灰色醜美のコントラスト

 意味不明な数式の羅列を乗り越え、眠たい古語の壁を乗り越え、待ちかねた放課後はやってきた。今日はお互い掃除当番が当たっているから、国都とは別々で野球部に合流することになっている。
 俺の班の割り当ては廊下と階段の掃除だ。ほうきとちりとりを手に、俺は班のメンバーより先に掃除を始める。
 階段の掃除はなかなかに面倒だ。一段一段ほうきでゴミを下に落としていって、踊り場でちりとりを使って集めて、その後拭き掃除までしなければいけない。人が通るたびに手を止めざるを得ないし、思うように進められないのがまたもどかしい。
 早く写真が撮りたいがため、俺は可能な限り早く終わらせようとするが、他の班のメンバーはそうならない。誰もにやる気はなく、ダラダラと動くせいで進みは遅かった。
 ろくに掃除用具も持たず、キャッキャと班の男子が戯れ合う。俺はそれを無視しつつも、内心イライラとしながら乱暴にゴミを掃いた。
「眞城くんお疲れ様。僕たちの掃除は終わったから、先に行って待ってるよ」
 丁度そこに掃除を終えた国都が通りがかった。部へ向かう途中にわざわざ俺に声を掛けるなんてやっぱり律儀だ。でも、それが俺の心の刺々しさを少し和らげる。
「俺も終わったらすぐ行くよ」
「うん。じゃあお先に」
 一言二言交わして、すぐに国都は去っていった。俺は早く追いかけたくて、改めて急ごうと奮起する。するとさっきまでふざけていた男子を含め、班のメンバー全員が押し黙り、俺を奇異の目で凝視しているのに気がついた。そのうち、女子の目には明らかな嫉妬も含まれている。
 なんだ、この空気。
「なんで国都くんが眞城に話しかけんの」
「しかもなんか随分親しげじゃね」
「眞城って国都と仲良かったっけ」
 出た、またこの質問だ。みんなどれだけ国都のこと気になってるんだよ。
 昨日から散々ぶつけられてきたこの問いに、いちいち真っ向から否定するのも面倒になった俺は、たった一言の答えに変えることにした。
「割と」
 ぶっきらぼうにそれだけ答えると、全員からへぇ、という半信半疑が揃った。それ以上特に深く聞かれることはない。俺への関心はなく、結局は国都への軽い興味だけなのだから。
 ただし女子の俺を見る目は少し変わったようだった。それまで影の薄い存在だった俺が、国都に取り入るための有用な存在にランクアップしたのだろうか。それまで歯牙にもかけていなかったくせに、急にチラチラと俺を窺うようになった。
 俺は何もかも気にせず掃除に集中した。人の手はあてにすまいと意気込んだが、それまでやる気のなかった班のメンバーが、国都が通りがかった後は人が変わったように掃除をし始めて驚いた。
 その様子を見て、俺は内心舌を巻く。
 国都英一郎の影響力、恐るべし、と。
 


 掃除を終え野球部にやって来ると、俺はすぐさま撮影の準備に取り掛かった。グラウンドでは今日も下級生を中心に練習の準備を進めている。そこには上級生と思しき部員も居て、指導をしながら一緒に準備をしている姿もある。
 カメラバッグからカメラを取り出し、首に掛けたところで丁度着替えが終わった国都がやって来る。手には何やらプリント用紙と腕章を手にしているようだ。
「眞城くん。これ、昨日用意するって言ってた部のスケジュール。あと、この関係者の腕章はマネージャーから。撮影で訪れる時にはわかるように付けておいてって渡されたよ」
「わざわざありがとう。助かるよ」
 早速腕章をつけ、俺は手渡されたスケジュールに軽く目を通してみる。七月の下旬に開催される夏の地方大会まで約一ヶ月。その間、日毎にいろいろな練習メニューや試合が組まれていて、予定は詰まりに詰まっていた。
「休む暇ほとんどないんだな……」
「大事な時期だからね。でも、休みがゼロなわけではないよ」
「いや、無いに等しいじゃん」
 所々に『朝練なし』、『練習時間切り上げ』などの小休止はあるが、丸一日休みなんてものは見当たらない。唯一、大会前日だけは練習メニューがなく、『各自調整のみ』とだけ書かれている。実質休むとしたら、ここだけになるのだろうか。
