藤ヤマ『Emotional blue』

Emotional Blue

『今日の夜はブルームーン!奇跡の月を見上げてみよう』

 そんな見出しのニュースが僕のタイムラインに流れてきたのは、晩ご飯を食べ終わってすぐのことだった。フォロワーの一人がリツイートしたその情報はトレンド入りまでしていて、Twitter上はなかなかに賑わっているようだ。
 ブルームーンという単語に弱い好奇心をくすぐられ、情報元の記事をタップしてみる。そこにデカデカと冠されていたのは、『奇跡の夜空に想いを馳せて』という、やけにロマンチックなタイトルだった。続いて書かれていたのは、語源や由来、文化などの詳細だ。ざっと目を通すと、今日は満月で、ブルームーンとはひと月に満月が二回巡ること、主にその二回目の満月を指すのだということが記されていた。
 確かに、あまり聞いたことないかもしれない。物珍しさに少しの間記事を読み耽っていると、途中でスマートフォンがポヨンと軽い電子音を立てた。
 LINEの着信。藤堂くんからだ。

『わりぃ。今日借りた英語の辞書返すの忘れてた』

 アプリを開いてみれば、届いていたのは簡潔な謝罪メッセージだった。僕はキーパッドを表示させると、スタンプのラインナップの中から『大丈夫!』と描かれたネコのスタンプを送り返す。

『明日の二時限目までに返してくれれば大丈夫だよ』

 続け様に返答を送ると、間を空けずに既読がつき、『OK!』とパワプロキャラのスタンプが返ってきた。
 急ぐ用事でもないのに律儀だな、藤堂くんは。そんなことをぼんやりと考えていると、少し間を置いてまたメッセージが届いた。

『ヤマはなにしてた』

 切り出されたのは、雑談の始まりだ。それに対し僕は『ご飯食べ終わったところだよ』とまで打ち込むと、送信を押そうとしてふと指を止めた。
 一度LINEを閉じ、読みかけの記事をまた開く。

『奇跡の月を見上げてみよう』

 再度目にした誘い文句が、急に魅力的に思えてくる。
 思い立って僕は、途中まで打ち込んでいた内容に続きを加え、改めて送信を押した。

『ご飯食べ終わったところだよ。Twitter見てたんだけど、今日はブルームーンっていう珍しい月が出てる日なんだって。もし時間あれば、これからどこかに見に行かない?』

 スコ、と小さな送信音が鳴ったと同時に、既読がついて。
 返ってきた『いく』の答えの速さに、僕は思わず小さな笑いをこぼした。


 
 町明かりに霞む星の下、輝く月の影を追って、僕はひたすらに走っていた。息急く僕の肺はすでにひやりとした夜風でいっぱいで、その冷たさが、まだ早いはずの冬の訪れを予感させる。

(思ったより時間かかっちゃったな)

 スマートフォンで時間を確認する。待ち合わせ場所にした小さな公園を思い浮かべれば、人気のない寂れたその場で待っている藤堂くんの姿が連想され、急がなきゃという気持ちに拍車がかかる。
 約束の時間はもう少し。
 乱れほどけたマフラーを雑に直し、意識して足を速めれば、速度に比例して心拍数は上がり呼吸も荒くなる。
 二十時を回ったばかりのまだ若い夜に、白く凍えた僕の吐息が千切れて空へと昇っていく。
 追いかけるように空を見上げれば、そこにあるのは特別な名前がつけられた満月だ。
 奇跡の夜空に想いを馳せ、僕は走る。
 約束の場所まで、もう少し。
 


