もしも虎杖悠仁と夏目貴志が出会ったら
「……手を組む?」
「ええ、我々は恐らく同じ事件を追っていると思うのですが……」
「えっ……協力するってこと?いいぜ!」
「待て虎杖!」
「なんだよ伏黒?」
虎杖は的場の言った言葉にすぐに笑顔を浮かべ、親指を立てて爽やかに了承した。
しかしその虎杖の肩を掴んで止めたのは、伏黒であった。
虎杖は怪訝そうな顔で伏黒を見つめるが、伏黒の表情は険しかった。
「簡単に返事するな!」
「えっ、何で?」
「相手の目的が分からないのに、勝手に約束するんじゃない!」
「そうよ!本当にあんたはバカなんだから!もっと警戒しなさいよ!」
虎杖の軽率な行動に、伏黒と釘崎はもっと警戒しろ、相手を疑えと怒るが、虎杖は何故二人がそんなに怒るのかよく分からないようで、不思議そうにきょとんとしていた。
「えっ、何で怒ってるの?だってこの人祓い屋なんだろ?だったらお互いに協力すれば良くね?」
「そんな簡単な問題じゃない!」
「何で?同じ事件を追ってるなら協力した方が良くね?」
「だからねぇ〜」
虎杖の言葉に頭痛がしたのか、釘崎はこめかみを押さえて呆れたように唸る。
このままでは協力してもらえなさそうな様子に、俺は思わず口を挟んだ。
「あの……俺からも頼む。協力して欲しいんだ。」
「夏目……そういや何でお前がここに居るんだ。」
「あっ、そうそう。俺もそれ聞きたかった!夏目も祓い屋ってのなの?」
「いや、俺は……」
「違うでしょ?だったら最初に会った時にあの妖怪夏目一人で倒せたでしょ。」
「あっ、それもそっか!だったら何で……」
「彼は私の協力者ですよ。今は助手のようなものです。」
「的場さん!」
「助手?弟子じゃないのか?」
伏黒の言葉に夏目は慌てて首を横に振る。
「違う!俺は祓い屋でもないし、的場さんの助手でも弟子でもない!協力者なのは本当だが……」と言うと、「そうなのか?」と伏黒に尋ねられ、夏目は必死に首を縦に頷いた。
的場は隣で「おや、私はいつでも君は大歓迎ですよ。」と笑顔で言うし、今は黙ってて欲しいと思う夏目だった。
「俺たちは、この心霊スポットで立て続けに起きている死亡事件の調査に関わって、行方がわからなくなった人を探しに来たんだ。」
「あっ、それって一週間前に行方不明になったっていう祓い屋のこと?」
「ああ、何か知っているのか!?」
「いや、俺もよくは……」
「頼む!教えてくれ!どんな些細な情報でもいいんだ!」
「ちょっ、夏目落ち着けって……「ええいまどろっこしい!グダグダと話し合っておらんでちゃっちゃと協力でもなんでもして終わらせればいいだろう!」
「わっ!ニャンコ先生!?」
「何だ!?ねっ、猫が喋ったァ!」
ずっと夏目たちの会話を黙って聞いていたニャンコ先生が突然口を開いたことで、それまでニャンコ先生のことをただのブサイクな猫だと思っていた虎杖たちは驚いて先生を見下ろした。
ニャンコ先生はそんな彼等をふんっと鼻を鳴らして見上げると、ぴょんっと飛び上がって夏目の肩に飛び乗った。
いつまでももたついて話す夏目たちのやり取りにいい加減面倒くさくなってきたようだ。
虎杖と釘崎に至っては、ニャンコ先生を目をこれでもかと大きく見開いて凝視している。
「まったくくだらん事でいつまでもグダグダと!同じ目的ならさっさと協力でもなんでもしてしまえ!」
「えっ、ちょっ!その猫どうなってんの!?」
「てか、今更だけどすんごいブサイクなんだけど!?」
「なんだと小娘!このプリティーで愛くるしい私に向かってブサイクだと!?」
「どこがプリティーだ!?どっからどう見てもブサイク以外の何物でもないだろうが!」
「小娘が生意気な!喰ってやるぞ!」
「ああん!?上等よ!かかってこいやー!」
「やめろーー!」
