灰色醜美のコントラスト
翌日。昨日に引き続き昼の約束をした俺たちは、昼休み開始のチャイムが鳴ると同時にクラスを抜け出した。待ち合わせ場所は同じく写真部の部室だ。俺が先に部室で待っていると、国都が今日もお弁当を手にやって来た。
昨日と同じ位置に座り、お弁当を広げる。今日はチキン南蛮に椎茸の肉詰め、青椒肉絲にコロッケがメインのようだ。相変わらずボリュームがすごい。
「いただきます」
「いただきます」
今日もまた国都の礼を真似、俺たちの昼休みは始まる。パキッと割られた割り箸はやっぱり不恰好なのが気になるが、本人に気にした様子はない。細かいことは気にしない性格なのだろうか。あと、意外と不器用なのかもしれない。
「国都ってさ、いつもお昼って誰と食べてるの」
ペンギンマークの紙袋からエビカツサンドを取り出しながら、俺は気になっていた質問を早速ぶつけた。国都はいつも誰かと一緒だと思っていたから、二日連続俺と食べるなんて思ってもいなかったのだ。
「そうだね、日によってまちまちだけど、部室で部員達と食べることが多いかな。食べ終わったらスコアブックを確認したり、試合前は他校の動画を見たり。空き時間は野球に使ってることが多いよ」
「休み時間まで野球漬けなのか……熱心なんだな」
「ミーティングの時間だけじゃ足りないことも多いからね。寮ではなるべく休めと言われているから、昼休みにやれることはやっておきたくて」
口を開けば野球野球。国都の練習ぶりを目の当たりにした今となってはさして意外でもないが、それでも過ぎたストイックさに驚嘆が湧く。
「国都は真面目だな」
「そうかい?眞城くんだって普段写真の勉強してるだろう?」
「うーん……まぁ、昼は確かに写真集とか参考書読んでることが多いかも」
「ほら。それと同じだよ」
同じと並べられたが俺からすると、入部当初から部を背負う立場である国都と今の自分は、決して同じ立場ではないと思う。片や名門強豪野球部を背負う期待の柱、片や一年途中から写真部をサボりっぱなしの幽霊部員だ。俺とは違って、国都の努力にはきっと、自分以外のためのものも沢山含まれている気がする。
「でも、俺のはほとんど趣味だから」
対して俺は、ただ自分のためだけに日々を過ごしているだけ。俺が背負うものは何もない。好きなものしか撮る気はないし、気が乗らなければ何もしない日だってある。毎日の練習といい、先輩たちの国都への評価といい、重ねている努力も背負っているものも、俺とは比べようもないのは明白だ。
なのに、国都はそんな俺に簡単に笑いかける。
「僕だってそうだよ。今は帝徳に入って部のみんなと甲子園優勝を目指しているけど、突き詰めれば僕はただ野球が好きなだけなんだ。子供の頃からずっとね」
「眞城くんもそうじゃないかい」と、再び同調を誘われる。
何年もコンクールの最優秀賞に拘ってはいるが、好きでやっているという前提は確かに一緒だ。写真集を見るのも参考書を読み漁るのも、勉強しているというより好きでやっていると言った方が正しい。
国都は、自分もそうなのだと言う。責任感や義務ではなく、好きだからやっているのだと。
「でも今はもう、好きだからとばかりも言っていられないけどね」
そこまで俺を並び立てたのに、突然国都は一歩引き下がった。箸の動きに鈍りが見える。明るかった表情と呟いた言葉には柔い翳りが差していて、気がついた俺は食べる手を緩く止める。
「先輩たちと野球が出来るのは、この夏が最後だから。今のメンバーで陽盟への借りを返せるのも、甲子園優勝を目指すのだって、今年が最後のチャンスなんだ」
キッパリとした口調は、けれどどこか脆かった。伏せられたまつ毛の揺れは、まるで何かを耐えているようだ。俺は初めて見る国都の姿に、憂いが波立つのを感じる。
引退。知っていたはずのその現実を突きつけられ、ふと昨日出会った野球部の先輩たちの顔が浮かぶ。俺からするとたった一言交わし合ったくらいの関係だが、国都は違う。一年の頃から、レギュラーとしてずっと一緒にやって来た仲間だ。思い入れ深いのは想像に難くない。
三年が部を辞めたところですぐに学校からいなくなるわけではないが、いつも部で会っていたはずの存在が居なくなるというのは、きっと大きな喪失感があるだろう。
「僕は、先輩たちと一日でも多く野球がしたいんだ。そのためには勝たなきゃいけない。勝って勝って、勝ち進んで、最高の勝利を先輩たちに贈りたいんだ」