「毎年こんななのか?名門って、やっぱ力の入れようが違うんだな」
「日々の練習は上達するために一番大事なものだからね。ウチの練習は時間も質も、他の学校に引けを取らないどころか、群を抜いていると思うよ」
 他の環境は知らないが、これだけの施設と時間と人を使ってやっていることだ。きっと国都の言う通りなんだろう。
 国都はとても誇らしげだ。自分の今いる環境にそこまで思えるなんて、なんだか羨ましい気がする。
「眞城くんはこの後すぐ写真を撮るんだよね。僕は今日バッティングから始まるんだけど、先に行ってるかい?」
「それなんだけど、相談があるんだ」
 切り返して一呼吸。今朝から考えていた計画を、俺は思い切って口にする。
「俺、今日は撮る練習に集中したくてさ。国都には悪いんだけど、自分で撮る練習を選んでいいかな」
「ーーそれって」
「国都の写真を撮りたいことに変わりはないんだけど、今のままじゃ野球の動作も、せっかくの表情も何一つ上手く撮れないから。まずは比較的激しくない、単調な動きをちゃんと撮れるようにチャレンジしてみようかなと思って」
「というと、トレーニングルームかな」
「まさにそれを考えてた。筋トレの動きは決まってるし、スピードも大体一定だろ?表情も動きも捉えやすいだろうから、今日はまず室内練習場で撮ってみようかなと思って」
 意図が通じたので説明を加えておく。そして、俺は了承を得るため、最後に確認を取る。
「勝手にうろつくことになっちゃうけど、いいかな」
 初日である昨日は、なんだかんだ俺の側に国都が付き添ってくれることが多かった。忙しいはずなのに、部のことや練習内容、部員のことについてなど、イチから事細かに教えてくれた。
 しかしとてもありがたかった反面、やはり邪魔してしまっているという思いは拭いきれなかった。もちろん本音を言えば、側にいてくれた方が何かと助かるし心強い。だけど、俺は出来るだけ国都の手を煩わせたくなかった。国都の口から引退する先輩への想いと、夏への意気込みを聞いた後なら尚更だ。
「みんなにはもう周知されてるから大丈夫だよ。眞城くんの気が済むまで好きに撮ってきて」
 了承を下すと、国都はすぐに助言までくれる。
「開始の集合が終わったら、トレーニングルームにはバッテリーチームが行くはずだから、陽ノ本さんや飛高さん、益村さんに乗富も行くはずだよ。きっと歓迎してくれると思うよ」
 昨日顔を合わせた面々の名が上がり、俺の緊張が少し解ける。知らない部員に急に撮らせてくれと頼むのはハードルが高かったから、ひとつ荷が降りた気分だ。
「ありがとう!先に行って準備しておくよ。また後で国都のことも撮らせてもらうと思うからよろしく」
「うん、待ってるよ。いってらっしゃい」
 にこやかに送り出され、俺はカメラバッグを手に移動しようとする。
「眞城くん!」
「ん?」
 室内練習場に向け、さぁ行こうかと踏み出した時。背後から声がかけられ、俺は国都を振り返った。
「撮影、頑張って」
 手向けられたのは、たったひとつの応援の言葉だった。ありふれたその言葉には不思議と重さがあって、含蓄に満ちている気がした。
 何が込められているのかはよくわからない。だけど、単純に応援されることは嬉しかった。
「うん。頑張ってくる」
 肩の力を抜いて答えれば、自然と表情が緩んだ気がした。それがどんな顔なのかは自分ではわからないけれど、瞳を細めた国都の顔に、俺は、初めて上手く笑えた気がした。

 

「あれ?眞城くん?」
「陽ノ本先輩。お邪魔してます」
 トレーニングルームで待つこと十数分。開始の集合が終わったのか、続々と部員たちが室内へとやって来た。一団の先頭は陽ノ本先輩だ。俺を見つけた瞬間、驚きに目を丸くしている。
「どうしたの?国都は今日バッティング練習からじゃなかったっけ」
