もしも虎杖悠仁と夏目貴志が出会ったら
今は幽霊屋敷と呼ばれるそのお屋敷には、数年前までとても裕福な家族が住んでいた。
優しい両親ととても美しい容姿の双子の兄弟の家族。誰もが羨むような理想の家族だった。
けれどある時、そのお屋敷に火事が起きた。雇っていた家政婦が盗みを働き、証拠隠滅のために家に火を放ったのだ。
そうして息子の一人は亡くなった。それから家族の身に立て続けに不幸が起こるようになった。
父親の会社が倒産し、母は病に倒れ、息子は交通事故にあって死んだ。
二人の息子を失った両親はショックで自殺した。そうしてこのお屋敷には家族の霊が出るようになったらしい。
「――というのが、これから向かう幽霊屋敷と呼ばれる心霊スポットでの噂です。」
的場さんから聞かされた話に、俺は眉をひそめる。
心霊スポットと呼ばれるような場所には、妖が住み着いている可能性が高い。
だから俺は今までそう言った類の場所には、絶対に近付かないようにしてきた。
ただでさえ見えるということで妖から絡まれやすいのに、自分から厄介なことに首を突っ込む様なことなどしたくないからだ。
だけど今回ばかりはそんな訳にはいかない。
名取さんが関わっているのなら、放っておくことなど出来ないからだ。
俺が行ったところで、何も出来ないかもしれない。それでも、名取さんを助けたかった。
だから足手まといになるかもしれないけれど、的場さんに同行することに決めたのだから。
「……そこにいる妖は、そんなに危険なんですか?」
「ええ、その幽霊屋敷に肝試しに訪れた者全てが死亡しています。被害者の数は分かっているだけでも13人。その全員が全身の血を抜かれて死亡しています。その中でも三人だけが何故か顔の皮を剥ぎ取られているんです。」
「めちゃくちゃ危険じゃないですか!」
さらりとなんてことの無いように、涼し気な顔でそう話す的場さんに、俺は真っ青になった。
冗談じゃない。そんな危険な場所にこれから向かうなんて聞いてない。
いや、名取さんが行方不明になったという時点でもう安全ではないとは覚悟していたけれど、死者が出ているなんてことは聞いていない。
そんな大事なこと、今になって言わないで欲しい。
俺の心情を知ってか知らずか、的場さんは「そうですね。」と相変わらず感情の読めないうっさんくさい作り笑いを浮かべて言う。
「13人とは容赦ない数だな。主の妖か?」
「それは分かりません……が。」
「が?」
「どうやら今回の事件は、妖だけの仕業ではないかもしれません。」
「えっ。」
「夏目くんは、呪霊という存在を知っていますか?」
「!」
的場さんの口から出た言葉に、俺は息を飲んだ。
俺の顔色が変わったのを見て、ニャンコ先生は目を細め、的場さんは何かを察したのか「おや、知っていましたか。」と静かに呟いた。
知っているも何も、ほんの少し前に聞かされたばかりだ。
実際には関わりになりたくないと思っていた矢先にこれか。
「……今日、呪術師かもしれない人達に会いました。その人達から呪霊について、教えてもらって……」
「ほう?それでは説明は不要ですね。」
「呪霊と妖、両方が関わっているんですか?」
「何とも言えませんね。」
「………」
俺が思っている以上に、事態は最悪なのかもしれない。
どうする?俺に何か出来るのか?
的場さんから状況を詳しく説明されて、今更ながら俺が来て良かったのかと少しだけ後悔した。
けれど的場さんは、わざわざ足手まといになるかもしれない俺を連れて行こうとしている。何か理由があるのだろうか?