今にも釘崎とニャンコ先生の喧嘩が始まろうという一触即発の空気の中、ニャンコ先生が釘崎に飛びかかろうと夏目の肩から飛び降りた。
その瞬間、夏目がキレた。先生が釘崎に飛びかかる前に先生の丸い白い頭に強烈なゲンコツを振り下ろしたのである。
ゴンッと鈍く重い、痛そうな音が響き渡る。
殴られたニャンコ先生の頭には大きなたんこぶが風船のように膨れ上がり、先生は頭を押さえて蹲ったのだった。
「おのれ夏目……今に見ていろ……」
「たくっ、今は喧嘩している場合じゃないだろ。」
「はんっ!ざまぁ!」
「ぐぬぅ!」
「……そいつは夏目の式妖か?」
「いや、俺に式はいない。先生は用心棒なんだ。」
「先生?」
「こいつは私の子分なのだ!弱いから私が守ってやっているのさ!」
「あんたが子分の間違いじゃないの?」
「違うわ馬鹿たれ!誰が人間なんぞの子分になるか!」
「随分と偉そうな猫だな。」
「おいまさか……そいつ、調伏も契約も何もしてないのか!?」
「えっ、ああ。俺は先生を従えている訳じゃないからな。」
「馬鹿かお前!そいつは妖怪だろ!」
夏目の言葉に伏黒は顔色を変えて夏目を怒鳴った。
珍しく声を荒らげる伏黒に、虎杖はびっくりした顔で彼を見る。
しかし夏目は伏黒が言いたいことが分かっているのか、静かに彼の言葉を聞いていた。
「妖怪を調伏もせずに連れて歩くとか、何考えてんだ!」
「ちょっ、落ち着けって伏黒!」
「伏黒の言いたいことは分かってる。今までそう言って俺に忠告してくれた人は何人もいたよ。それでも……」
妖怪だから、人とは違う存在だから、そんな理由で妖を式として無理やり従わざることを、夏目は好いていなかった。
今まで名取や的場にもその危険性を散々聞かされた。だから伏黒の言い分も分かるのだ。
確かに妖は人を襲うし、中には食べてしまう恐ろしい者もいる。けれど、人を愛し、慈しんでくれる心優しい者の存在も夏目は知っている。
だからこそ、妖の恐ろしさも優しさもどちらも知っている上で思うのだ。
「妖は俺にとって、大切な友人なんだ。無理やり従わせる気は、俺にはないよ。」
「……後悔するかもしれないぞ?」
「それでも、俺は嫌なんだ。」
「お前……甘いって言われないか?」
「結構言われる。」
夏目の真意を確かめるようにそう吐き捨てれば、夏目は真っ直ぐな瞳で伏黒を見つめながらはっきりと嫌だと言った。
そんな夏目に呆れたようにため息をつきながら甘いと言えば、彼は少しだけ困ったように笑って、それでも穏やかに微笑んでいた。
そんな夏目のお人好しぶりに毒気を抜かれたのか、伏黒はがしがしと後ろ頭をかくと、また一つため息をついて言った。
「警戒してたこっちが馬鹿らしいな……分かった。協力する。」
「伏黒……ありがとう。」
「夏目ってきっと苦労するタイプね。」
「そうか?」
「一先ず、お互いの情報でも整理するか?」
こうして、呪術師と祓い屋チームで協力することになったのである。
そんな若い者たちのやり取りを、的場は一歩引いたところでどこか懐かしそうに見ていたのであった。[newpage]
「――で、お互いの情報を交換してみたはいいけど、知ってることはほぼ同じで新しい情報は無し。まっったく進展しなかったわね。」
「そう言うなって釘崎。」
「可能性として、今回の事件には呪霊と妖怪どちらかが絡んでいるって事だな。」
「或いは、そのどちらも絡んでいる可能性もありますね。」
「先生、呪霊と妖が手を組むことってあるのか?」
「さあな。本来なら言葉を解する事も出来ない存在と手を組むなど有り得んが、相手が知性のある呪霊なら有り得るかもな。」
「特級がいるってことか?」
「飽くまでも可能性だ。」
あれからお互いに知っている情報を出し合って整理しようとしたが、残念ながらお互いに既に知っているような情報ばかりで、新たな情報を得ることは出来なかった。