「藤堂くん、お待たせ!」
 公園に辿り着いたのは、指定した時間を少し過ぎてからだった。僕たち以外誰もいない薄暗がりの中、唯一明るいポールライトの下で待つ藤堂くんに駆け寄れば、整わない呼吸の僕を少し驚いたような表情で見返してくる。
「おう。わざわざ走ってきたのかよ、ヤマ」
「寒い中待たせたら悪いと思って……待った?」
「着いたのは二十分くらい前だな。確かに今日は寒ィな」
「えッ!そんなに早く来てたの!?」
 藤堂くんが、うっすらと赤くなった鼻を小さくすする。待っていた時間の分だけ身体が冷えてしまったのだろうが、格好を見てみれば、厚手のものとはいえパーカーしか羽織っていないんだからそりゃ寒いだろうと思う。
 明日から十一月だというのに、何故こんな軽装なんだ。練習時のウェアもまだ半袖を着ているし、いい加減見てるこっちが寒々しいんだけど。
「藤堂くんちの方がここから近いんだから、もう少しゆっくり出て来ればよかったのに」
「それは、そうなんだけどよ」
 珍しく口籠ったかと思うと、視線が斜め下へと逃げる。決まりが悪そうに下ろした髪をかきあげ、無為に言葉の続きを待っていた僕をチラリと一瞥すると、藤堂くんははぁ、と大きなため息をついた。
「まぁいいだろ!ほら、月見すンだろ?せっかくだしもっといいとこで見ようぜ」
「もっといいとこって?」
「空見るんなら、なるべく高いとこの方が近く見えていいだろ。アレだよ、アレ」
 公園の片隅にある遊具を指差し、藤堂くんがニヤリと口角を上げる。示した先にあるのは、ジャングルジムだ。カラフルな色合いのその遊具は所々塗装が剥げ、かなり錆びついて見えるが、それでもしっかりとした高さがあって立派な佇まいをしている。
 懐かしいな。昔はよく、誰が一番早くてっぺんに着くか競争したっけ。
 そんな回顧に浸っていると、少年時代と重なるように、藤堂くんが我先にとジャングルジムへ登り始めた。大きな身体をひらりとこなし、あっという間にてっぺんへと辿り着いて誇る彼は、もう高校生だというのにガキ大将に見えて仕方ない。
「ほら、ヤマも来いよ」
 誘われ、わずかに見上げたてっぺんには、どっしりと座した彼が待っている。僕は言われるがまま後に続き、ジャングルジムを登り始めた。
 子どもの頃は、そびえる砦のように思えた遊具。だけど成長した今では、こんなにも小さなものだったのかと実感し、記憶が改まる。
「手ェ貸すか」
「大丈夫、登れるよ」
 ひょい、と軽く登り、彼の横に腰を下ろす。てっぺんから天を仰げば、覆うもののない夜空がより近さを増して拡大し、月星を散りばめた暗幕が視界の端々まで広がった気がした。
 確かに、地上で見るよりも迫力があるかも。
 提案に感謝をし、隣に並ぶ藤堂くんの横顔を見れば、なぜだろう。彼は少しだけ、肩透かしを食らったような顔をしていた。
「ジャングルジムなんて、すごい久しぶりだなぁ。藤堂くんも子どもの頃以来?」
「いや、俺は妹に付き合って最近登ったばっか」
「一緒に登ったんだ。いいお兄さんしてるよね、藤堂くんって」
「キッツイ姉貴はともかく、妹は可愛いからな。野球辞めてから心配かけてた分、今は構ってやりてェってのもあるし」
 藤堂くんが後ろ手に鉄棒部を掴み、後方に体勢を預ける。ダボついたカーゴパンツにすら映える長い足を宙にぶらつかせ、我が物顔でリラックスする姿は、まるで小さな砦の王様だ。
「で、結局ブルームーンってのは何なんだ?」
 今日の目的であり、主役である満月についての質問が投げかけられる。約束を取り付ける時にブルームーンという名前は出したけれど、詳しい説明は省いたから、当然といえば当然の疑問だ。
 僕は藤堂くんに、ネットで知った情報を掻い摘んで話し聞かせる。ブルームーンとは何か、どんな意味合いや文化、伝承があるか。
 滅多に起こらない事象であること、奇跡や幸せの象徴であることを伝えると、「ふーん」と浅い納得が返ってくる。
「幸せの象徴って、コアラのマーチのまゆ毛コアラとか、ハート型のピノみたいなもんか」
「それよりはもっとレアだと思うけど……数年に一度ってレベルらしいし」
「つっても、見た目は単なる満月だな。イマイチピンとこねェけど、でもまぁ、縁起物だっつーことはわかった」
 庶民的な例えと並べられ、奇跡の有り難みが急激に薄れていく。
 藤堂くんの言う通り、日蝕だとか流星群だとかと違って、見た目に変化があるイベントじゃないからなぁ。もしかして、興味なかったかな。
 落ちた短い静寂に不安が募り、せめて楽しく会話でもしようと意気込んでいると、沈黙は藤堂くんによって先に破られた。

