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注意書き
・この物語は鬼滅の刃と刀剣乱舞のクロスオーバー夢になります。
昔書いた呪術×鬼滅の「前世では竈門家の次女でしたが今世では長女になったので家族を守りたい」のリメイク作品になります。
設定が好きだったので再利用してみました。途中までは内容は同じです。後半だけ追加してあります。
・現代の世界観は原作の最終回に出てきた現代と同じ世界観になります。なので炭治郎たちは直接的には出てきません。
・夢主は炭治郎の妹であり、禰豆子とは双子の姉妹(次女)になります。なので苗字は「竈門」で固定されます。
・夢主は最終決戦後に義勇さんと結婚し、痣を発現していた為に二十六歳でこの世を去っています。
・現在の家族は炭治郎とカナヲの子孫の竈門家になっており、カナタと炭彦の姉。
・作中では子孫たちの年齢は原作とは違うものとなっています。
夢主→15歳、我妻燈子→15歳
竈門カナタ→14歳、我妻義照→14歳。
竈門炭彦→13歳という感じに。
・作中に善ねず、炭カナ、伊アオ、おばみつなどのCP要素あり
・前世では水の呼吸の使い手でした。
以上のことを踏まえて読んでくださると嬉しいです。
******
私たちはあの雪の日、とても大切な家族を失った。竈門家の次女として生まれた私は、それまで当たり前のように家族と穏やかに暮らしていた。
その生活はこの先も変わらずにずっと続いていくのだと信じていた。
けれどそんな幸せは、なんの前触れもなく、ある日突然理不尽にも奪われた。
鬼舞辻無惨。全ての元凶。私たち家族の仇。
たった一晩で私たち兄妹から全てを奪ったあの男。母を、弟と妹を皆殺しにし、唯一生き残った姉を鬼に変えた憎い鬼。
あの日、偶然街に出ていて助かった私と兄は誓ったのだ。必ず家族の仇をとって、姉を人間に戻してみせると。
そんな誓いを胸に鬼殺隊に入り、あの最終決戦の日、私たちは漸く鬼舞辻を倒すことができた。
けれどその代償はあまりにも大きく、沢山の仲間たちの犠牲を出すことになってしまった。
鬼の存在によって、沢山の人の命が奪われた。沢山の人が涙を流した。
けれどそれも漸く終わりを迎え、残された鬼殺隊の面々は解散した。
私はその後、兄弟子の義勇さんと結婚し、子供にも恵まれて穏やかな暮らしを手に入れた。
そして、痣の後遺症で二十六歳でその生涯に幕を閉じたのである。
そうして時は流れ、時は平成の世。
私は何故か前世の記憶を持って、再びこの世に生を享けることになった。
*
「炭彦、炭彦起きて!」
「ん~~、すぅ……」
「も~~!ぜんっぜん起きないんだからぁ!起きなさーい!」
時刻は朝の七時過ぎ、とあるマンションに住む家族の一室から、少女の怒鳴り声が元気に響き渡る。
少女は二段ベッドの下でスヤスヤと気持ちよさそうに寝息を立てて眠る少年の起こそうと必死にその体を揺さぶっては声をかけていた。
けれど少年は瞼をピクリとも動かすことなく、スヤスヤと眠り続ける。
頬を軽く叩いてみたり、頬を引っ張ったり、抓ってみたり、耳元で大声を出しても起きやしない。
頑なに眠り続ける少年に、少女の様子を傍で見ていたもう一人の少年は諦めたようにため息をついた。
「……はあ、ダメだ姉さん。諦めよう。」
「もー、遅刻しても知らないからね!」
少女はもう一人の弟の言葉に諦めたように大きなため息をつくと、渋々立ち上がった。
少女の名は竈門ナナシ。先程声をかけてきたのがこの家の長男で弟のカナタ。そしてベットに気持ちよさそうに眠り、どんなことをしても起きない呑気なのが次男の炭彦である。
炭彦は昔から寝るのが大好きな子で、朝がめちゃくちゃ弱いのである。
こうして学校に行く直前になるまでの数十分間、彼を起こすことが竈門家の日課になっていた。
けれど悲しいことに、炭彦を起こすことに成功したのは、今まで一度としてないのである。
彼が自力で目覚めるまで待っていては、こちらが遅刻してしまうと、ナナシとカナタは先に学校に向かうことにしたのであった。
*
「母さん行ってきます。」
「はーい!行ってらっしゃい!」
カナタが台所で朝食に使った食器を洗っている母に声をかける。
母は手を止めてこちらを見ると、笑顔で返事をしてくれた。
ナナシも「行ってきます、お母さん!」と元気に言うと、母は優しく微笑んで「ナナシも行ってらっしゃい。」と返事をした。
そんないつもの朝のやり取りをしてから、ナナシはリビングの壁に飾られた写真に目を向ける。
そこには壁一面にに沢山の写真が飾られていた。写真は全てモノクロで、随分と古いものであることが伺える。
そして壁には写真の他に、変わった形の耳飾りが額縁に入れられて大切に飾られていた。その横には刀も置かれている。
それ等をナナシは目を細めて、ひどく懐かしそうに見つめた。
花札のような形をした耳飾りは生前、兄が大切にしていた物だ。
この刀だって、あの戦いの日々にお兄ちゃんが使っていた物。この刀で、お兄ちゃんは鬼舞辻を倒した。
今でも目を閉じれば、鮮明にあの日の事が思い出せる。
それでも、もう、あの日々は二度と帰っては来ないのだ。
ナナシは壁の中央に、一際大きな額縁に入れられた写真に目を向ける。
そこには嘗ての仲間たちが写っていた。この集合写真は、鬼殺隊が解散された直後にみんなで撮ったものだ。
あの頃は、まさか自分がお兄ちゃんの子孫として生まれ変わって、この写真を再び目にすることになろうなどとは、夢にも思わなかった。
(お兄ちゃん、お姉ちゃん、善逸さん、伊之助親分、カナヲちゃん、アオイさん……義勇、さん……)
あの人たちの名を心の中でそっと呟く。
するとぎゅっと胸が小さく締め付けられるように痛む。
ナナシが物思いにふけていると、カナタが玄関から「姉さん、そろそろ出ないと遅刻するよ。」と叫んでいるのが聞こえた。
ナナシがハッとして「今行くー!」と大声で返事をすると、ナナシはもう一度だけ写真に目を向けた。
「……行ってきます。」
誰にも聞こえないような小さな声でそう呟くと、ナナシは今度こそ本当に家を後にしたのだった。
*******
朝の登校はいつも近所に住む、親戚の姉弟と待ち合わせをしている。
彼女たちは姉、禰豆子と善逸さんの曾孫だ。だから私やカナタたちとは親戚という事になる。
姉の我妻燈子は禰豆子に見た目はそっくりなのだが、性格は少し勝気なところがある。
そして弟の義照くんは紛うことなき善逸さんの子孫と言えるくらい、容姿も臆病で泣き虫な性格もそっくりなのである。
そんな燈子と私は同い年であり、同じ女の子同士ということで特に親しくしている。
義照くんはカナタと同い年だけど、あの二人は仲がいいというよりは、女好きの義照が一方的に女子にモテるカナタをライバル視している。
「――姉さんって、何でいつも竹刀なんて持ち歩いてるの?」
「またその質問?」
燈子たちを待っている間、暇だったのかカナタが不意に話しかけてきた。
けれどその質問はもう何度もされていることなので、私はまたかと少しうんざりしたような顔をして言った。
「だって、姉さんって別に剣道をやってる訳じゃないし、何でそんな物持ち歩いてるのかなって。」
「何度も言ってるでしょ?護身用よ。」
「それは分かってるけど、なんで急に?去年の禰豆子おばあちゃんの葬式の後からでしょ?」
「それは……「おーい!春華ちゃん!カナター!」
私がどう答えようか迷っていると、遠くから私たちの名を呼ぶ声が聞こえた。
声のした方を見ると、義照がこちらに大きく手を振って走ってきている。後ろには燈子もいた。
私はこれ幸いとばかりに、燈子たちに手を振り返した。
カナタはまだ何か言いたそうにしていたが、私は話はこれで終わりだと気付かないフリをした。
「おはよー!ナナシ!カナタ!」
「おはよー、燈子。義照も。」
