前世で蟲柱だった私は五条家に買われた
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夏油が日本を発って間もなく、しのぶと五条は夜蛾という強い味方を得ることができた事で、少しだけ前進した計画に心に余裕ができてきた。
「いや〜、あの堅物の夜蛾先生が僕たちの話を信じるとは思わなかったねぇ〜」
「夜蛾先生が味方についてくださったことは大きいですよ。これで任務の情報操作がやりやすくなります。」
「あとは例の双子の女の子たちの救出だっけ?」
「ええ、原作では詳しい所在地がわからなかったので、悟くんが調べてくださって助かりました。」
「まあ、五条家の情報網を使えば楽だからね〜」
「……本当に、悟くんが味方で良かったですよ。」
「え〜?僕がしのぶの敵になるわけないじゃない!」
五条の茶化すような言い方に、しのぶは苦笑を浮かべるだけだった。
なにはともあれ、今のところ準備は着々と進んでいる。
正直、順調すぎて怖いくらいだ。
(何か良くないことが起きないといいのだけど……)
不穏なフラグを予感して、しのぶは考えるのをやめた。
心配事が多すぎて、ついつい色々な事を考えてしまうが。せっかく上手くいっているのにその前向きな流れを自分から壊してしまう必要もないだろう。
慎重すぎて余計なことをしてしまうのは悪い癖だ。
けれど……警戒しておくに越したことはないだろう。
何しろ不安要素は夏油先輩だけでは無いのだから。
この世界は絶望に満ちている。
私が“蟲柱、胡蝶しのぶ“として生きていた世界ですら、鬼舞辻無惨という鬼の祖である奴を倒しさえすれば、世界から鬼がいなくなるという希望があった。
それなのにこの世界には、呪霊という人の負の感情から生まれる化け物がいて、祓っても祓っても呪霊は人から生まれ続ける。永遠に終わることのない負のループ。
それだけでも絶望的なのに、夏油先輩のことや、呪いの王宿儺。そして羂索という抱えている問題が多すぎるのである。
(今は夏油先輩が呪詛師になる原因となった要因を少しずつ排除していくしかない。だけど、それだけでいいんだろうか?どうしても不安が募る。人類唯一の希望である悟くんは、この通りお調子者だし……)
ちらりと横目で五条を見れば、彼はしのぶの視線に気づいてにへらと笑った。
しのぶと両想いになってからというものの、五条はよくこのような締りのない顔をするようになった。
頬が緩みきって、幸せ全開といったような笑顔。
少し前のひねくれたお坊ちゃまの五条ではありえない表情だ。
これから先のことを思えばしっかりして欲しいと呆れてしまう気持ちを抱きつつ、そんな顔を彼にさせているのが自分だと思うと、照れくさいような、嬉しいような、なんとも言えないこそばゆい気持ちになってくるのだから、自分も人のことが言えない。
(いけないいけない。しっかりしないと……)
恋愛にうつつを抜かしている場合ではないのだ。
夏油の呪詛師堕ち、宿儺の完全復活、そして羂索の動向。
解決しなければならない問題は山積みなのである。
しのぶが気を引き締めようと頬をパンっと叩くと、するりとしのぶの頬に手を滑らせて包み込むように触れてきた五条。
「ダメだよしのぶ。そんなに頬を強く叩いたら……ほ〜ら、こんなに赤くなっちゃって。」
「……」
心配そうに赤くなったしのぶの頬を撫でながら顔を覗き込んでくる五条に、しのぶはポカンとしてほうけた顔になって固まった。
「しのぶの綺麗な顔に傷がついたら大変でしょ?まあ、例えしのぶが傷物になっても僕は全然愛せるけどね。」
「…………」
何だこの甘ったるい空気は。誰だこの人。
いつもは余裕しゃくしゃくで、俺様気取りで、自分以外の人間なんて見下しまくっている生意気な五条悟はどこへ行った。
まるで二次元の王子がやるような言動をしてきた五条に、しのぶはぶわっと背筋に鳥肌が立つ気配を感じた。
あまりにも五条らしからぬ言動に、身体が拒絶反応を起こしたのである。
(うっ、悟くんはもしかしたら、恋をすると盲目的になるタイプなんだろうか?……いや、若干ヤンデレめいたこと言ってた様な……執着するタイプか?)