「今日、ヤマから誘ってくれるとは思わなかった」

 月に視線を投げたまま、ぽつりと。独り言に近い所感をこぼしては、続く言葉もなく、また二人の間に沈黙が生まれる。
「……そんなに意外だった?」
 横顔へと何気なく問い返せば、ようやく地上へと帰還した彼の視線がゆっくりとこちらを向く。向かい合って目にしたシャープな輪郭は、青白い月明かりと白色の照明灯のせいだろうか、どこか頼りない印象がする。
「どっちかっつーと誘われる側だろ、ヤマって。つか、他のヤツらも絶対ェ誘ってンだろーなって思ってた」
 いつもの豪放な物言いはどこへやら。どっちが誘ったとか、誰を何人誘ったとか、普段なら特段気にもしないだろうに。
 どうして、と考えて、不意にピンとくる。

「もしかして、藤堂くんさ」

 この距離感を計るような余所余所しさ。
 どこか慎重で、気後れした態度。
 それって、もしかして。

「僕がキミの告白を受けたの、断れなくて仕方なくだった、とか思ってない?」

 藤堂くんと僕の、「今」の関係。
 そこにきっぱりと言及すると、藤堂くんはビクリと身を固くし、分かりやすくたじろいだ。やっぱりなと腑に落ちると同時に、心外だな、とわずかに心が沸く。

「違うからね!」

 あえて強めに否定すれば、泳いでいた目がそろそろと僕を窺った。疑心いっぱいと言わんばかりの態度にちょっとした腹立たしさを覚え、僕は思わず眉をしかめる。

「言っておくけど僕、中途半端な気持ちで付き合うって決めたんじゃないからね。ちゃんと考えて……いいかなって、思えたから」
「そう聞くと、すげー軽いノリに聞こえンだけど」
「軽いノリで決められるようなことじゃないよ!だって、藤堂くんが本気なの、伝わってたし」

『俺、ヤマが好きだ』

 あの日の告白を思い出す。
 それは練習が終わって学校から帰る途中、たまたま二人きりで歩いていた時のことだった。僕たちは道すがら、帰ってご飯を作ると言う彼に、今日はどんなご飯作るのとか、そんなありきたりな会話をしていただけだった。
 なのに。
 本当に突然、好きだと、想いを告げられた。
 当然、僕にとっては青天の霹靂だ。その言葉を聞くまで彼が僕を好きだなんて考えたこともなかったし、友好的な関係を築けてるとは思っていたけど、まさかそこに恋愛的な好意が含まれてたなんて思いつくはずもない。
 だから僕はその時、返事を保留にした。というか、あまりに驚きすぎて、ろくに頭が回らなかったというのが正しいんだと思う。
 だって、今でも忘れられないんだ。
 彼の声が、僕を見る瞳がーーどれだけ真剣だったのかを。

「伝わってたんなら、いいんだけどよ」

 ぎこちない安堵がこぼれる。藤堂くんにとって、僕が何の答えも選べないまま戸惑っていた時間は、酷くもどかしかったんだろう。
 そしてーーそれ以上に、怖かったのかもしれない。
「つか、あの時の返事の流れからすると、とりあえず受けたんだろーなって思っても仕方なくねェ?むしろ最初、これフラれたなって覚悟したわ」