「おはよぉー!ナナシちゃぁん!今日も可愛いね!」
「あははは、ありがとう。」
(こういう所は、本当に善逸さんにそっくりだなぁ~)
私は乾いた笑みを浮かべながら、義照の言葉をさらりと流した。
隣ではカナタが「僕は燈子が地球一可愛いと思うよ」「きゃあ!もうカナタったら!」とまるで恋人のような会話をしてイチャついていた。
念の為に言うが、この二人は付き合ってはいない。
「炭彦くんは?」
「まだ寝てるんじゃないかな?今日こそ遅刻だろうね。」
「あんなに寝坊助なのに、あれでまだ一度も遅刻してないのが信じられないのよね。」
カナタの言葉に続くように私がそう言えば、燈子も義照もカナタもうんうんと同意して何度も頷いた。
炭彦以外が揃ったことで、私たちは学校に向けて歩き始めた。
「ねぇねぇ、今日の放課後は久しぶりに『鏑丸』に行かない?」
「あの蛇の置物の定食屋さん?」
「そーそー!」
「いいけど、義照は気をつけなよ?また奥さんの胸ばかり見て、厨房から旦那さんに包丁投げられるからね。」
「あのご夫婦は本当に仲がいいから、今度こそ義照出禁にされないようにね。」
「怖いこと言うなよ!」
定食屋「鏑丸」はこのご近所でも美味しいと評判の人気店である。
おしどり夫婦で有名な仲の良いご夫婦が経営されていて、奥さんは美人なことで密かに男性の客から人気があるのだが、旦那さんが恐ろしいほど嫉妬深い人なので、みんな彼が恐ろしくて表立って彼女に声をかける者はいない。
下心丸出しに見つめるだけで包丁を投げつけてくるような旦那さんなので、何人の男性客が彼の怒りを買って出禁になったのか分からない。
因みに、その夫婦は嘗ての恋柱である甘露寺蜜璃さんと、蛇柱、伊黒小芭内さんそっくりなので、二人の子孫なのかもしれない。
もしかしたら、私と同じように現代に転生した可能性もあるかもしれないが、残念ながら前世の記憶は無さそうである。
初めてあの店に出向いた時に、驚いて固まった私を見ても、あの二人はなんの反応もしなかったのできっとそうだろう。
――この世界で、あの戦いの日々を覚えている人はそう多くない。
私が前世の記憶を取り戻したのは、今から半年前の事。
義照たちの曾祖母、我妻禰豆子が息を引き取った日……つまりは姉の禰豆子の命日の日である。
それまで私は前世の記憶を全く覚えておらず、普通に親戚のおばあちゃんとして可愛がってもらっていた。
けれどあの日、電話越しに燈子から禰豆子が亡くなったと聞かされた瞬間、全てを思い出したのである。
あの日の事は、実はよく覚えていない。
怒涛のように記憶の波が脳裏を駆け巡り、ただただ混乱した。
そして同時に、姉の禰豆子を失ったのだと知って、どうしようもなく悲しくて、苦しくて、大切な自身の一部を失ったかのように辛くて、泣き叫んでいたことは覚えている。
それからの日々は記憶が朧気で、気がついたら葬式は終わっていて、憔悴しきって何も食べず、部屋に引こもるようになった私は、両親や弟たちをひどく心配させてしまった。
それからである。私の周りに大きな変化が起きたのは……
「キィィィ?」
「……」
「ナナシ?どうしたの?」
「ん?何でもないよ!」
燈子の肩をガン見していると、それに気付いた彼女に不思議そうに尋ねられてしまった。それに私は咄嗟に笑顔を作る。
燈子の肩には、体調40cmくらいの大きなよく分からない水色の生物が乗っていた。
そしてそれに燈子は気付いていない。というか、見えていないようだった。
それはカナタや義照も同じようで、誰一人として燈子の肩を気にしていない。
明らかに異常。そして異質。見たこともないような姿形をしているそれは、私と目が合うとニヤリと笑った。
思わずゾッとして青ざめる。
これはもう、動物ではない。妖怪とか幽霊とか、そういう類の得体の知れない何かだ。
私はそっと燈子の肩に手を伸ばすと、その生き物を手で思いっきり叩き落とした。
「ギィィ!」
「えっ、何!?」
「ううん、ちょっと燈子の肩に虫がいたから。」
「げっ!やだー!ありがとうナナシ!」
「ううん、どういたしまして。」
突然肩を叩いたからか、燈子が驚いた顔でこちらを振り返った。
私は叩き落としたそれを何気ないフリをして踏み潰しながら、にっこりと燈子に笑いかけた。
私が護身用に竹刀を持ち歩く理由……それは前世の記憶を取り戻してからというものの、こんな風に普通の人には見えないらしい、得体の知れない生物が見えるようになってしまったからである。
動物でも、鬼でもない存在。
そんな正体の分からない得体の知れないものが見えるようになったせいで、自分の身を守らなければならなくなったからだ。
もう鬼はいないのに、平和になった筈なのに、私は再び武器を取って、呼吸を使うようになっていた。
だって奴らは、私が見えると認識すると襲ってくるから。
身を守るために、武器が必要だったのだ。
そんな事情を知らないカナタたちに怪しまれつつ、私は何とかこの平和な日々を保とうと必死だった。
「――そう言えばさ、ナナシはもう引越しの準備できてるの?」
燈子の言葉に、私はこくりと頷く。
今年の四月から、私と燈子は高校生になる。けれど私は燈子とは違う高校に通うことになっていた。
都内の高校に通う燈子とは違い、私は県外の高校を受験したのだ。
だから春から私は一人暮らしをすることになっている。
最初は両親や弟たちに「女の子が一人暮らしなんて危ない」と反対され、燈子には「どうして同じ高校に行かないのよ!」と怒られた。
そんなみんなを何とか説得し、私は念願の一人暮らしを始めるのである。
「にしてもさあ~、ナナシもつれないわよねぇ。私になんの相談もなく勝手に違う高校受験してるんだもん!理由を聞いても教えてくれないし!」
「それは……ほんとごめん。」
「むー、もういいよ。約束通り長期休みには帰ってきてよね!」
「それは勿論。」
「約束よ!今度は絶対に破らないでよね!」
「うん、この約束は絶対に守るよ。」
「絶対よ!」
頬を膨らませて不機嫌そうに怒る燈子に、私は申し訳ない気持ちで謝る。
去年、私は確かに燈子と同じ高校を受験すると約束していた。
そして私もそのつもりでいた。そうなるのだと信じていた。
前世の記憶が戻るまでは……
私がみんなから離れるのは、私の勝手な我儘だ。
楽しみにしていた燈子との約束を破って、彼女を悲しませた。
それでも、私はみんなから離れたかったのだ。
そんなことを私が考えているなんて知らない燈子は、私が約束すると答えるとまだ不満そうにしながらも嬉しそうに笑った。
ごめんね燈子。でも燈子たちが嫌いになって離れるんじゃないの。
それだけは本当だよ。ちゃんと定期的に家には帰るから、どうか心配しないで。
私がそんな罪悪感いっぱいな気持ちでいるなんてきっと知らない燈子は、「卒業したらどっか遊びに行こうね!」と楽しそうに話している。
私はそんな燈子に申し訳なく思いながらも、やっぱり早く一人になりたいとどこかで思っていた。
*
放課後、帰宅途中にナナシはとある場所を目指して歩いていた。
いつもならカナタたちと帰るナナシも、今日だけは一人で行動していた。
だってこれから向かう場所は、誰にも、家族にさえ話せない秘密を共有する人の所だから。
先を急ぎながら道を歩いていると、小学生三人が角を曲がってこちらに走ってくる。
「錆兎くん!真菰ちゃん!待ってよー!」
「義一遅いぞ!」
「はやくはやくー!」
「あっ、ナナシお姉さん!こんにちは!」
「あっ、義一くんこんにちは。」
元気よくこちらに走ってきた小学生のうち、義一と呼ばれた黒髪の男の子が、ナナシに気づくと足を止めた。
そして笑顔を浮かべると、元気よくナナシに挨拶をしてきたのだ。
それにナナシは同じように笑顔を浮かべて挨拶を返す。
彼は冨岡義一。彼はナナシとは血縁上親戚ということになっているが、ナナシの前世である竈門春子とその夫である水柱、冨岡義勇の子孫であった。