あまりにも彼らしくない言動に脳が追いつかない。
私のことは昔から大事にしてくれていたとは思う。
でもそれは数少ない彼の理解者の一人だったからだと思っていたし、悟くんはこれまではっきりと行為を態度に示してきたことは無かったように思う。
そりゃあ何度かデートに誘われたり、婚約破棄を願い出ても流されたりと今思えば彼なりに好意を表していたと思う。
でも普段から悟くんには歌姫先輩と一緒になってしのぶは弱いから戦わなくていいだの、実験オタクだの、ネーミングセンスないだのと失礼なことを言われたり、任務中にちょっかいを掛けてきて迷惑をかけられたりと意地悪をされたことだって多かった。
直接好きと言われたことだってなかった。
任務で怪我をしたって、しのぶは弱いからしょうがないねと言うだけで心配してくれてなかったし。
それなのにどうしたと言うんだ。
ちょっと頬を叩いて赤くなっただけのことなのに、今までなら気にも止めなかっただろうに。
恋人という関係になった途端、大袈裟なくらいに心配するし、紳士的に対応しようとしてくるし、すごく優しくなってるし、本当にどうしてしまったのだろう。悟くんは。
しのぶは脳が混乱するあまり、身動き取れずにいた。
「――こんの、離れろ五条ぉーー!!」
「!?」
暫し固まったまま頬を撫でられていたしのぶは、突然聞こえてきた怒声にハッと我に返った。
背後から聞こえてきた声に振り返れば、歌姫が鬼のような形相で五条に飛び蹴りをかまそうとしていた。
まあ、いつもの如くあっさりと五条にかわされてしまったが……
余裕しゃくしゃくで歌姫の攻撃を避けた五条は、いつもの生意気な笑みを貼り付けて歌姫を見下ろした。
「ざぁ〜んねん。へっぽこ歌姫の攻撃なんて当たらないよ。ていうか何?せっかくいい雰囲気だったのに邪魔しないでくれる?」
「なぁ〜にがいい雰囲気よ!私のかわいいしのぶにセクハラしてんじゃないわよ!婚約者だからって肩書きだけで何してもいいと思ってら大間違いよ!」
いつもの如くバカにした口調で見下された歌姫は、額に青筋を浮かべて烈火のごとくキレた。
しかしそんな彼女の睨みなどに怯む五条ではなく、寧ろしのぶとの甘いひと時(五条が一方的にそう思っているだけ)を邪魔されて少しばかり不機嫌そうであった。
歌姫に何か一つ文句でも言ってやろうかと思った瞬間、何かを閃いたようにニヤリと口角を釣り上げて五条は笑った。
そして突然しのぶの肩を抱くと、自分の方へと勢いよく抱き寄せたのである。
「残念でした。僕たち付き合ってるから両想いなの。だからいちゃついても何の問題もないんだよ〜!」
「なっ!?」
「…………」
五条からの突然のカミングアウトに歌姫はあんぐりと口を開けて驚き、しのぶは呆れたように小さくため息をついた。
別に付き合っていることを隠すつもりはないのだが、歌姫が一番ショックを受けるタイミングで告白するのはどうかと思う。
そう思うとしのぶは呆れて物が言えなくなるのであった。
歌姫はとても優しい人だ。面倒みもよく、彼女を慕う者は多い。
五条と仲が悪いのは全面的に五条の態度が悪すぎるだけで、歌姫に落ち度は一切ない。
そしてしのぶは歌姫に特に可愛がられているし、しのぶもまた、人の為に一生懸命になれる歌姫を尊敬している。
しのぶが五条の婚約者であると知ってから、毎度毎度憐れむような、可哀想な者を見る目で見てくるので、それだけはやめてもらいたいが……
「嘘つくんじゃないわよ!」
「嘘じゃないよ〜!ね、しのぶ?」
「…………はい。」
五条がしのぶの肩を抱いたまま、真っ青に青ざめて騒ぐ歌姫を見下ろして、優越感たっぷりに言う。
わざわざしのぶ本人に確認を取るように尋ねてきて、しのぶは色々と思うところはあったが、正直に頷いた。
嘘ではないのだ。本当に。
今までは婚約者であっても、好き同士ではなかったから五条を相手にしていなかった。
そして歌姫もそれを知っていたので、五条家に買われた立場のしのぶのことをひどく同情して気にかけてくれていたのだ。
