もしも虎杖悠仁と夏目貴志が出会ったら

「夏目の阿呆!あっさり捕まりおって!」
「どーすんだよ!夏目助けねーと!」
「分かってる!玉犬があいつの匂いを追える!」

恵がそう叫ぶと、黒い玉犬は任せろと言わんばかりに鳴いた。
それを聞いた虎杖が安心したように笑顔を浮かべる。

「よっしゃ!じゃあすぐに夏目を探しに行こう!」
「待ってください。」
「なんだよ的場さん、早くしねーと夏目が!」
「一つだけいいですか?あの鳥の妖ですが、あれを見つけても始末するのは待ってもらえますか?」
「はあっ!?何でよ!」

的場の言葉に、釘崎が意味がわからないと言いたげに問いかける。
あの青い鳥の妖の羽根を持っているので、釘崎の術式を使えばいつでも倒すことができるのだ。
それなのに何故的場は始末するなと言うのか理解できない。

「あの妖、中々の大物です。なので私は可能ならあれを手に入れたい。ですからできれば始末するのは裂けたいのです。」
「あんた、こんな時に何言ってんだ!?」
「そーだよ。夏目を助けることの方が優先だろ!?」
「ええ、勿論夏目くんも助けますよ。ですが私には強い妖を手に入れることも大切なのですよ。」
「……意味わかんない。」
「理解して頂かなくて結構です。」

人の命がかかっていると言うのに、妖を手に入れる為に妖を殺すなと言う的場に、虎杖、伏黒、釘崎は信じられないと言いたげに的場を見る。
夏目の心配よりも、自分が妖を手に入れることの方が大事なのか。
夏目と的場がどんな関係なのかは分からないが、少なくとも今日出会ったばかりの自分たちよりも深い関係だろうに、的場は焦った様子もなく、とても落ち着いた笑みを浮かべていた。
それが虎杖たちには少し不気味に感じた。

「……ふん、相変わらず的場は気に食わんな。こんな奴相手にしてないで早く夏目を探すぞ!」
「お、おう!」

急かすニャンコ先生の言葉に、虎杖は慌てて頷く。

(なんかこの人、ちょっと怖いな。夏目の連れだけど、信用していいのか?)

普段人を滅多に疑うことの無い虎杖でさえ警戒してしまう程、的場の雰囲気は少しおかしかった。
的場は的場一門の役に立つ妖を手に入れる為なら、自分の命さえ危険に晒す男である。
人を守る為に妖を退治するということは彼にとって当たり前であり、祓い屋としてごく自然な事。
そして祓い屋の頂点として的場一門を守るのも彼の大切な役割である。
その為に力を欲する的場は、強い妖を手に入れる目的の為ならばどんな手段も選ばないだろう。
彼は今、強い妖を見つけて子供のように楽しげに目を輝かせていた。





「――なあ、伏黒。ここってもしかして……」
「ああ、間違いない。生得領域の中だ。」
「いつから!?」
「多分、この屋敷に入ってからだろうな。」

玉犬に導かれる形で屋敷の中を移動していた虎杖たちであったが、もうかれこれ30分近く廊下を走り続けていた。
この屋敷は外観から見て、そこまで広くはない筈なのに、一向に夏目の元に辿り着けない。
となると可能性は一つ、相手の生得領域の中に入ってしまったということである。
だから空間が無限に広がって、有り得ない広さに感じているのだ。
そして生得領域を展開できるだけの存在がいるといるということは、この屋敷にはあの鳥の妖だけなく、呪霊……それも特級がいるということになる。
想定していたうちの最悪なパターンが当たってしまい、伏黒は舌打ちする。

「――くそっ、また特級呪霊かよ!」
「こりゃ本格的にヤバいわよ。」

廊下を走り続けている間に、何人もの人の死体が転がっているのを見た。
被害者は13人と聞いていたが、それはほんの僅かに過ぎなかったのだ。
こんなにも多くの人間を殺している特級呪霊。
そして何故かその呪霊の領域に姿を現した妖。これはもう、呪霊と妖が手を組んでいるとしか考えられなかった。