つまりは、ナナシにとっては孫のような存在である。
前世の記憶が戻るまでは、可愛い弟のような存在だった義一。
しかし、前世の記憶を取り戻してから、義勇の主影を残す彼がどうにも気になって仕方がなかったのである。
それでも、そんなことを義一が知る筈もなく、ナナシはこのなんとも言えない感情を持て余していた。
この時代では、義一にとってナナシはただの近所に住む親戚のお姉さんに過ぎないのだから。
「義一くんたちはこれからスイミングスクールかな?」
「うん!いっぱい練習するんだ!」
「そう、がんばってね。」
「ありがとう!またねお姉ちゃん!」
義一たちはナナシに元気いっぱいに手を振りながら走り去って行く。
そんな子供たちに手を振り返しながら、ナナシは彼等の姿が見えなくなるまで笑顔を浮かべていた。
そして、彼等の背が見えなくなった途端、ふっとその笑顔は消えた。
その表情はどこか寂しげで、今にも消えてしまいそうに儚げであった。
ナナシはどこか疲れたように小さくため息をつくと、子供たちが走っていた方角とは逆の方にまた歩き出したのである。
*
住宅地を歩いていくと、とある一軒家の前でナナシは足を止めた。
その家はまだ夕方で少しだけ外もまだ明るいというのに、カーテンを締め切っていた。
この家は昼間だろうが常にカーテンを締め切っているので、ナナシは別段不思議にも思わない。
表札の「山本」という文字を確認すると、軽くインターホンを押した。
ピンポーンという独特の音が家の中に響き渡ると、数分後に家の主と思われる「誰だ」という男の声が返ってきた。
「竈門ナナシです。お邪魔していいですか?」
「……またお前か。勝手にしろ。」
「はい、お邪魔しますね。」
声の主のぶっきらぼうな言葉を了承と受け取り、ナナシは柵を開けて敷地の中へと足を踏み入れた。
そのまま玄関へと入ると、玄関にお客の物と思われる見慣れない靴が並べられているのに気付いた。
今時珍しい草履に、女性物のハイヒール。この家の主は若い男性一人だけなので、明らかに他人の物だと分かった。
そしてこの家の主に会いに来る者は限られているので、ナナシはそれが誰がすぐに分かった。
(今日はあの人も来てるんだ……)
会いたいと思っていた人物が揃っていると分かり、自然とナナシの口元は嬉しさで釣り上がる。
そのまま靴を脱いで、綺麗に整えてからナナシは少しだけ急ぎ足で皆が居るであろう客間へと足を進めた。
空いている扉からひょっこりと顔を覗かせれば、思った通りの面子にナナシはバアっと顔を輝かせた。
「愈史郎さん!輝利哉くん!それに一花さん!」
そう、この家の主は山本愈史郎その人である。
今でこそ画家として名の知れた愈史郎であるが、その正体は嘗て炭治郎たちに協力してくれた鬼であった。
そして彼の机に向かい合うようにして座っている老人は、鬼殺隊最後のお館様にして、産屋敷家98代目当主だった産屋敷輝利哉である。
その彼の横にいる20代後半の女性は、彼の玄孫にあたる産屋敷一花だ。
彼女は歳を取って思うように動けない輝利哉の付き添いとして来たのだろう。
予想通りの人物に、ナナシはそれはそれは嬉しそうに微笑んだ。
ナナシは記憶を取り戻してから、たまにこうして、家族の誰にも秘密にして愈史郎や輝利哉に会いに訪れていた。
あの大正時代での戦いの日々を唯一知る人たち。その彼等とこうして会うことが、今のナナシにとって心の拠り所になっていた。
「お前、最近よく来るな。」
「そんなに頻繁に来てないですよ。月三回くらい?」
「十分多いだろ。」
「まあまあ愈史郎さん、折角ナナシちゃんが来てくれたんですから。」
「頼んでないけどな。」
「ふふふふふ、愈史郎さんは相変わらず素直じゃないですね。」
クスクスと可笑しそうに笑う輝利哉に、愈史郎は「違う!」と鋭い視線で睨みつけるが、長い付き合いでそれが照れ隠しだと分かっている輝利哉は、またクスリと可笑しそうに笑うだけであった。
そんな二人のやり取りがとても懐かしくて、ナナシは嗚呼、やっぱりこの二人に会うと安心すると、まるで肩の力がスっと抜ける様に、心が軽くなっていく気がした。
ーーナナシがこうして愈史郎たちの元を頻繁に訪れるようになったのはほんの四ヶ月だ。
半年前に前世の記憶を取り戻してから、ナナシの心は不安定になった。
急に怒涛のように流れ込んできた前世の記憶に、自分が今、ナナシなのか春子なのか分からなくなった。
自分は確かにナナシであるのに、春子の記憶を取り戻した今、最早春子なのではないかと思ってしまう。
ナナシも春子もどちらも自分であるのに、それを受け入れようとする自分と、否定する自分が両方いるのだ。反発する脳に、心が壊れそうになった。
二ヶ月かけて漸く前世の記憶を受け入れられるようになったナナシを次に襲ったのは、孤独だった。
この時代には、最早あの戦いの日々を知る人はいない。
鬼の存在を、信じている人はいない。
自分だけが、あの大正時代での日々のことを覚えていて、自分だけが前世の記憶を持っている。
自分だけが、自分一人だけが……
そんな事実を、到底一人で抱えていける程、ナナシは強くはなかった。
誰にもこの秘密を打ち明けられないことに、仲間がいない孤独に、ナナシの心は限界だった。
そんな時に、とあるニュース番組で日本最高齢の記録を持つ産屋敷輝利哉の存在が取り上げられ、ナナシは年に一度の舞の奉納の日にだけ会う老人のことを思い出した。
その老人が春子の記憶の中にいる、幼い少年と同一人物であったのだと気付いたのは、それがきっかけだった。
それからナナシは産屋敷輝利哉に接触を図るのだが、彼に愈史郎を紹介され、その日からナナシはこうして時折愈史郎の家を訪れるようになる。
そしてこんな風に三人で集まって昔話に花を咲かせ、こうやってあの頃の日々を知る三人が集まって、あの日々を取り戻すように笑い合う。
そんな時間は、まるであの失った日々が帰ってきたようで、とても、とても幸せだった。
もう誰も覚えていない兄や鬼殺隊の仲間たち。あの頃の人たちを覚えている。その話ができることが、何より嬉しかったのだ。
それがただ、現実から逃げているだけの紛い物の幸せであると分かっていても……
「――そう言えば産屋敷から聞いたが、ナナシは県外の高校を受けたんだそうだな。」
「……えっ?あっ……そう!そうなんです!」
「元々受験する予定の高校ではなかったのだろう?何故急に変更した?」
「えっと……それは……」
ど直球に答えずらいことを質問してくる愈史郎に、ナナシは少しだけ困ったように苦笑を浮かべた。
しかし、二人には元々聞いてもらうつもりだった話なので、ナナシは隠すことく話そうと口を開く。
「実は私なりの……決別のつもりなんです。」
「決別とは?まさか、もう家には帰らないつもりですか?」
ナナシの言葉に心配そうな顔をする輝利哉に、慌てて首を横に振って否定した。
「あっ、いえ。流石にそれはないです。ただ、一度家族と……この土地から離れてみたくなったんです。二人は気付いてると思いますけど、私は前世の記憶を取り戻してから、どうにもあの頃の記憶に縛られて、今の家族や恐らく私と同じ転生者と思われる人たちの傍にいることが少し……苦痛になってきて……どうにも私は、お兄ちゃんたちのいない今のこの世界が受け入れられないみたいです。前世の記憶に振り回されて、とても苦しいんです。だから、一度……色々と折り合いをつけるためにも、みんなから離れてみようって、思ったんです。」
ナナシがそう話すと、愈史郎は小さくため息をついた。
「そうだな。それがいいだろう。」
「愈史郎さん」
「引き止めるなよ産屋敷。ナナシが俺たちに対して依存にも近い感情を向けていたのを、お前だって気付いていただろう。」
「それは……」