いつか婚約破棄をして自由になる気だったし、そんなしのぶを見てきた歌姫がすぐに信じられないのも無理はないのだ。
だからしのぶ本人が答えることで、やっと歌姫は本当のことだと理解したようで、今まで見たこともないような青ざめた顔でしのぶを見つめてきた。
そしてその顔には「あんた正気か!?」とありありと書かれていた。
なまじ歌姫にの言いたいことも気持ちもわかってしまうから、いたたまれない気持ちになる。
しのぶだってそれが自分以外の女性だったら、同じように必死になって五条と付き合うことを考え直せと説得したことだろう。
それだけ五条の性格には問題があるのである。
しのぶという婚約者がいながら、中学時代、五条が時おり女遊びをしていたことを、しのぶはちゃんと知っているのだ。
しのぶもしのぶで、五条に興味がなかったからとスルーしていたのが余計に悪かったのだろう。
あまりにも女性を取っかえ引っ変えしていたのが見過ごせなくて、一度だけ口出しをしたら、あっさりと女遊びをやめ、それ以降は一度も女遊びをしなくなったのは今でも信じられないくらいである。
しのぶは知らないが、女遊びはいくらアピールしても自分に興味を示さなかったしのぶの気を引くために、五条がやけくそ半分、しのぶに嫉妬させたくて期待半分で始めたことだった。
そしてしのぶが口を挟んだことで、五条はしのぶに嫉妬してもらえたと勘違いして喜び、あっさりと女遊びをやめたという裏事情があったりする。
……話が逸れてしまった。
いつの間にかしのぶが意識を逸らしている間に歌姫と五条が口喧嘩を始めてしまっていた。
「あんた等々しのぶの弱みでも握って脅したの!?マジで最低ね!」
「はあ!?そんな訳ないじゃん!妄想やめてくんない?ちゃんと愛し合ってますぅ〜!」
「信じられるかぁーー!あんた今までどんだけ女を泣かせてきたと思ってんだーー!」
「え〜?なんで歌姫がそんなこと知ってんの?まさか僕のこと好きなの?……ごめん。僕にはしのぶがいるから……」
「きっしょい想像すんな!こっちだって願い下げだわ!」
「――君たち、面白い話をしているね。」
「「冥さん!」」
五条と歌姫の喧嘩が徐々にヒートアップしてきたので、そろそろ止めるべきかとしのぶが口を開きかけたその時、こちらに近づいてくる気配を感じてしのぶは振り返る。
すると途中から話を聞いていたらしい冥冥が声をかけてきた。
彼女の隣には一緒に来たらしいクラスメイトの灰原と七海もいた。
三人に気づいた五条と歌姫も、喧嘩をやめてこちらを見た。
「何やら騒がしいと思えば、面白い話が聞こえてきたものでね。」
「ええ、胡蝶と五条先輩が交際を始めたとかなんとか……笑えない冗談ですね。」
「そんなことないよ。僕は二人はお似合いだと思うな!おめでとうございます五条先輩!胡蝶!」
冥冥はにっこりとどこか楽しげにしのぶと五条を見つめ、七海は本気なのか?と言いたげな視線でしのぶを見つめてくる。
灰原だけが唯一嬉しそうに二人の仲を祝福していた。
そんな灰原の様子に五条はとても満足そうに笑顔を浮かべると、灰原の背をバシバシと叩く。
「灰原!君良い奴だな!今度飯奢ってあげるー!そう、僕としのぶは相思相愛!お似合いの恋人同士だよ!」
「あんたが言っても説得力ないのよ!しのぶ〜!本当に本当にこいつでいいの?」
心配そうにしのぶを見つめてくる歌姫に、しのぶは苦笑しながら頷く。
「大丈夫ですよ、歌姫先輩。確かに悟くんは性格に色々と問題がありますが、こう見えて優しいところもありますから。……ちゃんと私は悟くんが好きですよ。」
「……しのぶがそう言うなら……一応、信じるけど……」
「しのぶ〜!」
歌姫はまだ納得してなさそうにしていたが、しのぶからそう言われてしまっては引き下がるしかないのだろう。渋々納得してくれたようだった。
そして五条はしのぶの言葉に感動して抱きついていた。
しのぶはそれを鬱陶しいと手で押しのける。
そんな二人はやはり相思相愛には見えなかった。
「困ったことがあれば力になりますよ。」