「夏目の所までまだか!?」
「もう少しだ!」
「あのバカめ!本当に世話が焼ける!」

虎杖たちは必死に走る。どうか自分たちが駆けつけるまで、無事でいてくれと心から願った。
この時虎杖たちは夏目が攫われたことに焦り、気付いていなかった。
何故狙われたのが戦えない夏目だったのか。それに理由があるのかさえ、虎杖たちはまだ分からなかったのだ。[newpage]
夏目視点

「……んっ」

息苦しさを感じて、目を覚ます。どうやら俺は気を失ってしまっていたようだ。
何が起こったのかまったく分からない。兎に角起きなければと俺はうっすらと目を開けた。
此処は何処なのだろう。部屋の中のようだけど、真っ暗で何も見えない。
それにさっきから何かにじっと見られているような気がする。俺の背後に、何かいるような、そんな気配を感じる。
よく分からないが、得体の知れない気持ち悪さを感じる。じっとりと背中に汗が滲む。
ごくりと喉を鳴らして唾を飲み込む。振り返ってはいけない気がする。
けれど、このままでいる訳にもいかない。俺は意を決して振り返った。

「……あっ。」
「お兄ちゃん、綺麗だねぇ。」

振り返った先に見えたのは、予想に反したものだった。子供だ。
そこにいたのは、十歳前後くらいに見える歳頃の男の子だった。
とても整った顔立ちの男の子は、にっこりと可愛らしい笑顔を浮かべて横たわる俺を見下ろしていた。

「君は……」

俺は妖で無かったことにホッと安堵の息をつく。けれどすぐに気付いていしまった。
どうしてこんな所に子供がいるんだろう。肝試しで迷い込んだ子供なのだろうか?
いや、見た目が子供だからと言って、それが本当に人間の子供とは限らないのだ。
妖の中には人間と見た目の変わらないものも多い。そして、呪霊というものがどんな姿なのか俺はまだ知らない。もしかしたら、人のような呪霊もいるのだろうか。……そんな考えがふっと脳裏をよぎった。

「お兄ちゃん、綺麗だねぇ。」

ふと、男の子が膝を折って俺の顔を覗き込むように顔を近づけてきた。
つうっと、首筋に嫌な汗がつたう。目を輝かせて屈託なく笑うこの子供はどっちなのだろうか。

「君は……誰だい?此処に迷い込んだのか?」
「僕?僕は有一!この家にずっと住んでるんだ!」
「この家に?」
「そう!」

目の前でにっこりと無邪気に笑う男の子は、どう見ても人にしか見えない。
けれどどうしてか、その笑顔がとても怖いと思った。
そしてこの家に住んでいるという有一に、俺は唐突に的場さんから聞かされたこの幽霊屋敷での噂話を思い出す。
この屋敷には、4人の家族の霊が出ると。その中には双子の少年がいたではないか。
俺は多分、妖は見たことはあるけれど、幽霊とかは見たことがないと思う。
だから実際の幽霊がどんなものなのかは分からないが、もしもこの男の子がその噂の幽霊の一人なら、謎の死亡事件はこの子が関わっていることになる。

「お兄ちゃんの顔、とっても綺麗だね。」
「……顔?」

するりと有一が俺の頬に触れる。
冷たい。頬にひんやりとした手の感触が伝わる。
まるで体温がないかのように、熱をまったく感じなかった。
幽霊って冷たいのか?でもだったら何で触れるんだ?そもそもこの子は本当に幽霊なのか?
グルグルと疑問が浮かんでは消えていく。
男の子から本能的に離れなければと俺の脳が拒絶反応を起こす。けれど、こんな小さな子供を無下にするのも気が引けて、されるがままになっていた。
有一は俺の顔を覗き込んではうっとりと微笑んだ。

