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Hope Estheim



またこの季節が来てしまった。
正直言って億劫。いつの時代でもこのイベントは苦手だ、と人類再誕評議会の本部内でそわそわと落ち着かない研究員達を横目にホープは人知れずため息をついた。
AF400年に目覚めた時はその文化が未だ健在だったことに驚き、AF500年で再び目覚めてからも廃れることなく恒例行事としてこれまで同様の盛り上がりを見せているのだからバレンタインは強い。もはや数百年の歴史がある伝統文化だ。

「ホープさん、あの。これ」

ーー本日何度目かの"あの、これ"を聞いて、今から何を手渡されるのかが分かってしまう。
はい?と小さく返事をし、ギギギと音がしそうな程にぎこちなく振り返ると、案の定目に入ってきたのは綺麗にラッピングされているチョコレートだった。
女性研究員は頬を染めながら、いつもお世話になっているので、と続ける。
これが明らかな本命チョコであればはっきりと断れるのだが、感謝を告げられると受け取らないわけにもいかない。このパターンが一番困るのだ。
"ありがとうございます"とそのチョコを受け取ると、彼女は嬉しそうに顔を綻ばせた。その反応に少なからず罪悪感を覚える。
本命は受け取らないと知っているからこそ違う形で渡したのだろうが、義理にしてはあまりに気持ちが表れ過ぎている。
その想いに気付かぬ振りをして口では礼を言い心の中で謝罪をする心地の悪さを何度味わったことだろう。


しかし、バレンタイン地獄に陥ってる人物はホープだけではなかった。






「限界。吐きそう」

ホープの同居人の一人であるノエルが帰宅して早々黙々と食べ続けていたチョコレート。
それが全体の三分の一まで減ったところで、ノエルはついに音を上げた。
リビングのソファに雪崩れるようにして倒れ込むと、ホープは苦笑交じりに水を渡す。

「見てるこっちまで胸焼けしそうです」

ノエルはよろよろと起き上がり、その水を一気に飲み干した。

「チョコレート、だっけ?朝からやたら配られたんだけど、何」
「バレンタインデーですよ。好きな人や恋人にチョコレートを渡す行事です」

「初耳。くれるって言うから貰ったけど、まずかったか?」

「今は感謝チョコなんかもあるみたいなので一概には言えませんが、本命を受け取ると少しややこしいというか......厄介なことにはなると思います」

「経験者は語る?」

「ノエル君......」

揶揄わないで下さいと苦笑すると、ホープも大変だなと苦笑を返される。
二人分合わせて残り数十箱。とりあえず日持ちがするのは後にして、生チョコ系を優先して食べていこう。
そしてスノウが帰ってきたらスノウにも消化を手伝ってもらおう。なんて考えるが、それにしても物凄い量だ。
テーブルの上に積み上げられたチョコレートの山を前にノエルと共に頭を抱えていると、丁度いいタイミングでもう一人の同居人、スノウが帰ってきた。

「ただいまーーって、何だよこれ」

「バレンタイン、だってさ」

たった今ホープから聞いて知った行事のことをノエルが口にすると、そういえばそんな時期だったか、とスノウは興味なさげに頭を掻いた。
本部であれだけ女性研究員達が騒めいていたというのに今の今まで気づかなかったとは。しかし、考えてみれば無理もない。
スノウは朝からシ界の魔物討伐に出向いていたのだ。今日は魔物とくらいしか顔を合わせていないだろう。

「お前らも大変だな」

他人事のように言うが、スノウに想い人がいるということは評議会内でも周知の事実だ。
その存在が周りに知れ渡っていなければスノウにもチョコレート地獄が待ち構えていたに違いなかった。

「スノウ」

「ん?」

コートを脱ぎ、ソファで寛ぎ始めたスノウの口の中にホープは不意打ちでチョコレートを放り込んだ。
もごもごと口を動かし、チョコレートが喉を通ったところで、もうひとつ口の中に放り込む。

「まだまだ沢山あるから遠慮はしなくていい」

つまり、どんどん食べてくれていい。むしろ食べてくれ。という圧力だ。

「ったく、しょうがねえな......手伝えばいいんだろ?手伝えば」

「助かるよ」

スノウはやれやれと呆れつつ、テーブルの上に積まれた未開封のチョコレートに手を伸ばす。
バレンタインという日に恋人と過ごすでもなく男三人でひたすらチョコレートをつまむこの光景は誰が見ても異様な光景だ。

しかも我慢大会でもしてるのかというくらい渋い表情で。


「アダマンタイマイの肉が恋しくなるな」

「そういえば、大好物なんですよね......今となっては絶滅危惧種ですが」

ホープやスノウにとってはグラン=パルスで苦戦を強いられた生物故にノエルのように食べたいとは間違っても思わないが、確かにこうもチョコレートのオンパレードだと塩辛いものが食べたくなる。

「......」
「......」

ホープとノエルが無言でスノウを見ると、二人が何を訴えているのか理解したスノウは再びやれやれとため息をつき、ソファから立ち上がった。

「分かってるって。何か作ればいいんだろ?」

「料理はスノウが一番上手いですから」

「同感」

「都合のいい時だけ煽てんな」


スノウがキッチンに立ち、軽く用意したという一品は芋をスライスして揚げたもの。塩味が効いててなかなかの絶品だ。
甘味に飽きてきたタイミングで口にしたから余計にそう思うのかもしれないが、それはどの高級チョコよりも美味しく感じた。



*混沌組のバレンタインデー
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