「ナナシ、お前は少し頭を冷やした方がいい。俺はお前の兄ではないし、産屋敷だっていつまでもお前の傍にいられる訳じゃない。俺から何か言う前に、自分からそれに気付けたのなら、お前はまだ大丈夫だよ。」
「……はい。ありがとうございます。愈史郎さん。」
「……ふん。」
そうだ。もうあの頃は戻ってこない。
あの頃には帰れない。だからこそ、私はちゃんと過去と決別しなければならない。
ちゃんと今の自分を受け入れないと駄目だ。
その為にも、私は家族と離れて暮らす方がいいのだ。
そうじゃなければ、このままじゃ、私の心は春子の記憶に縋って壊れてしまう。
春子でも春華でもない。私が私でいられるようにする為にも、私はちゃんと自分の過去と、自身のことに向き合わなければならないのだ。
そうでなければ、私はちゃんと今この瞬間を生きていけない。
ちゃんと今を生きていけるように、自身の全てを受け入れる。
――強く、なりたいんだ。
いつまでも前世の記憶に縛られて、縋りついて、愈史郎さんや輝利哉くんに頼り続けることはしてはいけない。
だって私は、あのお兄ちゃんの妹だったんだから。
私はもっと、強かった筈だ。頑張れる子だった筈だ。
みっともないことは、したくない。
お兄ちゃんたちなら、泣いたっていいって言ってくれそうだけど、もうあの頃の家族はいないのだ。
きっと今、これを乗り越えられないと、私は今の家族と向き合えられなくなりそうな気がするのだ。
だから、辛くても今は離れる。
今の家族からも、過去の友人たちとも。懐かしい土地からも。
そうしてちゃんと自分と向き合えるようになって、またきっと帰ってくる。
それが、今の私の目標なのだから。
その為にも、今は耐える。だって私は今、長女なんだから。
今は三月上旬。この土地を離れるまで後数週間。残り少ない時間を、私は大切に過ごそうと心に誓った。
*
その日、私はまた一人で下校していた。
いつも一緒にいる筈の燈子たちは帰りにカラオケに行くというので、断って一人で帰ることにしたのだ。
いつもは賑やかすぎるくらい騒ぐあの子たちがいないと、まるで世界に一人ぼっちになってしまったかのように辺りは静かだった。
慣れた帰り道をとぼとぼと一人寂しく歩く。
カラオケを断ったのは自分だが、今はどうしても気分ではない。
私は未だに、前世の記憶を一人だけ取り戻してしまったショックから立ち直れてはいなかったのだ。
(……静かだな。みんなカラオケ楽しんでるかな。
私も行けば良かったかな。でも……今はどうしても楽しむ気にはなれない。)
あんな戦いがあったのが嘘のようで……でも私の中にある記憶が、それは嘘ではなかったと言ってる。
今、鬼殺隊や鬼の真実を知る人は私を含めてたったの三人だけだ。
だいぶ歳をとってしまったけれど、あの時代から生きている産屋敷の最後の親方様だった輝利哉くん。
そしてこの世の最後の鬼として今も存在している愈史郎さん。
二人共、私が前世の記憶を取り戻したと知った時には本当に信じられないといった様子で驚いていた。
私が春子の生まれ変わりであることを知って、懐かしい再会を喜んでくれたと同時に、2人はとても悲しそうに私を見ていたのに気づいてしまった。あの時の二人の目が今も忘れられなかった。
(二人はきっと、私が記憶を取り戻したことを喜んではいない。逆に悲しんでくれたんだろうな。あの人達は優しいから、あんなつらい戦いの記憶は思い出さい方が良かったと、きっと思ってるんだろうな。)
私もできることなら思い出したくなかった。
どうして思い出してしまったんだろう。それも、唯一生きていてくれていた禰豆子姉さんの亡くなった日に。
今更、こんな記憶を持っていたって、つらいだけなのに。しかも変な異形の化け物まで見えるようになってしまうなんて……
チリン
「えっ?」
ふと、何処からか微かに鈴のような軽やかな凛とした音が響いた。
気になって足を止める。キョロキョロと当たりを見回すが、誰もいない。
というよりも……
「ここは……何処?」
気付くとそこは見たことのない場所だった。
さっきまで自分は確かに古民家の並ぶ道を歩いていた筈だった。
いくら俯いてぼんやりと歩いていたからと言って、全く知らない道に迷うほど自分はぼうっとしていたつもりはないし、方向音痴でもない筈だ。
それなのに、何故自分は今、まるで林のような木々に覆われた砂利道の真ん中に立っているんだろう。
さっきまでは確かに舗装されたコンクリートの道路を歩いていた筈だった。
まるで狐に化かされたかのような出来事に、呆然としていた。
ガサガサ
「きゃっ!」
すると今度は背後からガサガサと大きな茂みを掻き分ける音が響いてビクリと肩が跳ねた。
慌てて持っていた竹刀を引っこ抜いて振り返れば、茂みから突然人影が飛び出してきたのだ。
「……っ」
「ーーえ?」
それは子供だった。
黒い学生服のような格好に軽装な甲冑を身につけた白い髪の子供。
その子は茂みから飛び出すと、ふらりと地面に倒れ込んできた。
それに慌てて駆け寄って、持ち前の運動神経で抱きとめる。
その子は何故かボロボロで服も至る所が裂けており、まるで刃物に斬られたような傷跡まであった。
何よりも異質なのは、少年は腰に小刀を差していた。
「……この刀、まさか本物?」
(いやいや、そんなまさか……)
令和のこの時代に本物の刀を持った小学生がいる訳ないよね?
小道具とかそんなのだよね??
なんて、必死に自分が納得できる理由を探していた。
この不思議な少年との出会いが、後に春華にとって、人生を変える大きな運命の出会いとなるとはまだ本人も、そしてこの少年すらも思ってなかったのである。
*****
設定
竈門 ナナシ(15)
156cm 7月7日生まれ
炭治郎の子孫で竈門家の長女。
しっかり者で世話好きのため少し口うるさい。
手先が器用で家事全般をそつなくこなす。
昔から動物が何を言っているのか何となく分かるらしく、好かれやすい。特に鴉には好かれやすい。
自分一人だけ前世の記憶を取り戻してしまい、その孤独と葛藤に耐えられずに家族と距離をとる為に一人暮らしをしたいと思っている。
竈門 春子
・ナナシの前世
・炭治郎の妹で禰豆子とは双子の姉妹だった(春子は次女)
・無惨に家族を殺された雪の日、炭治郎と共に町へ行っていたので助かった。
・痣が出たことで26歳でこの世を去った。兄弟子である義勇と結婚している。
・水の呼吸の使い手であるが、炭治郎のように日の呼吸は使えなかった。
・禰豆子のように家庭的で特に料理が得意。明るくて活発な娘だった。拳骨がとても痛い。
炭治郎のように人を思いやれる優しさを持つが、人並みの感情を持っているので無惨を憎んでいた。
姉の禰豆子の存在がいる手前、口にすることはなかったが、鬼は許せないと思っていた。(ただし人を喰うことに躊躇いのない鬼のみ。珠世や愈史郎は対象外)
****
ここからは書ききれなかったお話の予告というか補足です。
この後春華は傷だらけの少年、五虎退を助けたことで刀剣男子と時間遡行軍の戦いに巻き込まれることになります。
霊力があることから政府から審神者にスカウトされますが戦いが嫌いなナナシは断ります。
あの少年との出会いは忘れよう。自分は関わる気はないと決意して、平穏な生活に戻った矢先。
突然目の前で燈子と義照が消えてしまいます。
そして誰も彼女たちのことを覚えている人はいませんでした。
訳が分からないまま、ナナシの大切な人たちが次々と消えていきます。
そんな時に、再び刀剣男士たちと再会を果たします。
彼らから聞かされたのは、なんと時間遡行軍が大正時代にいる鬼舞辻無惨に接触し、時代を変えてしまったという信じられない事実でした。
みんなを助けるには、鬼舞辻無惨と時間遡行軍が接触した過去を阻止しなければならない。
そう聞かされたナナシはみんなを救うために審神者になる決意をします。