この人にだって危険な状況の筈だ。それでも俺を連れて来たのには、きっと俺にしかできないことがあるからなのかもしれない。だったら、俺は……
そうこう考えを巡らせていたら、車が不意に停車した。
「的場様、目的地に到着しました。」
「おや、話していたらあっという間でしたね。」
「やぁ~っと着いたか!」
「夏目くん、行きましょうか。」
「……はい。」
俺たちが車を降りると、運転手さんは的場さんと一言二言話して、何処かへと行ってしまった。
辺りを見回すと、所々に家らしき建物が立っている。
田畑に囲まれたのどかな田舎のような土地に、ここが東京に位置する場所だと忘れそうになる。
まあ、俺が住んでいる所も似たようなものなので人のことは言えない。
「ここから少し歩きます。」
「思ったよりも、近くに家があるんですね。心霊スポットなんて言うから、もっと山奥とか想像してました。」
「ええ、ですが心霊スポットになってからは近隣住民は怯えて引っ越してしまったらしいので、殆どこの当たりは廃墟になっていますよ。」
そう言われて周囲の家々をもう一度見てみる。
確かに昼間だと言うのに出歩いている人は一人もいないし、通りかかった家々には人の気配が感じられなかった。
的場さんの後に続いて、少し林のような場所になっている道を進んでいくと、ニャンコ先生が不意に「むっ!」と小さく声を漏らした。
「どうしたんだ先生?」
「感じないか?」
「――え?」
「この先からヤバい気配がするぞ。」
「……怖いこと言うなよ。」
先生がそう言うくらいだから、やはりこの先は相当危険なのだろうか。
俺は早くも帰りたい気持ちになった。けれど、名取さんを助け出すまでは帰れない。
俺はゴクリと唾を飲み込んで進んでいく。
道を進んでいくと、目の前に大きな建物が見えてきた。
ここが例の幽霊屋敷なのだろう。
「此処、ですか?」
「此処ですね。」
屋敷は思ったよりも状態が綺麗だった。心霊スポットなんて呼ばれるくらいだから、もっと荒れた廃墟のような所を想像していた。
けれど、屋敷は想像よりもしっかりと建物の形を残していた。
住んでいた家族がいなくなったのが数年前ということだから、あたり前なのかもしれないが……
「では中に入りましょう。」
「……そうですね。」
「怖いですか?」
「今それ聞きます?」
「おやおや、これは失敬。」
屋敷からはなんとも言えないが、とても嫌な気配がした。
禍々しいというか、体が竦むというか、兎に角ここにいたくないと思わせる嫌な感じ。
俺は竦みそうになる足を叱咤して、的場さんに続いて屋敷の中へと足を踏み入れた。
立て付けの悪くなった扉を力いっぱい引くと、むわっと埃の匂いが鼻ついた。
思わず袖で鼻を覆って顔をしかめた。
「ケホケホ……埃が……」
「……ふむ。肝試しに頻繁に人が出入りしたのか、足跡が多いですね。」
「あ……ほんとだ。」
白い埃の上には、まるで雪を踏み締めた跡のように、沢山の足跡があった。
それに所々壁にはスプレーで落書きがされており、床にはジュースやお酒の空き缶が転がっている。
明らかに悪戯目的で人が出入りしていたのが分かる。
試しに一番近い部屋へと入ると、そこも酷く荒らされていた。
床に散乱している腐った食べ物の臭いが鼻をついて、顔を歪めた。
「うわぁ……酷いな。」
「まあ、心霊スポットなんてこんなもんですよ。」
「何処から探索しますか?」
「そうですね……おや。」
「え?」
俺が的場さんに話しかけたその時だった。
何か妙な気配を感じたのである。この屋敷から感じる嫌な気配とか別に、何かこの屋敷一体を覆うように、何かしらの力が覆い被さったのだ。
気配に鈍い俺だって感じた違和感を、的場さんが見逃す筈がない。
的場さんが外を見ると、俺も釣られるように外へと視線を向けた。
すると屋敷全体が、何か黒い壁のような得体の知れないものに包まれるように覆われているのに気付いた。
「なっ!?えぇぇ!」
驚いて思わず窓に駆け寄ると、空が夜のように暗くなっていた。
現実ではありえない光景に、俺が絶句して言葉を失っていると、的場さんがぽつりと聞き取れるか聞き取れないかの小さな声で呟いた。
「帳……ですね」
「とばり?」
「呪術師が使う結界の一種です。どうやら彼等も来ているようですね。」
「えっ、呪術師って……」
「ということは、やはり此処には呪霊がいるんですね。」
「なっ!?」
的場さんは「これは困りましたね」と少しも困っていなさそうに笑って呟いた。
真っ青になる俺とは対照的に、余裕そうなのが無性に腹が立つ。
「たっ、大変じゃないですか!呪霊って、呪術師じゃないと対応できないんですよね!?」
「そうですね。祓い屋はあくまでも妖専門ですので。」
「そんな呑気に!なら、来ているかもしれない呪術師の方に協力を求めましょうよ!」
俺が青ざめた顔で焦ったように的場さんに詰め寄ると、的場さんは「それは難しいかもしれません」と言った。
「どういう意味ですか?」と尋ねれば、的場さんは祓い屋と呪術師は担当分野が違うから、本来ならば同じ任務に当たることはないのだと言う。
呪術師の中には祓い屋をよく思わない人もいるらしく、また祓い屋も呪術師を目の敵にしている者も多いとか。
