美しき世界に愛を込めて
迎えた文化祭当日は、大変なお祭り騒ぎになった。
毎年特に賑わうことのない文化部展示会場は、朝から押し寄せた野球部員たちでひしめき、驚くほどの盛況ぶりを見せた。
みんなが何千枚もあるモザイクピースに注目し、自分や仲間を、思い出を探す。その表情はとても楽しく嬉しそうで、ああだこうだと言いながら盛り上がり続けていた。
そうした賑わいが人を呼び込んだのだろう。一般客も何があるのかと興味を引かれ、展示会場に多くの足を運んでくれた。見られることにやはり緊張はあったが、部員の父母親族を含め、野球部に関係のない客からも好評を博し、俺はほっと胸を撫で下ろした。
文芸部、美術部、書道部。会場に共同展示された作品は共にたくさんの目に触れることになり、場にいた他の部の面々も照れくさそうに笑っていた。
夕方近くになると、岩崎監督とコーチが来てくれた。俺の作品を眺める傍で作品の意図や趣旨を解説すると、惜しみない賛辞と感謝をいただけた。
監督は、長い時間写真を見続けていた。写真の数は監督の誇りの数だ。瞳は深い感慨に滲み、ほんの少しだけ潤んでいるようにも見えた。
期待に応えられて良かった。満ち足りた思いに重責は消え、俺はまたひとつ、達成の手応えを得た。
友永部長はというと、絶えない人足に終始感無量の様子だった。部での最後の仕事を最高の形で締めくくれた安堵と喜びに、お喋り好きな口はいつにも増して絶好調だ。俺も面倒な絡まれ方をしたが、今日ばかりは仕方ない。大目に見て笑って許しておいた。
先生は仕事の都合で来れなくなってしまったが、それでもたった一日でたくさんの人が作品を見てくれた。
一日目は大盛況のうちに幕を閉じた。会場を閉めた瞬間、写真部全員が晴々とした顔で労い合い、俺は初めてそこで部の一員になれた気がした。
一日の終わりはやってくる。
暮夜に更けた会場は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。その宵のしじまの中、俺はひとり黙々と掃除をしている。
文化祭はもう一日ある。明日来てくれる人のためにどうしても何かがしたくて、自ら勝手に居残り始めたことだった。
ほうきで履いて、ゴミを集めて捨て、作品を微調整して。隅から隅まで念入りに整え、俺は額に滲んだ汗を拭う。
一頻り清掃を終え、ピカピカの会場に満足した俺は、最後に一度だけ自分の作品を見つめ直した。
一枚一枚に込められた、贅沢な感情。ずっと奥底に閉じこめられていた想いが、長く渇望していた解放に旅立ち自由を謳歌している。
この作品は、俺にとってそんな特別な作品だ。
ふと、疲労の波が寄せる。一日中人と話していたせいかさすがに疲れてしまったようだ。今日は帰ったら、明日に備えてゆっくり休もう。
帰り支度を整えカバンとカメラバッグを手に取る。すると、背後から扉が開く音が聞こえた。
「史哉くん、お疲れ様」
「あれ、国都?寮に帰ったんじゃなかったのか?」
「史哉くんを探しに来たんだ。友永先輩から、まだ残ってるって聞いたから」
「そっか。でも探してたって、なんか用でもあったのか?」
「部員のみんなが、改めてキミにお礼を言いたいって話しをしていたんだ。もしまだ時間があるなら、少しだけ寮に寄って行かないかって誘おうと思って」
「みんなが、俺に?」
「うん。陽ノ本先輩たちもゆっくり会いたがっていたよ。昼間は時間がなかったから、史哉くんにちゃんと感想を伝えたいって」
「そこまで……言ってくれてるんだ」
じんわりとした温かさが広がる。さっきまで感じていた疲労感がどこかに吹き飛んでいく。
「どうかな。僕も、君に是非来て欲しいと思っているんだけど」
国都の笑顔の向こう側に、たくさんの人の笑顔が見えた。
陽ノ本先輩、飛高先輩、千石さん、小里先輩、久我先輩、益村先輩、乗富。関わった部員みんなに、岩崎監督やコーチ。
行き止まりに立ち尽くしていた俺が、振り返り見つけた国都英一郎という交差点。
その道へと踏み出してみれば、彼が導く道先には、たくさんのかけがえのない出逢いがあった。
道は、新たな世界に続いている。
愛しくも美しき、素晴らしい世界へと。
「行こう、史哉くん」
俺は歩いて行く。
国都が待つ道の先を、共に歩いていくために。
差し出された、国都の大きな手。
比べると小さな俺の手を、そっと伸ばして重ねる。
重なった手が、しっかりと握られる。