『僕にとって藤堂くんは、憧れの選手で、チームメイトで、友達なんだ』

 僕が考えに考え抜いて出た答えの、第一声。思い返せば確かに、不穏な出だしだなと思う。

「どう考えても死刑宣告だろ、あのセリフは」
「違うよ!いや、でも今考えると、そう聞こえるかなと思うけど……」
「だろ?なのに次に出た言葉が」

『それでも良ければ、付き合ってみる……?』

「だもんな」

 僕の一代決心を反復され、ぐっ、と恥ずかしさに喉が塞がる。
 告白を受けて二週間、僕は悩みに悩み抜いた。努めていつも通りにと振る舞っていたけど、四六時中藤堂くんのことが頭から離れなかったし、何度も告白を思い出しては、その度に自分の心に問いかけていた。
 僕は彼のことを、どう思っているのか。
 不思議と嫌だとか、不快だとか、ありえないといった気持ちはなかった。それどころか、憧れの選手である藤堂くんが、恋愛的な好意という形ではあるけれど、僕を認めてくれていたのが嬉しかったくらいだ。
 だけど、それが「好き」という感情に繋がるかどうかは、どれだけ考えても全くわからなかった。
 自問自答を繰り返し、繰り返して。
 最終的に出したのは、「選手としても人としても尊敬できるし、好ましいと思える藤堂くんなのだから、付き合ってみよう」という結論だった。
「あの時返事聞いて、前後繋がってなくね?って耳疑ったかんな。都合の良い幻聴かと思ったわ」
「僕にとっては、素直な気持ちと、精一杯の承諾を伝えたつもり……だったんだけど」
 正直、決断としては、挑戦的過ぎるのではないかとも考えた。
 嫌じゃないから、好きになるかもしれないからという漠然とした気持ちのまま、彼の真剣な想いを受け入れてもいいのだろうか。試すように付き合いを始めて、もし気持ちが実らなければ、その時、彼をどれだけ傷つけるのだろうかと。
「なんか、ごめんね」
 宣言した通り、中途半端な気持ちで付き合うと決めたわけではないけれど、この先への不安は今もずっと胸にある。
 ーーだからかもしれない。
 こうして関係を変えたはずの僕たちが、今でもまだ。
 友達の延長線上で、いつまでも足踏みをしているのは。
「謝んなよ」
 僕の肩に、藤堂くんの肩が軽くぶつかる。偶然じゃない、戒めの意味を含んだ意図的な触れ合いが、不確かな距離を現実の距離へと変えていく。
 ーーそして。

「スゲー嬉しかったから」

 藤堂くんは、奇跡みたいなたったひとつの言葉で、僕の、僕たちの全てを肯定した。
 
 衝動に弾かれて藤堂くんに見入れば、そこに在ったのは、緩やかで大らかな微笑みだった。
 見た事のない表情。それが、悪戯にほどけて広がっていく。

「あん時はマジでツーアウトフルカウントから、九回裏サヨナラ逆転満塁ホームラン打った気持ちだったわ」

 野球に例え、茶化してみせる。起死回生の一発だったと豪語する彼の声は、殊更弾んで晴れやかで、それまでの気兼ねを吹き飛ばすほどの強さがあった。
 僕はその音色に救われ、いつもの調子を取り戻す。

「それはさすがに、大ゲサじゃない?」
「大ゲサじゃねーよ。ぜってェ引かれるだろーなとか、最悪絶交されんじゃねーかとか、らしくもねェことばっか考えてたからな」

 茶々を入れると、すぐさま反論が返ってくる。明け透けに語られる想いの端々に時折鼓動が強くなり、その度、僕の笑みがどきりと揺らぐ。

「付き合うってなったくせに怖気づいて、ヤマは俺のことどう思ってんのかなとか気にしてたけど、でも、もういいわ」

 ふと、心を定めたように、泰然として。
 一際柔らかさを帯びた彼の想いが、僕に贈られる。

「一番大事なのは、今俺のとなりに、ヤマがいてくれてるってことなんだからよ」

 くしゃりと頬を綻ばせ、藤堂くんが笑う。その笑顔は、普段学校でみんなといる時のものとは全然違うものだった。  
 僕が今まで知っていたものよりももっと嬉しそうで、幸せそうな。
 そう感じるのはきっと、僕の自意識過剰じゃなくて。

 ああ、そうか。
 彼は、僕のことが、本当に好きなんだな。

 そう思い知らされた途端、同時に、思い知る。

 満月をーー奇跡や幸運の象徴だという特別な月を見ようと誘ったのは、一緒に見たいと思ったからだ。
 待ち合わせ場所に早く行かなきゃと全力で走ったのは、早く彼に会いたかったからだ。

