呪術廻戦
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小さい頃は王子様に憧れていた。
運命の出会いとか、前世で結婚を誓い合った恋人がいるとか、そんな御伽噺のような運命的な恋に恋する純粋な子供時代が私にもあった。
私にもいつか運命の王子様が迎えに来てくれるとか、可愛らしくもいかにも無垢で無知な子供の幻想を抱いていた。
まあ、小学校に上がる頃には流石にそんなことはないと気付き始めて、それでもいつかは大人になって、結婚して、普通に子供を産んで、シワシワのおばあちゃんになって、沢山の家族に見守られて最期を迎えられたらなって、ごくごく平凡な幸せを願ってた。
そんな当たり前の幸せな未来が来るのだと、信じて疑っていなかった。
*****
「恵くーん!」
その声を聞いて、俺の肩がビクリと跳ね上がった。
ゆっくり振り返ると、その人物はまるで主人を見つけた犬のように全力で笑顔を振りまいてこちらに駆け寄ってくる。
……幻覚で犬の耳と尻尾が見えた。
淡い栗色の髪を高い位置でツインテールにし、左右には大きな赤いリボンをつけた彼女は、小さな体を懸命に走らせてこちらに向かってくる。
右手を勢いよくブンブンと振り回しながら、駆け寄ってくる姿はちょっと可愛いなと思う。
あくまでも小動物らしい可愛さであって、恋愛的な可愛いではない。それだけは言っておく。
「なんですか苗字先輩。」
「えっとね!恵くんを見かけたから声掛けただけなの!みんなはこれから任務?」
「そうですよ。」
可愛らしくこてんと小首を傾げながら尋ねてくる姿は幼女そのもの。
そんな彼女に虎杖は元気よく笑顔で挨拶をする。
「おっす!ロリ先輩!相変わらず小さいッスね!」
「んだと虎杖テメーもっかい言ってみろや!」
「あんたも学習しないわねー」
「ロリ先輩」虎杖が勝手につけたあだ名を、彼女は気に入っていない。
彼女は見た目を気にしている為、子供扱いされるのが嫌いだ。
その名を口にした瞬間、先程まで俺に向けていた可愛らしい顔を引っ込めて、ギロリと恐ろしい形相で虎杖を睨みつける。
それに釘崎が呆れたように突っ込んでいた。
この人は苗字名前。
俺たちの1個上の二年生で、こう見えても歳上だったりする。
見た目はどう見ても七歳くらいの幼い子供にしか見えない彼女は、呪われている。
水神、水龍、世間的にはそう呼ばれる特級呪霊に取り憑かれた彼女。
彼女はその呪霊に番として選ばれてしまった元一般だ。
呪霊に花嫁と認識されてしまった苗字先輩は、一生体が成長することはないらしい。
その上、呪霊に取り憑かれている限り彼女は不死なのだとか。
それでも歳をとっているらしいから、寿命でいつかは死ぬのだと五条先生から聞いた。
そんな彼女にどういう訳か、俺は気に入られていた。
「恵くん恵くん、今日もカッコイイね!」
「恵くん好き!」
「恵くんは本当に優しいねー!うへへへ、好きぃ!」
とかそんな言葉を毎日出会う度に言われている。
何故そんなに好かれているのか、正直謎だ。
好いてくれるのは有難いけれど、見た目が幼女である先輩はどう見ても妹のようにしか思えなかったりする。
だから俺は正直先輩の気持ちに答える気はない。まあそれに、先輩も俺を本気で好きなわけじゃないだろう。
きっと俺を気に入ってそう言っているだけなように思う。
だってその証拠に、俺が毎回塩対応で軽く返事を返しても、翌日には何も変わらずに好きだと言ってくるからだ。
本気で好きなら、振られたら笑ってなんていられないと思う。
俺と苗字先輩が出会ったのは4年前だ。
俺がまだ小学生の頃に、五条先生に将来呪術師としての社会見学だと言って任務に無理やり同行させられた。
連れて来られた小さな村では、ある家族が殺されたらしい。
そしてそれを行ったのは、水神としてその村で崇められていた特級呪霊だった。
殺されたのは男女の大人。そしてその家族で唯一生き残ったのが、娘である苗字先輩だった。
苗字先輩は、成長しない体を両親に気味悪がられて虐待されそうになったらしい。
そして番である彼女を守ろうと、彼女に取り憑いていた特級呪霊が彼女の両親を殺してしまったのだと。
それから、危険だと処分されそうになった彼女を五条先生が身元引受け人になって保護した。
それから苗字先輩は高専預りとなった。
その時以来、何故か俺に懐いてやたらと俺を構うようになった。
