タキモル♀

「君、今日が誕生日か! いやーめでたいねぇ! お祝いとして肉体改造実験なんてどうだい?」
「あ、ありがとうタキオン。というか私の誕生日よく知ってたね。あと実験は遠慮します」
「なに、君のデータは身長体重、生年月日に家族構成、傷病歴、小中の卒業アルバムの内容まですべて把握済みさ。私のモルモットなのだからね。何ならスリーサイズも言えるが?」
「怖っ……やめてください」
 シニア級某月某日。
 私はタキオンと出会ってから三年目を迎え、今年も誕生日が巡ってきた。
 そういえば、ジュニア期とクラシック期の頃は誕生日なんて祝う余裕なかったな……去年も一昨年も忙しくて、すっかり誕生日なんて忘れていた。思い出してみると、私とタキオンの信頼関係がだいぶ進んだことを感じる。
「ということで、ハッピーバースデー、モルモット君! 君に相応しいプレゼントを用意したよ!」
 バレンタインのときのような不思議な発明品を渡されると思いきや、タキオンが取り出したのはかの高級ブランドの紙袋だ。
「私が言うのも何だが、君、大人の女性としてもう少し着飾ることを覚えてもいいと思ってね」
「開けてもいい?」
「勿論」
 私は渡された紙袋から中身を取り出す。入っていたのは小さく細長い箱。さらに箱から取り出してみると、それは女性に人気な赤色のリップだった。
「タキオンにも、まともな感性あったんだ……」
「君なぁ、私を一体何だと思ってるんだ」
「少なくともかなり普通じゃないよね」
「返せ」
「ごめんなさいごめんなさいありがとうございます!!」
 彼女が私のことを考えて、私に似合う色を選んでくれたんだなと思うと、とても嬉しい。
 私は、プレゼントのリップを試しに指で取り、唇に載せてみた。ポケットに入れていた鏡で確認する。
 うん、私の肌色に似合う赤色だ。
「ふぅン……悪くないね」
「感想それだけ?」
「まぁ、似合ってるんじゃないか」
 言葉の割に、タキオンは満足げな顔をしていた。
「それにしても、学生の女の子にデパコスのリップ貰うの結構びっくりだな……タキオンが私より印税とかで稼いでるのは知ってるけど……」
「私の誕生日も君は祝ってくれただろ? これでイーブンというやつさ」
「もしかしてこのプレゼントも実験?」
「無論だとも。君の感情の動きはいいサンプルだからね」



 ――それ以来、私はその赤いリップを毎日付けている。
 他でもないタキオンが、私をモルモット兼助手というだけでなく一人の成人女性として見てくれていて、リップをくれたことが嬉しいのだ。それに、愛しい担当ウマ娘からのプレゼントだ。嬉しくないわけがない。
 彼女のレースを応援するときも、彼女が無事一着になってウイニングライブのセンターで踊るのを見るときも、乙名史さんの取材を受けるときも同じリップ。毎日付けているから、リップは少しずつ短くなって行った。

 そんな、ある春の日のことだ。
 私とタキオンは、「中央トレセン学園設立1xx周年記念パーティー」に招待された。結構なウマ娘とそのトレーナー、さらにスポンサーが集まる、理事長主催のパーティーらしい。タキオンは「たくさんのサンプルが取れそうだ」と出席を承諾したので、私も「悪目立ちする真似はやめてね」と共に出席することにした。
 当日。私達は別の衣装室とメイク室に通された。控え室も、今回は別らしい。
 普段飾り気のないスーツで人前に出ていた私は、スタイリストさんに春らしい桜色のドレスを着せられ、普段適当に下の方で縛っている髪も、ヘアメイクさんによって綺麗に結い上げられる。
「メイクは、桜色のドレスに似合うピンクで統一してみました。いかがですか?」
「わぁ、可愛い……」
 いつもはタキオンに貰った赤いリップを使っているが、今日はお休みだ。ヘアメイクさんに可愛らしい桜ピンクのリップを付けてもらい、普段とは全然違う若々しくて甘いメイクになった。
 うん。なかなか可愛い。パーティーの開始時刻までまだ余裕があるし、せっかくだから一番最初はタキオンに見てもらおう。「可愛い」「似合う」って真っ直ぐな言葉で褒めてくれることはないだろうけど、せめて驚いてくれるだろうか。私はうきうきとした心地で、彼女の控え室に足を運んだ。