そうして再びあの時代へと向かうことになるのでした。
・この物語は鬼滅の刃と刀剣乱舞のクロスオーバー夢になります。
昔書いた呪術×鬼滅の「前世では竈門家の次女でしたが今世では長女になったので家族を守りたい」のリメイク作品になります。
設定が好きだったので再利用してみました。途中までは内容は同じです。後半だけ追加してあります。
・現代の世界観は原作の最終回に出てきた現代と同じ世界観になります。なので炭治郎たちは直接的には出てきません。
・夢主は炭治郎の妹であり、禰豆子とは双子の姉妹(次女)になります。なので苗字は「竈門」で固定されます。
・夢主は最終決戦後に義勇さんと結婚し、痣を発現していた為に二十六歳でこの世を去っています。
・現在の家族は炭治郎とカナヲの子孫の竈門家になっており、カナタと炭彦の姉。
・作中では子孫たちの年齢は原作とは違うものとなっています。
夢主→15歳、我妻燈子→15歳
竈門カナタ→14歳、我妻義照→14歳。
竈門炭彦→13歳という感じに。
・作中に善ねず、炭カナ、伊アオ、おばみつなどのCP要素あり
・前世では水の呼吸の使い手でした。
以上のことを踏まえて読んでくださると嬉しいです。
******
私たちはあの雪の日、とても大切な家族を失った。竈門家の次女として生まれた私は、それまで当たり前のように家族と穏やかに暮らしていた。
その生活はこの先も変わらずにずっと続いていくのだと信じていた。
けれどそんな幸せは、なんの前触れもなく、ある日突然理不尽にも奪われた。
鬼舞辻無惨。全ての元凶。私たち家族の仇。
たった一晩で私たち兄妹から全てを奪ったあの男。母を、弟と妹を皆殺しにし、唯一生き残った姉を鬼に変えた憎い鬼。
あの日、偶然街に出ていて助かった私と兄は誓ったのだ。必ず家族の仇をとって、姉を人間に戻してみせると。
そんな誓いを胸に鬼殺隊に入り、あの最終決戦の日、私たちは漸く鬼舞辻を倒すことができた。
けれどその代償はあまりにも大きく、沢山の仲間たちの犠牲を出すことになってしまった。
鬼の存在によって、沢山の人の命が奪われた。沢山の人が涙を流した。
けれどそれも漸く終わりを迎え、残された鬼殺隊の面々は解散した。
私はその後、兄弟子の義勇さんと結婚し、子供にも恵まれて穏やかな暮らしを手に入れた。
そして、痣の後遺症で二十六歳でその生涯に幕を閉じたのである。
そうして時は流れ、時は平成の世。
私は何故か前世の記憶を持って、再びこの世に生を享けることになった。
*
「炭彦、炭彦起きて!」
「ん~~、すぅ……」
「も~~!ぜんっぜん起きないんだからぁ!起きなさーい!」
時刻は朝の七時過ぎ、とあるマンションに住む家族の一室から、少女の怒鳴り声が元気に響き渡る。
少女は二段ベッドの下でスヤスヤと気持ちよさそうに寝息を立てて眠る少年の起こそうと必死にその体を揺さぶっては声をかけていた。
けれど少年は瞼をピクリとも動かすことなく、スヤスヤと眠り続ける。
頬を軽く叩いてみたり、頬を引っ張ったり、抓ってみたり、耳元で大声を出しても起きやしない。
頑なに眠り続ける少年に、少女の様子を傍で見ていたもう一人の少年は諦めたようにため息をついた。
「……はあ、ダメだ姉さん。諦めよう。」
「もー、遅刻しても知らないからね!」
少女はもう一人の弟の言葉に諦めたように大きなため息をつくと、渋々立ち上がった。
少女の名は竈門ナナシ。先程声をかけてきたのがこの家の長男で弟のカナタ。そしてベットに気持ちよさそうに眠り、どんなことをしても起きない呑気なのが次男の炭彦である。
炭彦は昔から寝るのが大好きな子で、朝がめちゃくちゃ弱いのである。
こうして学校に行く直前になるまでの数十分間、彼を起こすことが竈門家の日課になっていた。
けれど悲しいことに、炭彦を起こすことに成功したのは、今まで一度としてないのである。
彼が自力で目覚めるまで待っていては、こちらが遅刻してしまうと、ナナシとカナタは先に学校に向かうことにしたのであった。
*
「母さん行ってきます。」
「はーい!行ってらっしゃい!」
カナタが台所で朝食に使った食器を洗っている母に声をかける。
母は手を止めてこちらを見ると、笑顔で返事をしてくれた。
ナナシも「行ってきます、お母さん!」と元気に言うと、母は優しく微笑んで「ナナシも行ってらっしゃい。」と返事をした。
そんないつもの朝のやり取りをしてから、ナナシはリビングの壁に飾られた写真に目を向ける。
そこには壁一面にに沢山の写真が飾られていた。写真は全てモノクロで、随分と古いものであることが伺える。
そして壁には写真の他に、変わった形の耳飾りが額縁に入れられて大切に飾られていた。その横には刀も置かれている。
それ等をナナシは目を細めて、ひどく懐かしそうに見つめた。
花札のような形をした耳飾りは生前、兄が大切にしていた物だ。
この刀だって、あの戦いの日々にお兄ちゃんが使っていた物。この刀で、お兄ちゃんは鬼舞辻を倒した。
今でも目を閉じれば、鮮明にあの日の事が思い出せる。
それでも、もう、あの日々は二度と帰っては来ないのだ。
ナナシは壁の中央に、一際大きな額縁に入れられた写真に目を向ける。
そこには嘗ての仲間たちが写っていた。この集合写真は、鬼殺隊が解散された直後にみんなで撮ったものだ。
あの頃は、まさか自分がお兄ちゃんの子孫として生まれ変わって、この写真を再び目にすることになろうなどとは、夢にも思わなかった。
(お兄ちゃん、お姉ちゃん、善逸さん、伊之助親分、カナヲちゃん、アオイさん……義勇、さん……)
あの人たちの名を心の中でそっと呟く。
するとぎゅっと胸が小さく締め付けられるように痛む。
ナナシが物思いにふけていると、カナタが玄関から「姉さん、そろそろ出ないと遅刻するよ。」と叫んでいるのが聞こえた。
ナナシがハッとして「今行くー!」と大声で返事をすると、ナナシはもう一度だけ写真に目を向けた。
「……行ってきます。」
誰にも聞こえないような小さな声でそう呟くと、ナナシは今度こそ本当に家を後にしたのだった。
*******
朝の登校はいつも近所に住む、親戚の姉弟と待ち合わせをしている。
彼女たちは姉、禰豆子と善逸さんの曾孫だ。だから私やカナタたちとは親戚という事になる。
姉の我妻燈子は禰豆子に見た目はそっくりなのだが、性格は少し勝気なところがある。
そして弟の義照くんは紛うことなき善逸さんの子孫と言えるくらい、容姿も臆病で泣き虫な性格もそっくりなのである。
そんな燈子と私は同い年であり、同じ女の子同士ということで特に親しくしている。
義照くんはカナタと同い年だけど、あの二人は仲がいいというよりは、女好きの義照が一方的に女子にモテるカナタをライバル視している。
「――姉さんって、何でいつも竹刀なんて持ち歩いてるの?」
「またその質問?」
燈子たちを待っている間、暇だったのかカナタが不意に話しかけてきた。
けれどその質問はもう何度もされていることなので、私はまたかと少しうんざりしたような顔をして言った。
「だって、姉さんって別に剣道をやってる訳じゃないし、何でそんな物持ち歩いてるのかなって。」
「何度も言ってるでしょ?護身用よ。」
「それは分かってるけど、なんで急に?去年の禰豆子おばあちゃんの葬式の後からでしょ?」
「それは……「おーい!春華ちゃん!カナター!」
私がどう答えようか迷っていると、遠くから私たちの名を呼ぶ声が聞こえた。
声のした方を見ると、義照がこちらに大きく手を振って走ってきている。後ろには燈子もいた。
私はこれ幸いとばかりに、燈子たちに手を振り返した。
カナタはまだ何か言いたそうにしていたが、私は話はこれで終わりだと気付かないフリをした。
「おはよー!ナナシ!カナタ!」
「おはよー、燈子。義照も。」
「おはよぉー!ナナシちゃぁん!今日も可愛いね!」