だから呪術師が協力してくれるとは限らないと言う。運が悪ければこのまま帰されるかもしれないと。
それは困る。名取さんを助け出すまでは帰るわけにはいかないのだ。
そうこう話し合っているうちに、人の足跡が近付いてくる。
ニャンコ先生が小さく「来るぞ」と呟いて、俺は慌てて玄関の方へと駆け出した。
俺は呪術師を説得しようと思った。
呪術師に協力してもらえる可能性が零ではないのなら、俺は話し合ってみるべきだと思ったんだ。
そしてニャンコ先生と共に玄関へと向かうと、扉が開いた瞬間に、黒い何かが飛び込んできた。
「夏目!」
「うわっ!」
それは俺目掛けて突進してくると、咄嗟にニャンコ先生が俺を突き飛ばして助けてくれた。
それは真っ黒な大きな犬だった。
鋭い目付きで、牙を剥き出しにして、身を低くして俺たちを威嚇するように唸っている。
だかそれは、明らかに普通の犬ではないように思えた。
「妖!?」
「いや、違うな。これは……」
「あれ、夏目!?」
「――えっ?」
大きな犬のような妖を警戒していると、不意に聞き覚えのある声がした。
ハッとして顔を上げると、そこには虎杖が立っていた。
それだけじゃない。伏黒や釘崎もいる。
俺は思わぬ人物たちとの再会に驚いて目を丸くした。
けれど同時に、納得もした。嗚呼、やっぱり虎杖たちは呪術師だったんだなと。
虎杖は俺を見るや否や、慌てて駆け寄ってきた。
「夏目!お前なんでここに……」
「それは……」
「貴方たちは呪術高専の生徒ですね?」
「的場さん。」
「……誰?」
俺の後を追って来たのか、的場さんが後ろからやって来て虎杖に声をかけた。
それに虎杖はきょとりと目を丸くして尋ねる。
すると的場さんはにっこりと作り笑いを浮かべて言った。
「初めまして。私は的場一門頭首、 的場静司と申します。」
「はあ……」
「祓い屋か。」
「ええ、そうです。」
虎杖はよく分かっていなさそうであったが、伏黒は的場さんの正体に気付いたようで、怪訝そうに目を細めてそう呟いた。
そして的場さんは笑みを崩さずにこう言ったのである。
「呪術高専の皆さん、宜しければ手を組みませんか?」
優しい両親ととても美しい容姿の双子の兄弟の家族。誰もが羨むような理想の家族だった。
けれどある時、そのお屋敷に火事が起きた。雇っていた家政婦が盗みを働き、証拠隠滅のために家に火を放ったのだ。
そうして息子の一人は亡くなった。それから家族の身に立て続けに不幸が起こるようになった。
父親の会社が倒産し、母は病に倒れ、息子は交通事故にあって死んだ。
二人の息子を失った両親はショックで自殺した。そうしてこのお屋敷には家族の霊が出るようになったらしい。
「――というのが、これから向かう幽霊屋敷と呼ばれる心霊スポットでの噂です。」
的場さんから聞かされた話に、俺は眉をひそめる。
心霊スポットと呼ばれるような場所には、妖が住み着いている可能性が高い。
だから俺は今までそう言った類の場所には、絶対に近付かないようにしてきた。
ただでさえ見えるということで妖から絡まれやすいのに、自分から厄介なことに首を突っ込む様なことなどしたくないからだ。
だけど今回ばかりはそんな訳にはいかない。
名取さんが関わっているのなら、放っておくことなど出来ないからだ。
俺が行ったところで、何も出来ないかもしれない。それでも、名取さんを助けたかった。
だから足手まといになるかもしれないけれど、的場さんに同行することに決めたのだから。
「……そこにいる妖は、そんなに危険なんですか?」
「ええ、その幽霊屋敷に肝試しに訪れた者全てが死亡しています。被害者の数は分かっているだけでも13人。その全員が全身の血を抜かれて死亡しています。その中でも三人だけが何故か顔の皮を剥ぎ取られているんです。」
「めちゃくちゃ危険じゃないですか!」
さらりとなんてことの無いように、涼し気な顔でそう話す的場さんに、俺は真っ青になった。
冗談じゃない。そんな危険な場所にこれから向かうなんて聞いてない。
いや、名取さんが行方不明になったという時点でもう安全ではないとは覚悟していたけれど、死者が出ているなんてことは聞いていない。
そんな大事なこと、今になって言わないで欲しい。
俺の心情を知ってか知らずか、的場さんは「そうですね。」と相変わらず感情の読めないうっさんくさい作り笑いを浮かべて言う。
「13人とは容赦ない数だな。主の妖か?」
「それは分かりません……が。」
「が?」
「どうやら今回の事件は、妖だけの仕業ではないかもしれません。」
「えっ。」
「夏目くんは、呪霊という存在を知っていますか?」
「!」
的場さんの口から出た言葉に、俺は息を飲んだ。
俺の顔色が変わったのを見て、ニャンコ先生は目を細め、的場さんは何かを察したのか「おや、知っていましたか。」と静かに呟いた。
知っているも何も、ほんの少し前に聞かされたばかりだ。
実際には関わりになりたくないと思っていた矢先にこれか。
「……今日、呪術師かもしれない人達に会いました。その人達から呪霊について、教えてもらって……」
「ほう?それでは説明は不要ですね。」
「呪霊と妖、両方が関わっているんですか?」
「何とも言えませんね。」
「………」
俺が思っている以上に、事態は最悪なのかもしれない。
どうする?俺に何か出来るのか?