「そうだね。金額次第では私も手を貸そう。」
「ありがとうございます。七海くん、冥さん。」
「うわぁ〜、僕ってば信用な〜〜い。」
「日頃の行いが悪いせいじゃないですか?」
「……しのぶ?君は誰の味方?」
「もちろん悟くんですよ。」
にっこりと、とてもいい笑顔でしのぶがそう答えれば、五条は真顔になって黙り込んだ。
そこで何かに気づいたように歌姫が眉をひそめて五条を見る。
まるで奇妙なものを見るような眼差しを向ける歌姫に、五条は怪訝そうな顔になる。
「……何?」
「五条……あんたさっきからその喋り方なんなの
?」
「何って?僕の話し方のどこが変なのさ?」
「それよ!その”僕”って何!?あんた少し前まで一人称”俺”だったでしょ!しかも口調まで変わってるし!」
「おや本当だね。」
「私も気になってました。」
「言われてみれば?」
歌姫先輩が指摘してきたことで、三人はそういえばそうだなと、やっと悟くんの変化に気づいたようだった。
四人の様子に、私はやっぱりそこは気するよなと小さくため息をついた。
私も以前はそれが気になって尋ねたことがあった。
原作での悟くんの口調が変わった理由は描かかれていない。
だから夏油先輩の離反の件や、彼が言っていた言葉が悟くんに影響しているのだと勝手に推測している。
私たちが一度死んだ時から、もう何年もその口調で過ごしてきたのだろう。
私がどうして口調を変えたのかと尋ねても、悟くんはその理由を小さく笑うだけで答えてはくれなかった。
きっとこの十年は、彼にとって色々あったのだろう。
元に戻さないのかとも聞いたが、今更慣れた口調を戻すのは面倒だと言って、直す気は無さそうだったし、何よりも彼が気にしていないのなら構わないと思った。
それに今の口調の方が少しだけ親しみやすいと感じる者もいるだろう。
(以前の悟くんは人を寄せつけない雰囲気があったから……)
理由はなんであれ、悟くんを理解してくれる人が増えてくれればと思う。
彼は最強故に敵が多く、味方が少ない人だから……
けれどやはりというか、予想通りというか、以前の悟くんを知る彼等からすれば、突然変わった悟くんの変化に違和感が拭えないようだ。
多少気にする人はいるだろうなと思っていたが、歌姫の拒絶具合がすごい。
「あんたが僕!?今度は何企んでるのよ五条悟!」
「だーかーら、何も企んでないって!歌姫ってばちょっと落ち着こうよ。」
「いやいやいや!違和感しかないわ!いつもだったら『歌姫うぜー!弱っちいくせに相変わらず口だけは達者だな』とか言うでしょ!?マジでどうした!?」
「え〜?僕ってばそんなに口悪くないよ。」
「「それは間違った認識だ!(ですね)」」
「……みんなして何?流石に僕も泣くよ?」
歌姫だけでなく、これにはしのぶも含めて全員が同意して頷いた。
満場一致で五条は性格が悪いと全員が認めている。
それが周りの認識であり、日頃から好き勝手振る舞い、人への思いやりを母親の腹の中に置いてきたと言われている五条悟という人間への認識である。
この時ばかりは流石に我が道を行く五条も、愛する未来の嫁にまでお前は性格が悪いと言われ、涙を流したのであった。
******
おまけ
後日、五条はやっぱり五条であり、数日後には自分が傷ついたことなどすっかり忘れてまた歌姫や周りに迷惑を掛けていた。
そしてそれを謝罪して回るのがしのぶの役割となっていた。
「悟くん、いい加減に少しは大人になってくれません?」
「僕は中身は大人だよ。28歳!」
「悟くんの場合は中身だけ子供のまま歳だけとった大人だと思います。」
「えー!ひどーい!」
「……はあ、どうしたらもう少し周りに優しくできますか?」
「えー?じゃあしのぶの処女ちょうだい!」
「…………」
パチーン
「いったぁーー!!!」
「あらごめんなさい。てっきり無下限使ってると思っていたので……」
「ひどいよしのぶ!しのぶといる時だけは無下限解いてるって知ってるくせに!」
「知りません。暫く私に近づかないでください。口も聞きたくありません。さようなら。」
