藤ヤマ『ヨコシマ・レモネード・ハニー』
うだるような熱気に、こめかみから汗が滴り落ちた。真夏の昼の太陽に容赦はなく、空からも地面からも波状攻撃を仕掛けてきては、身体中の水分を絞り取ろうとしてくる。駅までの短い距離を歩いただけだというのに、すでにTシャツはビショビショだ。
そんな炎天下の中、駅の入り口に着いた俺は日陰に陣取り、そわそわとスマートフォンを取り出した。時間は十ニ時十五分。待ち合わせの十五分前だ。少し早く着いちまったが、家でジッとしてられなかったんだし仕方ねェ。
だってデートだぞ?しかもプールだぞ?これが落ち着いていられるか!!
うなぎ登りのテンションに口元を緩めては、もう何度も見返したLINEのやり取りを開く。
事の始まりは、昨晩ヤマから届いたプールへの誘いだった。
『プールの招待券もらったんだけど、一緒に行かない?』
そんな爆弾発言が届いたのは、晩飯と風呂を済ませた少し後のことだった。プール、一緒にという単語を目にした瞬間脳内は爆発し、それはもう盆と正月がいっぺんに来たような祭りっぷりだった。「プール!?!?」と思わず大声を上げて、近くにいた姉貴にうるさいと蹴りを入れられたくらいだ。
ヤマと付き合い出してから、初めての夏。祭りやら花火大会やらイベント事の多いこの季節、いくらでも二人で会う口実があると狙い澄ましてたところに、まさかの先制パンチが来るとは思ってもいなかった。まさに嬉しい誤算ってヤツだ。
しかもヤマからの誘いってだけでも嬉しいのに、プールだぞ?プールっていったら水着だぞ?半裸だぞ?
一気にそこまで思考が先走って、頭ん中が色とりどりの花畑になる。ヤマはそんなつもりで誘ってるワケじゃねェんだろーけど、俺にとってプールというイベントは穏やかでいられるモンじゃない。
好きって気づいて、居ても立っても居られなくて、崖から飛び降りるくらいの覚悟で告って、まさかのオーケーをもらって。そんだけ好きでたまらない相手とプールだなんて、落ち着いていられるヤツは間違いなくいないだろう。
だから、邪な方向に考えがいってしまう俺は悪くない。絶対に。
昨夜のLINEと夜な夜な繰り返した妄想から我に返り、興奮しかけた俺は慌てて冷静になれ、と自分を叱咤した。まだ付き合ってそう経っていない、付き合いの浅い俺たちだからこそ、色々と早まってはいけない。引かれたらそこでアウトだ。しっかりしろ俺。紳士であれ。
「藤堂くん、お待たせ!」
自戒に身を引き締めていると、前方向から問題のヤマがやってきた。水色のボーダーが入った白地のポロシャツが、太陽を反射して眩しい。これに関しては欲目ではない。はず。
「今日も暑いね」
「だな。絶好のプール日和だな」
真っ赤な顔でポロシャツの襟口をパタパタと扇ぐヤマに、無条件で『可愛い』という想いが湧く。油断するとついついガン見してしまいそうになるから気をつけなきゃいけねェ。不審に思われたら俺が困る。
「今日は誘ってくれてサンキューな。券、二枚しかなかったんだろ?弟と行かなくてよかったのか?」
「暑い日にわざわざ混んでるプールに行きたくないってさ。誰を誘うかちょっとだけ悩んだんだけど……誰か一人誘うなら、やっぱ藤堂くんだなって思って」
少し照れたような語尾と目線に、グッと胸が圧迫される。ちょっとだけ悩んだって部分に「いや、そこは俺一択だろ!」と押したくなったが、もうそんなのはどうでもいい。結局こうして俺を誘ってくれたんだし。
「藤堂くんはスペースアクアって行ったことある?」
「いや、いつも混んでるし料金高ェって姉貴から聞いてたから、行ったことなかった」
「そっか。今回は券があるから入場料はいいけど、混んでそうではあるね」
「でも行ってみてェと思ってたし、こんないい機会はそうそうないよなッ」
ヤマのやや後ろ向きな発言に、思わず声を張り上げてしまった。万が一にでも「やっぱやめとく?」なんて言われたらたまったもんじゃねェ。そんなん絶対阻止だ。
そんな俺の必死さを知ってか知らずか、ヤマはそうだね、と軽い相槌をうった。その薄めの反応に、ヤマは特にプールでデートというイベントに対して意識してないんだなという実感が湧いてくる。
そもそも、一緒に行こうと誘われはしたがデートしようと誘われたわけじゃないし……いや、そこまで考えたら落ち込むわ。これはデート。デートったらデートだ。
冷静になれと自分を宥めすかしてみたが、結局、昨日からの舞い上がりっぷりは隠し切れるモンじゃなかった。電車に乗っている間、やたらと意識した俺はヤマから持ちかけられた話題にも集中出来ず、明らかにおかしいテンションで返すばかりだった。
だがヤマは別にそこにツッコミを入れるでもなく、あくまで普段通りの態度で。この下心を見透かされても困るが、あまりにも普通すぎるとそれはそれでなんつーか、もっと意識してます感が欲しくなるというか……贅沢な悩みってヤツだな、これは。