的場さんから状況を詳しく説明されて、今更ながら俺が来て良かったのかと少しだけ後悔した。
けれど的場さんは、わざわざ足手まといになるかもしれない俺を連れて行こうとしている。何か理由があるのだろうか?
この人にだって危険な状況の筈だ。それでも俺を連れて来たのには、きっと俺にしかできないことがあるからなのかもしれない。だったら、俺は……
そうこう考えを巡らせていたら、車が不意に停車した。
「的場様、目的地に到着しました。」
「おや、話していたらあっという間でしたね。」
「やぁ~っと着いたか!」
「夏目くん、行きましょうか。」
「……はい。」
俺たちが車を降りると、運転手さんは的場さんと一言二言話して、何処かへと行ってしまった。
辺りを見回すと、所々に家らしき建物が立っている。
田畑に囲まれたのどかな田舎のような土地に、ここが東京に位置する場所だと忘れそうになる。
まあ、俺が住んでいる所も似たようなものなので人のことは言えない。
「ここから少し歩きます。」
「思ったよりも、近くに家があるんですね。心霊スポットなんて言うから、もっと山奥とか想像してました。」
「ええ、ですが心霊スポットになってからは近隣住民は怯えて引っ越してしまったらしいので、殆どこの当たりは廃墟になっていますよ。」
そう言われて周囲の家々をもう一度見てみる。
確かに昼間だと言うのに出歩いている人は一人もいないし、通りかかった家々には人の気配が感じられなかった。
的場さんの後に続いて、少し林のような場所になっている道を進んでいくと、ニャンコ先生が不意に「むっ!」と小さく声を漏らした。
「どうしたんだ先生?」
「感じないか?」
「――え?」
「この先からヤバい気配がするぞ。」
「……怖いこと言うなよ。」
先生がそう言うくらいだから、やはりこの先は相当危険なのだろうか。
俺は早くも帰りたい気持ちになった。けれど、名取さんを助け出すまでは帰れない。
俺はゴクリと唾を飲み込んで進んでいく。
道を進んでいくと、目の前に大きな建物が見えてきた。
ここが例の幽霊屋敷なのだろう。
「此処、ですか?」
「此処ですね。」
屋敷は思ったよりも状態が綺麗だった。心霊スポットなんて呼ばれるくらいだから、もっと荒れた廃墟のような所を想像していた。
けれど、屋敷は想像よりもしっかりと建物の形を残していた。
住んでいた家族がいなくなったのが数年前ということだから、あたり前なのかもしれないが……
「では中に入りましょう。」
「……そうですね。」
「怖いですか?」
「今それ聞きます?」
「おやおや、これは失敬。」
屋敷からはなんとも言えないが、とても嫌な気配がした。
禍々しいというか、体が竦むというか、兎に角ここにいたくないと思わせる嫌な感じ。
俺は竦みそうになる足を叱咤して、的場さんに続いて屋敷の中へと足を踏み入れた。
立て付けの悪くなった扉を力いっぱい引くと、むわっと埃の匂いが鼻ついた。
思わず袖で鼻を覆って顔をしかめた。
「ケホケホ……埃が……」
「……ふむ。肝試しに頻繁に人が出入りしたのか、足跡が多いですね。」
「あ……ほんとだ。」
白い埃の上には、まるで雪を踏み締めた跡のように、沢山の足跡があった。
それに所々壁にはスプレーで落書きがされており、床にはジュースやお酒の空き缶が転がっている。
明らかに悪戯目的で人が出入りしていたのが分かる。
試しに一番近い部屋へと入ると、そこも酷く荒らされていた。
床に散乱している腐った食べ物の臭いが鼻をついて、顔を歪めた。
「うわぁ……酷いな。」
「まあ、心霊スポットなんてこんなもんですよ。」
「何処から探索しますか?」
「そうですね……おや。」
「え?」
俺が的場さんに話しかけたその時だった。