「あははは、ありがとう。」
(こういう所は、本当に善逸さんにそっくりだなぁ~)
私は乾いた笑みを浮かべながら、義照の言葉をさらりと流した。
隣ではカナタが「僕は燈子が地球一可愛いと思うよ」「きゃあ!もうカナタったら!」とまるで恋人のような会話をしてイチャついていた。
念の為に言うが、この二人は付き合ってはいない。
「炭彦くんは?」
「まだ寝てるんじゃないかな?今日こそ遅刻だろうね。」
「あんなに寝坊助なのに、あれでまだ一度も遅刻してないのが信じられないのよね。」
カナタの言葉に続くように私がそう言えば、燈子も義照もカナタもうんうんと同意して何度も頷いた。
炭彦以外が揃ったことで、私たちは学校に向けて歩き始めた。
「ねぇねぇ、今日の放課後は久しぶりに『鏑丸』に行かない?」
「あの蛇の置物の定食屋さん?」
「そーそー!」
「いいけど、義照は気をつけなよ?また奥さんの胸ばかり見て、厨房から旦那さんに包丁投げられるからね。」
「あのご夫婦は本当に仲がいいから、今度こそ義照出禁にされないようにね。」
「怖いこと言うなよ!」
定食屋「鏑丸」はこのご近所でも美味しいと評判の人気店である。
おしどり夫婦で有名な仲の良いご夫婦が経営されていて、奥さんは美人なことで密かに男性の客から人気があるのだが、旦那さんが恐ろしいほど嫉妬深い人なので、みんな彼が恐ろしくて表立って彼女に声をかける者はいない。
下心丸出しに見つめるだけで包丁を投げつけてくるような旦那さんなので、何人の男性客が彼の怒りを買って出禁になったのか分からない。
因みに、その夫婦は嘗ての恋柱である甘露寺蜜璃さんと、蛇柱、伊黒小芭内さんそっくりなので、二人の子孫なのかもしれない。
もしかしたら、私と同じように現代に転生した可能性もあるかもしれないが、残念ながら前世の記憶は無さそうである。
初めてあの店に出向いた時に、驚いて固まった私を見ても、あの二人はなんの反応もしなかったのできっとそうだろう。
――この世界で、あの戦いの日々を覚えている人はそう多くない。
私が前世の記憶を取り戻したのは、今から半年前の事。
義照たちの曾祖母、我妻禰豆子が息を引き取った日……つまりは姉の禰豆子の命日の日である。
それまで私は前世の記憶を全く覚えておらず、普通に親戚のおばあちゃんとして可愛がってもらっていた。
けれどあの日、電話越しに燈子から禰豆子が亡くなったと聞かされた瞬間、全てを思い出したのである。
あの日の事は、実はよく覚えていない。
怒涛のように記憶の波が脳裏を駆け巡り、ただただ混乱した。
そして同時に、姉の禰豆子を失ったのだと知って、どうしようもなく悲しくて、苦しくて、大切な自身の一部を失ったかのように辛くて、泣き叫んでいたことは覚えている。
それからの日々は記憶が朧気で、気がついたら葬式は終わっていて、憔悴しきって何も食べず、部屋に引こもるようになった私は、両親や弟たちをひどく心配させてしまった。
それからである。私の周りに大きな変化が起きたのは……
「キィィィ?」
「……」
「ナナシ?どうしたの?」
「ん?何でもないよ!」
燈子の肩をガン見していると、それに気付いた彼女に不思議そうに尋ねられてしまった。それに私は咄嗟に笑顔を作る。
燈子の肩には、体調40cmくらいの大きなよく分からない水色の生物が乗っていた。
そしてそれに燈子は気付いていない。というか、見えていないようだった。
それはカナタや義照も同じようで、誰一人として燈子の肩を気にしていない。
明らかに異常。そして異質。見たこともないような姿形をしているそれは、私と目が合うとニヤリと笑った。
思わずゾッとして青ざめる。
これはもう、動物ではない。妖怪とか幽霊とか、そういう類の得体の知れない何かだ。
私はそっと燈子の肩に手を伸ばすと、その生き物を手で思いっきり叩き落とした。
「ギィィ!」
「えっ、何!?」
「ううん、ちょっと燈子の肩に虫がいたから。」
「げっ!やだー!ありがとうナナシ!」
「ううん、どういたしまして。」
突然肩を叩いたからか、燈子が驚いた顔でこちらを振り返った。
私は叩き落としたそれを何気ないフリをして踏み潰しながら、にっこりと燈子に笑いかけた。
私が護身用に竹刀を持ち歩く理由……それは前世の記憶を取り戻してからというものの、こんな風に普通の人には見えないらしい、得体の知れない生物が見えるようになってしまったからである。
動物でも、鬼でもない存在。
そんな正体の分からない得体の知れないものが見えるようになったせいで、自分の身を守らなければならなくなったからだ。
もう鬼はいないのに、平和になった筈なのに、私は再び武器を取って、呼吸を使うようになっていた。
だって奴らは、私が見えると認識すると襲ってくるから。
身を守るために、武器が必要だったのだ。
そんな事情を知らないカナタたちに怪しまれつつ、私は何とかこの平和な日々を保とうと必死だった。
「――そう言えばさ、ナナシはもう引越しの準備できてるの?」
燈子の言葉に、私はこくりと頷く。
今年の四月から、私と燈子は高校生になる。けれど私は燈子とは違う高校に通うことになっていた。
都内の高校に通う燈子とは違い、私は県外の高校を受験したのだ。
だから春から私は一人暮らしをすることになっている。
最初は両親や弟たちに「女の子が一人暮らしなんて危ない」と反対され、燈子には「どうして同じ高校に行かないのよ!」と怒られた。
そんなみんなを何とか説得し、私は念願の一人暮らしを始めるのである。
「にしてもさあ~、ナナシもつれないわよねぇ。私になんの相談もなく勝手に違う高校受験してるんだもん!理由を聞いても教えてくれないし!」
「それは……ほんとごめん。」
「むー、もういいよ。約束通り長期休みには帰ってきてよね!」
「それは勿論。」
「約束よ!今度は絶対に破らないでよね!」
「うん、この約束は絶対に守るよ。」
「絶対よ!」
頬を膨らませて不機嫌そうに怒る燈子に、私は申し訳ない気持ちで謝る。
去年、私は確かに燈子と同じ高校を受験すると約束していた。
そして私もそのつもりでいた。そうなるのだと信じていた。
前世の記憶が戻るまでは……
私がみんなから離れるのは、私の勝手な我儘だ。
楽しみにしていた燈子との約束を破って、彼女を悲しませた。
それでも、私はみんなから離れたかったのだ。
そんなことを私が考えているなんて知らない燈子は、私が約束すると答えるとまだ不満そうにしながらも嬉しそうに笑った。
ごめんね燈子。でも燈子たちが嫌いになって離れるんじゃないの。
それだけは本当だよ。ちゃんと定期的に家には帰るから、どうか心配しないで。
私がそんな罪悪感いっぱいな気持ちでいるなんてきっと知らない燈子は、「卒業したらどっか遊びに行こうね!」と楽しそうに話している。
私はそんな燈子に申し訳なく思いながらも、やっぱり早く一人になりたいとどこかで思っていた。
*
放課後、帰宅途中にナナシはとある場所を目指して歩いていた。
いつもならカナタたちと帰るナナシも、今日だけは一人で行動していた。
だってこれから向かう場所は、誰にも、家族にさえ話せない秘密を共有する人の所だから。
先を急ぎながら道を歩いていると、小学生三人が角を曲がってこちらに走ってくる。
「錆兎くん!真菰ちゃん!待ってよー!」
「義一遅いぞ!」
「はやくはやくー!」
「あっ、ナナシお姉さん!こんにちは!」
「あっ、義一くんこんにちは。」
元気よくこちらに走ってきた小学生のうち、義一と呼ばれた黒髪の男の子が、ナナシに気づくと足を止めた。
そして笑顔を浮かべると、元気よくナナシに挨拶をしてきたのだ。
それにナナシは同じように笑顔を浮かべて挨拶を返す。
彼は冨岡義一。彼はナナシとは血縁上親戚ということになっているが、ナナシの前世である竈門春子とその夫である水柱、冨岡義勇の子孫であった。