グダグダとくだらないことを考えていると、電車はすぐに目的の駅へと到着した。ここから先は、バスに乗り継いで十五分くらいらしい。
電車を降り、人波に揉まれながらバス乗り場へと移動する俺とヤマ。あまりの人の多さに、まさかこの群れ全部がプールに行くんじゃないだろうな、という疑いが湧いてくる。
なにせ俺たちがこれから行くスペースアクアは、出来てから一年しか経っていない新設の人気プールだ。広い敷地に全長二百五十メートルを超えるウォータースライダーや、ビニールボートで下るビッグリバー、流れるプールに波のプール、アスレチックプールなんてのもある最新のアミューズメントパークだ。バラエティ豊かなレンタル水着に豊富なフードメニュー、充実のフィットネスコーナーなどなど!そんな売り文句が公式サイトに書いてあった。
ちなみに温泉などのスパ施設も併設されているが、ヤマの持っているチケットはプール施設のみの招待券らしいので、そっちには行かないことになっている。惜しい気はするが、プール(半裸)だけでも刺激が強いのに、温泉(全裸)なんて一緒することになったら俺が昇天してしまう。なので、これは天からの采配だと思うことにした。清らかであれ、俺たち。
「あ、見えてきたね」
すし詰めのバスに乗り込み、揺られること十数分。俺の隣に立ったヤマが、窓の外を見ながら弾んだ声を上げた。誘われるように車外に目をやれば、見えたのは青く巨大なウォータースライダーだ。ひっきりなしに人が滑っているようで、表情すらわからない遠くからでも楽しげなのが伝わってくる。
この湧き上がってくるワクワクは多分、デートのせいだけじゃないんだろう。小学生の頃に感じたこの懐かしいトキメキは、純粋にプールを楽しみにしてる証だ。いい歳だってのに、俺もまだまだガキってことだな。
ヤマと揃ってプールに釘付けになっていると、バスはようやく最寄りのバス停へと到着した。客の半数が動き出し、その流れと一緒に下車をすると、降りた客がみんなプール方向へと歩いて行く。駅から抱いていた疑いは、半分当たりといったところだ。
客層はカップル、カップル、学生グループ、カップル、家族連れ、カップル……見ての通り、七、八割がカップルだ。どこの男女もデートでございといわんばかりにウキウキイチャイチャしていて、そこらのムサい男グループのヤツらが嫉妬の視線を向けていることにも気づいてねェ。まさに二人だけの世界ってヤツだ。
だがそういう俺だって負けちゃいない。男二人組ではあるが、これはれっきとしたデートだ。
移動する群衆の中、いつもより近い距離に肩を並べたヤマへ視線を落とす。控えめなつむじと真っ直ぐ前へと向けた横顔に見入っていると、俺の視線に気づいたヤマが見上げるような上目遣いで視線を返してきた。その反則的な可愛さに、不意打ちで胸が叩かれる。
「もうすぐだね」
「おう」
ちょっと声が上擦ったが、よし。普通に返せた。
「やっぱ人すごいね。こんなんで泳げるのかな」
「まァ時間はたっぷりあるし、のんびりいこうぜ。ウォータースライダーもビッグリバーも、並んで待ったっていいしよ」
「そうだね」
他愛ない話を交わしながら歩いていると、俺たちはようやく待ちかねたスペースアクアに辿り着くことが出来た。複数ある回転式ドアの入り口をくぐれば、高い天井と広いエントランスに出迎えられ、建物の大きさとキレイさに圧倒される。列をなした客はこぞって受付へ向かっているが、窓口がたくさん用意されているせいか、比較的人の流れはスムーズだ。
俺とヤマも列に並ぶと、しばらくして受付の順番が回ってきた。ヤマが財布から取り出した招待券を差し出すと、カウンター越しの店員が手早く受け取り、代わりにシリコンで出来たリストバンドを手渡される。ロッカーの電子キーやキャッシュレス決済が出来るチップが埋め込まれていて、施設内はこのリストバンドひとつで何でも出来るらしい。なるほど、ハイテクで便利だ。
受付を終えた俺たちは、無料で貸し出されたタオルを手に男子ロッカー室へと向かった。当然のことながらロッカー室も広々としていて、迷子になるレベルで同じロッカーが並んでいる。壁の案内板がなければ、指定されたロッカーに辿り着けないんじゃねェかってくらいだ。
少し時間がかかりながらも、与えられたロッカーを見つけ出した俺たちは、早速荷物を仕舞い着替えを始めた。といっても、俺は服の下に水着を履いてきたからただ脱ぐだけだ。Tシャツとサルエルパンツを脱げば、それで準備はオーケーだ。
ヤマも同じように下に履いて来たんだろうなと思って隣を見ると、ポロシャツを脱いだヤマが腰にタオルを巻き、その下に手を入れている姿にギョッとした。
日々部室内で一緒に着替えをしている間柄ではあるが、じっくり着替えを見るなんてことは一度もなかったから、この至近距離での生着替えは刺激が強すぎてヤバい。
目を逸らせ!