「えっ?ちょっ、しのぶ!?やだ!待って!しのぶーー!!」
この後任務をサボってしつこくしのぶをストーカーする五条の姿が1週間は目撃されたという。
「いや〜、あの堅物の夜蛾先生が僕たちの話を信じるとは思わなかったねぇ〜」
「夜蛾先生が味方についてくださったことは大きいですよ。これで任務の情報操作がやりやすくなります。」
「あとは例の双子の女の子たちの救出だっけ?」
「ええ、原作では詳しい所在地がわからなかったので、悟くんが調べてくださって助かりました。」
「まあ、五条家の情報網を使えば楽だからね〜」
「……本当に、悟くんが味方で良かったですよ。」
「え〜?僕がしのぶの敵になるわけないじゃない!」
五条の茶化すような言い方に、しのぶは苦笑を浮かべるだけだった。
なにはともあれ、今のところ準備は着々と進んでいる。
正直、順調すぎて怖いくらいだ。
(何か良くないことが起きないといいのだけど……)
不穏なフラグを予感して、しのぶは考えるのをやめた。
心配事が多すぎて、ついつい色々な事を考えてしまうが。せっかく上手くいっているのにその前向きな流れを自分から壊してしまう必要もないだろう。
慎重すぎて余計なことをしてしまうのは悪い癖だ。
けれど……警戒しておくに越したことはないだろう。
何しろ不安要素は夏油先輩だけでは無いのだから。
この世界は絶望に満ちている。
私が“蟲柱、胡蝶しのぶ“として生きていた世界ですら、鬼舞辻無惨という鬼の祖である奴を倒しさえすれば、世界から鬼がいなくなるという希望があった。
それなのにこの世界には、呪霊という人の負の感情から生まれる化け物がいて、祓っても祓っても呪霊は人から生まれ続ける。永遠に終わることのない負のループ。
それだけでも絶望的なのに、夏油先輩のことや、呪いの王宿儺。そして羂索という抱えている問題が多すぎるのである。
(今は夏油先輩が呪詛師になる原因となった要因を少しずつ排除していくしかない。だけど、それだけでいいんだろうか?どうしても不安が募る。人類唯一の希望である悟くんは、この通りお調子者だし……)
ちらりと横目で五条を見れば、彼はしのぶの視線に気づいてにへらと笑った。
しのぶと両想いになってからというものの、五条はよくこのような締りのない顔をするようになった。
頬が緩みきって、幸せ全開といったような笑顔。
少し前のひねくれたお坊ちゃまの五条ではありえない表情だ。
これから先のことを思えばしっかりして欲しいと呆れてしまう気持ちを抱きつつ、そんな顔を彼にさせているのが自分だと思うと、照れくさいような、嬉しいような、なんとも言えないこそばゆい気持ちになってくるのだから、自分も人のことが言えない。
(いけないいけない。しっかりしないと……)
恋愛にうつつを抜かしている場合ではないのだ。
夏油の呪詛師堕ち、宿儺の完全復活、そして羂索の動向。
解決しなければならない問題は山積みなのである。
しのぶが気を引き締めようと頬をパンっと叩くと、するりとしのぶの頬に手を滑らせて包み込むように触れてきた五条。
「ダメだよしのぶ。そんなに頬を強く叩いたら……ほ〜ら、こんなに赤くなっちゃって。」
「……」
心配そうに赤くなったしのぶの頬を撫でながら顔を覗き込んでくる五条に、しのぶはポカンとしてほうけた顔になって固まった。
「しのぶの綺麗な顔に傷がついたら大変でしょ?まあ、例えしのぶが傷物になっても僕は全然愛せるけどね。」
「…………」
何だこの甘ったるい空気は。誰だこの人。
いつもは余裕しゃくしゃくで、俺様気取りで、自分以外の人間なんて見下しまくっている生意気な五条悟はどこへ行った。
まるで二次元の王子がやるような言動をしてきた五条に、しのぶはぶわっと背筋に鳥肌が立つ気配を感じた。
あまりにも五条らしからぬ言動に、身体が拒絶反応を起こしたのである。
(うっ、悟くんはもしかしたら、恋をすると盲目的になるタイプなんだろうか?……いや、若干ヤンデレめいたこと言ってた様な……執着するタイプか?)