何か妙な気配を感じたのである。この屋敷から感じる嫌な気配とか別に、何かこの屋敷一体を覆うように、何かしらの力が覆い被さったのだ。
気配に鈍い俺だって感じた違和感を、的場さんが見逃す筈がない。
的場さんが外を見ると、俺も釣られるように外へと視線を向けた。
すると屋敷全体が、何か黒い壁のような得体の知れないものに包まれるように覆われているのに気付いた。
「なっ!?えぇぇ!」
驚いて思わず窓に駆け寄ると、空が夜のように暗くなっていた。
現実ではありえない光景に、俺が絶句して言葉を失っていると、的場さんがぽつりと聞き取れるか聞き取れないかの小さな声で呟いた。
「帳……ですね」
「とばり?」
「呪術師が使う結界の一種です。どうやら彼等も来ているようですね。」
「えっ、呪術師って……」
「ということは、やはり此処には呪霊がいるんですね。」
「なっ!?」
的場さんは「これは困りましたね」と少しも困っていなさそうに笑って呟いた。
真っ青になる俺とは対照的に、余裕そうなのが無性に腹が立つ。
「たっ、大変じゃないですか!呪霊って、呪術師じゃないと対応できないんですよね!?」
「そうですね。祓い屋はあくまでも妖専門ですので。」
「そんな呑気に!なら、来ているかもしれない呪術師の方に協力を求めましょうよ!」
俺が青ざめた顔で焦ったように的場さんに詰め寄ると、的場さんは「それは難しいかもしれません」と言った。
「どういう意味ですか?」と尋ねれば、的場さんは祓い屋と呪術師は担当分野が違うから、本来ならば同じ任務に当たることはないのだと言う。
呪術師の中には祓い屋をよく思わない人もいるらしく、また祓い屋も呪術師を目の敵にしている者も多いとか。
だから呪術師が協力してくれるとは限らないと言う。運が悪ければこのまま帰されるかもしれないと。
それは困る。名取さんを助け出すまでは帰るわけにはいかないのだ。
そうこう話し合っているうちに、人の足跡が近付いてくる。
ニャンコ先生が小さく「来るぞ」と呟いて、俺は慌てて玄関の方へと駆け出した。
俺は呪術師を説得しようと思った。
呪術師に協力してもらえる可能性が零ではないのなら、俺は話し合ってみるべきだと思ったんだ。
そしてニャンコ先生と共に玄関へと向かうと、扉が開いた瞬間に、黒い何かが飛び込んできた。
「夏目!」
「うわっ!」
それは俺目掛けて突進してくると、咄嗟にニャンコ先生が俺を突き飛ばして助けてくれた。
それは真っ黒な大きな犬だった。
鋭い目付きで、牙を剥き出しにして、身を低くして俺たちを威嚇するように唸っている。
だかそれは、明らかに普通の犬ではないように思えた。
「妖!?」
「いや、違うな。これは……」
「あれ、夏目!?」
「――えっ?」
大きな犬のような妖を警戒していると、不意に聞き覚えのある声がした。
ハッとして顔を上げると、そこには虎杖が立っていた。
それだけじゃない。伏黒や釘崎もいる。
俺は思わぬ人物たちとの再会に驚いて目を丸くした。
けれど同時に、納得もした。嗚呼、やっぱり虎杖たちは呪術師だったんだなと。
虎杖は俺を見るや否や、慌てて駆け寄ってきた。
「夏目!お前なんでここに……」
「それは……」
「貴方たちは呪術高専の生徒ですね?」
「的場さん。」
「……誰?」
俺の後を追って来たのか、的場さんが後ろからやって来て虎杖に声をかけた。
それに虎杖はきょとりと目を丸くして尋ねる。
すると的場さんはにっこりと作り笑いを浮かべて言った。
「初めまして。私は的場一門頭首、 的場静司と申します。」
「はあ……」
「祓い屋か。」
「ええ、そうです。」
虎杖はよく分かっていなさそうであったが、伏黒は的場さんの正体に気付いたようで、怪訝そうに目を細めてそう呟いた。
そして的場さんは笑みを崩さずにこう言ったのである。
「呪術高専の皆さん、宜しければ手を組みませんか?」