「ねぇタキオン! 見て見て〜メイクさんにしてもらったんだ〜! 可愛い? 見違えた?」
 ……ところが。私の顔を見たタキオンは、眉間にシワを寄せて、あからさまに不機嫌そうな顔をした。
「いや、君にその色は似合わないね!」
 一刀両断。私のメイク、そんなに気にいらないのだろうか? 一体どこが? さすがにちょっと傷付いて、私の眉間にもシワができる。
「なんでよー! 可愛いでしょ!? 桜みたいなピンクも似合うでしょ!?」
「いいや、似合わない!」
「どうして! せめて理由教えてよ!……むっ!」
 次の瞬間、タキオンはハンカチーフで私の唇を強引に塞いだ。ごしごしと唇を拭かれる。そんなに強く擦られると、せっかくメイクさんのリップなのに落ちてしまう。文句を言おうにも、ハンカチーフで口を抑えられて喋れない。
「君のことは私が一番見ている。君に似合う色だって、私が一番知っているに決まっているだろう」
「むぐ……ふむっ」
 ハンカチーフが外れる。タキオンが次に取り出したのは、私が持っているのと同じ赤いリップだった。
 リップの蓋を外し、中身を繰り出し、彼女は指で赤色を取って私の唇に塗った。その顔は、研究の最中のような、走っているときのような真剣さで、少し笑ってしまう。
「動くな。はみ出すだろ」
「ふふっ、だって……」
「何を笑ってるんだい。どうせチンケな独占欲だって言いたいんだろう」
 また、眉間にシワ。私は手を伸ばして、ファンデーションが取れすぎないように気を付けつつそのシワを伸ばした。唇から、指が離れる。
「違うよ。嬉しいの。タキオンったら、かわいいなーって思って」
「……フン」
「このリップ、よく見たらタキオンの目の色と同じだね。そういうこと考えて選んでくれたの?」
「違う! ただカウンターで店員に勧められたまま選んだだけだよ」
 タキオンは腕を組んで顔を逸らして、また不機嫌そうな素振りだ。けれど、膨らんだ頬はチークだけじゃない赤みを帯びていて、尻尾は嬉しそうにふりふりしている。私の担当ウマ娘は、結構照れ屋さんで分かりやすい。
「タキオンのドレスとリップ、目の色と同じ赤でよく似合ってて綺麗だよ。これ、私にくれたのと同じリップだよね」
「君はたまに腹立つくらい目ざといな」
「これでも貴方と三年以上の付き合いだからね〜自分の担当ウマ娘の細かな変化くらい、分かりますよ。いつものウイニングライブのときの、ピンクリップとは違うことくらい」
 なぜ、タキオンは私と同じリップを持っていたんだろう。なぜ、私と同じリップを塗っているんだろう。そう考えると、だんだん自惚れてきてしまった。彼女は、私が思っている以上に私のことが大好きみたいだ。
 私は、彼女の華奢な肩を取ってこちらに顔を合わせさせた。その頬は、やっぱりほのかに赤い。
「ねぇ、タキオン」
「今度はなんだい、トレーナー君」
「大好きだよ」
 返答は、言葉の前に行動で返される。
 ちゅっ、という音を立てて、唇と唇が離れて。私の目の前には、私にしか見せない微笑みを浮かべている、真紅の似合う愛らしい淑女がいた。
「私もだよ。大好きさ」

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