そう自分に命じても、悲しいかな。己の欲望に逆らうことは出来なかった。
小賢しく、さりげなく向けた視線の端には、タオルに隠された場所から下ろされる細身のイージーパンツが見える。そしてその瞬間、タオルのスリットからチラリと覗いたヤマの生足を見逃しはしなかった。
ごくり、と思わず生唾を飲み込む。ヤマはもう一度タオルに手を入れると、今度は下着をするり、と下ろしていく。
これはもう、ストリップだろ。
完全なる俺得なショータイムに、膝をついて神に祈りを捧げたくなる。そうそうないぞ、こんなおいしい機会。
一部始終を目に焼き付けてやろうと意気込んでいると、ふと上げられたヤマの視線とかち合いそうになり、俺は慌ててそっぽを向いた。急速に半回転した首の動きは不審者丸出しだ。ツッコまれたら言い訳が出来ねェ。
「着替え遅くてごめんね。藤堂くんみたいに下に履いてくればよかったね」
戦々恐々としていると、俺が待ちくたびれていると勘違いしたのか、ヤマが謝罪を口にする。不審な行動を咎められるんじゃないかとヒヤヒヤしていたが、まさかの鈍感力に救われた。ヤマは純粋なんだ。俺と違って。
「俺が張り切って準備してきただけだし、気にすんなよ」
「うん。すぐ着替えるから、もうちょっと待ってて」
言ってヤマは用意していた青いグラデーションのサーフパンツをサッと履くと、腰のタオルを外し、脱いだ衣服を手早くロッカーへと仕舞い込んだ。
一度見つかりそうになっている手前、さすがに今度は盗み見することは出来ねェ。そんな悔しさを噛み締めていると、大判のタオルを肩に羽織りだしたモンだから、さらに露出が減ってしまって悔しさが倍増した。なぁヤマ、少しガードが固すぎやしねェか。
「お待たせ!さ、行こっか」
内心ガッカリしつつも、明るい笑顔で準備完了を告げられた俺はへにゃりと容易く顔を崩した。
俺たちは、連れ立って室内プールへと続く廊下へと向かう。その道すがら俺は、ここまでのテンションの浮き沈みっぷりと刺激の強さに、これから迎えるデート本番を無事乗り越えられるかが不安になっていた。
室内プールへと繋がる手前には、人が通るとセンサーが反応して壁からシャワーが噴出するブースがあった。その水圧の勢いに驚いた俺たちは痛ェだのなんだのと声を上げ、まだプールに入ったワケでもないのにはしゃぎまくった。
そして、ついにスペースアクアの室内プールがお目見えする。
高い高い天井の下、だだっ広い室内にはいくつものプールがあり、人がひしめき合っていた。壁や天井、空間の至る所は宇宙モチーフのインテリアやデザイン画で飾られていて、忠実に再現されたコンセプトは明るくオシャレで今風だ。そりゃデートに使われるワケだと納得する。
「めちゃくちゃ広いね……どこから行こうか」
「とりあえず、近場の空いてそうなプールでひと泳ぎするか」
「室内でこれだけ人がいるなら、外はもっとすごそうだね」
「外の方が色々あるみたいだしな。ま、混んでっかもしれねーけど、後で行ってみようぜ」
空きスペースで軽く準備運動を行った俺たちは、ざっと立てたプラン通りに、手近の空いているプールへと移動をした。
ようやくだ。ようやくプールに入れる。
ワクワク感に浮き立つ足先で、プールサイドの階段を下りる。足首、ふくらはぎ、腿と徐々に浸されていく感覚と、少し低めの温水がめちゃくちゃ気持ちいい。堪らなくなった俺は一気にざぶ、と飛び込むと、すぐに振り返りヤマを手招いた。
「ヤマも早く来いよ!」
呼び掛ければ、簡易ロッカーにタオルを仕舞ったヤマが、水中で待ち焦がれている俺の元へとやってくる。足早に入水し、すい、と軽く泳ぐ表情は、俺と同じ気の抜けた顔だ。お互い、プールの気持ちよさには抗えないみてェだ。
それから俺たちは、室内プールを思う存分に楽しんだ。人の間を縫って追いかけっこをしたり、どっちが長く水中で息を止めていられるかや、バタ脚だけでどこまで泳げるかを競ったり。
デートといえるような色気はなかったが、楽しければそれだけでいいと思えるくらい、俺たちは思いつく限りの遊びを尽くし、ガキのようにはしゃぎあっていた。
一時間半くらい経って、そろそろウォータースライダーやビッグリバーにチャレンジしようかという話になった。本来スライダー系は別料金だが、今回の招待券には乗り放題パスが含まれているらしい。おかげで、入場ゲートはリストバンドをかざすだけですんなりと開いた。
そこからは予想通りの行列だ。ウォータースライダーもビッグリバーも両方大勢の人が並んでいて、仕方ないなと言いつつ列の最後尾へと着いた。
最初に選んだのは、ウォータースライダーだ。全長二百五十メートル超えなだけあって、出発地点は長い階段を登った上層にある。階段の列に着いた俺たちは、どっちが先に行くか、これが終わったらどこに行こうかなどを話し合いながらひたすら順番を待ち続けた。
そして待つ事約三十分。ようやく滑る番がやってきて、話し合いで決めた通り俺が先に滑り口へと進んだ。
「信号が青になったらスタートしてください。後ろが詰まりますので、止まらずに滑ってくださいね。あと、下に到着したらすぐにその場を離れてください。後から来た人とぶつかる危険性がありますので」
係員からの注意事項を聞きながら、斜め前方に取り付けられた信号とモニターを見る。俺の前に出発したカップルの片割れがモニター画面を横切ると、直後に信号は青に変わった。
「いってくるわ」
「いってらっしゃい」
今のやりとり、新婚みてェじゃね?