つまりは、ナナシにとっては孫のような存在である。
前世の記憶が戻るまでは、可愛い弟のような存在だった義一。
しかし、前世の記憶を取り戻してから、義勇の主影を残す彼がどうにも気になって仕方がなかったのである。
それでも、そんなことを義一が知る筈もなく、ナナシはこのなんとも言えない感情を持て余していた。
この時代では、義一にとってナナシはただの近所に住む親戚のお姉さんに過ぎないのだから。
「義一くんたちはこれからスイミングスクールかな?」
「うん!いっぱい練習するんだ!」
「そう、がんばってね。」
「ありがとう!またねお姉ちゃん!」
義一たちはナナシに元気いっぱいに手を振りながら走り去って行く。
そんな子供たちに手を振り返しながら、ナナシは彼等の姿が見えなくなるまで笑顔を浮かべていた。
そして、彼等の背が見えなくなった途端、ふっとその笑顔は消えた。
その表情はどこか寂しげで、今にも消えてしまいそうに儚げであった。
ナナシはどこか疲れたように小さくため息をつくと、子供たちが走っていた方角とは逆の方にまた歩き出したのである。
*
住宅地を歩いていくと、とある一軒家の前でナナシは足を止めた。
その家はまだ夕方で少しだけ外もまだ明るいというのに、カーテンを締め切っていた。
この家は昼間だろうが常にカーテンを締め切っているので、ナナシは別段不思議にも思わない。
表札の「山本」という文字を確認すると、軽くインターホンを押した。
ピンポーンという独特の音が家の中に響き渡ると、数分後に家の主と思われる「誰だ」という男の声が返ってきた。
「竈門ナナシです。お邪魔していいですか?」
「……またお前か。勝手にしろ。」
「はい、お邪魔しますね。」
声の主のぶっきらぼうな言葉を了承と受け取り、ナナシは柵を開けて敷地の中へと足を踏み入れた。
そのまま玄関へと入ると、玄関にお客の物と思われる見慣れない靴が並べられているのに気付いた。
今時珍しい草履に、女性物のハイヒール。この家の主は若い男性一人だけなので、明らかに他人の物だと分かった。
そしてこの家の主に会いに来る者は限られているので、ナナシはそれが誰がすぐに分かった。
(今日はあの人も来てるんだ……)
会いたいと思っていた人物が揃っていると分かり、自然とナナシの口元は嬉しさで釣り上がる。
そのまま靴を脱いで、綺麗に整えてからナナシは少しだけ急ぎ足で皆が居るであろう客間へと足を進めた。
空いている扉からひょっこりと顔を覗かせれば、思った通りの面子にナナシはバアっと顔を輝かせた。
「愈史郎さん!輝利哉くん!それに一花さん!」
そう、この家の主は山本愈史郎その人である。
今でこそ画家として名の知れた愈史郎であるが、その正体は嘗て炭治郎たちに協力してくれた鬼であった。
そして彼の机に向かい合うようにして座っている老人は、鬼殺隊最後のお館様にして、産屋敷家98代目当主だった産屋敷輝利哉である。
その彼の横にいる20代後半の女性は、彼の玄孫にあたる産屋敷一花だ。
彼女は歳を取って思うように動けない輝利哉の付き添いとして来たのだろう。
予想通りの人物に、ナナシはそれはそれは嬉しそうに微笑んだ。
ナナシは記憶を取り戻してから、たまにこうして、家族の誰にも秘密にして愈史郎や輝利哉に会いに訪れていた。
あの大正時代での戦いの日々を唯一知る人たち。その彼等とこうして会うことが、今のナナシにとって心の拠り所になっていた。
「お前、最近よく来るな。」
「そんなに頻繁に来てないですよ。月三回くらい?」
「十分多いだろ。」
「まあまあ愈史郎さん、折角ナナシちゃんが来てくれたんですから。」
「頼んでないけどな。」
「ふふふふふ、愈史郎さんは相変わらず素直じゃないですね。」
クスクスと可笑しそうに笑う輝利哉に、愈史郎は「違う!」と鋭い視線で睨みつけるが、長い付き合いでそれが照れ隠しだと分かっている輝利哉は、またクスリと可笑しそうに笑うだけであった。
そんな二人のやり取りがとても懐かしくて、ナナシは嗚呼、やっぱりこの二人に会うと安心すると、まるで肩の力がスっと抜ける様に、心が軽くなっていく気がした。
ーーナナシがこうして愈史郎たちの元を頻繁に訪れるようになったのはほんの四ヶ月だ。
半年前に前世の記憶を取り戻してから、ナナシの心は不安定になった。
急に怒涛のように流れ込んできた前世の記憶に、自分が今、ナナシなのか春子なのか分からなくなった。
自分は確かにナナシであるのに、春子の記憶を取り戻した今、最早春子なのではないかと思ってしまう。
ナナシも春子もどちらも自分であるのに、それを受け入れようとする自分と、否定する自分が両方いるのだ。反発する脳に、心が壊れそうになった。
二ヶ月かけて漸く前世の記憶を受け入れられるようになったナナシを次に襲ったのは、孤独だった。
この時代には、最早あの戦いの日々を知る人はいない。
鬼の存在を、信じている人はいない。
自分だけが、あの大正時代での日々のことを覚えていて、自分だけが前世の記憶を持っている。
自分だけが、自分一人だけが……
そんな事実を、到底一人で抱えていける程、ナナシは強くはなかった。
誰にもこの秘密を打ち明けられないことに、仲間がいない孤独に、ナナシの心は限界だった。
そんな時に、とあるニュース番組で日本最高齢の記録を持つ産屋敷輝利哉の存在が取り上げられ、ナナシは年に一度の舞の奉納の日にだけ会う老人のことを思い出した。
その老人が春子の記憶の中にいる、幼い少年と同一人物であったのだと気付いたのは、それがきっかけだった。
それからナナシは産屋敷輝利哉に接触を図るのだが、彼に愈史郎を紹介され、その日からナナシはこうして時折愈史郎の家を訪れるようになる。
そしてこんな風に三人で集まって昔話に花を咲かせ、こうやってあの頃の日々を知る三人が集まって、あの日々を取り戻すように笑い合う。
そんな時間は、まるであの失った日々が帰ってきたようで、とても、とても幸せだった。
もう誰も覚えていない兄や鬼殺隊の仲間たち。あの頃の人たちを覚えている。その話ができることが、何より嬉しかったのだ。
それがただ、現実から逃げているだけの紛い物の幸せであると分かっていても……
「――そう言えば産屋敷から聞いたが、ナナシは県外の高校を受けたんだそうだな。」
「……えっ?あっ……そう!そうなんです!」
「元々受験する予定の高校ではなかったのだろう?何故急に変更した?」
「えっと……それは……」
ど直球に答えずらいことを質問してくる愈史郎に、ナナシは少しだけ困ったように苦笑を浮かべた。
しかし、二人には元々聞いてもらうつもりだった話なので、ナナシは隠すことく話そうと口を開く。
「実は私なりの……決別のつもりなんです。」
「決別とは?まさか、もう家には帰らないつもりですか?」
ナナシの言葉に心配そうな顔をする輝利哉に、慌てて首を横に振って否定した。
「あっ、いえ。流石にそれはないです。ただ、一度家族と……この土地から離れてみたくなったんです。二人は気付いてると思いますけど、私は前世の記憶を取り戻してから、どうにもあの頃の記憶に縛られて、今の家族や恐らく私と同じ転生者と思われる人たちの傍にいることが少し……苦痛になってきて……どうにも私は、お兄ちゃんたちのいない今のこの世界が受け入れられないみたいです。前世の記憶に振り回されて、とても苦しいんです。だから、一度……色々と折り合いをつけるためにも、みんなから離れてみようって、思ったんです。」
ナナシがそう話すと、愈史郎は小さくため息をついた。
「そうだな。それがいいだろう。」
「愈史郎さん」
「引き止めるなよ産屋敷。ナナシが俺たちに対して依存にも近い感情を向けていたのを、お前だって気付いていただろう。」
「それは……」