そしてニャンコ先生の言葉で特級呪霊の可能性も視野に入れなくてはならなくなった為、皆気が重くなる。
けれど伏黒が「まあ、それは最悪のケースであって中々特級呪霊に遭遇することはない……と思う。」とフォローなのかそうじゃないのかよく分からない事を言った。釘崎が「どっちだよ。」と冷静にツッコミを入れていたが、それは流された。
「んー、悩んでも仕方ねぇし、とりあえず屋敷の中見て回る?」
「そうね。」
「別れて探すのか?」
「――いえ、状況が分からない以上、それは止めておいた方がいいでしょう。それに……おや。」
「的場さん?」
夏目たちがこれからどう行動するか話し合っていた時、不意に発言していた的場が言葉を止めた。
あまりにも不自然なところで言葉を止めたので、夏目はどうしたのだろうと的場を見る。
彼はまるで何かに気付いたように、視線を屋敷の二階に続く階段の方へと向けた。
心なしか険しい表情をしているような気がして、夏目がもう一度声をかけようとした。けれどそれは叶わず、的場は夏目たちの方を見て静かに告げた。
「……この屋敷に放っておいた私の式が二体倒されました。」
「――えっ。」
その言葉に、皆が息を飲んだ。
ニャンコ先生がスっと目を細めて、「的場の式がやられるなら、それなりの奴だろうな」と嬉しくもない情報を言い出す。
「ヤバいじゃん!夏目は戦えないんだろ?お前だけでも外で待ってた方が……っ!危ねぇ!」
「えっ?うわぁぁ!」
虎杖が夏目を心配して彼だけでも外に逃がそうと声をかけた途端、虎杖が何かに気づいた様に叫んだ。
瞬間、それは夏目たちに襲い掛かるように放たれた。何かが夏目たちの身体をスレスレに掠めるように降ってきたのだ。
さながら大きな雹の固まりが、凄まじい速度で勢いよく降ってきたような威力があった。
床の砂埃がぶわっと辺りに舞い、視界を遮る。
夏目が思わず降ってきたそれを確認しようと床を見れば、それは羽根だった。
青く美しい、澄んだ水面の色を写し取ったような美しい羽根。それは物理的には有り得ないくらいの威力を持って夏目たちを攻撃し、床に深々と刺さっていた。
あんな柔らかそうな羽根なのに、床に刺さるのか。当たっていたら死んでいたかもしれないと思い、夏目は思わずゴクリと唾を飲んだ。
夏目が羽根を凝視していると、伏黒の玉犬の唸り声を聞いて、ハッと我に返った。
慌てて羽根が降ってきた方を見ると、そには美しい一羽の青い鳥がいた。こんなに美しい鳥は見たことがないという程、とても綺麗だった。
けれど状況から見て、攻撃してきたのは間違いなくあの鳥だろう。
「去れ!呪術師と祓い屋が何用か!」
「あいつが犯人?」
「状況からその可能性が高いだろうな。玉犬!」
「ウオォオォォン!」
「ちっ、速いな!」
「大丈夫!私に任せろ!」
伏黒が命令した瞬間、玉犬が咆哮を上げて鳥目掛けて飛びかかるが、ひらりと舞うようにかわされてしまう。
しかし釘崎がすかさず床に刺さっている羽根を拾い、藁人形を取り出した。
そして渾身の力を込めて「共鳴り」を打ち込もうと釘と金槌を構えた。
これで決まった。そう誰もが思った瞬間だった。
「うっ、わぁぁぁ!」
「夏目!」
「なっ!」
夏目の足元から影が現れ、そこから不意に手が伸びて夏目の足首を掴んだのである。
そして夏目が抵抗する間もなく、彼の悲鳴と共に夏目は影の中に引きずり込まれてしまった。
事態に気付いたニャンコ先生が影に飛び込もうとしたが一歩遅く、夏目と共に影は姿を消してしまった。
「夏目!?」
「うっそだろ!」
「……あいつは!?」
皆が夏目に気を取られているほんの数秒の間に、鳥のことを警戒していた伏黒が慌てて振り返る。
けれどもう、そこには鳥の姿もなかったのである。
夏目はあっさりと、正体の分からない者に攫われてしまったのであった。
