前世で蟲柱だった私は五条家に買われた
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その日、五条は夢を見た。
真っ暗な森のような場所だろうか……いや、これは山の中だ。
月明かりだけが夜を照らす。普通の人間ならこんなに暗くては何も見えないだろう。
だが生まれ持った六眼のお陰で、五条ははっきりと夜の暗闇でもその光景を見ることができた。
真っ暗な夜の山の中で、2人の人間が何やら会話をしているようだ。
だが何を話しているのかまでは聞こえない。
一人はよく知っている自分の幼なじみであり婚約者であるしのぶだ。
そしてもう一人は知らない男だった。
感情の読みとれない無表情な顔で、しのぶと話している。
しのぶはいつものように笑顔で、だけど自分が知っているしのぶよりも少し大人っぽい。
――ああ、これは夢だな。
唐突に五条はそう理解した。
声を発そうとしても声は出せず、指一つすら動かすことができない。
まるで画面越しに映画を見ているかのように、自分はただ目の前の2人の会話を眺めていることしかできない。
それでも妙にリアルだと感じる。夢は本来ならもっとぼんやりとしたものだ。
目が覚めたらその内容を忘れてしまうくらいのぼんやりとしたもの。
なのに自分が今見ているものは、本当に目の前にあるかのようにリアルなものだ。
山から漂う異臭。草や風のざわめく音。自分はただそこに立っているだけで何もできないのに、感覚だけは妙にリアルに感じ取れたのだ。
それにしのぶも何故か見慣れない格好をしている。
蝶のような真っ白な羽織と黒い隊服のような服。
もう一人の男は模様の違う羽織を半々で繋ぎ合わせたような独創的な羽織を身につけていた。
突然の夢の始まりに頭が少しぼうっとしていた五条は、ここに来てやっと自分の状況が理解できてきた。
――そうか。これはしのぶの過去だ。
僕が見た。前世のしのぶの過去……
思い出した。そうだ。この光景はあの過去の追憶の中で見たものだ。
そう頭が理解した途端、まったく聞こえていなかったしのぶたちの会話が、急にはっきりと聞き取れるようになった。
「人も鬼もみんな仲良くすればいいのに……そう思いませんか?富岡さん。」
「有り得ないことだ。鬼が人を襲う限り。」
「あらあら。」
しのぶは人の良さそうな柔らかな笑顔を富岡に向ける。
けれど五条はもう知っている。その笑顔が作りものであることを。
表情は笑っていても、目は全く笑っていない。その言葉は決して本心ではない。
「冨岡さんは夢がないですね。」
「事実を述べているだけだ。」
「うふふ、冨岡さんも少しは笑えばいいのに……そんなのだからみんなから嫌われるんですよ?」
「俺は嫌われていない。それとつつくのをやめてくれないか?」
しのぶは先程からやたらと富岡の背を指でツンツンと突っついてはちょっかいをかけていた。
それに怒る富岡ではないが、気になるらしい。
「あらあらごめんなさい。だって冨岡さん、全然こっち見てくれないんですもの。」
「今は先を急いでいる。」
「まあまあ、見てください。今夜は月が綺麗ですよ。」
しのぶが柔らかな笑顔で月を見上げてそう呟けば、富岡の足が一瞬止める。
しかし表情は無表情のまま、眉が微かにひくりと動いただけであった。
「……行くぞ。」
「あらあら、冨岡さんはせっかちですね。」
先を歩き出す冨岡に小さくため息をついて、しのぶもゆっくりとついて行く。
たったそれだけ会話。なのに、二人の間に微妙な違和感を感じ、そして五条はその意味がわかってしまった。
二人の間に漂った微妙な空気。それはまるで相思相愛なのに、互いに想いを言い出せないかのような……
「――冨岡さんは、本当に鈍いですね。」
意識が途切れる寸前、しのぶがそう寂しげに小さく呟いたのを、五条は聞いてしまった。
(――そうか、しのぶはあの男のことが……)
嫌おうにも彼女の気持ちに気付いてしまった。
五条の中で嫌な感情が湧き上がる。
ゆっくりと意識が浮上していく中で、五条は自分の独占欲が騒ぐのを感じていた。
***
小鳥のさえずる鳴き声と、窓から差し込む陽の光に朝がやって来たのだとわかる。