バカな妄想に浸りながらも、俺は上部のバーを利用して反動をつけると、飛び出すようにスタートした。
ツルツルとしたスライダーチューブの滑走面に斜度、水の流れが合わさって思いの外スピードが早い。長さだけじゃなく、速度も本格的だ。
どうせならとスライダー乗り場にあった説明書きに習い、『スピードが出る滑り方』を試してみようと背を倒す。すると接触面が増えた事でよりスピードを増し、俺の体はカーブで大きく振られながらもみるみる下へと進んでいった。
すげェ速ェ!すげェ楽しい!
長いはずのスライダーは俺のスピードに負け、あっという間に終わりを迎えた。速度の分だけ派手に水飛沫を散らしながら、俺は地上の屋外プールに放出される。
ザバァ、と水にぶつかる衝撃。その勢いを侮っていた俺は、鼻と口に入ったプールの水にむせ、ツンと痛む鼻の奥にうっすらと涙を浮かべた。首の後ろで括った髪も、もうグチャグチャだ。
よろよろと水をかき分けながら、少し離れた場所でヤマを待つ。半透明のスライダーチューブに滑り降りてくる人影が見えると、間を空けずに、ヤマが俺と同じように終着地点に辿り着いた。
「うわぁッ!」
衝撃に声を上げながら、上手く体勢を作れなかったヤマが不恰好に投げ出された。水飛沫、というより水柱が立ち、着水の失敗が目に見える。
「おいヤマ!大丈夫か!?」
慌てて近寄ると、もがいたヤマの手が俺の腕を掴んだ。それだけでも一瞬ドキッとしたのに、水中から顔を出したヤマは、ぷは、と大きく息を吸っては俺の方へと倒れ込んできた。
自然と胸元で抱き留める形になった俺は、一気に混乱し硬直する。
は??なんだこの状況???ヤマの生肌が、俺の身体にくっついてるんだが????
「あはは、失敗しちゃった」
ゴホゴホとむせながらも、ヤマは心底楽しそうに顔を綻ばせた。対して俺は、至近距離の笑顔と密着した肌の質感にやられ、引きつった笑みを返すのが精一杯だ。
「藤堂くんの髪も思いっきり崩れてるね。口に入っちゃってるよ」
動揺しているところに、さらに誘惑の手は伸びてくる。
濡れて張り付いた髪を直すためにと、ヤマの指先が俺の唇の端を撫でつけて。
「これで大丈夫」
なんて目を細められた日にゃ、我慢の限界を試されてるんじゃねーかと勘繰りたくなる。なんだこれ。どういう試練だよ。
「あー、悪ィな。髪、気づいてなかったわ。それよりさ、そろそろ少し休憩しねえ?ちょっと喉乾いてきたわ、俺」
欲に濡れた心を強引に無にし、血の涙を流す思いでヤマを引き離す。早口で捲し立てたのは不自然だったかもしれないが、今の俺にはブレイクタイムが必要なんだ。わかってくれ、ヤマ。
「そうだね。なんだかんだ二時間以上経ってるし、一回休憩しよっか」
タイム要求があっさりと受け入れられ、俺は内心ほっと胸を撫で下ろす。
正直、こうしたハプニングや接触をめっちゃ期待していたし、なんならよりすごい妄想だってしまくっていた。が、実際実現してみると、思った以上に俺のキャパに余裕はなく、情けないくらいいっぱいいっぱいになるのがわかってしまった。
これ以上何かあったら、本当に我慢の限界を迎えてしまうかもしれない。だがここで己の欲望に負けてしまったら、この先、ヤマにどんな目で見られるかわかったモンじゃねェ。
俺は、絶対にヤマに嫌われたくない。
カミナリのような緊張感に打たれた俺は、ヤマの背中を追いかけながら、ひっそりと理性を総動員し守備を固めるのだった。
そんな炎天下の中、駅の入り口に着いた俺は日陰に陣取り、そわそわとスマートフォンを取り出した。時間は十ニ時十五分。待ち合わせの十五分前だ。少し早く着いちまったが、家でジッとしてられなかったんだし仕方ねェ。
だってデートだぞ?しかもプールだぞ?これが落ち着いていられるか!!