「今日は一日写真の練習に集中したくて、国都とは別に動くことにしたんです。それで、筋トレをする動きなら比較的撮りやすいかなと思ってここに来ました。もし良かったら、撮らせてもらってもいいですか」
 丁寧に説明して許しを乞えば、一も二もなく陽ノ本先輩は微笑む。
「もちろん構わないよ!益村も乗富もいいよね?」
「俺は構わないが」
「史哉くん、オイを撮ってくるっとか!?」
 陽ノ本先輩の後ろから、益村先輩と乗富がひょこりと顔を覗かせた。乗富が俺を下の名前呼びしているのに少し驚いたが、二人がすぐに快諾してくれたおかげで、撮影許可をもらうというハードルは簡単に超えられた。こんな時陽ノ本先輩が居てくれるのは本当にありがたい。話しやすくてすごくやりやすい。
 ほっと一安心し、じゃあ、と進めかけたところで、陽ノ本先輩の影からもう一人の声が聞こえた。
「当と益村と乗富を撮るんだ……そうだよな、俺なんか眞城に忘れ去られてるもんな。ゴミみたいな俺の存在を、眞城がわざわざ脳細胞使って覚えてるはずないもんな」
 呪詛めいた声は、飛高先輩のものだ。陽ノ本先輩の後ろからぬらりと姿を表した顔は、すでにおかしな顔に崩れている。
「ひ、飛高先輩!いや、そんなことないです。ちゃんと覚えてますよ」
「そう……でも、俺の写真は撮らないよね。俺を写しても容量の無駄だし、電子のクズになるだけだもんな」
「翔太、そんなことないって。ほら、眞城くん困ってるよ」
 どこまでも下降線を辿りそうなネガティブに、陽ノ本先輩がブレーキをかけてくれる。やっぱりクセの強い人だ。俺は機嫌を損ねないよう、恐る恐る言葉を返す。
「あの、よかったら飛高先輩のことも撮らせてください。もちろん、先輩が嫌なら無理にとは言いませんけど」
「嫌っていうか……むしろ眞城が嫌なのではとか……でも俺は嬉しいっていうか」
「最初から素直にそう言えばいいのに。ごめんね眞城くん。翔太、こう見えてめちゃくちゃ嬉しいんだよ」
 都度通訳して執りなしてくれるのがありがたい。飛高先輩相手だと、陽ノ本先輩がいないとまともに会話することさえ難しそうだ。
「……まだ練習してる途中なので上手くは撮れないかもしれませんが、よければ協力いただけると嬉しいです。国都のこと、最高にカッコよく撮るためにも」
 昨日託された言葉を反唱すれば、飛高先輩の顔つきが元に戻った。口元に笑みを浮かべた表情はさっきまでと百八十度変わって穏やかだ。改めて見ると、丸めの輪郭のせいだろうか。ガタイのいいひとつ年上の先輩だというのに、どこか幼く見えて愛らしささえある気がした。
「話はまとまったね。じゃあそろそろ俺たちはトレーニング始めるね。眞城くんは好きに撮ってていいから」
「はい!」
 陽ノ本先輩が先陣を切ると、トレーニングルームに来ていた投手と捕手の部員たちは各々マシンを選びトレーニングを始める。
 人で溢れたトレーニングルーム内に、ガショ、ガショと、あちこちからマシンを動かす音が聞こえてくる。俺はぐるりと見回して、まずは何から撮ろうかと選定する。
 そうして、まずはレッグプレスを行う益村先輩へと狙いを定めた。
「益村先輩、失礼します」
 一言だけ断りを入れて、カメラを構える。先輩は一瞬だけの視線と、「ああ」という短い返事だけをくれる。
 レッグプレス。詳しい部位の名称まではわからないが、腿やふくらはぎ辺りを鍛えるマシンだろう。捕手はずっと座り続けているし、足腰の筋肉は特に重要なのかもしれない。
 益村先輩は淡々と、一定のリズムで両足を前に押し付ける。その度、重そうな錘が上下する。俺はカメラを構えると、構図を考えながら被写体との距離を測る。
 昨日から今日までの経験と学習で、動きを取ることそのものはシャッタースピード調節と連続シャッターで何とかなる兆しが見えた。が、構図に関してはイマイチしっくり来ていない。