五条は静かに目を覚ますと、ざわつく心と苛立ちにぐっと眉をひそめた。
「……最悪。」
そう、最悪の目覚めである。
何が悲しくて愛する婚約者の昔好きだった男を知らないといけないのか。
目の前で見たくもない光景を見せられて、五条な酷く不機嫌だった。
***
しのぶは困惑していた。
五条が何故か朝から不機嫌だったのには気づいていたが、朝食を食べ終わった途端、彼はしのぶの部屋に押し入り、しのぶを背後から抱きしめるような形でベッドに座り込むと、そのまま部屋に居座り続けたのである。
かれこれ二時間以上ずっとこの体勢のまま、身動きが取れずにいるしのぶは困り果てていた。
どうしたのかと尋ねても、五条は何故か拗ねており、無言を貫いて何も話してくれないのだ。
このままでは今日1日ずっとこんな調子でいられそうだと感じたしのぶは、小さくため息をつくと五条の手を軽く叩いて力を緩めるように合図した。
けれど五条は力を緩めるどころか、しのぶの肩に顔をうずめてより一層強く抱き締めてきたのである。
「ちょっ!……本当にどうしたんですか?」
しのぶは少しだけイラッとしたが、なんだかいつもの悪ノリではなく、本気で拗ねている気がして、心配そうに尋ねた。
「……ねぇ、しのぶ。」
「はい。」
「しのぶはあの男が好きなの?」
「……はい?誰の話をしているんですか?」
「……冨岡義勇。」
「冨岡さん?なぜ急に彼の名前が出てくるんです?とりあえず、ちゃんと話をしたいので離してくれませんか?」
「やだ。」
「もう!悟くん!」
しのぶが少しイラつきながら五条の名を呼べば、五条はぼそぼそと何やら呟いていた。
「だって、しのぶはあいつが好きだし……僕がいるのに……僕が……」
「何言ってるのか全然わかりませんが?」
「……っ、わーん!しのぶは僕と結婚するんだからね!」
「急にどうしたんですか!?」
ぶつぶつと小さく何かを呟いていたかと思えば、突然号泣しながら泣き出す五条に、情緒不安定だなと思いながらも、しのぶはよしよしと彼の頭を優しく撫でながら、小さい子をあやすように甘やかしてやることにした。
しのぶの胸に顔をうずめて泣き続ける五条を、いつもなら冷たく突き放しているところだが、今は状況が分からずに困惑しながらひたすらあやしてやることしかできない。
そしてようやくポツリポツリと状況を話し出した五条に、しのぶは盛大に呆れるのだった。
「――つまり、昔の私の過去の夢を見て、私と冨岡さんの関係に嫉妬したと?」
「……要約するとそうかな?」
「……呆れました。何があったのかと思えばそんなことですか。」
「そんなことって何!?僕、すっごく傷ついたんだけど!?」
「私と冨岡さんは恋仲ではありませんし、あの頃の私に恋愛なんてしてる余裕がなかったことは、悟くんが一番知っているでしょう?」
「でも、しのぶはあいつが好きだったんでしょ?」
「……」
「ほらやっぱり!黙ってるってことはそうなんでしょ!?」
ビシッと人差し指を突きつけて、わーわーと騒ぎ立てる五条に、面倒くさいことになったなぁと心の中でそっとため息をつく。
あの頃、確かにどこか淡い恋心のようなものはあったかもしれない。
でも、そんな気持ちはあの頃の自分には邪魔でしかなかったのだ。
それが分かって欲しくて、しのぶは五条を落ち着けるように、自分から五条の大きな体をぎゅっと抱きしめた。
しのぶから抱きついてくるという珍しい行動に、五条は目を丸くして静かになった。
五条が静かになったのを確認して、しのぶは身を引くとじっと五条の目を見つめた。
サングラス越しから見る五条の美しい目は不安で揺れていた。
「……悟くん。不安にならないでください。私が好きなのは悟くんです。何度も言っているでしょう?」
「でも……」
「確かに私は、冨岡さんに憧れに近い感情があったと思います。でも私は、それに気づいていても、想いを伝える気なんてなかったですよ。」
「それは……姉の仇をとるためでしょ?」
「もちろん。あの頃の私にとって、自分の幸せなんてどうでも良かったんです。ただ、姉の仇さえとれれば、自分の命なんてどうでもよかった……
それによって、私の家族や仲間が悲しんだとしても、私は止まる気は全くありませんでした。酷い女でしょ?」