「……良い後輩だな、国都は」
「眞城くんにだって部の先輩はいるだろう?引退すると考えると、僕みたいな気持ちにならないかい?」
「うちの先輩、友永部長一人しかいないんだよ。卒業まで入り浸るって前から宣言してるから引退って感じはしないだろうし、それに、俺がそもそも写真部で真面目に活動してないから」
「え?そうなのかい?それはどうしてーー」
「さーなーぎー。今の聞こえたぞ」
国都の言葉が、闖入者の来訪によって遮られた。ノックもなく扉を開け現れたのは、この部屋の主とも言える、今し方噂の的になっていた人物だ。
「友永部長!」
「なんだよ。お前、オレがここに居座っちゃ迷惑だとでも言いたいのか?」
「そういうんじゃないですよ。ただ、野球部は夏が終わったら三年が引退だって話になったんで」
ふーん、と鼻を鳴らしながら、部長が俺たちの机までやってくる。そこで国都の姿を認めると、部長は急に先輩らしい顔つきをして軽く礼をする。
「食事中にいきなり邪魔してごめんね。オレ、写真部部長の友永秀っていうんだ」
「初めまして。国都英一郎といいます」
「キミのことはよく知ってるよ。国都くん有名だし、オレ、陽ノ本と同じクラスだから。国都くんの話はよく聞くんだよ」
知らなかった。友永部長、陽ノ本先輩と同じクラスだったのか。初めて知る情報に、国都と俺は揃って「そうなんですね」と相槌をうつ。
「眞城が昨日から野球部にお邪魔してるんだよね。ちゃんとやってる?」
俺をチラ見しながら、いかにも先輩でございという質問を国都に投げかける。俺は微妙な居づらさを覚えながらも、二人の会話から遠ざかるためサンドイッチに齧り付く。
「もちろんですよ。とても一生懸命写真を撮っています」
「へぇ〜、意外」
「部長」
聞いておいて意外とはなんだ。
黙っていようと思ったのに、思わず口が出てしまう。だが、そんな軽い牽制では友永部長の語りは止まらなかった。元々喋りたがりな人なのもあり、話し出すと絶対長くなる。そして、それは大概俺にとって楽しい話題にはならないのが困ったところだ。
「眞城は去年の夏から写真部に顔出さなくなってさ。今年は文化祭だけでも参加しろってしつこく連絡して、ようやく顔出したくらいなんだ。だから、仕方なく適当に撮っておしまいってなるのかと思ってたんだよ」
「そんな、眞城くんはとても真剣ですよ。僕に声をかけて来た時も、それがすごく伝わりましたし」
「それなんだよ、それ。そもそも眞城が人を撮りたいって言い出したのがビックリなんだよ。眞城って頑なに風景しか撮らないヤツでさ。ウチの部に入って撮ったのも、コンクールに出してるのも、一度だけ見せてもらった過去の写真も、全部風景」
「そうなんですか」
「去年の夏、部の企画で『街に暮らす人々』ってテーマで写真撮りに行ったんだけどさ。街中で解散して、指定された時間までに一枚以上写真を撮るってのやったんだけど、眞城はその時ーー」
「友永部長ッ!」
明け透けに語られる俺の過去に、思わず強く釘を刺す。さすがの部長も、俺の声の強さに咎められたのだろう。止まることのなかった滑らかな口は、今ようやく閉ざされた。
「俺の話はもういいですから。用があるなら早く済ませてください」
俺の口調に潜んだ棘を感じたのか、友永部長がやや気まずげに頭を掻く。
「あー、すっかり忘れてた。テキストテキストっと」
それでも悪びれた様子はあまりなく、机の端に置かれていた忘れ物を手に取ると、サッと軽く身を翻す。
「国都くん、お昼邪魔してごめんな」
「いえ、こちらこそ部室を使わせていただいていますので」
「全然かまわないよ。汚いとこだけど好きに使って。あと、眞城のことよろしく」
「はい」
去り際にそんな会話を残して、部長は去っていった。後に残った俺たちは、急に降りた静けさに惑いながらも、ゆっくりと食べる手を戻し始める。
「……ごめん、騒がしい部長で」
「いや、そんなことないよ」
好き放題話して出ていった部長の代わりに詫びれば、国都は即座に首を振る。
俺たちはそのまま、黙々と食べる速度を早めた。何となくギクシャクしているのは、間違いなく俺が部長の話を遮ったからだろう。自分でも声を荒げ過ぎたと反省している。あれじゃあ、雰囲気が悪くなるのも当然だ。
「さっきの話、僕が聞いたらまずかったのかな」