「はぁ~~!恵くんは今日もカッコイイね!素敵だね!」
「そうですか。」
「そんな素っ気ない態度も好き!大好き!!」
「はいはい」
俺は毎日のことにすっかり慣れてしまって、先輩に対して適当に流すようになった。
だって、4年もずっとこんな関係が続いているんだ。嫌でも慣れてしまった。
そんな俺と先輩のやり取りを、虎杖と釘崎がまたかと呆れたように眺めていた。
「伏黒ー!そろそろ行かないとー!」
「ああ、悪い!じゃあ苗字先輩、俺もう行きますね。」
「うん!帰ってきたらまた話そーね!」
「……はあ、いいですけど。俺と話してて楽しいですか?」
「大好きな恵くんと話せるのは何よりも楽しい時間ですよ!」
「そーですか。」
「伏黒ー!さっさっとしなさいよー!」
虎杖と釘崎が呼んでいるので、俺は先輩に適当に一言挨拶をして急いで向かった。
俺を見送りながら、先輩はにこにこと嬉しそうに笑顔で手を振っていたのを、俺はちらりと一瞥して見た。
両親を呪霊に殺されたのに、どうしてあんなにも楽しそうにいられるのか、俺には心底理解できなかった。
*****
「はあーー!恵くんほんっとうにかっこいい!」
「あーそうかよ。」
「もう!真希ちゃんてば真剣にきーてよ!」
「毎日毎日同じこと聞かされるこっちの身にもなれよ。」
「しゃけ!」
「もー!狗巻くんまで!」
「まっ!名前の恵大好きっぷりは今に始まったことじゃないしな。」
「パンダちゃんも酷いよー!」
わーん!と机に突っ伏して泣いた振りをする。
みんな嘘泣きだと分かっているので、誰も心配してくれない。
ひどい!本当にひどい!
私は恵くんに対してこんなにも一途に恋して悩んでるのに!
私は恵くんが好きだ。大好きだ。
でも別に付き合いたいとかそんなことは望んでいないので、この想いが届かなくてもそれは別にいいのだ。
ただ、日に日にかっこよく成長していく恵くんにそろそろ本気で心臓が壊れそうで苦しい!!
「はぁ~~ん!恵くん好き!」
「おいパンダ。昼から体術の訓練だろ?相手してくれ。」
「おういいぞ。」
「……スルーしないで!?」
「ツナマヨ!」
「いつものことだけど!確かにいつものことだけどぉ!!?」
みんな冷たい!少しくらい話聞いてもいいじゃんかー!
なんて半泣きになって叫べば、みんなやれやれと無視してグラウンドに向かっていく。
あっ!完全にシカトですか!スルーですか!
そうですか!もう泣くぞ!
はあっと深いため息が出る。だって好きなんだからしょうがないじゃないか。
恵くんは私のとって王子様なんだから。
この気持ちが実らなくてもいい。私を見てくれなくてもいい。
ただ私は、恵くんを好きでいられることが幸せで仕方ないの。
*****
当たり前に約束された未来が壊れたのは、私が7歳頃。
8歳の誕生日まであと二ヶ月になろうとしていた、ある暑い夏の日。
私は夏休みの間、おばあちゃんの住んでいる田舎に遊びに来ていた。
コンビ二一つすらない山奥の田舎。都会らしい便利さがない代わりに、自然に囲まれた場所で過ごす夏休みが、私は大好きだった。
私はかなりやんちゃ性格で、男の子みたいに虫を取って遊んだり、お父さんと川で釣りをしたりするのが好きだった。
けれどどうしても一人で遊ばないといけない時には、今まで行ったことのない場所を探して探検するのが日課になっていた。
あの日も、そうやって新しい発見を求めて外に飛び出した。
川遊びも虫取りも飽きてしまった私は、何か面白いことはないかと一人で外を歩いていた。
田舎だから同い歳の友達なんて中々できなくて、私は夏休みはいつも一人だった。
いつもの遊び場から離れて、普段は通ったことの無い道を歩いてみる。
いつもとは違う道は、何だか楽しいことが待ってそうで心が踊った。
村から少し離れた所に、その神社はあった。
この田舎で一番大きな神社には何度か行ったことはあったが、その神社は初めて見た。
随分と古いのか、少し廃れた感じのするその小さな神社に、私はひどく惹かれたのを今も覚えている。
そこで私はある男の子に出会ったのだ。
私より二つか三つ程歳上に見えるその子は、自分を「龍」と名乗った。
だから私は彼を「りゅうちゃん」と呼んだ。
私たちはすぐに仲良くなった。
初めて田舎でできた友達に、私は嬉しくて毎日りゅうちゃんと遊んだ。
りゅうちゃんは色んなことを知っていた。虫が沢山取れる場所。蛍が見れる池。この村の歴史。