ーー触れた手の熱さは、次に訪れるだろう、新しい夏の暑さを予感させていた。
毎年特に賑わうことのない文化部展示会場は、朝から押し寄せた野球部員たちでひしめき、驚くほどの盛況ぶりを見せた。
みんなが何千枚もあるモザイクピースに注目し、自分や仲間を、思い出を探す。その表情はとても楽しく嬉しそうで、ああだこうだと言いながら盛り上がり続けていた。
そうした賑わいが人を呼び込んだのだろう。一般客も何があるのかと興味を引かれ、展示会場に多くの足を運んでくれた。見られることにやはり緊張はあったが、部員の父母親族を含め、野球部に関係のない客からも好評を博し、俺はほっと胸を撫で下ろした。
文芸部、美術部、書道部。会場に共同展示された作品は共にたくさんの目に触れることになり、場にいた他の部の面々も照れくさそうに笑っていた。
夕方近くになると、岩崎監督とコーチが来てくれた。俺の作品を眺める傍で作品の意図や趣旨を解説すると、惜しみない賛辞と感謝をいただけた。
監督は、長い時間写真を見続けていた。写真の数は監督の誇りの数だ。瞳は深い感慨に滲み、ほんの少しだけ潤んでいるようにも見えた。
期待に応えられて良かった。満ち足りた思いに重責は消え、俺はまたひとつ、達成の手応えを得た。
友永部長はというと、絶えない人足に終始感無量の様子だった。部での最後の仕事を最高の形で締めくくれた安堵と喜びに、お喋り好きな口はいつにも増して絶好調だ。俺も面倒な絡まれ方をしたが、今日ばかりは仕方ない。大目に見て笑って許しておいた。
先生は仕事の都合で来れなくなってしまったが、それでもたった一日でたくさんの人が作品を見てくれた。
一日目は大盛況のうちに幕を閉じた。会場を閉めた瞬間、写真部全員が晴々とした顔で労い合い、俺は初めてそこで部の一員になれた気がした。
一日の終わりはやってくる。
暮夜に更けた会場は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。その宵のしじまの中、俺はひとり黙々と掃除をしている。
文化祭はもう一日ある。明日来てくれる人のためにどうしても何かがしたくて、自ら勝手に居残り始めたことだった。
ほうきで履いて、ゴミを集めて捨て、作品を微調整して。隅から隅まで念入りに整え、俺は額に滲んだ汗を拭う。
一頻り清掃を終え、ピカピカの会場に満足した俺は、最後に一度だけ自分の作品を見つめ直した。
一枚一枚に込められた、贅沢な感情。ずっと奥底に閉じこめられていた想いが、長く渇望していた解放に旅立ち自由を謳歌している。
この作品は、俺にとってそんな特別な作品だ。
ふと、疲労の波が寄せる。一日中人と話していたせいかさすがに疲れてしまったようだ。今日は帰ったら、明日に備えてゆっくり休もう。
帰り支度を整えカバンとカメラバッグを手に取る。すると、背後から扉が開く音が聞こえた。
「史哉くん、お疲れ様」
「あれ、国都?寮に帰ったんじゃなかったのか?」
「史哉くんを探しに来たんだ。友永先輩から、まだ残ってるって聞いたから」
「そっか。でも探してたって、なんか用でもあったのか?」
「部員のみんなが、改めてキミにお礼を言いたいって話しをしていたんだ。もしまだ時間があるなら、少しだけ寮に寄って行かないかって誘おうと思って」
「みんなが、俺に?」
「うん。陽ノ本先輩たちもゆっくり会いたがっていたよ。昼間は時間がなかったから、史哉くんにちゃんと感想を伝えたいって」
「そこまで……言ってくれてるんだ」
じんわりとした温かさが広がる。さっきまで感じていた疲労感がどこかに吹き飛んでいく。
「どうかな。僕も、君に是非来て欲しいと思っているんだけど」
国都の笑顔の向こう側に、たくさんの人の笑顔が見えた。
陽ノ本先輩、飛高先輩、千石さん、小里先輩、久我先輩、益村先輩、乗富。関わった部員みんなに、岩崎監督やコーチ。
行き止まりに立ち尽くしていた俺が、振り返り見つけた国都英一郎という交差点。
その道へと踏み出してみれば、彼が導く道先には、たくさんのかけがえのない出逢いがあった。
道は、新たな世界に続いている。
愛しくも美しき、素晴らしい世界へと。
「行こう、史哉くん」
俺は歩いて行く。
国都が待つ道の先を、共に歩いていくために。
差し出された、国都の大きな手。
比べると小さな俺の手を、そっと伸ばして重ねる。
重なった手が、しっかりと握られる。
ーー触れた手の熱さは、次に訪れるだろう、新しい夏の暑さを予感させていた。