うなぎ登りのテンションに口元を緩めては、もう何度も見返したLINEのやり取りを開く。
事の始まりは、昨晩ヤマから届いたプールへの誘いだった。
『プールの招待券もらったんだけど、一緒に行かない?』
そんな爆弾発言が届いたのは、晩飯と風呂を済ませた少し後のことだった。プール、一緒にという単語を目にした瞬間脳内は爆発し、それはもう盆と正月がいっぺんに来たような祭りっぷりだった。「プール!?!?」と思わず大声を上げて、近くにいた姉貴にうるさいと蹴りを入れられたくらいだ。
ヤマと付き合い出してから、初めての夏。祭りやら花火大会やらイベント事の多いこの季節、いくらでも二人で会う口実があると狙い澄ましてたところに、まさかの先制パンチが来るとは思ってもいなかった。まさに嬉しい誤算ってヤツだ。
しかもヤマからの誘いってだけでも嬉しいのに、プールだぞ?プールっていったら水着だぞ?半裸だぞ?
一気にそこまで思考が先走って、頭ん中が色とりどりの花畑になる。ヤマはそんなつもりで誘ってるワケじゃねェんだろーけど、俺にとってプールというイベントは穏やかでいられるモンじゃない。
好きって気づいて、居ても立っても居られなくて、崖から飛び降りるくらいの覚悟で告って、まさかのオーケーをもらって。そんだけ好きでたまらない相手とプールだなんて、落ち着いていられるヤツは間違いなくいないだろう。
だから、邪な方向に考えがいってしまう俺は悪くない。絶対に。
昨夜のLINEと夜な夜な繰り返した妄想から我に返り、興奮しかけた俺は慌てて冷静になれ、と自分を叱咤した。まだ付き合ってそう経っていない、付き合いの浅い俺たちだからこそ、色々と早まってはいけない。引かれたらそこでアウトだ。しっかりしろ俺。紳士であれ。
「藤堂くん、お待たせ!」
自戒に身を引き締めていると、前方向から問題のヤマがやってきた。水色のボーダーが入った白地のポロシャツが、太陽を反射して眩しい。これに関しては欲目ではない。はず。
「今日も暑いね」
「だな。絶好のプール日和だな」
真っ赤な顔でポロシャツの襟口をパタパタと扇ぐヤマに、無条件で『可愛い』という想いが湧く。油断するとついついガン見してしまいそうになるから気をつけなきゃいけねェ。不審に思われたら俺が困る。
「今日は誘ってくれてサンキューな。券、二枚しかなかったんだろ?弟と行かなくてよかったのか?」
「暑い日にわざわざ混んでるプールに行きたくないってさ。誰を誘うかちょっとだけ悩んだんだけど……誰か一人誘うなら、やっぱ藤堂くんだなって思って」
少し照れたような語尾と目線に、グッと胸が圧迫される。ちょっとだけ悩んだって部分に「いや、そこは俺一択だろ!」と押したくなったが、もうそんなのはどうでもいい。結局こうして俺を誘ってくれたんだし。
「藤堂くんはスペースアクアって行ったことある?」
「いや、いつも混んでるし料金高ェって姉貴から聞いてたから、行ったことなかった」
「そっか。今回は券があるから入場料はいいけど、混んでそうではあるね」
「でも行ってみてェと思ってたし、こんないい機会はそうそうないよなッ」
ヤマのやや後ろ向きな発言に、思わず声を張り上げてしまった。万が一にでも「やっぱやめとく?」なんて言われたらたまったもんじゃねェ。そんなん絶対阻止だ。
そんな俺の必死さを知ってか知らずか、ヤマはそうだね、と軽い相槌をうった。その薄めの反応に、ヤマは特にプールでデートというイベントに対して意識してないんだなという実感が湧いてくる。
そもそも、一緒に行こうと誘われはしたがデートしようと誘われたわけじゃないし……いや、そこまで考えたら落ち込むわ。これはデート。デートったらデートだ。
冷静になれと自分を宥めすかしてみたが、結局、昨日からの舞い上がりっぷりは隠し切れるモンじゃなかった。電車に乗っている間、やたらと意識した俺はヤマから持ちかけられた話題にも集中出来ず、明らかにおかしいテンションで返すばかりだった。
だがヤマは別にそこにツッコミを入れるでもなく、あくまで普段通りの態度で。この下心を見透かされても困るが、あまりにも普通すぎるとそれはそれでなんつーか、もっと意識してます感が欲しくなるというか……贅沢な悩みってヤツだな、これは。
グダグダとくだらないことを考えていると、電車はすぐに目的の駅へと到着した。ここから先は、バスに乗り継いで十五分くらいらしい。
電車を降り、人波に揉まれながらバス乗り場へと移動する俺とヤマ。あまりの人の多さに、まさかこの群れ全部がプールに行くんじゃないだろうな、という疑いが湧いてくる。
