美しき世界に愛を込めて

 七月も半ばに差し掛かった頃、ついに帝徳の地方大会初戦が始まった。
 帝徳高校野球部は順調にトーナメントを勝ち進み、三回戦からは全校応援も始まった。去年は休んでいたため初めて球場に訪れたが、照りつける日差しの中での観戦はなかなかに辛いものがある。だが、遮るもののないフィールドで戦う国都たちはもっと暑いはずだ。炎天に焼かれる中、試合に集中する大変さを想像すると、それだけでも
高校球児の忍耐に感心してしまう。
 俺はカメラを握り、ファインダー越しに彼らを応援する。名門の名に恥じない実力を存分に発揮し、危なげなく快勝していく晴れ姿を撮りながら、俺は密かな嬉しさと誇らしさを噛み締めていた。
 あれだけ大変な練習を乗り越えてきたんだ。帝徳が負けるわけない。
 野球も詳しくない、他校の強さも知らない俺はそう信じ込み、一足飛びで甲子園で活躍する姿を想像した。
 先輩たちのために、ひとつでも多く勝ちたい。そう言った国都の願いは当たり前に叶えられるものだと、無邪気に思い込んでいた。

 そんな中、勝ち進んだ先に、西東京地方大会準決勝は迫ってきた。

 明日行われる準決勝の相手は、国都がかつて負けたというバッテリーが所属する、都立小手指高校だった。聞けば新設したばかりの部だというのに、去年帝徳をギリギリまで苦しめたらしい。
 辛勝したとはいえ、他の学校とはレベルが違う。クラスや校内では、そんな風に小手指を警戒する風聞でざわついていた。

「明日の相手、強いんだって?」
 試合前日の昼休みに、俺は何気なく尋ねてみる。去年の戦いを振り返っているのだろうか。国都は眉を曇らせると、静かに「うん」と頷く。
「小手指は都立の新設部だから、練習設備も環境も、帝徳とは比べものにならないほど劣っている。部員だって、去年はギリギリの寄せ集めだった。だけどーー小手指には、清峰くんと要くんがいる」
「……前に国都が負けたって言ってた?」
「そう。宝谷シニアの天才バッテリー。シニア野球をやっている者で、彼らの名を知らない者はいなかった」
「そんな凄い選手なのか」
「戦った時、天才の名は飾りじゃなく実力だったと思い知ったよ。でも、彼らの凄さは才能だけじゃない。誰よりも研鑽し、驕ることなく全力で相手を捩じ伏せていく。見えないはずの努力が見えてしまうほどに、彼らは野球に並々ならぬ覚悟を持っていた」
 相手を絶賛する国都は、どこか陶酔しているようにも見えた。いつの世も、天才は宝石だ。常人には辿り着けない領域に立つ者は高嶺で燦然と輝き、常人をそのカリスマ性で惹きつける。
「……国都がそこまで言うなんて、よっぽどなんだな」
「そうだね。だけど、僕たちは彼らに勝った。苦しい戦いにはなるだろうけど、今年もきっと勝ってみせるよ」
 言葉よりも弱気な国都の表情に、俺は二の句を失う。
 何か、俺に出来ることはないだろうか。
 そんな思いが生まれるが、野球をろくに知らない俺には言えることも出来ることもありはしない。
「あの、さ」
 それでも何かをしたかった。俺は俺の出来ることの中から、励ませる方法を必死で考える。
「明日、準決勝終わったら……試合の写真、一緒に見ないか?」
 でも結局、俺には写真しかなくて。何の励みにもならないだろう提案をして、俺はすぐに後悔をした。だが、口に出した以上後には引けない。
「その、ほら。全力で戦わなきゃ勝てない相手なんだろ?きっとみんな今まで以上に良い顔で試合するだろうからさ。祝勝会ってわけじゃないけど、撮った写真を国都に見てもらいたいなって思って」
「……眞城くんの写真を、二人で?」
「あ、でも試合終わっても忙しいよな!疲れてるだろうし、やっぱ今のはなしでーー」
「いや、大丈夫だよ。一緒に見よう。是非見せて欲しい」
 無謀な誘いを撤回しようとするが、翻し際に食い付かれる。無理に引き受けたのではと窺うが、国都は前のめりだ。本当に楽しみにしてくれているのだろう。
「じゃあ……試合終わったら学校に戻って、教室で待ってるよ。多分誰もいないだろうし」
「わかった。すぐには行けないから待たせてしまうと思うけど、待っててくれるかい」
「のんびり待ってるよ。だから、時間は気にしなくていいよ」
「……ありがとう。必ず行くよ」
 大切なものを掴むように、国都の両手が握りしめられる。俺は憂いの消えた国都の表情に成果を得て、胸をほっと撫で下ろした。
 昼休みの終わりの時間が近づく。終了のチャイムが鳴る前に俺たちは席を立ち、教室へと戻ることにする。
 ふたり並んで。
 明日の勝利を信じながら。
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