十分効果的だと思うけどな」
「正論みたいに言うなよ!」
 いくらツッコミを入れようとも国都は動じない。それどころか、実直な想いを眞城へと返す。
「僕は今のキミでも構わないけど……史哉が気になるなら、僕も協力したいんだよ。一生懸命なキミに出来る限りのことをしたいなと思って」
「それでこんな提案するか普通……英一郎ってさ、真面目に言ってるのか冗談で言ってるのか分からない時あるよな……」
 眞城は赤くなった顔を隠すように布団を引っ張り上げるが、その姿を見て、国都は満足そうに微笑む。
 眞城の抗議を飲み込むように、国都は深くキスをする。欲と熱が口移しされ、押し寄せた熱情に眞城の反発の気概は削がれる。
「……こんなんで痩せたら苦労しないって」
 小さな文句を溢しながらも、絆された眞城は国都を抱きしめ返した。

 ーーその夜、眞城の「運動」は想像以上のカロリー消費を記録することとなった。
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