「ええ、我々は恐らく同じ事件を追っていると思うのですが……」
「えっ……協力するってこと?いいぜ!」
「待て虎杖!」
「なんだよ伏黒?」
虎杖は的場の言った言葉にすぐに笑顔を浮かべ、親指を立てて爽やかに了承した。
しかしその虎杖の肩を掴んで止めたのは、伏黒であった。
虎杖は怪訝そうな顔で伏黒を見つめるが、伏黒の表情は険しかった。
「簡単に返事するな!」
「えっ、何で?」
「相手の目的が分からないのに、勝手に約束するんじゃない!」
「そうよ!本当にあんたはバカなんだから!もっと警戒しなさいよ!」
虎杖の軽率な行動に、伏黒と釘崎はもっと警戒しろ、相手を疑えと怒るが、虎杖は何故二人がそんなに怒るのかよく分からないようで、不思議そうにきょとんとしていた。
「えっ、何で怒ってるの?だってこの人祓い屋なんだろ?だったらお互いに協力すれば良くね?」
「そんな簡単な問題じゃない!」
「何で?同じ事件を追ってるなら協力した方が良くね?」
「だからねぇ〜」
虎杖の言葉に頭痛がしたのか、釘崎はこめかみを押さえて呆れたように唸る。
このままでは協力してもらえなさそうな様子に、俺は思わず口を挟んだ。
「あの……俺からも頼む。協力して欲しいんだ。」
「夏目……そういや何でお前がここに居るんだ。」
「あっ、そうそう。俺もそれ聞きたかった!夏目も祓い屋ってのなの?」
「いや、俺は……」
「違うでしょ?だったら最初に会った時にあの妖怪夏目一人で倒せたでしょ。」
「あっ、それもそっか!だったら何で……」
「彼は私の協力者ですよ。今は助手のようなものです。」
「的場さん!」
「助手?弟子じゃないのか?」
伏黒の言葉に夏目は慌てて首を横に振る。
「違う!俺は祓い屋でもないし、的場さんの助手でも弟子でもない!協力者なのは本当だが……」と言うと、「そうなのか?」と伏黒に尋ねられ、夏目は必死に首を縦に頷いた。
的場は隣で「おや、私はいつでも君は大歓迎ですよ。」と笑顔で言うし、今は黙ってて欲しいと思う夏目だった。
「俺たちは、この心霊スポットで立て続けに起きている死亡事件の調査に関わって、行方がわからなくなった人を探しに来たんだ。」
「あっ、それって一週間前に行方不明になったっていう祓い屋のこと?」
「ああ、何か知っているのか!?」
「いや、俺もよくは……」
「頼む!教えてくれ!どんな些細な情報でもいいんだ!」
「ちょっ、夏目落ち着けって……「ええいまどろっこしい!グダグダと話し合っておらんでちゃっちゃと協力でもなんでもして終わらせればいいだろう!」
「わっ!ニャンコ先生!?」
「何だ!?ねっ、猫が喋ったァ!」
ずっと夏目たちの会話を黙って聞いていたニャンコ先生が突然口を開いたことで、それまでニャンコ先生のことをただのブサイクな猫だと思っていた虎杖たちは驚いて先生を見下ろした。
ニャンコ先生はそんな彼等をふんっと鼻を鳴らして見上げると、ぴょんっと飛び上がって夏目の肩に飛び乗った。
いつまでももたついて話す夏目たちのやり取りにいい加減面倒くさくなってきたようだ。
虎杖と釘崎に至っては、ニャンコ先生を目をこれでもかと大きく見開いて凝視している。
「まったくくだらん事でいつまでもグダグダと!同じ目的ならさっさと協力でもなんでもしてしまえ!」
「えっ、ちょっ!その猫どうなってんの!?」
「てか、今更だけどすんごいブサイクなんだけど!?」
「なんだと小娘!このプリティーで愛くるしい私に向かってブサイクだと!?」
「どこがプリティーだ!?どっからどう見てもブサイク以外の何物でもないだろうが!」
「小娘が生意気な!喰ってやるぞ!」
「ああん!?上等よ!かかってこいやー!」
「やめろーー!」