りゅうちゃんは不思議な子だった。私が会いたいと思うと、いつもどこからともなく現れて会いに来てくれた。
大人びたりゅうちゃんは私にとって初恋の男の子になるのはそう時間はかからなかった。
それでも此処に居られるのは夏休みの間だけ。
だから私は夏休み最後の日、りゅうちゃんにお別れを言いに行った。
泣きながら来年も会おうねと約束すると、りゅうちゃんは私に言ってくれたの。
「将来大人になったら僕のお嫁さんになってくれる?」って。
嬉しかった。だから私は「うん、私が二十歳になったら結婚しよう」って答えた。
りゅうちゃんは「二十歳かぁ~、今時の子供は大人になるのが遅いね。でもいいよ。待っててあげる」そう言ってくれた。
だから私たちは約束をしたの。大人になったら結婚するって。
その日、約束の証として私たちはキスをした。
私にとってのファーストキスは、そんな綺麗な思い出になった。
それから翌年になってまた夏が来た。
だけど、りゅうちゃんには会えなかった。
翌年も、翌翌年も。
数年が経って、私はある違和感に気付いてしまう。
体が成長しない。私は7歳の頃から、身長がまったく伸びなくなってしまったのだ。
まるで成長が止まってしまったかのように。私だけ時間が止まったしまったかのように。
流石に私が12歳になる頃には、成長は人それぞれだと呑気にしていた両親も異常なことに気付いて病院に連れて行った。
だけど私は至って健康で、どこにも問題はない。
色々なツテを頼って大きな病院で調べたりしたけれど、何も原因がわからなった。
だけどそこ頃になれば私は気付いていた。
私はもう、きっと二度と大人になることは出来ないんだってことに。
私はりゅうちゃんに呪われたんだ。
だって、あれから私はおかしいのだ。あの約束の日の翌日、私は酷い高熱に魘された。
一度は生死をさ迷うくらいの危険な状態になったらしい。
その時に、夢でりゅうちゃんに会った。
りゅうちゃんは私とこれからはずっと一緒にいると言っていた。
私は当時その意味が分からなかったけど、嬉しかったのだけは覚えてる。
そしてそれ以降、私は病気になったことがない。風邪すらひいたことがない。
それだけならまだ、健康なだけだと言えるだろう。けれど、私はそれから怪我もすることはなくなった。
ある日転んで擦りむいたら、その怪我が一瞬で治ったのだ。
幸いそれは誰にも見られなかったけれど、幼いながらもそれが異様な事だと私は分かった。
それから私は怪我をするのが怖くなった。誰かに見られて化け物扱いされるのが怖かった。
ある日病院ではどうにもならないと、両親は私をお寺に連れて行って、お祓いを受けさせた。
お寺の住職さんは私を見て、「この子は水神様に見初められてしまっている。」と言った。
私はどうやら、りゅうちゃんに取り憑かれたらしい。
その時になって初めて、私はりゅうちゃんが「水神様」と呼ばれる神様なのだと知った。
それから何とかしてみようと住職さんにお祓いを受けたのだけど、まさかあんな形でりゅうちゃんと再会することになるなんて思わなかった。
私からりゅうちゃんを引き剥がそうとした住職さんを、りゅうちゃんは殺してしまった。
それから優しかった両親は変わってしまった。
私を化け物でも見るような目で見てくるようになった。
両親は人目を避けるように田舎の祖母の村に引っ越した。
私を気味悪がって、外に出さないようにした。
部屋に閉じ込めて、毎日死なないように最低限のご飯だけはくれた。
りゅうちゃんも監禁するだけで特に何かをする訳ではない両親には何もしなかった。
そんな生活が一年ほど続いたある日、とうとう両親の精神が限界に達してしまった。
両親は私を化け物と罵って、殺そうとしてきたのだ。
そうなれば当然、りゅうちゃんに殺された。
私は、呪術師という人に捕まって、処分されそうになった。
けれど五条先生が私を保護するという形で、私は助けられた。
その頃の私は、自分が化け物になってしまったことへの嫌悪や両親を殺めてしまったショックで、言葉も話せないくらい心を閉ざしていた。
だけどそんな時に、五条先生に同行していた恵くんが私に言ってくれたの。
ただ死にたいと口にする私に、恵くんは「あんたは悪くない。だから生きて」とそう言ってくれた。
きっと彼は何気なく言っただけなのかもしれない。
私に同情して口にしただけなのかもしれない。それでも、あの一言が私を救ってくれた。
私に生きる勇気をくれた。だから、私は恵くんが大好きだ。