あまりにも彼らしくない言動に脳が追いつかない。
私のことは昔から大事にしてくれていたとは思う。
でもそれは数少ない彼の理解者の一人だったからだと思っていたし、悟くんはこれまではっきりと行為を態度に示してきたことは無かったように思う。
そりゃあ何度かデートに誘われたり、婚約破棄を願い出ても流されたりと今思えば彼なりに好意を表していたと思う。
でも普段から悟くんには歌姫先輩と一緒になってしのぶは弱いから戦わなくていいだの、実験オタクだの、ネーミングセンスないだのと失礼なことを言われたり、任務中にちょっかいを掛けてきて迷惑をかけられたりと意地悪をされたことだって多かった。
直接好きと言われたことだってなかった。
任務で怪我をしたって、しのぶは弱いからしょうがないねと言うだけで心配してくれてなかったし。
それなのにどうしたと言うんだ。
ちょっと頬を叩いて赤くなっただけのことなのに、今までなら気にも止めなかっただろうに。
恋人という関係になった途端、大袈裟なくらいに心配するし、紳士的に対応しようとしてくるし、すごく優しくなってるし、本当にどうしてしまったのだろう。悟くんは。
しのぶは脳が混乱するあまり、身動き取れずにいた。
「――こんの、離れろ五条ぉーー!!」
「!?」
暫し固まったまま頬を撫でられていたしのぶは、突然聞こえてきた怒声にハッと我に返った。
背後から聞こえてきた声に振り返れば、歌姫が鬼のような形相で五条に飛び蹴りをかまそうとしていた。
まあ、いつもの如くあっさりと五条にかわされてしまったが……
余裕しゃくしゃくで歌姫の攻撃を避けた五条は、いつもの生意気な笑みを貼り付けて歌姫を見下ろした。
「ざぁ〜んねん。へっぽこ歌姫の攻撃なんて当たらないよ。ていうか何?せっかくいい雰囲気だったのに邪魔しないでくれる?」
「なぁ〜にがいい雰囲気よ!私のかわいいしのぶにセクハラしてんじゃないわよ!婚約者だからって肩書きだけで何してもいいと思ってら大間違いよ!」
いつもの如くバカにした口調で見下された歌姫は、額に青筋を浮かべて烈火のごとくキレた。
しかしそんな彼女の睨みなどに怯む五条ではなく、寧ろしのぶとの甘いひと時(五条が一方的にそう思っているだけ)を邪魔されて少しばかり不機嫌そうであった。
歌姫に何か一つ文句でも言ってやろうかと思った瞬間、何かを閃いたようにニヤリと口角を釣り上げて五条は笑った。
そして突然しのぶの肩を抱くと、自分の方へと勢いよく抱き寄せたのである。
「残念でした。僕たち付き合ってるから両想いなの。だからいちゃついても何の問題もないんだよ〜!」
「なっ!?」
「…………」
五条からの突然のカミングアウトに歌姫はあんぐりと口を開けて驚き、しのぶは呆れたように小さくため息をついた。
別に付き合っていることを隠すつもりはないのだが、歌姫が一番ショックを受けるタイミングで告白するのはどうかと思う。
そう思うとしのぶは呆れて物が言えなくなるのであった。
歌姫はとても優しい人だ。面倒みもよく、彼女を慕う者は多い。
五条と仲が悪いのは全面的に五条の態度が悪すぎるだけで、歌姫に落ち度は一切ない。
そしてしのぶは歌姫に特に可愛がられているし、しのぶもまた、人の為に一生懸命になれる歌姫を尊敬している。
しのぶが五条の婚約者であると知ってから、毎度毎度憐れむような、可哀想な者を見る目で見てくるので、それだけはやめてもらいたいが……
「嘘つくんじゃないわよ!」
「嘘じゃないよ〜!ね、しのぶ?」
「…………はい。」
五条がしのぶの肩を抱いたまま、真っ青に青ざめて騒ぐ歌姫を見下ろして、優越感たっぷりに言う。
わざわざしのぶ本人に確認を取るように尋ねてきて、しのぶは色々と思うところはあったが、正直に頷いた。
嘘ではないのだ。本当に。
今までは婚約者であっても、好き同士ではなかったから五条を相手にしていなかった。
そして歌姫もそれを知っていたので、五条家に買われた立場のしのぶのことをひどく同情して気にかけてくれていたのだ。
いつか婚約破棄をして自由になる気だったし、そんなしのぶを見てきた歌姫がすぐに信じられないのも無理はないのだ。