 日の丸構図、三角構図、三分割構図。基本的な構図をベースにし、アングルやポジションを決める。まずは全景。トレーニングの動きを撮るためにシャッターストロークを浅くする。昨日は動きの速さに焦ってしまってまともにフォーカスロックさえ出来なかったから、これくらいの動きの速さだと良い練習になる。
 フレーミングを決めたら、短めの連写で撮る。そして、今度は表情中心の接写構図に変えてズームを調節する。近くで撮られるというのは気が散るかなと思いきや、益村先輩はトレーニングに集中しているようだ。レンズ越しの表情に、それが伝わってくる。
 トレーニングの動作の中でも、僅かに表情は変わる。やはり足を前に出す瞬間は負荷があるため、顔にも少し力の入りが伝わる。俺は一連の流れの変化を逃さぬよう、何度か単独シャッターを切る。
 そうして撮ったものを確認してみれば、今までで一番の出来といえる成果が撮れていた。まだまだ改良の余地はあるが、人に見せられるレベルの出来栄えになったことが嬉しかった。
「撮れたのか?」
 俺がデータを確認し終えたところで、益村先輩が声をかけてくれた。目線を上げると、トレーニングの足を緩めることなく俺に視線をくれている。少し満足しているのが見透かされているのか、益村先輩の表情は優しげだ。
「はい。昨日は散々でしたけど、今のは一番の出来でした」
「そうか。しかし、地味な俺が地味な筋トレしてるところなんて絵にならないだろ」
「なりますよ。見た目の派手さや華やかさだけが写真の良さになるわけじゃないですから。益村先輩が真剣に取り組んでいる姿は、十分良い写真になります」
 自信を持って答えれば、益村先輩は少し照れた様子で「そんなものか」、と呟いた。
 手応えを得た俺は、益村先輩に礼を残し早速次の撮影に移った。次は誰を撮ろう。考えながらぐるりと室内を見回すと、猛烈な視線がこちらに向いているのに気がついた。
 その発信源は、ベンチプレスを行っている乗富だ。仰向けの姿勢にも関わらず、めちゃくちゃこっちを見ている。
「えっと……撮らせてもらっていいかな」
「もちろんよかと!いっぱい撮ってよかばい、カッコよう映してくんさい!」
 視線の圧に負け控えめに申し出れば、待ってましたとばかりに乗富が食いついてくる。
 俺よりも低い身長のせいか、ベンチ台からぶらつく足はやや短い。子供らしささえ感じるその姿は、けれどパワフルだ。目にも重たい錘がついたバーベルを物ともせず、乗富は気合い十分に上下させる。
「フンッ!フンッ!」
 大袈裟な動きと勢いを口にしながら、チラチラとこちらを見てくる。よほどカメラに写りたいのか、さっきからアピールがすごい。
「いつも通りにしてくれていいよ。その方がカッコ良く撮れるから」
 忠告すれば、意気揚々とした乗富の動きが落ち着いた。相変わらずこちらを気にしているのは変わらないが、そこはさて置き俺はカメラを構える。
 さっきと同じように、全景と表情中心のふたパターンを撮影する。一度コツを掴めば後は気が楽だ。閃きに任せてシャッターを切れば、さっきよりもさらに良い出来栄えになった気がする。
「ありがとう。良い感じに撮れたよ」
「ほんなこつ?そりゃあ嬉かね!早う見たかね〜〜!」
 今すぐにでもという前のめりさだが、さすがにトレーニング中に手を止めさせるわけにはいかない。俺は後で見せる約束をすると、また次の撮影に移る。
 次は陽ノ本先輩と飛高先輩のところだ。二人は胸を鍛える機械(チェストプレスというらしい)に並んでいた。
「あ、眞城くん。俺たちのところにも来てくれたんだ」
 お邪魔すると、トレーニング中の陽ノ本先輩がいち早く気づいてくれた。一方隣の飛高先輩は、トレーニングに集中しているようだ。うっすらと汗を滲ませた横顔は、今まで見たことのない真剣さだ。
「練習やトレーニングになると顔つきが違うでしょ。翔太って、うちの部で一番練習熱心なんだよ」
 自分のことのように誇る陽ノ本先輩に、昨日感じた二人の仲の良さを再度感じる。同じ投手同士、エースの奪い合いにもなりそうな間柄に思えるが、二人の間には競い落とそうというライバル感はない。最初に野球部に抱いていた、熾烈な競争のイメージがこの二人には全くないのだ。