だけど、この気持ちが実ることを私は決して望まない。
恵くんにはただ私が後悔しないように好きだと伝えたいだけ。
それは恵くんが私の気持ちを本気だと思っていないから成立すること。
もしも私が本気で恵くんを好きなのだと知られたら、私はもうこの気持ちは二度と口にできない。
だからどうか気付かないで欲しい。知らないで欲しい。
私が恵くんを愛してることは。
*****
「やあ、ただいま名前。」
「何しに来たんですか?五条先生。」
夜の11時に、突然部屋にやって来た五条先生に、私は盛大に眉をひそめる。
生徒の、それも女生徒の寮に侵入した上に、こんな時間に部屋に勝手に入ってくるとか本当に有り得ない。
この先生は色々とデリカシーがない。
私が顔を盛大にしかめて五条先生を出迎えたもんだから、五条先生は不満そうに唇を尖らせた。
「えー!僕、二週間ぶり帰ってきたのにー!やっっとの思いで任務から帰ってきたのにー!名前は僕を労ってくれないのー?」
「それだけ元気なら大丈夫ですよ。」
「君って本当に恵以外には辛口だよね。」
アラサーのいい年こいた大人が、子供のように頬を膨らませて抗議する姿は見ていて痛々しいと思う。
五条先生の場合は顔が可愛いからまだギリギリ許されそうだが、それでもキモイと思う。
私ははあっと溜息をつきながら、サラリと肩に垂れた髪を耳にかけた。
すると視線を感じて顔を上げる。五条先生がじっと私を見ていた。
視線が合って、私は怪訝そうに顔をしかめた。
「なんですか?」
「いやぁ~、こうして何度見ても、夜の名前の姿とのギャップはやばいなぁ~って。正直ちょっとくるものがある。」
「先生キモイ。」
「ひどっ!」
「ねぇ、今の名前の姿を知ったら、恵も君を意識してくれるんじゃない?」
「そんなの分からないじゃないですか。それに、私は別に恵くんと両想いになりたいわけじゃないですし。」
ツインテールに結っていた髪は今は垂らし、小さかった背丈は今は年相応の娘らしくスラリと手足も身長も伸びきっている。
真っ平らだったな子供体型だった胸には、緩やかな曲線を描くくらいの豊かな胸が実っている。
今の私は、年相応の大人の女性に近い体つきになっていた。
私のこの7歳の頃から成長しない体は、夜の間だけ年相応の姿に戻るというなんとも中途半端な呪いだ。
しかも本来の姿が見えるのは呪力を持った人間にだけ。
だから非術士であった両親は私の変化に気付かなかった。
私だけが、この異常な身体に気付いていた。
昼間は子供のような小さな体が、夜になると少しだけ成長する。
そんなの、小学生の子供だって変だって気づく。
だから私はこの異常さを、ずっとずっと独りで抱えてきた。
だって言っても誰も信じてくれなかったから。
両親でさえ信じてくれないことを、誰が信じてくれるだろうか。
それが、あんな形になってやっと私の状況を理解してくれる人と出会えた。
五条先生には本当に感謝しているけれど、私は私のことが好きじゃないから。
だから正直、生きていて良かったのかと言われたら、言葉に詰まってしまう。
それでも生きていたいと思えるのは、恵くんに出会えたから。
恵くんの存在が、私の生きる理由だから。
私のこんな重い愛情なんて一生知らなくていい。分からなくていい。
どうか気付かないでほしい。私はこのまま、消えてしまってもいいのだから。
五条先生は、私のそんな重い重い感情に気付いていて、私に笑いかける。
「……名前はさ、本当にこのままでいいの?」
「……」
「名前が望めば、もしかしたら誰か一人くらい、君を見てくれる人はいるかもしれないよ?」
「いいんです。これは私とりゅうちゃんの問題だから。」
「でも君このままじゃ、二十歳になったら死んじゃうよ。」
「それも約束だから、仕方ないです。」
「名前がそんなんじゃ、本当に死ぬことになっちゃうよ?恵はいいの?」
「恵くんとは付き合いたい訳じゃないんです。それに、りゅうちゃんことも、嫌いじゃないんです。
私はただ、恵くんことを死ぬまで好きでいられたらそれでいい。りゅうちゃんが唯一、想うことだけは許してくれたから。」
「最終的に自分を選んでくれるなら誰かを想うことは許してくれるってのは、随分と寛大な呪霊だって思うけどさ。だからって名前を殺そうとするのは許せないよ。」
「仕方ないですよ。だって呪霊である彼の番になるってことは、そういうことです。人間のまま添い遂げるなんて出来ないからこその呪いだし。」