なにせ俺たちがこれから行くスペースアクアは、出来てから一年しか経っていない新設の人気プールだ。広い敷地に全長二百五十メートルを超えるウォータースライダーや、ビニールボートで下るビッグリバー、流れるプールに波のプール、アスレチックプールなんてのもある最新のアミューズメントパークだ。バラエティ豊かなレンタル水着に豊富なフードメニュー、充実のフィットネスコーナーなどなど!そんな売り文句が公式サイトに書いてあった。
ちなみに温泉などのスパ施設も併設されているが、ヤマの持っているチケットはプール施設のみの招待券らしいので、そっちには行かないことになっている。惜しい気はするが、プール(半裸)だけでも刺激が強いのに、温泉(全裸)なんて一緒することになったら俺が昇天してしまう。なので、これは天からの采配だと思うことにした。清らかであれ、俺たち。
「あ、見えてきたね」
すし詰めのバスに乗り込み、揺られること十数分。俺の隣に立ったヤマが、窓の外を見ながら弾んだ声を上げた。誘われるように車外に目をやれば、見えたのは青く巨大なウォータースライダーだ。ひっきりなしに人が滑っているようで、表情すらわからない遠くからでも楽しげなのが伝わってくる。
この湧き上がってくるワクワクは多分、デートのせいだけじゃないんだろう。小学生の頃に感じたこの懐かしいトキメキは、純粋にプールを楽しみにしてる証だ。いい歳だってのに、俺もまだまだガキってことだな。
ヤマと揃ってプールに釘付けになっていると、バスはようやく最寄りのバス停へと到着した。客の半数が動き出し、その流れと一緒に下車をすると、降りた客がみんなプール方向へと歩いて行く。駅から抱いていた疑いは、半分当たりといったところだ。
客層はカップル、カップル、学生グループ、カップル、家族連れ、カップル……見ての通り、七、八割がカップルだ。どこの男女もデートでございといわんばかりにウキウキイチャイチャしていて、そこらのムサい男グループのヤツらが嫉妬の視線を向けていることにも気づいてねェ。まさに二人だけの世界ってヤツだ。
だがそういう俺だって負けちゃいない。男二人組ではあるが、これはれっきとしたデートだ。
移動する群衆の中、いつもより近い距離に肩を並べたヤマへ視線を落とす。控えめなつむじと真っ直ぐ前へと向けた横顔に見入っていると、俺の視線に気づいたヤマが見上げるような上目遣いで視線を返してきた。その反則的な可愛さに、不意打ちで胸が叩かれる。
「もうすぐだね」
「おう」
ちょっと声が上擦ったが、よし。普通に返せた。
「やっぱ人すごいね。こんなんで泳げるのかな」
「まァ時間はたっぷりあるし、のんびりいこうぜ。ウォータースライダーもビッグリバーも、並んで待ったっていいしよ」
「そうだね」
他愛ない話を交わしながら歩いていると、俺たちはようやく待ちかねたスペースアクアに辿り着くことが出来た。複数ある回転式ドアの入り口をくぐれば、高い天井と広いエントランスに出迎えられ、建物の大きさとキレイさに圧倒される。列をなした客はこぞって受付へ向かっているが、窓口がたくさん用意されているせいか、比較的人の流れはスムーズだ。
俺とヤマも列に並ぶと、しばらくして受付の順番が回ってきた。ヤマが財布から取り出した招待券を差し出すと、カウンター越しの店員が手早く受け取り、代わりにシリコンで出来たリストバンドを手渡される。ロッカーの電子キーやキャッシュレス決済が出来るチップが埋め込まれていて、施設内はこのリストバンドひとつで何でも出来るらしい。なるほど、ハイテクで便利だ。
受付を終えた俺たちは、無料で貸し出されたタオルを手に男子ロッカー室へと向かった。当然のことながらロッカー室も広々としていて、迷子になるレベルで同じロッカーが並んでいる。壁の案内板がなければ、指定されたロッカーに辿り着けないんじゃねェかってくらいだ。
少し時間がかかりながらも、与えられたロッカーを見つけ出した俺たちは、早速荷物を仕舞い着替えを始めた。といっても、俺は服の下に水着を履いてきたからただ脱ぐだけだ。Tシャツとサルエルパンツを脱げば、それで準備はオーケーだ。
ヤマも同じように下に履いて来たんだろうなと思って隣を見ると、ポロシャツを脱いだヤマが腰にタオルを巻き、その下に手を入れている姿にギョッとした。
日々部室内で一緒に着替えをしている間柄ではあるが、じっくり着替えを見るなんてことは一度もなかったから、この至近距離での生着替えは刺激が強すぎてヤバい。
目を逸らせ!