 一方の飛高先輩は、見たこともない表情で黙々とトレーニングをしていた。太めの眉をキリリと上げ、単調なはずのプレスを一度毎集中して行っている姿は、ネガティブな発言を繰り返していた彼と同一人物とは思えない。そのあまりの雰囲気の変わりように、卓抜したオーラすら感じられる。
 飛高先輩がエースだと言う話が、途端に信憑性を帯びてきた。陽ノ本先輩の言う通り、今この中で一番熱心に練習をしているのは間違いなく飛高先輩だ。
 俺は興味が湧き、飛高先輩へとカメラを構えた。一瞬だけ瞳が動いたが、こちらを気にする様子はなく、またすぐにトレーニングへ集中する。俺はその絶好の姿をカメラに収めていく。
 フレーム越しに改めて見た飛高先輩の身体は見事に鍛え上げられていて、その完成度に驚いた。
 伸ばした背筋の美しさ、練習着越しにもわかる足の筋肉量、プレスをする両腕、躍動する胸の筋肉。高校生離れした体格に、この三年間どれだけ野球に打ち込んできたのかが一目でわかる。
 俺は飛高先輩の積み重ねたものを想像しながら、今ここにいる彼を撮る。すると俺の気持ちがこもった分、写真はまた違った出来栄えになった。撮り方を大きく変えたわけではないので、違いは感覚的なものだ。だが、浮かべていた理想に一番近づいた一枚になったと胸を張れる。
 気概を得た俺は、今度は陽ノ本先輩へとレンズを向けた。見比べてみると、当然だが身体の作りは全然違う。身長、骨格、筋肉の付き方。生まれ持ったものも成長の仕方もそれぞれ違う。人の身体の作りというものに興味を持って注目をしたことがなかったから、それだけで目から鱗が落ちる。
 俺は陽ノ本先輩自身の質と、これまでの歩みを想像してシャッターを切った。単なるトレーニング中であっても彼の表情は明るい。天性の明るさ、人を惹きつける雰囲気、今日に至るまでに育まれたもの。目には見えないはずのものを感じ写し撮ろうと、最も相応しい表現を求めて知識と技術を結集する。そうして写した一枚は、これもまた抜群に手応えを感じられる出来となった。
 撮れば撮るほど上がる出来とモチベーションに高揚し、俺はその後、名も知らない部員達にも撮らせてもらおうと働きかけることにした。自分から知らない人に声をかけるというのは勇気が必要だったが、陽ノ本先輩の仲介もあり、まずは同じ二年の高木という投手に声をかけた。俺が撮りたいと申し出れば、彼は表情を嬉しそうに崩しながら了承してくれた。
 その後の俺は彼を始め、室内のほとんどの選手を撮り切った。トレーニング終了の時間が来て協力してくれた全員に礼をすれば、陽ノ本先輩がまたも俺に声をかけてくれる。
「ね、今日の写真上手く撮れてたら、後で俺に送ってくれない?連絡先交換しようよ」
「えッ!お、俺とですか?」
「オイも欲しか!史哉くん、オイとも交換しようや〜〜」
 陽ノ本先輩に乗って、乗富も連絡先交換をしようと誘ってくる。思いもよらない展開にあわあわしていると、「俺も欲しい」と控えめに申し出る選手が後に続き、俺はどうしたらいいのかと狼狽する。
「みんなに個別に送るのは眞城くんも大変だろうから、俺が代表して受け取ってみんなに送るよ」
 「それでいいよね?」と陽ノ本先輩に話をまとめられ、俺はこくこくと頷いた。その場で陽ノ本先輩と粘る乗富にだけ連絡先を書いて渡し、写真のデータを後で送ることを約束する。そんなやり取りを挟めば、いつの間にか陽ノ本先輩たちだけではなく、俺を余所者のように見ていた面識のない選手たちまでもが場を見守っていた。
 その空気の温かさは、前までの俺が知らなかったものだ。これも、先生の言う『違う世界』のひとつなのかもしれない。
 避けに避けてきた人との関わり合いが、写真と国都を発端に、徐々に大きく広がっていく。
 身を置いた違う世界は、すごくくすぐったい。だけど胸の奥は、触れたことのない温かさで満たされていた。
3/5ページ
スキ