私は、二十歳の誕生日に死ぬことになっている。
それがあの日、りゅうちゃんとした約束だから。
正直死にたくなんてないけれど、生きていられるなら生きていたいけれど。
私はりゅうちゃんが嫌いになれないのだ。
幼い頃の約束だからと、彼との契約を破棄することはできない。それだけ強力な呪いだから。
五条先生がりゅうちゃんを祓ったとしても、私も道連れになるだけだ。
私とりゅうちゃんの魂は完全に繋がってしまっているから。
だから、五条先生もどうすることもできずにいる。
「ねえ五条先生。」
「ん?」
「私が二十歳になったら、ちゃんと殺してね。約束したよね。」
「……もちろん覚えてるよ。でもさ、本当にそれでいいの?」
「いいの。だって、解呪するなんてきっと無理だもん。」
「……そっか。まあ名前が後悔しないならいいよ。」
「ありがとう、先生。」
解呪する方法はないわけじゃない。
「私が好きになった人が私を好きになること。」それがりゅうちゃんの呪いを解呪する方法らしい。
私が成長しないのは、りゅうちゃんが私が異性として見られないようにするためらしい。
子供を本気で好きになる男なんて、余程の趣味を持った男くらいだ。
夜の間だけ元の姿に戻ると言っても、こんな奇妙な体質の私を好きになってくれる人はいるんだろうか。
仮に両想いになれたとして、呪いが解呪されても、りゅうちゃんが私を諦めてはくれない。
私が自由になる方法は、解呪した後にりゅうちゃんを倒すことだけだ。
特級呪霊であるりゅうちゃんを倒せるなんて、五条先生くらいしか無理だろう。
だけど五条先生は私を好きになることはきっとない。
そして私も五条先生だけはないと思っている。
なので五条先生は論外である。
だから私の呪いはきっと解けることはない。
私ももう17歳で、残すところの人生はあと3年だ。
もう諦めている。だから恵くんという心から愛する人がいても、両想いになりたいとは思わない。
大好きな人に、そんな重荷は背負わせたくない。
だから私はこのままでいいのだ。
私のこの想いは、誰にも知られずに消えてしまっていい。
誰かに知って欲しいとも思わないし、五条先生だってきっと黙っていてくれるだろう。
そういう縛りを、彼とはしてある。
だから、私は安心して死んでいける。
それでも、今はまだ、この気持ちを抱えていたいから、どうか言葉にすることは許して欲しい。
恵くんが好き。大好き。
愛してるとは、絶対に口にしないから。
どうか、この夢が覚めるまで……
運命の出会いとか、前世で結婚を誓い合った恋人がいるとか、そんな御伽噺のような運命的な恋に恋する純粋な子供時代が私にもあった。
私にもいつか運命の王子様が迎えに来てくれるとか、可愛らしくもいかにも無垢で無知な子供の幻想を抱いていた。
まあ、小学校に上がる頃には流石にそんなことはないと気付き始めて、それでもいつかは大人になって、結婚して、普通に子供を産んで、シワシワのおばあちゃんになって、沢山の家族に見守られて最期を迎えられたらなって、ごくごく平凡な幸せを願ってた。
そんな当たり前の幸せな未来が来るのだと、信じて疑っていなかった。
*****
「恵くーん!」
その声を聞いて、俺の肩がビクリと跳ね上がった。
ゆっくり振り返ると、その人物はまるで主人を見つけた犬のように全力で笑顔を振りまいてこちらに駆け寄ってくる。
……幻覚で犬の耳と尻尾が見えた。
淡い栗色の髪を高い位置でツインテールにし、左右には大きな赤いリボンをつけた彼女は、小さな体を懸命に走らせてこちらに向かってくる。
右手を勢いよくブンブンと振り回しながら、駆け寄ってくる姿はちょっと可愛いなと思う。
あくまでも小動物らしい可愛さであって、恋愛的な可愛いではない。それだけは言っておく。
「なんですか苗字先輩。」
「えっとね!恵くんを見かけたから声掛けただけなの!みんなはこれから任務?」
「そうですよ。」
可愛らしくこてんと小首を傾げながら尋ねてくる姿は幼女そのもの。
そんな彼女に虎杖は元気よく笑顔で挨拶をする。
「おっす!ロリ先輩!相変わらず小さいッスね!」
「んだと虎杖テメーもっかい言ってみろや!」
「あんたも学習しないわねー」
「ロリ先輩」虎杖が勝手につけたあだ名を、彼女は気に入っていない。
彼女は見た目を気にしている為、子供扱いされるのが嫌いだ。