「ナナシ、お前は少し頭を冷やした方がいい。俺はお前の兄ではないし、産屋敷だっていつまでもお前の傍にいられる訳じゃない。俺から何か言う前に、自分からそれに気付けたのなら、お前はまだ大丈夫だよ。」
「……はい。ありがとうございます。愈史郎さん。」
「……ふん。」
そうだ。もうあの頃は戻ってこない。
あの頃には帰れない。だからこそ、私はちゃんと過去と決別しなければならない。
ちゃんと今の自分を受け入れないと駄目だ。
その為にも、私は家族と離れて暮らす方がいいのだ。
そうじゃなければ、このままじゃ、私の心は春子の記憶に縋って壊れてしまう。
春子でも春華でもない。私が私でいられるようにする為にも、私はちゃんと自分の過去と、自身のことに向き合わなければならないのだ。
そうでなければ、私はちゃんと今この瞬間を生きていけない。
ちゃんと今を生きていけるように、自身の全てを受け入れる。
――強く、なりたいんだ。
いつまでも前世の記憶に縛られて、縋りついて、愈史郎さんや輝利哉くんに頼り続けることはしてはいけない。
だって私は、あのお兄ちゃんの妹だったんだから。
私はもっと、強かった筈だ。頑張れる子だった筈だ。
みっともないことは、したくない。
お兄ちゃんたちなら、泣いたっていいって言ってくれそうだけど、もうあの頃の家族はいないのだ。
きっと今、これを乗り越えられないと、私は今の家族と向き合えられなくなりそうな気がするのだ。
だから、辛くても今は離れる。
今の家族からも、過去の友人たちとも。懐かしい土地からも。
そうしてちゃんと自分と向き合えるようになって、またきっと帰ってくる。
それが、今の私の目標なのだから。
その為にも、今は耐える。だって私は今、長女なんだから。
今は三月上旬。この土地を離れるまで後数週間。残り少ない時間を、私は大切に過ごそうと心に誓った。
*
その日、私はまた一人で下校していた。
いつも一緒にいる筈の燈子たちは帰りにカラオケに行くというので、断って一人で帰ることにしたのだ。
いつもは賑やかすぎるくらい騒ぐあの子たちがいないと、まるで世界に一人ぼっちになってしまったかのように辺りは静かだった。
慣れた帰り道をとぼとぼと一人寂しく歩く。
カラオケを断ったのは自分だが、今はどうしても気分ではない。
私は未だに、前世の記憶を一人だけ取り戻してしまったショックから立ち直れてはいなかったのだ。
(……静かだな。みんなカラオケ楽しんでるかな。
私も行けば良かったかな。でも……今はどうしても楽しむ気にはなれない。)
あんな戦いがあったのが嘘のようで……でも私の中にある記憶が、それは嘘ではなかったと言ってる。
今、鬼殺隊や鬼の真実を知る人は私を含めてたったの三人だけだ。
だいぶ歳をとってしまったけれど、あの時代から生きている産屋敷の最後の親方様だった輝利哉くん。
そしてこの世の最後の鬼として今も存在している愈史郎さん。
二人共、私が前世の記憶を取り戻したと知った時には本当に信じられないといった様子で驚いていた。
私が春子の生まれ変わりであることを知って、懐かしい再会を喜んでくれたと同時に、2人はとても悲しそうに私を見ていたのに気づいてしまった。あの時の二人の目が今も忘れられなかった。
(二人はきっと、私が記憶を取り戻したことを喜んではいない。逆に悲しんでくれたんだろうな。あの人達は優しいから、あんなつらい戦いの記憶は思い出さい方が良かったと、きっと思ってるんだろうな。)
私もできることなら思い出したくなかった。
どうして思い出してしまったんだろう。それも、唯一生きていてくれていた禰豆子姉さんの亡くなった日に。
今更、こんな記憶を持っていたって、つらいだけなのに。しかも変な異形の化け物まで見えるようになってしまうなんて……
チリン
「えっ?」
ふと、何処からか微かに鈴のような軽やかな凛とした音が響いた。
気になって足を止める。キョロキョロと当たりを見回すが、誰もいない。
というよりも……
「ここは……何処?」
気付くとそこは見たことのない場所だった。
さっきまで自分は確かに古民家の並ぶ道を歩いていた筈だった。
いくら俯いてぼんやりと歩いていたからと言って、全く知らない道に迷うほど自分はぼうっとしていたつもりはないし、方向音痴でもない筈だ。
それなのに、何故自分は今、まるで林のような木々に覆われた砂利道の真ん中に立っているんだろう。
さっきまでは確かに舗装されたコンクリートの道路を歩いていた筈だった。
まるで狐に化かされたかのような出来事に、呆然としていた。
ガサガサ
「きゃっ!」
すると今度は背後からガサガサと大きな茂みを掻き分ける音が響いてビクリと肩が跳ねた。
慌てて持っていた竹刀を引っこ抜いて振り返れば、茂みから突然人影が飛び出してきたのだ。
「……っ」
「ーーえ?」
それは子供だった。
黒い学生服のような格好に軽装な甲冑を身につけた白い髪の子供。
その子は茂みから飛び出すと、ふらりと地面に倒れ込んできた。
それに慌てて駆け寄って、持ち前の運動神経で抱きとめる。
その子は何故かボロボロで服も至る所が裂けており、まるで刃物に斬られたような傷跡まであった。
何よりも異質なのは、少年は腰に小刀を差していた。
「……この刀、まさか本物?」
(いやいや、そんなまさか……)
令和のこの時代に本物の刀を持った小学生がいる訳ないよね?
小道具とかそんなのだよね??
なんて、必死に自分が納得できる理由を探していた。
この不思議な少年との出会いが、後に春華にとって、人生を変える大きな運命の出会いとなるとはまだ本人も、そしてこの少年すらも思ってなかったのである。
*****
設定
竈門 ナナシ(15)
156cm 7月7日生まれ
炭治郎の子孫で竈門家の長女。
しっかり者で世話好きのため少し口うるさい。
手先が器用で家事全般をそつなくこなす。
昔から動物が何を言っているのか何となく分かるらしく、好かれやすい。特に鴉には好かれやすい。
自分一人だけ前世の記憶を取り戻してしまい、その孤独と葛藤に耐えられずに家族と距離をとる為に一人暮らしをしたいと思っている。
竈門 春子
・ナナシの前世
・炭治郎の妹で禰豆子とは双子の姉妹だった(春子は次女)
・無惨に家族を殺された雪の日、炭治郎と共に町へ行っていたので助かった。
・痣が出たことで26歳でこの世を去った。兄弟子である義勇と結婚している。
・水の呼吸の使い手であるが、炭治郎のように日の呼吸は使えなかった。
・禰豆子のように家庭的で特に料理が得意。明るくて活発な娘だった。拳骨がとても痛い。
炭治郎のように人を思いやれる優しさを持つが、人並みの感情を持っているので無惨を憎んでいた。
姉の禰豆子の存在がいる手前、口にすることはなかったが、鬼は許せないと思っていた。(ただし人を喰うことに躊躇いのない鬼のみ。珠世や愈史郎は対象外)
****
ここからは書ききれなかったお話の予告というか補足です。
この後春華は傷だらけの少年、五虎退を助けたことで刀剣男子と時間遡行軍の戦いに巻き込まれることになります。
霊力があることから政府から審神者にスカウトされますが戦いが嫌いなナナシは断ります。
あの少年との出会いは忘れよう。自分は関わる気はないと決意して、平穏な生活に戻った矢先。
突然目の前で燈子と義照が消えてしまいます。
そして誰も彼女たちのことを覚えている人はいませんでした。
訳が分からないまま、ナナシの大切な人たちが次々と消えていきます。
そんな時に、再び刀剣男士たちと再会を果たします。
彼らから聞かされたのは、なんと時間遡行軍が大正時代にいる鬼舞辻無惨に接触し、時代を変えてしまったという信じられない事実でした。
みんなを助けるには、鬼舞辻無惨と時間遡行軍が接触した過去を阻止しなければならない。
そう聞かされたナナシはみんなを救うために審神者になる決意をします。
そうして再びあの時代へと向かうことになるのでした。