そう言って苦笑するしのぶを、五条は感情の読み取れない無表情な顔で見つめる。
五条は同情したり、励ましたりなんてことはしない。
そんな優しい人間ではない。それがしのぶにはとても心地が良かった。
「私は……後悔していませんよ。あの時に戻ることがあっても、私は何度でも同じことを繰り返します。」
しのぶの目には迷いがなかった。きっとその言葉は本心なのだろう。
五条はしのぶをよく知っているだけに、その言葉の重みにぐっと拳を握りしめた。
自分はもう二度と、しのぶを失いたくない。
しのぶがそれを望まなくても……
「でもそれは過去のことです。今の私は違います。」
「え?」
「今とあの頃とは状況が違いますし、それに、私の復讐はもう終わっています。今の私は……悟くんと幸せになりたいとちゃんと思っていますよ。」
「しのぶ……」
「冨岡さんのことは今はなんとも思っていないんです。あの時の気持ちにはちゃんと区切りがついていますし、なによりも私には悟くんがいます。今の私は、悟くんと生きたい。生きて、一緒に幸せになりたいという、願いがあります。」
悟くんの目をまっすぐに見つめてそう告げる。
――伝わるだろうか。今の私はこんなにも満たされている。
過去のことで悟くんが不安になることは何一つないのだと。
どうか伝わって欲しい。知って欲しい。
私の全てはもうとっくに、悟くんのものなのだと。
「私は……悟くんのものです。私がこれから先も好きでいるのは悟くんだけですよ。」
「しのぶ……だいっっすき!!」
歓喜あまって抱きついてくる五条は、感動のあまりをまた号泣し出す。
どうやらしのぶの気持ちは少しは伝わったらしい。
しのぶも五条の背に手を回し、誠意一杯抱きしめ返す。
――何度でも伝えます。
悟くんが何度私の気持ちを疑ったとしても、何度不安になったとしても。
悟くんが私を好きでいてくれるのなら、何度でも好きだと、愛していると伝えます。
貴方は私のぽっかりと空いた心を埋めてくれた。
私の心を満たしてくれた人。最愛の人。
……大好きですよ。悟くん。
真っ暗な森のような場所だろうか……いや、これは山の中だ。
月明かりだけが夜を照らす。普通の人間ならこんなに暗くては何も見えないだろう。
だが生まれ持った六眼のお陰で、五条ははっきりと夜の暗闇でもその光景を見ることができた。
真っ暗な夜の山の中で、2人の人間が何やら会話をしているようだ。
だが何を話しているのかまでは聞こえない。
一人はよく知っている自分の幼なじみであり婚約者であるしのぶだ。
そしてもう一人は知らない男だった。
感情の読みとれない無表情な顔で、しのぶと話している。
しのぶはいつものように笑顔で、だけど自分が知っているしのぶよりも少し大人っぽい。
――ああ、これは夢だな。
唐突に五条はそう理解した。
声を発そうとしても声は出せず、指一つすら動かすことができない。
まるで画面越しに映画を見ているかのように、自分はただ目の前の2人の会話を眺めていることしかできない。
それでも妙にリアルだと感じる。夢は本来ならもっとぼんやりとしたものだ。
目が覚めたらその内容を忘れてしまうくらいのぼんやりとしたもの。
なのに自分が今見ているものは、本当に目の前にあるかのようにリアルなものだ。
山から漂う異臭。草や風のざわめく音。自分はただそこに立っているだけで何もできないのに、感覚だけは妙にリアルに感じ取れたのだ。
それにしのぶも何故か見慣れない格好をしている。
蝶のような真っ白な羽織と黒い隊服のような服。
もう一人の男は模様の違う羽織を半々で繋ぎ合わせたような独創的な羽織を身につけていた。
突然の夢の始まりに頭が少しぼうっとしていた五条は、ここに来てやっと自分の状況が理解できてきた。
――そうか。これはしのぶの過去だ。
僕が見た。前世のしのぶの過去……
思い出した。そうだ。この光景はあの過去の追憶の中で見たものだ。
そう頭が理解した途端、まったく聞こえていなかったしのぶたちの会話が、急にはっきりと聞き取れるようになった。
「人も鬼もみんな仲良くすればいいのに……そう思いませんか?富岡さん。」