その名を口にした瞬間、先程まで俺に向けていた可愛らしい顔を引っ込めて、ギロリと恐ろしい形相で虎杖を睨みつける。
それに釘崎が呆れたように突っ込んでいた。
この人は苗字名前。
俺たちの1個上の二年生で、こう見えても歳上だったりする。
見た目はどう見ても七歳くらいの幼い子供にしか見えない彼女は、呪われている。
水神、水龍、世間的にはそう呼ばれる特級呪霊に取り憑かれた彼女。
彼女はその呪霊に番として選ばれてしまった元一般だ。
呪霊に花嫁と認識されてしまった苗字先輩は、一生体が成長することはないらしい。
その上、呪霊に取り憑かれている限り彼女は不死なのだとか。
それでも歳をとっているらしいから、寿命でいつかは死ぬのだと五条先生から聞いた。
そんな彼女にどういう訳か、俺は気に入られていた。
「恵くん恵くん、今日もカッコイイね!」
「恵くん好き!」
「恵くんは本当に優しいねー!うへへへ、好きぃ!」
とかそんな言葉を毎日出会う度に言われている。
何故そんなに好かれているのか、正直謎だ。
好いてくれるのは有難いけれど、見た目が幼女である先輩はどう見ても妹のようにしか思えなかったりする。
だから俺は正直先輩の気持ちに答える気はない。まあそれに、先輩も俺を本気で好きなわけじゃないだろう。
きっと俺を気に入ってそう言っているだけなように思う。
だってその証拠に、俺が毎回塩対応で軽く返事を返しても、翌日には何も変わらずに好きだと言ってくるからだ。
本気で好きなら、振られたら笑ってなんていられないと思う。
俺と苗字先輩が出会ったのは4年前だ。
俺がまだ小学生の頃に、五条先生に将来呪術師としての社会見学だと言って任務に無理やり同行させられた。
連れて来られた小さな村では、ある家族が殺されたらしい。
そしてそれを行ったのは、水神としてその村で崇められていた特級呪霊だった。
殺されたのは男女の大人。そしてその家族で唯一生き残ったのが、娘である苗字先輩だった。
苗字先輩は、成長しない体を両親に気味悪がられて虐待されそうになったらしい。
そして番である彼女を守ろうと、彼女に取り憑いていた特級呪霊が彼女の両親を殺してしまったのだと。
それから、危険だと処分されそうになった彼女を五条先生が身元引受け人になって保護した。
それから苗字先輩は高専預りとなった。
その時以来、何故か俺に懐いてやたらと俺を構うようになった。
「はぁ~~!恵くんは今日もカッコイイね!素敵だね!」
「そうですか。」
「そんな素っ気ない態度も好き!大好き!!」
「はいはい」
俺は毎日のことにすっかり慣れてしまって、先輩に対して適当に流すようになった。
だって、4年もずっとこんな関係が続いているんだ。嫌でも慣れてしまった。
そんな俺と先輩のやり取りを、虎杖と釘崎がまたかと呆れたように眺めていた。
「伏黒ー!そろそろ行かないとー!」
「ああ、悪い!じゃあ苗字先輩、俺もう行きますね。」
「うん!帰ってきたらまた話そーね!」
「……はあ、いいですけど。俺と話してて楽しいですか?」
「大好きな恵くんと話せるのは何よりも楽しい時間ですよ!」
「そーですか。」
「伏黒ー!さっさっとしなさいよー!」
虎杖と釘崎が呼んでいるので、俺は先輩に適当に一言挨拶をして急いで向かった。
俺を見送りながら、先輩はにこにこと嬉しそうに笑顔で手を振っていたのを、俺はちらりと一瞥して見た。
両親を呪霊に殺されたのに、どうしてあんなにも楽しそうにいられるのか、俺には心底理解できなかった。
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「はあーー!恵くんほんっとうにかっこいい!」
「あーそうかよ。」
「もう!真希ちゃんてば真剣にきーてよ!」
「毎日毎日同じこと聞かされるこっちの身にもなれよ。」
「しゃけ!」
「もー!狗巻くんまで!」
「まっ!名前の恵大好きっぷりは今に始まったことじゃないしな。」
「パンダちゃんも酷いよー!」
わーん!と机に突っ伏して泣いた振りをする。
みんな嘘泣きだと分かっているので、誰も心配してくれない。
ひどい!本当にひどい!
私は恵くんに対してこんなにも一途に恋して悩んでるのに!
私は恵くんが好きだ。大好きだ。
でも別に付き合いたいとかそんなことは望んでいないので、この想いが届かなくてもそれは別にいいのだ。
ただ、日に日にかっこよく成長していく恵くんにそろそろ本気で心臓が壊れそうで苦しい!!
