ちはつち『幸せのカタチ』

 休日、晴天の午後。和季さんと映画を観終えた俺は、日が暮れる少し前に目当てのカフェへと案内した。
 事前に調べておいた通りだ。外観は北欧風の白木のログハウス、カフェの周りは整えられたハーブガーデン。隠れ家のように佇む店は非日常的で、都会の喧騒から離れゆったりと過ごすには最適の場所だ。
「わぁ、すごくオシャレなカフェだね!」
「気に入ってもらえましたか?」
「うん!千早くんはいろんなお店知ってるね」
「たまたまネットで見かけただけですよ」
 さらりと言いながらも、あらゆるネット情報や、部屋のデスクに積んだ何冊もの情報誌を思い浮かべる。少しでもデートを楽しんでもらうため、リサーチはいつも欠かさないし万全だ。今日の反応も上々。映画も楽しんでいたようだし、掴みはバッチリだ。
 俺はやや気後れしている和季さんを先導し、ハーブガーデンに敷かれた石畳を歩く。カフェの店内に続く道を進めば、ガーデンアーチをくぐった先に木製の扉と看板は見えてくる。
『cafe アンサンブル』
 手彫りらしさが感じられる暖かみのある看板を確認すると、俺は扉を開き中へとエスコートする。
「どうぞ」
「ありがとう。千早くん」
 自然とスマートに振る舞えたことに密かな満足感を得て、俺たちは店内に入る。予約していたことを伝えれば、店員が特等席であるテラス席へと案内してくれた。庭が一望出来るうえ、奥まった位置にあるため人目も気にならない良い席だ。 
 まるで二人きりのような空間に、俺は自分のリサーチ力を誇りたくなる。
「天気もいいし風が気持ちいいね。千早くん、わざわざ予約してくれたんだ?」
「混みやすいと聞いたので念のため。良い席が当たって何よりです」
「本当だね」
 穏やかに微笑み合いながら、何週間も前からテラス席を予約していた事実を笑顔の裏に隠す。
 この春大学生になった和季さんと、まだ高校生の俺。ひとつの歳の差はずっと変わらないのに、学校が離れ、肩書きが変わったことで距離は遠くなった気がする。
 卒業前、手の届かない場所に行ってしまう気がして、俺は和季さんに告白をした。玉砕覚悟だったが、「僕も千早くんのことが好きだよ」と返され、すんなりと恋人関係になれたことは正直今でも夢のようだと思っている。
 彼を失望させたくない。俺のことを誰よりもカッコいいと思っていて欲しいし、大学という俺のいないフィールドで、俺以外の誰かに心を奪われるようなことを許したくない。
 だから俺は精一杯の努力をする。俺といて楽しいと思ってもらいたいし、俺といるから幸せなのだとそう思ってもらいたい。そのために、彼が少しでも喜びそうなことを全力で用意する。この日の映画とカフェも、そのためだ。
 俺のらしからぬ必死さに、和季さんはおそらく気づいていない。でも、それでいい。
 余裕がないほど振り向かせていたいと思っているなんて、カッコ悪いところは見せたくない。無駄なプライドばかりが背伸びをするが、縮まらない歳の差は今、俺にとって大きな障害だ。その距離を埋めるためなら、何だってしてみせる。
 和希さんは柔らかな笑顔でメニューを開き、ワクワクとした目で頼むものを選んでいる。その無邪気な愛らしさが、何より俺の胸をときめかせる。
「どれも美味しそうだね。何にしようかな」
「ここは特にスイーツが美味いらしいですよ」
「そうなの?わ、このクレープ美味しそうだね」
「クレープは特にオススメらしいですよ。それにしましょうか?」
「そうだね。じゃあ僕はこのチョコのクレープにしようかな」
「じゃあ俺はオレンジのにしますのでシェアしましょうか。セットでいいですよね。和季さんもホットの紅茶でいいですか?」
「うん!千早くんのおかげで僕もすっかり紅茶派になったから」
 以前までは特にこだわりのなかった紅茶に目覚めたのは、俺が好きでよく語ったり勧めたりしたからだという。今ではアールグレイがお気に入りなのだと、この前通話した時に教えてくれた。
 和季さんの『好き』の中に、俺の一部が浸透しているのが嬉しい。俺は緩む唇をメニューで隠しながら、店員の呼び出しボタンを押す。
 少ししてオーダーを取りにきた店員に、「クレープシュゼットセットをふたつ、チョコとオレンジ、どちらもホットのアールグレイで」と二人分の注文をする。かしこまりましたと言って店員が去っていくと、和季さんは待っていたかのように両手を握り締め、突然身を乗り出し前のめりになった。
「ねぇ千早くん!さっきの映画、本ッ当に良かったよね!!」
 語れる時をずっと待っていたのだろう。映画館を出た時からあそこが良かった、もう一回観たいとはしゃいでいたから、もっと熱く語りたいのだろうと察しはついた。
「あの主人公がさ、大人で渋くて、もうめちゃくちゃカッコよくて!」
 目を輝かせる和季さんに同意をしながらも、褒められている役者に嫉妬する。大人で渋いからという理由がまた、俺の持ち得ない要素なだけに心に引っ掛かる。
「自分の銃を相棒って呼んで、悪い奴をドンドン倒してって……あのガンアクション、本当に凄かったよね!!」
「そうですね。斬新な演出が多くて、迫力がありました」
 アクションが売りと謳っていただけあって、確かにアクションシーンはどこも印象的だった。だが俺の記憶に残っているのは、薄暗い映画館のスクリーンを前に、興奮に目を輝かせる和季さんばかりだ。
「ヒロインと出会った後からは彼女を守るために戦うようになって、前半の荒んでた頃の刺々しさがなくなるんだよね。でもそれがまたカッコよくて……最後のシーンの主人公の最後のセリフなんか、もう最高だったね!!」
 熱く語る和季さんに触発され、俺もまた映画のラストを思い返す。

『これがオレにとっての、幸せのカタチだったのさ』

 ヒロインを守るため酷使した相棒の銃がボロボロに壊れたことに哀しみながらも、主人公はそれを指輪に変え彼女に贈った。カタチを変えた相棒をヒロインの指に飾りながら、主人公はこれからも守っていくと決意に愛を誓う。
 そんなクライマックスシーンは、以前までの俺なら陳腐だと断じていただろう。感動的に描いただけの作り物と、斜めに評していただろう。
 だけど今、恋をしている俺は。和希さんという恋人に恵まれた俺は。今ではそのロマンティックなシナリオにすら、深く共感してしまう。

 気がついてみれば、世の中には愛が溢れていた。

 映画に、本に、曲に。身の回りにありふれている様々なモノに愛は謳われ、普遍的な感情として俺たちの生活に即している。
 それを気づかせてくれたのは他の誰でもない、和希さんだ。
 
「幸せのカタチって難しいよね。千早くんには、幸せのカタチってある?」

 疑問と柔らかな笑みに浮かぶ和希さんを、俺は真っ直ぐと見つめる。

 共に野球をした高校二年間。
 初めて一緒に出かけ服を選んだ日。 
 学校の屋上で過ごした二人の時間。
 映画にはしゃぐ姿、カフェに喜ぶ姿。

 彼は、俺の世界に幸福という枠を組む。
 その枠の中には二人だけの思い出や出来事が詰まっていて、今も日々、密度を高めている。

「……俺にはありますよ。幸せのカタチ」

 目に見えないはずのモノは、俺の目に今、ハッキリと象られている。

 だから胸を張って答えよう。

 ーー俺にとって、幸せは土屋和希というカタチをしているのだと。


1/1ページ
    スキ