「有り得ないことだ。鬼が人を襲う限り。」
「あらあら。」
しのぶは人の良さそうな柔らかな笑顔を富岡に向ける。
けれど五条はもう知っている。その笑顔が作りものであることを。
表情は笑っていても、目は全く笑っていない。その言葉は決して本心ではない。
「冨岡さんは夢がないですね。」
「事実を述べているだけだ。」
「うふふ、冨岡さんも少しは笑えばいいのに……そんなのだからみんなから嫌われるんですよ?」
「俺は嫌われていない。それとつつくのをやめてくれないか?」
しのぶは先程からやたらと富岡の背を指でツンツンと突っついてはちょっかいをかけていた。
それに怒る富岡ではないが、気になるらしい。
「あらあらごめんなさい。だって冨岡さん、全然こっち見てくれないんですもの。」
「今は先を急いでいる。」
「まあまあ、見てください。今夜は月が綺麗ですよ。」
しのぶが柔らかな笑顔で月を見上げてそう呟けば、富岡の足が一瞬止める。
しかし表情は無表情のまま、眉が微かにひくりと動いただけであった。
「……行くぞ。」
「あらあら、冨岡さんはせっかちですね。」
先を歩き出す冨岡に小さくため息をついて、しのぶもゆっくりとついて行く。
たったそれだけ会話。なのに、二人の間に微妙な違和感を感じ、そして五条はその意味がわかってしまった。
二人の間に漂った微妙な空気。それはまるで相思相愛なのに、互いに想いを言い出せないかのような……
「――冨岡さんは、本当に鈍いですね。」
意識が途切れる寸前、しのぶがそう寂しげに小さく呟いたのを、五条は聞いてしまった。
(――そうか、しのぶはあの男のことが……)
嫌おうにも彼女の気持ちに気付いてしまった。
五条の中で嫌な感情が湧き上がる。
ゆっくりと意識が浮上していく中で、五条は自分の独占欲が騒ぐのを感じていた。
***
小鳥のさえずる鳴き声と、窓から差し込む陽の光に朝がやって来たのだとわかる。
五条は静かに目を覚ますと、ざわつく心と苛立ちにぐっと眉をひそめた。
「……最悪。」
そう、最悪の目覚めである。
何が悲しくて愛する婚約者の昔好きだった男を知らないといけないのか。
目の前で見たくもない光景を見せられて、五条な酷く不機嫌だった。
***
しのぶは困惑していた。
五条が何故か朝から不機嫌だったのには気づいていたが、朝食を食べ終わった途端、彼はしのぶの部屋に押し入り、しのぶを背後から抱きしめるような形でベッドに座り込むと、そのまま部屋に居座り続けたのである。
かれこれ二時間以上ずっとこの体勢のまま、身動きが取れずにいるしのぶは困り果てていた。
どうしたのかと尋ねても、五条は何故か拗ねており、無言を貫いて何も話してくれないのだ。
このままでは今日1日ずっとこんな調子でいられそうだと感じたしのぶは、小さくため息をつくと五条の手を軽く叩いて力を緩めるように合図した。
けれど五条は力を緩めるどころか、しのぶの肩に顔をうずめてより一層強く抱き締めてきたのである。
「ちょっ!……本当にどうしたんですか?」
しのぶは少しだけイラッとしたが、なんだかいつもの悪ノリではなく、本気で拗ねている気がして、心配そうに尋ねた。
「……ねぇ、しのぶ。」
「はい。」
「しのぶはあの男が好きなの?」
「……はい?誰の話をしているんですか?」
「……冨岡義勇。」
「冨岡さん?なぜ急に彼の名前が出てくるんです?とりあえず、ちゃんと話をしたいので離してくれませんか?」
「やだ。」
「もう!悟くん!」
しのぶが少しイラつきながら五条の名を呼べば、五条はぼそぼそと何やら呟いていた。
「だって、しのぶはあいつが好きだし……僕がいるのに……僕が……」
「何言ってるのか全然わかりませんが?」
「……っ、わーん!しのぶは僕と結婚するんだからね!」
「急にどうしたんですか!?」
ぶつぶつと小さく何かを呟いていたかと思えば、突然号泣しながら泣き出す五条に、情緒不安定だなと思いながらも、しのぶはよしよしと彼の頭を優しく撫でながら、小さい子をあやすように甘やかしてやることにした。
しのぶの胸に顔をうずめて泣き続ける五条を、いつもなら冷たく突き放しているところだが、今は状況が分からずに困惑しながらひたすらあやしてやることしかできない。