国都がポツリと切り出し、やっぱり気にしていたかと得心する。
「別に、大した話じゃないよ。ただ、俺が指定されたテーマの写真を撮れなかったってだけ」
「街に暮らす人々、って言ってたね」
国都は追求を止めない。俺は適当なあしらいを模索してみるが、しかしすぐに思い止まった。国都が話の続きを望んでいるのは、軽い好奇心などではなく、おそらく俺への強い関心から来るものだ。そのまっすぐな気持ちに、嘘はつけなかった。
「……俺、人物撮るの、昔から好きじゃないんだ」
何故、とは聞かれなかった。聞かれても、さすがにそこまで答えるつもりもなかった。
「部に入ったものの、やることを決められるのも、集団で活動するのも苦手でさ。だからそのテーマの写真が撮れなかったことがキッカケで、部に行かなくなったんだ」
俺の説明に、「そうだったんだね」と国都が小さく噛み締める。結論、ただ部活動が気に入らなかったという理由でのサボりなのに、国都は表情を曇らせ深刻に受け止めている。
「幻滅したろ。全然真面目にやってなくて」
「そんなことないよ」
軽い調子で笑い話に変えようとしてみたが、慣れない試みは失敗に終わった。国都は真剣だ。ぶれることなく、真っ直ぐ過ぎるほどに俺を見据えている。
「僕は今までの眞城くんのことをほとんど知らないけど……キミに見せてもらった写真を見れば、キミがどれだけ写真を愛していて、真剣に取り組んできたのかがわかるよ」
「愛してって……そんな大げさな」
「本当だよ。だから、そんな風に卑下する必要はないよ」
その一言で、ただの自分のわがままが。
ーーー遠い過去の自分が、許された気がして。
思わず、胸が熱くなった。
「…………ありがとう」
自然と溢れた感謝に、国都が微笑んだ。その笑顔に、俺の涙腺が刺激されそうになる。
「時間だいぶ無くなっちゃったな。早く食べようか」
誤魔化すように話を戻せば、国都がうん、と乗じた。わだかまりを消化した俺たちは、残った昼食も消化してしまおうと、再び食べる手を早めていく。
そこからは、昨日のように他愛のない話ばかりをした。学校行事の話、教師の話、野球部にはどんな人たちがいるのか。
実のない話は、ひたすら心地が良かった。
その心地良さに、気づけば俺たちは、何の憂いもなく笑い合っていた。
昨日と同じ位置に座り、お弁当を広げる。今日はチキン南蛮に椎茸の肉詰め、青椒肉絲にコロッケがメインのようだ。相変わらずボリュームがすごい。
「いただきます」
「いただきます」
今日もまた国都の礼を真似、俺たちの昼休みは始まる。パキッと割られた割り箸はやっぱり不恰好なのが気になるが、本人に気にした様子はない。細かいことは気にしない性格なのだろうか。あと、意外と不器用なのかもしれない。
「国都ってさ、いつもお昼って誰と食べてるの」
ペンギンマークの紙袋からエビカツサンドを取り出しながら、俺は気になっていた質問を早速ぶつけた。国都はいつも誰かと一緒だと思っていたから、二日連続俺と食べるなんて思ってもいなかったのだ。
「そうだね、日によってまちまちだけど、部室で部員達と食べることが多いかな。食べ終わったらスコアブックを確認したり、試合前は他校の動画を見たり。空き時間は野球に使ってることが多いよ」
「休み時間まで野球漬けなのか……熱心なんだな」
「ミーティングの時間だけじゃ足りないことも多いからね。寮ではなるべく休めと言われているから、昼休みにやれることはやっておきたくて」
口を開けば野球野球。国都の練習ぶりを目の当たりにした今となってはさして意外でもないが、それでも過ぎたストイックさに驚嘆が湧く。
「国都は真面目だな」
「そうかい?眞城くんだって普段写真の勉強してるだろう?」
「うーん……まぁ、昼は確かに写真集とか参考書読んでることが多いかも」
「ほら。それと同じだよ」
同じと並べられたが俺からすると、入部当初から部を背負う立場である国都と今の自分は、決して同じ立場ではないと思う。片や名門強豪野球部を背負う期待の柱、片や一年途中から写真部をサボりっぱなしの幽霊部員だ。俺とは違って、国都の努力にはきっと、自分以外のためのものも沢山含まれている気がする。
「でも、俺のはほとんど趣味だから」