今にも釘崎とニャンコ先生の喧嘩が始まろうという一触即発の空気の中、ニャンコ先生が釘崎に飛びかかろうと夏目の肩から飛び降りた。
その瞬間、夏目がキレた。先生が釘崎に飛びかかる前に先生の丸い白い頭に強烈なゲンコツを振り下ろしたのである。
ゴンッと鈍く重い、痛そうな音が響き渡る。
殴られたニャンコ先生の頭には大きなたんこぶが風船のように膨れ上がり、先生は頭を押さえて蹲ったのだった。
「おのれ夏目……今に見ていろ……」
「たくっ、今は喧嘩している場合じゃないだろ。」
「はんっ!ざまぁ!」
「ぐぬぅ!」
「……そいつは夏目の式妖か?」
「いや、俺に式はいない。先生は用心棒なんだ。」
「先生?」
「こいつは私の子分なのだ!弱いから私が守ってやっているのさ!」
「あんたが子分の間違いじゃないの?」
「違うわ馬鹿たれ!誰が人間なんぞの子分になるか!」
「随分と偉そうな猫だな。」
「おいまさか……そいつ、調伏も契約も何もしてないのか!?」
「えっ、ああ。俺は先生を従えている訳じゃないからな。」
「馬鹿かお前!そいつは妖怪だろ!」
夏目の言葉に伏黒は顔色を変えて夏目を怒鳴った。
珍しく声を荒らげる伏黒に、虎杖はびっくりした顔で彼を見る。
しかし夏目は伏黒が言いたいことが分かっているのか、静かに彼の言葉を聞いていた。
「妖怪を調伏もせずに連れて歩くとか、何考えてんだ!」
「ちょっ、落ち着けって伏黒!」
「伏黒の言いたいことは分かってる。今までそう言って俺に忠告してくれた人は何人もいたよ。それでも……」
妖怪だから、人とは違う存在だから、そんな理由で妖を式として無理やり従わざることを、夏目は好いていなかった。
今まで名取や的場にもその危険性を散々聞かされた。だから伏黒の言い分も分かるのだ。
確かに妖は人を襲うし、中には食べてしまう恐ろしい者もいる。けれど、人を愛し、慈しんでくれる心優しい者の存在も夏目は知っている。
だからこそ、妖の恐ろしさも優しさもどちらも知っている上で思うのだ。
「妖は俺にとって、大切な友人なんだ。無理やり従わせる気は、俺にはないよ。」
「……後悔するかもしれないぞ?」
「それでも、俺は嫌なんだ。」
「お前……甘いって言われないか?」
「結構言われる。」
夏目の真意を確かめるようにそう吐き捨てれば、夏目は真っ直ぐな瞳で伏黒を見つめながらはっきりと嫌だと言った。
そんな夏目に呆れたようにため息をつきながら甘いと言えば、彼は少しだけ困ったように笑って、それでも穏やかに微笑んでいた。
そんな夏目のお人好しぶりに毒気を抜かれたのか、伏黒はがしがしと後ろ頭をかくと、また一つため息をついて言った。
「警戒してたこっちが馬鹿らしいな……分かった。協力する。」
「伏黒……ありがとう。」
「夏目ってきっと苦労するタイプね。」
「そうか?」
「一先ず、お互いの情報でも整理するか?」
こうして、呪術師と祓い屋チームで協力することになったのである。
そんな若い者たちのやり取りを、的場は一歩引いたところでどこか懐かしそうに見ていたのであった。[newpage]
「――で、お互いの情報を交換してみたはいいけど、知ってることはほぼ同じで新しい情報は無し。まっったく進展しなかったわね。」
「そう言うなって釘崎。」
「可能性として、今回の事件には呪霊と妖怪どちらかが絡んでいるって事だな。」
「或いは、そのどちらも絡んでいる可能性もありますね。」
「先生、呪霊と妖が手を組むことってあるのか?」
「さあな。本来なら言葉を解する事も出来ない存在と手を組むなど有り得んが、相手が知性のある呪霊なら有り得るかもな。」
「特級がいるってことか?」
「飽くまでも可能性だ。」
あれからお互いに知っている情報を出し合って整理しようとしたが、残念ながらお互いに既に知っているような情報ばかりで、新たな情報を得ることは出来なかった。