そしてようやくポツリポツリと状況を話し出した五条に、しのぶは盛大に呆れるのだった。
「――つまり、昔の私の過去の夢を見て、私と冨岡さんの関係に嫉妬したと?」
「……要約するとそうかな?」
「……呆れました。何があったのかと思えばそんなことですか。」
「そんなことって何!?僕、すっごく傷ついたんだけど!?」
「私と冨岡さんは恋仲ではありませんし、あの頃の私に恋愛なんてしてる余裕がなかったことは、悟くんが一番知っているでしょう?」
「でも、しのぶはあいつが好きだったんでしょ?」
「……」
「ほらやっぱり!黙ってるってことはそうなんでしょ!?」
ビシッと人差し指を突きつけて、わーわーと騒ぎ立てる五条に、面倒くさいことになったなぁと心の中でそっとため息をつく。
あの頃、確かにどこか淡い恋心のようなものはあったかもしれない。
でも、そんな気持ちはあの頃の自分には邪魔でしかなかったのだ。
それが分かって欲しくて、しのぶは五条を落ち着けるように、自分から五条の大きな体をぎゅっと抱きしめた。
しのぶから抱きついてくるという珍しい行動に、五条は目を丸くして静かになった。
五条が静かになったのを確認して、しのぶは身を引くとじっと五条の目を見つめた。
サングラス越しから見る五条の美しい目は不安で揺れていた。
「……悟くん。不安にならないでください。私が好きなのは悟くんです。何度も言っているでしょう?」
「でも……」
「確かに私は、冨岡さんに憧れに近い感情があったと思います。でも私は、それに気づいていても、想いを伝える気なんてなかったですよ。」
「それは……姉の仇をとるためでしょ?」
「もちろん。あの頃の私にとって、自分の幸せなんてどうでも良かったんです。ただ、姉の仇さえとれれば、自分の命なんてどうでもよかった……
それによって、私の家族や仲間が悲しんだとしても、私は止まる気は全くありませんでした。酷い女でしょ?」
そう言って苦笑するしのぶを、五条は感情の読み取れない無表情な顔で見つめる。
五条は同情したり、励ましたりなんてことはしない。
そんな優しい人間ではない。それがしのぶにはとても心地が良かった。
「私は……後悔していませんよ。あの時に戻ることがあっても、私は何度でも同じことを繰り返します。」
しのぶの目には迷いがなかった。きっとその言葉は本心なのだろう。
五条はしのぶをよく知っているだけに、その言葉の重みにぐっと拳を握りしめた。
自分はもう二度と、しのぶを失いたくない。
しのぶがそれを望まなくても……
「でもそれは過去のことです。今の私は違います。」
「え?」
「今とあの頃とは状況が違いますし、それに、私の復讐はもう終わっています。今の私は……悟くんと幸せになりたいとちゃんと思っていますよ。」
「しのぶ……」
「冨岡さんのことは今はなんとも思っていないんです。あの時の気持ちにはちゃんと区切りがついていますし、なによりも私には悟くんがいます。今の私は、悟くんと生きたい。生きて、一緒に幸せになりたいという、願いがあります。」
悟くんの目をまっすぐに見つめてそう告げる。
――伝わるだろうか。今の私はこんなにも満たされている。
過去のことで悟くんが不安になることは何一つないのだと。
どうか伝わって欲しい。知って欲しい。
私の全てはもうとっくに、悟くんのものなのだと。
「私は……悟くんのものです。私がこれから先も好きでいるのは悟くんだけですよ。」
「しのぶ……だいっっすき!!」
歓喜あまって抱きついてくる五条は、感動のあまりをまた号泣し出す。
どうやらしのぶの気持ちは少しは伝わったらしい。
しのぶも五条の背に手を回し、誠意一杯抱きしめ返す。
――何度でも伝えます。
悟くんが何度私の気持ちを疑ったとしても、何度不安になったとしても。
悟くんが私を好きでいてくれるのなら、何度でも好きだと、愛していると伝えます。
貴方は私のぽっかりと空いた心を埋めてくれた。
私の心を満たしてくれた人。最愛の人。
……大好きですよ。悟くん。
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