対して俺は、ただ自分のためだけに日々を過ごしているだけ。俺が背負うものは何もない。好きなものしか撮る気はないし、気が乗らなければ何もしない日だってある。毎日の練習といい、先輩たちの国都への評価といい、重ねている努力も背負っているものも、俺とは比べようもないのは明白だ。
なのに、国都はそんな俺に簡単に笑いかける。
「僕だってそうだよ。今は帝徳に入って部のみんなと甲子園優勝を目指しているけど、突き詰めれば僕はただ野球が好きなだけなんだ。子供の頃からずっとね」
「眞城くんもそうじゃないかい」と、再び同調を誘われる。
何年もコンクールの最優秀賞に拘ってはいるが、好きでやっているという前提は確かに一緒だ。写真集を見るのも参考書を読み漁るのも、勉強しているというより好きでやっていると言った方が正しい。
国都は、自分もそうなのだと言う。責任感や義務ではなく、好きだからやっているのだと。
「でも今はもう、好きだからとばかりも言っていられないけどね」
そこまで俺を並び立てたのに、突然国都は一歩引き下がった。箸の動きに鈍りが見える。明るかった表情と呟いた言葉には柔い翳りが差していて、気がついた俺は食べる手を緩く止める。
「先輩たちと野球が出来るのは、この夏が最後だから。今のメンバーで陽盟への借りを返せるのも、甲子園優勝を目指すのだって、今年が最後のチャンスなんだ」
キッパリとした口調は、けれどどこか脆かった。伏せられたまつ毛の揺れは、まるで何かを耐えているようだ。俺は初めて見る国都の姿に、憂いが波立つのを感じる。
引退。知っていたはずのその現実を突きつけられ、ふと昨日出会った野球部の先輩たちの顔が浮かぶ。俺からするとたった一言交わし合ったくらいの関係だが、国都は違う。一年の頃から、レギュラーとしてずっと一緒にやって来た仲間だ。思い入れ深いのは想像に難くない。
三年が部を辞めたところですぐに学校からいなくなるわけではないが、いつも部で会っていたはずの存在が居なくなるというのは、きっと大きな喪失感があるだろう。
「僕は、先輩たちと一日でも多く野球がしたいんだ。そのためには勝たなきゃいけない。勝って勝って、勝ち進んで、最高の勝利を先輩たちに贈りたいんだ」
「……良い後輩だな、国都は」
「眞城くんにだって部の先輩はいるだろう?引退すると考えると、僕みたいな気持ちにならないかい?」
「うちの先輩、友永部長一人しかいないんだよ。卒業まで入り浸るって前から宣言してるから引退って感じはしないだろうし、それに、俺がそもそも写真部で真面目に活動してないから」
「え?そうなのかい?それはどうしてーー」
「さーなーぎー。今の聞こえたぞ」
国都の言葉が、闖入者の来訪によって遮られた。ノックもなく扉を開け現れたのは、この部屋の主とも言える、今し方噂の的になっていた人物だ。
「友永部長!」
「なんだよ。お前、オレがここに居座っちゃ迷惑だとでも言いたいのか?」
「そういうんじゃないですよ。ただ、野球部は夏が終わったら三年が引退だって話になったんで」
ふーん、と鼻を鳴らしながら、部長が俺たちの机までやってくる。そこで国都の姿を認めると、部長は急に先輩らしい顔つきをして軽く礼をする。
「食事中にいきなり邪魔してごめんね。オレ、写真部部長の友永秀っていうんだ」
「初めまして。国都英一郎といいます」
「キミのことはよく知ってるよ。国都くん有名だし、オレ、陽ノ本と同じクラスだから。国都くんの話はよく聞くんだよ」
知らなかった。友永部長、陽ノ本先輩と同じクラスだったのか。初めて知る情報に、国都と俺は揃って「そうなんですね」と相槌をうつ。
「眞城が昨日から野球部にお邪魔してるんだよね。ちゃんとやってる?」
俺をチラ見しながら、いかにも先輩でございという質問を国都に投げかける。俺は微妙な居づらさを覚えながらも、二人の会話から遠ざかるためサンドイッチに齧り付く。
「もちろんですよ。とても一生懸命写真を撮っています」
「へぇ〜、意外」
「部長」
聞いておいて意外とはなんだ。
黙っていようと思ったのに、思わず口が出てしまう。だが、そんな軽い牽制では友永部長の語りは止まらなかった。元々喋りたがりな人なのもあり、話し出すと絶対長くなる。そして、それは大概俺にとって楽しい話題にはならないのが困ったところだ。
「眞城は去年の夏から写真部に顔出さなくなってさ。今年は文化祭だけでも参加しろってしつこく連絡して、ようやく顔出したくらいなんだ。だから、仕方なく適当に撮っておしまいってなるのかと思ってたんだよ」