だからしのぶ本人が答えることで、やっと歌姫は本当のことだと理解したようで、今まで見たこともないような青ざめた顔でしのぶを見つめてきた。
そしてその顔には「あんた正気か!?」とありありと書かれていた。
なまじ歌姫にの言いたいことも気持ちもわかってしまうから、いたたまれない気持ちになる。
しのぶだってそれが自分以外の女性だったら、同じように必死になって五条と付き合うことを考え直せと説得したことだろう。
それだけ五条の性格には問題があるのである。
しのぶという婚約者がいながら、中学時代、五条が時おり女遊びをしていたことを、しのぶはちゃんと知っているのだ。
しのぶもしのぶで、五条に興味がなかったからとスルーしていたのが余計に悪かったのだろう。
あまりにも女性を取っかえ引っ変えしていたのが見過ごせなくて、一度だけ口出しをしたら、あっさりと女遊びをやめ、それ以降は一度も女遊びをしなくなったのは今でも信じられないくらいである。
しのぶは知らないが、女遊びはいくらアピールしても自分に興味を示さなかったしのぶの気を引くために、五条がやけくそ半分、しのぶに嫉妬させたくて期待半分で始めたことだった。
そしてしのぶが口を挟んだことで、五条はしのぶに嫉妬してもらえたと勘違いして喜び、あっさりと女遊びをやめたという裏事情があったりする。
……話が逸れてしまった。
いつの間にかしのぶが意識を逸らしている間に歌姫と五条が口喧嘩を始めてしまっていた。
「あんた等々しのぶの弱みでも握って脅したの!?マジで最低ね!」
「はあ!?そんな訳ないじゃん!妄想やめてくんない?ちゃんと愛し合ってますぅ〜!」
「信じられるかぁーー!あんた今までどんだけ女を泣かせてきたと思ってんだーー!」
「え〜?なんで歌姫がそんなこと知ってんの?まさか僕のこと好きなの?……ごめん。僕にはしのぶがいるから……」
「きっしょい想像すんな!こっちだって願い下げだわ!」
「――君たち、面白い話をしているね。」
「「冥さん!」」
五条と歌姫の喧嘩が徐々にヒートアップしてきたので、そろそろ止めるべきかとしのぶが口を開きかけたその時、こちらに近づいてくる気配を感じてしのぶは振り返る。
すると途中から話を聞いていたらしい冥冥が声をかけてきた。
彼女の隣には一緒に来たらしいクラスメイトの灰原と七海もいた。
三人に気づいた五条と歌姫も、喧嘩をやめてこちらを見た。
「何やら騒がしいと思えば、面白い話が聞こえてきたものでね。」
「ええ、胡蝶と五条先輩が交際を始めたとかなんとか……笑えない冗談ですね。」
「そんなことないよ。僕は二人はお似合いだと思うな!おめでとうございます五条先輩!胡蝶!」
冥冥はにっこりとどこか楽しげにしのぶと五条を見つめ、七海は本気なのか?と言いたげな視線でしのぶを見つめてくる。
灰原だけが唯一嬉しそうに二人の仲を祝福していた。
そんな灰原の様子に五条はとても満足そうに笑顔を浮かべると、灰原の背をバシバシと叩く。
「灰原!君良い奴だな!今度飯奢ってあげるー!そう、僕としのぶは相思相愛!お似合いの恋人同士だよ!」
「あんたが言っても説得力ないのよ!しのぶ〜!本当に本当にこいつでいいの?」
心配そうにしのぶを見つめてくる歌姫に、しのぶは苦笑しながら頷く。
「大丈夫ですよ、歌姫先輩。確かに悟くんは性格に色々と問題がありますが、こう見えて優しいところもありますから。……ちゃんと私は悟くんが好きですよ。」
「……しのぶがそう言うなら……一応、信じるけど……」
「しのぶ〜!」
歌姫はまだ納得してなさそうにしていたが、しのぶからそう言われてしまっては引き下がるしかないのだろう。渋々納得してくれたようだった。
そして五条はしのぶの言葉に感動して抱きついていた。
しのぶはそれを鬱陶しいと手で押しのける。
そんな二人はやはり相思相愛には見えなかった。
「困ったことがあれば力になりますよ。」
「そうだね。金額次第では私も手を貸そう。」
「ありがとうございます。七海くん、冥さん。」
「うわぁ〜、僕ってば信用な〜〜い。」
「日頃の行いが悪いせいじゃないですか?」