そしてニャンコ先生の言葉で特級呪霊の可能性も視野に入れなくてはならなくなった為、皆気が重くなる。
けれど伏黒が「まあ、それは最悪のケースであって中々特級呪霊に遭遇することはない……と思う。」とフォローなのかそうじゃないのかよく分からない事を言った。釘崎が「どっちだよ。」と冷静にツッコミを入れていたが、それは流された。
「んー、悩んでも仕方ねぇし、とりあえず屋敷の中見て回る?」
「そうね。」
「別れて探すのか?」
「――いえ、状況が分からない以上、それは止めておいた方がいいでしょう。それに……おや。」
「的場さん?」
夏目たちがこれからどう行動するか話し合っていた時、不意に発言していた的場が言葉を止めた。
あまりにも不自然なところで言葉を止めたので、夏目はどうしたのだろうと的場を見る。
彼はまるで何かに気付いたように、視線を屋敷の二階に続く階段の方へと向けた。
心なしか険しい表情をしているような気がして、夏目がもう一度声をかけようとした。けれどそれは叶わず、的場は夏目たちの方を見て静かに告げた。
「……この屋敷に放っておいた私の式が二体倒されました。」
「――えっ。」
その言葉に、皆が息を飲んだ。
ニャンコ先生がスっと目を細めて、「的場の式がやられるなら、それなりの奴だろうな」と嬉しくもない情報を言い出す。
「ヤバいじゃん!夏目は戦えないんだろ?お前だけでも外で待ってた方が……っ!危ねぇ!」
「えっ?うわぁぁ!」
虎杖が夏目を心配して彼だけでも外に逃がそうと声をかけた途端、虎杖が何かに気づいた様に叫んだ。
瞬間、それは夏目たちに襲い掛かるように放たれた。何かが夏目たちの身体をスレスレに掠めるように降ってきたのだ。
さながら大きな雹の固まりが、凄まじい速度で勢いよく降ってきたような威力があった。
床の砂埃がぶわっと辺りに舞い、視界を遮る。
夏目が思わず降ってきたそれを確認しようと床を見れば、それは羽根だった。
青く美しい、澄んだ水面の色を写し取ったような美しい羽根。それは物理的には有り得ないくらいの威力を持って夏目たちを攻撃し、床に深々と刺さっていた。
あんな柔らかそうな羽根なのに、床に刺さるのか。当たっていたら死んでいたかもしれないと思い、夏目は思わずゴクリと唾を飲んだ。
夏目が羽根を凝視していると、伏黒の玉犬の唸り声を聞いて、ハッと我に返った。
慌てて羽根が降ってきた方を見ると、そには美しい一羽の青い鳥がいた。こんなに美しい鳥は見たことがないという程、とても綺麗だった。
けれど状況から見て、攻撃してきたのは間違いなくあの鳥だろう。
「去れ!呪術師と祓い屋が何用か!」
「あいつが犯人?」
「状況からその可能性が高いだろうな。玉犬!」
「ウオォオォォン!」
「ちっ、速いな!」
「大丈夫!私に任せろ!」
伏黒が命令した瞬間、玉犬が咆哮を上げて鳥目掛けて飛びかかるが、ひらりと舞うようにかわされてしまう。
しかし釘崎がすかさず床に刺さっている羽根を拾い、藁人形を取り出した。
そして渾身の力を込めて「共鳴り」を打ち込もうと釘と金槌を構えた。
これで決まった。そう誰もが思った瞬間だった。
「うっ、わぁぁぁ!」
「夏目!」
「なっ!」
夏目の足元から影が現れ、そこから不意に手が伸びて夏目の足首を掴んだのである。
そして夏目が抵抗する間もなく、彼の悲鳴と共に夏目は影の中に引きずり込まれてしまった。
事態に気付いたニャンコ先生が影に飛び込もうとしたが一歩遅く、夏目と共に影は姿を消してしまった。
「夏目!?」
「うっそだろ!」
「……あいつは!?」
皆が夏目に気を取られているほんの数秒の間に、鳥のことを警戒していた伏黒が慌てて振り返る。
けれどもう、そこには鳥の姿もなかったのである。
夏目はあっさりと、正体の分からない者に攫われてしまったのであった。