「そんな、眞城くんはとても真剣ですよ。僕に声をかけて来た時も、それがすごく伝わりましたし」
「それなんだよ、それ。そもそも眞城が人を撮りたいって言い出したのがビックリなんだよ。眞城って頑なに風景しか撮らないヤツでさ。ウチの部に入って撮ったのも、コンクールに出してるのも、一度だけ見せてもらった過去の写真も、全部風景」
「そうなんですか」
「去年の夏、部の企画で『街に暮らす人々』ってテーマで写真撮りに行ったんだけどさ。街中で解散して、指定された時間までに一枚以上写真を撮るってのやったんだけど、眞城はその時ーー」
「友永部長ッ!」
明け透けに語られる俺の過去に、思わず強く釘を刺す。さすがの部長も、俺の声の強さに咎められたのだろう。止まることのなかった滑らかな口は、今ようやく閉ざされた。
「俺の話はもういいですから。用があるなら早く済ませてください」
俺の口調に潜んだ棘を感じたのか、友永部長がやや気まずげに頭を掻く。
「あー、すっかり忘れてた。テキストテキストっと」
それでも悪びれた様子はあまりなく、机の端に置かれていた忘れ物を手に取ると、サッと軽く身を翻す。
「国都くん、お昼邪魔してごめんな」
「いえ、こちらこそ部室を使わせていただいていますので」
「全然かまわないよ。汚いとこだけど好きに使って。あと、眞城のことよろしく」
「はい」
去り際にそんな会話を残して、部長は去っていった。後に残った俺たちは、急に降りた静けさに惑いながらも、ゆっくりと食べる手を戻し始める。
「……ごめん、騒がしい部長で」
「いや、そんなことないよ」
好き放題話して出ていった部長の代わりに詫びれば、国都は即座に首を振る。
俺たちはそのまま、黙々と食べる速度を早めた。何となくギクシャクしているのは、間違いなく俺が部長の話を遮ったからだろう。自分でも声を荒げ過ぎたと反省している。あれじゃあ、雰囲気が悪くなるのも当然だ。
「さっきの話、僕が聞いたらまずかったのかな」
国都がポツリと切り出し、やっぱり気にしていたかと得心する。
「別に、大した話じゃないよ。ただ、俺が指定されたテーマの写真を撮れなかったってだけ」
「街に暮らす人々、って言ってたね」
国都は追求を止めない。俺は適当なあしらいを模索してみるが、しかしすぐに思い止まった。国都が話の続きを望んでいるのは、軽い好奇心などではなく、おそらく俺への強い関心から来るものだ。そのまっすぐな気持ちに、嘘はつけなかった。
「……俺、人物撮るの、昔から好きじゃないんだ」
何故、とは聞かれなかった。聞かれても、さすがにそこまで答えるつもりもなかった。
「部に入ったものの、やることを決められるのも、集団で活動するのも苦手でさ。だからそのテーマの写真が撮れなかったことがキッカケで、部に行かなくなったんだ」
俺の説明に、「そうだったんだね」と国都が小さく噛み締める。結論、ただ部活動が気に入らなかったという理由でのサボりなのに、国都は表情を曇らせ深刻に受け止めている。
「幻滅したろ。全然真面目にやってなくて」
「そんなことないよ」
軽い調子で笑い話に変えようとしてみたが、慣れない試みは失敗に終わった。国都は真剣だ。ぶれることなく、真っ直ぐ過ぎるほどに俺を見据えている。
「僕は今までの眞城くんのことをほとんど知らないけど……キミに見せてもらった写真を見れば、キミがどれだけ写真を愛していて、真剣に取り組んできたのかがわかるよ」
「愛してって……そんな大げさな」
「本当だよ。だから、そんな風に卑下する必要はないよ」
その一言で、ただの自分のわがままが。
ーーー遠い過去の自分が、許された気がして。
思わず、胸が熱くなった。
「…………ありがとう」
自然と溢れた感謝に、国都が微笑んだ。その笑顔に、俺の涙腺が刺激されそうになる。
「時間だいぶ無くなっちゃったな。早く食べようか」
誤魔化すように話を戻せば、国都がうん、と乗じた。わだかまりを消化した俺たちは、残った昼食も消化してしまおうと、再び食べる手を早めていく。
そこからは、昨日のように他愛のない話ばかりをした。学校行事の話、教師の話、野球部にはどんな人たちがいるのか。
実のない話は、ひたすら心地が良かった。
その心地良さに、気づけば俺たちは、何の憂いもなく笑い合っていた。