そう自分に命じても、悲しいかな。己の欲望に逆らうことは出来なかった。
小賢しく、さりげなく向けた視線の端には、タオルに隠された場所から下ろされる細身のイージーパンツが見える。そしてその瞬間、タオルのスリットからチラリと覗いたヤマの生足を見逃しはしなかった。
ごくり、と思わず生唾を飲み込む。ヤマはもう一度タオルに手を入れると、今度は下着をするり、と下ろしていく。
これはもう、ストリップだろ。
完全なる俺得なショータイムに、膝をついて神に祈りを捧げたくなる。そうそうないぞ、こんなおいしい機会。
一部始終を目に焼き付けてやろうと意気込んでいると、ふと上げられたヤマの視線とかち合いそうになり、俺は慌ててそっぽを向いた。急速に半回転した首の動きは不審者丸出しだ。ツッコまれたら言い訳が出来ねェ。
「着替え遅くてごめんね。藤堂くんみたいに下に履いてくればよかったね」
戦々恐々としていると、俺が待ちくたびれていると勘違いしたのか、ヤマが謝罪を口にする。不審な行動を咎められるんじゃないかとヒヤヒヤしていたが、まさかの鈍感力に救われた。ヤマは純粋なんだ。俺と違って。
「俺が張り切って準備してきただけだし、気にすんなよ」
「うん。すぐ着替えるから、もうちょっと待ってて」
言ってヤマは用意していた青いグラデーションのサーフパンツをサッと履くと、腰のタオルを外し、脱いだ衣服を手早くロッカーへと仕舞い込んだ。
一度見つかりそうになっている手前、さすがに今度は盗み見することは出来ねェ。そんな悔しさを噛み締めていると、大判のタオルを肩に羽織りだしたモンだから、さらに露出が減ってしまって悔しさが倍増した。なぁヤマ、少しガードが固すぎやしねェか。
「お待たせ!さ、行こっか」
内心ガッカリしつつも、明るい笑顔で準備完了を告げられた俺はへにゃりと容易く顔を崩した。
俺たちは、連れ立って室内プールへと続く廊下へと向かう。その道すがら俺は、ここまでのテンションの浮き沈みっぷりと刺激の強さに、これから迎えるデート本番を無事乗り越えられるかが不安になっていた。
室内プールへと繋がる手前には、人が通るとセンサーが反応して壁からシャワーが噴出するブースがあった。その水圧の勢いに驚いた俺たちは痛ェだのなんだのと声を上げ、まだプールに入ったワケでもないのにはしゃぎまくった。
そして、ついにスペースアクアの室内プールがお目見えする。
高い高い天井の下、だだっ広い室内にはいくつものプールがあり、人がひしめき合っていた。壁や天井、空間の至る所は宇宙モチーフのインテリアやデザイン画で飾られていて、忠実に再現されたコンセプトは明るくオシャレで今風だ。そりゃデートに使われるワケだと納得する。
「めちゃくちゃ広いね……どこから行こうか」
「とりあえず、近場の空いてそうなプールでひと泳ぎするか」
「室内でこれだけ人がいるなら、外はもっとすごそうだね」
「外の方が色々あるみたいだしな。ま、混んでっかもしれねーけど、後で行ってみようぜ」
空きスペースで軽く準備運動を行った俺たちは、ざっと立てたプラン通りに、手近の空いているプールへと移動をした。
ようやくだ。ようやくプールに入れる。
ワクワク感に浮き立つ足先で、プールサイドの階段を下りる。足首、ふくらはぎ、腿と徐々に浸されていく感覚と、少し低めの温水がめちゃくちゃ気持ちいい。堪らなくなった俺は一気にざぶ、と飛び込むと、すぐに振り返りヤマを手招いた。
「ヤマも早く来いよ!」
呼び掛ければ、簡易ロッカーにタオルを仕舞ったヤマが、水中で待ち焦がれている俺の元へとやってくる。足早に入水し、すい、と軽く泳ぐ表情は、俺と同じ気の抜けた顔だ。お互い、プールの気持ちよさには抗えないみてェだ。
それから俺たちは、室内プールを思う存分に楽しんだ。人の間を縫って追いかけっこをしたり、どっちが長く水中で息を止めていられるかや、バタ脚だけでどこまで泳げるかを競ったり。
デートといえるような色気はなかったが、楽しければそれだけでいいと思えるくらい、俺たちは思いつく限りの遊びを尽くし、ガキのようにはしゃぎあっていた。
一時間半くらい経って、そろそろウォータースライダーやビッグリバーにチャレンジしようかという話になった。本来スライダー系は別料金だが、今回の招待券には乗り放題パスが含まれているらしい。おかげで、入場ゲートはリストバンドをかざすだけですんなりと開いた。
そこからは予想通りの行列だ。ウォータースライダーもビッグリバーも両方大勢の人が並んでいて、仕方ないなと言いつつ列の最後尾へと着いた。
最初に選んだのは、ウォータースライダーだ。全長二百五十メートル超えなだけあって、出発地点は長い階段を登った上層にある。階段の列に着いた俺たちは、どっちが先に行くか、これが終わったらどこに行こうかなどを話し合いながらひたすら順番を待ち続けた。
そして待つ事約三十分。ようやく滑る番がやってきて、話し合いで決めた通り俺が先に滑り口へと進んだ。
「信号が青になったらスタートしてください。後ろが詰まりますので、止まらずに滑ってくださいね。あと、下に到着したらすぐにその場を離れてください。後から来た人とぶつかる危険性がありますので」
係員からの注意事項を聞きながら、斜め前方に取り付けられた信号とモニターを見る。俺の前に出発したカップルの片割れがモニター画面を横切ると、直後に信号は青に変わった。
「いってくるわ」
「いってらっしゃい」
今のやりとり、新婚みてェじゃね?