「僕が集めてきた中でもとびっきり綺麗な顔してる。」
「何を……言っているんだ?」
「その顔、欲しいなぁ~」
「うっ、わぁぁぁーー!」

無邪気な笑顔で俺の顔に手を伸ばしてくる有一に、ぞくりと、背筋にはっきりと寒気が走った。
俺は反射的に有一を突き飛ばした。力いっぱい突き飛ばしてしまったせいで、小柄な子供の体は簡単に後ろに倒れて尻もちをつく。
俺は素早く立ち上がって有一を見据えた。有一は「いったぁい。お兄ちゃんひどいなぁ。」と痛みで泣く訳でもなく、相変わらずにっこりと笑顔を浮かべていた。その姿にまたゾッとする。
有一はパンパンとお尻についた埃を両手で払い落とす仕草をすると、きょとんと目を丸くして、不思議そうに首を傾げた。

「お兄ちゃん、急にどうしたの?」
「……君は人間……なのか?それとも……」
「あはっ、やだなぁ~、僕は僕だよ。」
「君がこの屋敷に肝試しに来た人たちを殺してるのか?」
「そうだよ!」

にっこりと無邪気な笑顔を浮かべたまま、有一はなんてことのないようにそう答えた。
あまりにもあっさりと言うものだから、冗談を言っているのかと錯覚してしまいそうになった。けれど、有一は言葉を続けた。

「だって、僕の家に勝手に上がってきたんだもん。僕がどうしようと勝手だよね?」
「どうして、そんなこと……」
「欲しかったんだぁ~」
「何、を……」
「僕がずーーと愛されるために、大量の血と、美しい顔が。」
「何を……言ってるんだ?」
「お兄ちゃんの顔はすごく綺麗だよね。今まで集めた顔よりも綺麗。だからねぇ、僕にちょうだい!」
「なっ!」

そう言った瞬間に、有一が一瞬で俺の目の前に現れた。速い。
あまりにも速すぎて、目で追えなかった。有一が俺の首を掴んで締め上げる。
「ぐうっ」と喉が圧迫されて唸り声が漏れ出た。息が上手く出来なくて、意識が朦朧とする。
逃げなくては。なんとかしなければ、殺される。
俺はぐっと体に力を入れて、握り締めた拳を有一の顔面に打ち込んだ。
ゴリッという嫌な音を立てて拳が小さな子供の顔にめり込む。
正直、嫌な感触だった。それでも有一は殴られた拍子に俺を離した。
空気が一気に喉に送られて、俺は思いっきり咳き込んだ。

「ゴホッゴホッ!」
「あっ……ぁぁああぁぃぁあ!!僕の、顔が!かおがァぁぁああぁぃぁあ!!」
「っ!」

有一は俺に殴られた顔を両手で覆いながらふらりとよろめいていた。
咳き込みながらも、有一を警戒して俺は彼をじっと見据えた。
けれど次の瞬間には、有一はまるで煙のようにその場から消えてしまったのだった。

「……えっ?」

あまりにも突然のことに、俺は茫然と立ち尽くす。
逃げた……のか?でもどうして。

「どうやら殺されずに済んだようだな。」
「うわぁぁぁっ!」

不意に耳元で声がして、俺は驚くあまり大声で叫んだ。
すると俺の横には何故かあの時俺たちを襲った青い鳥がいて、俺が驚いて仰け反ると、鳥は小馬鹿にしたように鼻で笑った。

「はっ、有一を追い払ったから強いのかと思えば、ただの小僧か。」
「いきなり現れたら誰だって驚くだろ!」
「私は最初からこの部屋にいたさ。」
「てことは、お前は有一とグルなのか?」

俺がそう言うと、青い鳥は唐突に不機嫌そうに目を細めた。

「ふん!そうだと言われればそうだが、俺と有一を仲間だと思うなよ!」
「どういう事だ?」
「人の子のお前に話したところで……いや。」

不意に、青い鳥が俺のことをまじまじと見つめてきた。
まるで値踏みするかのようにジロジロと見られて、あまりいい気はしなかった。
思わず顔をしかめて鳥を見る。

「……なんだ?」
「お前……中々強い霊力を持っているようだな。これなら、見つけられるかもしれない。」
「見つける?」
「おい小僧!私に協力しろ!上手くいけば、お前をここから逃がしてやる!」

突然、鳥からそんな駆け引きを持ちかけられた。
どうやら訳ありらしいこの鳥から、俺はこの屋敷に関わる話を聞くことになるのだった。
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