もしも虎杖悠仁と夏目貴志が出会ったら

小さい頃からよく、変なモノを見た。
他人には見えないそれは、恐らく、妖や妖怪と呼ばれるものの類。
幼い頃に両親を失い、親戚の家をたらい回しにされていた俺を引き取ってくれた、心優しい藤原夫妻の元にやって来て随分と経った。
この町に来て間もない頃、俺はとある廃神社に封印されていた妖の封印を謝って解いてしまった。
そのお礼として、斑と名乗ったその妖は、俺の用心棒をしてくれると言ってきた。
生まれつき強い霊力を持ち、俺と同じで見える人だった祖母、夏目レイコが作った「友人帳」。
それは、祖母が人と馴染めぬ寂しさから妖たちに片っ端から勝負を挑み、負かした妖から名を奪って作り上げた妖たちの名前を綴った帳面だ。
妖にとって名を奪われるということは、自分の身を奪われているのと同じ事。
名を書いた紙を破られれば身が裂け、燃やされれば同じように燃える。
そんな危険な物だから、妖たちは必死になって俺から友人帳を取り戻そうとしてくる。
それ故に斑は俺の用心棒をすると言ってきた。
だから俺たちは約束したんだ。用心棒をしてもらう代わりに、俺が友人帳に綴られた名を全て返し終える前に命を落とした場合、友人帳を譲ると。
そうして俺と、斑改めニャンコ先生は、レイコさんに代わって妖たちに名を返す日々を送っている。



*****



「名を返せ~!レイコ~!」
「はあ、はあ……っ!」

その日、夏目貴志は友人たちと雑談しながら帰宅していた。
男子高校生らしい馬鹿げた話題や、何気ない日常の話題を話しながら楽しく帰宅していた途中、夏目は妖に遭遇してしまったのだ。
だから夏目は友人たちを巻き込まない為に、適当な言葉を言って別れ、彼等から離れた。
そして今に至る。夏目は一つ目の熊よりも大きな妖に追いかけられていた。
今は運の悪いことに用心棒であるニャンコ先生は傍にいない。
そして夏目には妖をどうこう出来る力はない。こういう時には神社に逃げて妖が去るまで身を隠すしかないのだ。
だから夏目は神社を目指して走り続けていた。
荒い呼吸を繰り返しながら、夏目は必死に人気のない道を走る。
図体の大きな一つ目の妖は、その大きさに反して以外にも足は速いようで、小道を敢えて通ることで巻こうとしている夏目の後にしっかりと着いて来てしまっていた。

「はあ、はあ……くっ!」
(そろそろ体力が限界だ!)

ここまで必死に走ってきたが、休むことなく走り続けてきた夏目の体力もそろそろ限界に近かった。
それでも歯を食いしばって足を動かす。それでも速度は確実に落ちていた。

「捕まえたぞぉ!!」
「わぁっ!」

そうして等々夏目はその大きな手に体を掴まれてしまった。
一つ目の妖は夏目を捕らえると、逃がさないように両手でしっかりと夏目を握りしめ、その大きな手に力を込めた。
握りつぶさんとばかりにぎゅうっと手に力を込めてくる妖に、夏目は苦しげに顔を歪めた。

「うっ!やめ……ろ……」
「レイコ!レイコぉ!友人帳を渡せ!寄越せぇ!」
「い、やだ……」

ギリギリと締め付けられ、圧迫感で息をするのも辛くなってきた。
苦しい。息ができない。
なんとか……なんとかしなければ。
意識が朦朧とする中で、夏目はなんとか逃げ出そうと拳を握り締める。

「渡さんと言うのなら、このまま絞め殺して……ぐひゃぁ!!」

夏目がなんとか片腕だけを引っ張り出して、妖に隙をついて殴りかかろうとしていたその時、妖の頭上から何かが降ってきて、妖の頭を思いっきり押し潰した。
それは人だった。夏目と歳の近そうな少年が妖の頭上から降ってきて、妖目掛けてかかと落としを食らわせたのである。
あまりにも速く、一瞬の出来事だったので、夏目は何が起きたのかすぐに理解することが出来なかった。
かかと落としを食らった一つ目の妖は目を回し、蛙が潰れたような声を出してぐったりと後ろに倒れ込む。
そうして解放された夏目はぐったりと座り込んでしまう、圧迫感から解放され、急に酸素が入ってきたことで思わず盛大に咳き込んだ。

「っ、ゲホケボ、こほっ!」
「あっ、大丈夫?」

助けてくれた少年は咳き込む夏目を心配そうに見つめると、親切にも背中を摩ってくれた。
桜色の髪に、下の方だけが黒髪になっている変わった髪色の少年は、夏目を労わるように声をかけてきた。

「大丈夫か?どっかで休む?」
「けほっ……いや、大丈夫、です。ありがとう。」
「危うく食われるところだったな。」
「えっと……君は?」
「俺?虎杖悠仁!」

ニカッと眩しいくらいに爽やかな笑顔を浮かべてはにかむその少年は、自分の名を名乗りながら座り込む夏目に手を差し伸べる。
どこか普通の人とは違うような気配を纏ったその不思議な少年との出会いをきっかけに、夏目はとある事件へと巻き込まれることになるのであった。
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