バカな妄想に浸りながらも、俺は上部のバーを利用して反動をつけると、飛び出すようにスタートした。
ツルツルとしたスライダーチューブの滑走面に斜度、水の流れが合わさって思いの外スピードが早い。長さだけじゃなく、速度も本格的だ。
どうせならとスライダー乗り場にあった説明書きに習い、『スピードが出る滑り方』を試してみようと背を倒す。すると接触面が増えた事でよりスピードを増し、俺の体はカーブで大きく振られながらもみるみる下へと進んでいった。
すげェ速ェ!すげェ楽しい!
長いはずのスライダーは俺のスピードに負け、あっという間に終わりを迎えた。速度の分だけ派手に水飛沫を散らしながら、俺は地上の屋外プールに放出される。
ザバァ、と水にぶつかる衝撃。その勢いを侮っていた俺は、鼻と口に入ったプールの水にむせ、ツンと痛む鼻の奥にうっすらと涙を浮かべた。首の後ろで括った髪も、もうグチャグチャだ。
よろよろと水をかき分けながら、少し離れた場所でヤマを待つ。半透明のスライダーチューブに滑り降りてくる人影が見えると、間を空けずに、ヤマが俺と同じように終着地点に辿り着いた。
「うわぁッ!」
衝撃に声を上げながら、上手く体勢を作れなかったヤマが不恰好に投げ出された。水飛沫、というより水柱が立ち、着水の失敗が目に見える。
「おいヤマ!大丈夫か!?」
慌てて近寄ると、もがいたヤマの手が俺の腕を掴んだ。それだけでも一瞬ドキッとしたのに、水中から顔を出したヤマは、ぷは、と大きく息を吸っては俺の方へと倒れ込んできた。
自然と胸元で抱き留める形になった俺は、一気に混乱し硬直する。
は??なんだこの状況???ヤマの生肌が、俺の身体にくっついてるんだが????
「あはは、失敗しちゃった」
ゴホゴホとむせながらも、ヤマは心底楽しそうに顔を綻ばせた。対して俺は、至近距離の笑顔と密着した肌の質感にやられ、引きつった笑みを返すのが精一杯だ。
「藤堂くんの髪も思いっきり崩れてるね。口に入っちゃってるよ」
動揺しているところに、さらに誘惑の手は伸びてくる。
濡れて張り付いた髪を直すためにと、ヤマの指先が俺の唇の端を撫でつけて。
「これで大丈夫」
なんて目を細められた日にゃ、我慢の限界を試されてるんじゃねーかと勘繰りたくなる。なんだこれ。どういう試練だよ。
「あー、悪ィな。髪、気づいてなかったわ。それよりさ、そろそろ少し休憩しねえ?ちょっと喉乾いてきたわ、俺」
欲に濡れた心を強引に無にし、血の涙を流す思いでヤマを引き離す。早口で捲し立てたのは不自然だったかもしれないが、今の俺にはブレイクタイムが必要なんだ。わかってくれ、ヤマ。
「そうだね。なんだかんだ二時間以上経ってるし、一回休憩しよっか」
タイム要求があっさりと受け入れられ、俺は内心ほっと胸を撫で下ろす。
正直、こうしたハプニングや接触をめっちゃ期待していたし、なんならよりすごい妄想だってしまくっていた。が、実際実現してみると、思った以上に俺のキャパに余裕はなく、情けないくらいいっぱいいっぱいになるのがわかってしまった。
これ以上何かあったら、本当に我慢の限界を迎えてしまうかもしれない。だがここで己の欲望に負けてしまったら、この先、ヤマにどんな目で見られるかわかったモンじゃねェ。
俺は、絶対にヤマに嫌われたくない。
カミナリのような緊張感に打たれた俺は、ヤマの背中を追いかけながら、ひっそりと理性を総動員し守備を固めるのだった。
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