 ーーなんだ、僕、ちゃんと藤堂くんのこと、好きなんじゃないか。

 すとんと落ちた想いが、曖昧な胸の余白にぴたりと収まる。
 そうして生まれた心地と温度があまりにも自然すぎて、僕は気付かされる。

「僕も、嬉しいよ」

 ーー多分、僕は。
 今知ったよりもずっと前から、きっと彼のことが好きだったんだ。

「藤堂くんの、となりにいられて」

 凪ぐような想いが寄せて。
 彩りを増した視界を自覚し、惹かれるままに藤堂くんを見つめ続ければ、満ち足りた表情の彼に胸が幸福で締め付けられる。
 これは、ヤバいな。本格的なやつだ。だって、なんか、顔が緩んじゃう。
 内側から湧き上がる多幸感に充てられ、僕は戸惑う。胸の奥を、むずむずとくすぐられているような気がする。初めての感覚をどうにも抑えられずに持て余していると、どうやら藤堂くんもそんな僕と全く同じ状態らしく、片手で口と頬を覆い隠しては必死に笑みを堪えようとしている。

「あー、ダメだ。マジでニヤける。テンション半端ねェわ」

 隠しきれず、素直にさらけ出された言葉に鼓動が喜び跳ねる。思わず可愛いな!なんて思ってしまった辺り、僕ももう、重症かもしれない。
「ぶっちゃけ、今なら墓石素手で割れる気がする」
「割らなくていいからね!?っていうか利き手大事にしてって言ったよね僕!!」
「いくらヤマの頼みでも、男には譲れねェもんがあるんだよ」
「いや、いらないからそういうの!」
「だったらよ」
 一変した関係の中でも交わされる、いつものバカなやりとり。その隙に、藤堂くんがさりげなく手を差し伸べた。

「ヤマが代わりに、大事にしてくれよ」

 ぎこちなく空を漂う、彼の、ごつごつとした大きな右手。それをじっと見つめると、行動の意味合いに思ったよりも早く理解が追いつき、遅まきながら恥ずかしさと照れくささが全身から立ち上ってくる。
 ……これって、そういうことだよな。
 右手に釘付けになっていた視線を上目に変え、彼の表情を盗み見る。僕から逸れ、横顔で必死に照れくささを隠している様子に、カッコイイのか可愛いのかが分からなくなる。
 自分で言っておいてそっぽ向くくらいなら、言わなきゃいいのに。夜目にも射して映る彼の耳の朱色を見つけると、そんなイタズラで愛おしい気持ちが湧く。
 
 無言で彼の手を取り、優しく包むように握る。
 落ち着かなく泳いでいた手は、そうして僕の手に捕まると、急に大人しくなった。
 僕の左手と、彼の右手と。
 触れ合った互いの厚い手のひらの皮越しに、燃えるような体温と緊張を分け合いながら、繋がった手と手を鉄棒の上に重ね置く。
「……というかさ、今思うとあの告白のタイミングおかしくない?僕たち、あの時晩ご飯のメニューの話してたよね?キミの中で何がどうなってあのタイミングになったの」
「色々溜まってたモンっつーのがあんだよ。それが爆発したのが、あのタイミングだっただけだ」
「完全にあの流れ、好きな食べ物告白するくらいの空気だったからね。もう少しムードみたいなの作ってくれれば、僕だってもうちょっと上手く答えられたかもしれないのに」
「無茶いうなよ!こっちだって慣れねェことしてんだから、そういう空気なんて狙って作れるわけねーだろ」

 言い合って、視線を絡ませて。

「……まァいいか、過ぎたことはよ」
「……そうだね」

 肩を並べ、一緒に笑い合う。
 二十一時を回り少しだけ深まった夜に、白く凍えた僕たちの吐息が共に空へと昇っていく。
 追いかけるように二人空を見上げれば、そこにあるのは、特別な名前がつけられた満月だ。

 ブルームーン(幸せの象徴)は、冷えた夜気に一層煌めいて。

 その光で、僕たちを照らしてくれていた。
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