「……しのぶ?君は誰の味方?」
「もちろん悟くんですよ。」
にっこりと、とてもいい笑顔でしのぶがそう答えれば、五条は真顔になって黙り込んだ。
そこで何かに気づいたように歌姫が眉をひそめて五条を見る。
まるで奇妙なものを見るような眼差しを向ける歌姫に、五条は怪訝そうな顔になる。
「……何?」
「五条……あんたさっきからその喋り方なんなの
?」
「何って?僕の話し方のどこが変なのさ?」
「それよ!その”僕”って何!?あんた少し前まで一人称”俺”だったでしょ!しかも口調まで変わってるし!」
「おや本当だね。」
「私も気になってました。」
「言われてみれば?」
歌姫先輩が指摘してきたことで、三人はそういえばそうだなと、やっと悟くんの変化に気づいたようだった。
四人の様子に、私はやっぱりそこは気するよなと小さくため息をついた。
私も以前はそれが気になって尋ねたことがあった。
原作での悟くんの口調が変わった理由は描かかれていない。
だから夏油先輩の離反の件や、彼が言っていた言葉が悟くんに影響しているのだと勝手に推測している。
私たちが一度死んだ時から、もう何年もその口調で過ごしてきたのだろう。
私がどうして口調を変えたのかと尋ねても、悟くんはその理由を小さく笑うだけで答えてはくれなかった。
きっとこの十年は、彼にとって色々あったのだろう。
元に戻さないのかとも聞いたが、今更慣れた口調を戻すのは面倒だと言って、直す気は無さそうだったし、何よりも彼が気にしていないのなら構わないと思った。
それに今の口調の方が少しだけ親しみやすいと感じる者もいるだろう。
(以前の悟くんは人を寄せつけない雰囲気があったから……)
理由はなんであれ、悟くんを理解してくれる人が増えてくれればと思う。
彼は最強故に敵が多く、味方が少ない人だから……
けれどやはりというか、予想通りというか、以前の悟くんを知る彼等からすれば、突然変わった悟くんの変化に違和感が拭えないようだ。
多少気にする人はいるだろうなと思っていたが、歌姫の拒絶具合がすごい。
「あんたが僕!?今度は何企んでるのよ五条悟!」
「だーかーら、何も企んでないって!歌姫ってばちょっと落ち着こうよ。」
「いやいやいや!違和感しかないわ!いつもだったら『歌姫うぜー!弱っちいくせに相変わらず口だけは達者だな』とか言うでしょ!?マジでどうした!?」
「え〜?僕ってばそんなに口悪くないよ。」
「「それは間違った認識だ!(ですね)」」
「……みんなして何?流石に僕も泣くよ?」
歌姫だけでなく、これにはしのぶも含めて全員が同意して頷いた。
満場一致で五条は性格が悪いと全員が認めている。
それが周りの認識であり、日頃から好き勝手振る舞い、人への思いやりを母親の腹の中に置いてきたと言われている五条悟という人間への認識である。
この時ばかりは流石に我が道を行く五条も、愛する未来の嫁にまでお前は性格が悪いと言われ、涙を流したのであった。
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おまけ
後日、五条はやっぱり五条であり、数日後には自分が傷ついたことなどすっかり忘れてまた歌姫や周りに迷惑を掛けていた。
そしてそれを謝罪して回るのがしのぶの役割となっていた。
「悟くん、いい加減に少しは大人になってくれません?」
「僕は中身は大人だよ。28歳!」
「悟くんの場合は中身だけ子供のまま歳だけとった大人だと思います。」
「えー!ひどーい!」
「……はあ、どうしたらもう少し周りに優しくできますか?」
「えー?じゃあしのぶの処女ちょうだい!」
「…………」
パチーン
「いったぁーー!!!」
「あらごめんなさい。てっきり無下限使ってると思っていたので……」
「ひどいよしのぶ!しのぶといる時だけは無下限解いてるって知ってるくせに!」
「知りません。暫く私に近づかないでください。口も聞きたくありません。さようなら。」
「えっ?ちょっ、しのぶ!?やだ!待って!しのぶーー!!」
この後任務をサボってしつこくしのぶをストーカーする五条の姿が1週間は目撃されたという。