「はぁ~~ん!恵くん好き!」
「おいパンダ。昼から体術の訓練だろ?相手してくれ。」
「おういいぞ。」
「……スルーしないで!?」
「ツナマヨ!」
「いつものことだけど!確かにいつものことだけどぉ!!?」
みんな冷たい!少しくらい話聞いてもいいじゃんかー!
なんて半泣きになって叫べば、みんなやれやれと無視してグラウンドに向かっていく。
あっ!完全にシカトですか!スルーですか!
そうですか!もう泣くぞ!
はあっと深いため息が出る。だって好きなんだからしょうがないじゃないか。
恵くんは私のとって王子様なんだから。
この気持ちが実らなくてもいい。私を見てくれなくてもいい。
ただ私は、恵くんを好きでいられることが幸せで仕方ないの。
*****
当たり前に約束された未来が壊れたのは、私が7歳頃。
8歳の誕生日まであと二ヶ月になろうとしていた、ある暑い夏の日。
私は夏休みの間、おばあちゃんの住んでいる田舎に遊びに来ていた。
コンビ二一つすらない山奥の田舎。都会らしい便利さがない代わりに、自然に囲まれた場所で過ごす夏休みが、私は大好きだった。
私はかなりやんちゃ性格で、男の子みたいに虫を取って遊んだり、お父さんと川で釣りをしたりするのが好きだった。
けれどどうしても一人で遊ばないといけない時には、今まで行ったことのない場所を探して探検するのが日課になっていた。
あの日も、そうやって新しい発見を求めて外に飛び出した。
川遊びも虫取りも飽きてしまった私は、何か面白いことはないかと一人で外を歩いていた。
田舎だから同い歳の友達なんて中々できなくて、私は夏休みはいつも一人だった。
いつもの遊び場から離れて、普段は通ったことの無い道を歩いてみる。
いつもとは違う道は、何だか楽しいことが待ってそうで心が踊った。
村から少し離れた所に、その神社はあった。
この田舎で一番大きな神社には何度か行ったことはあったが、その神社は初めて見た。
随分と古いのか、少し廃れた感じのするその小さな神社に、私はひどく惹かれたのを今も覚えている。
そこで私はある男の子に出会ったのだ。
私より二つか三つ程歳上に見えるその子は、自分を「龍」と名乗った。
だから私は彼を「りゅうちゃん」と呼んだ。
私たちはすぐに仲良くなった。
初めて田舎でできた友達に、私は嬉しくて毎日りゅうちゃんと遊んだ。
りゅうちゃんは色んなことを知っていた。虫が沢山取れる場所。蛍が見れる池。この村の歴史。
りゅうちゃんは不思議な子だった。私が会いたいと思うと、いつもどこからともなく現れて会いに来てくれた。
大人びたりゅうちゃんは私にとって初恋の男の子になるのはそう時間はかからなかった。
それでも此処に居られるのは夏休みの間だけ。
だから私は夏休み最後の日、りゅうちゃんにお別れを言いに行った。
泣きながら来年も会おうねと約束すると、りゅうちゃんは私に言ってくれたの。
「将来大人になったら僕のお嫁さんになってくれる?」って。
嬉しかった。だから私は「うん、私が二十歳になったら結婚しよう」って答えた。
りゅうちゃんは「二十歳かぁ~、今時の子供は大人になるのが遅いね。でもいいよ。待っててあげる」そう言ってくれた。
だから私たちは約束をしたの。大人になったら結婚するって。
その日、約束の証として私たちはキスをした。
私にとってのファーストキスは、そんな綺麗な思い出になった。
それから翌年になってまた夏が来た。
だけど、りゅうちゃんには会えなかった。
翌年も、翌翌年も。
数年が経って、私はある違和感に気付いてしまう。
体が成長しない。私は7歳の頃から、身長がまったく伸びなくなってしまったのだ。
まるで成長が止まってしまったかのように。私だけ時間が止まったしまったかのように。
流石に私が12歳になる頃には、成長は人それぞれだと呑気にしていた両親も異常なことに気付いて病院に連れて行った。
だけど私は至って健康で、どこにも問題はない。
色々なツテを頼って大きな病院で調べたりしたけれど、何も原因がわからなった。
だけどそこ頃になれば私は気付いていた。
私はもう、きっと二度と大人になることは出来ないんだってことに。
私はりゅうちゃんに呪われたんだ。
だって、あれから私はおかしいのだ。あの約束の日の翌日、私は酷い高熱に魘された。
一度は生死をさ迷うくらいの危険な状態になったらしい。
その時に、夢でりゅうちゃんに会った。
りゅうちゃんは私とこれからはずっと一緒にいると言っていた。
私は当時その意味が分からなかったけど、嬉しかったのだけは覚えてる。
そしてそれ以降、私は病気になったことがない。風邪すらひいたことがない。
それだけならまだ、健康なだけだと言えるだろう。けれど、私はそれから怪我もすることはなくなった。
ある日転んで擦りむいたら、その怪我が一瞬で治ったのだ。
幸いそれは誰にも見られなかったけれど、幼いながらもそれが異様な事だと私は分かった。
それから私は怪我をするのが怖くなった。誰かに見られて化け物扱いされるのが怖かった。
ある日病院ではどうにもならないと、両親は私をお寺に連れて行って、お祓いを受けさせた。
お寺の住職さんは私を見て、「この子は水神様に見初められてしまっている。」と言った。
私はどうやら、りゅうちゃんに取り憑かれたらしい。
その時になって初めて、私はりゅうちゃんが「水神様」と呼ばれる神様なのだと知った。
それから何とかしてみようと住職さんにお祓いを受けたのだけど、まさかあんな形でりゅうちゃんと再会することになるなんて思わなかった。
私からりゅうちゃんを引き剥がそうとした住職さんを、りゅうちゃんは殺してしまった。
それから優しかった両親は変わってしまった。
私を化け物でも見るような目で見てくるようになった。
両親は人目を避けるように田舎の祖母の村に引っ越した。
私を気味悪がって、外に出さないようにした。
部屋に閉じ込めて、毎日死なないように最低限のご飯だけはくれた。
りゅうちゃんも監禁するだけで特に何かをする訳ではない両親には何もしなかった。
そんな生活が一年ほど続いたある日、とうとう両親の精神が限界に達してしまった。
両親は私を化け物と罵って、殺そうとしてきたのだ。
そうなれば当然、りゅうちゃんに殺された。
私は、呪術師という人に捕まって、処分されそうになった。
けれど五条先生が私を保護するという形で、私は助けられた。
その頃の私は、自分が化け物になってしまったことへの嫌悪や両親を殺めてしまったショックで、言葉も話せないくらい心を閉ざしていた。
だけどそんな時に、五条先生に同行していた恵くんが私に言ってくれたの。
ただ死にたいと口にする私に、恵くんは「あんたは悪くない。だから生きて」とそう言ってくれた。
きっと彼は何気なく言っただけなのかもしれない。
私に同情して口にしただけなのかもしれない。それでも、あの一言が私を救ってくれた。
私に生きる勇気をくれた。だから、私は恵くんが大好きだ。
だけど、この気持ちが実ることを私は決して望まない。
恵くんにはただ私が後悔しないように好きだと伝えたいだけ。
それは恵くんが私の気持ちを本気だと思っていないから成立すること。
もしも私が本気で恵くんを好きなのだと知られたら、私はもうこの気持ちは二度と口にできない。
だからどうか気付かないで欲しい。知らないで欲しい。
私が恵くんを愛してることは。
*****
「やあ、ただいま名前。」
「何しに来たんですか?五条先生。」
夜の11時に、突然部屋にやって来た五条先生に、私は盛大に眉をひそめる。
生徒の、それも女生徒の寮に侵入した上に、こんな時間に部屋に勝手に入ってくるとか本当に有り得ない。
この先生は色々とデリカシーがない。
私が顔を盛大にしかめて五条先生を出迎えたもんだから、五条先生は不満そうに唇を尖らせた。
「えー!僕、二週間ぶり帰ってきたのにー!やっっとの思いで任務から帰ってきたのにー!名前は僕を労ってくれないのー?」
「それだけ元気なら大丈夫ですよ。」
「君って本当に恵以外には辛口だよね。」
アラサーのいい年こいた大人が、子供のように頬を膨らませて抗議する姿は見ていて痛々しいと思う。
五条先生の場合は顔が可愛いからまだギリギリ許されそうだが、それでもキモイと思う。
私ははあっと溜息をつきながら、サラリと肩に垂れた髪を耳にかけた。
すると視線を感じて顔を上げる。五条先生がじっと私を見ていた。
視線が合って、私は怪訝そうに顔をしかめた。
「なんですか?」
「いやぁ~、こうして何度見ても、夜の名前の姿とのギャップはやばいなぁ~って。正直ちょっとくるものがある。」
「先生キモイ。」
「ひどっ!」
「ねぇ、今の名前の姿を知ったら、恵も君を意識してくれるんじゃない?」
「そんなの分からないじゃないですか。それに、私は別に恵くんと両想いになりたいわけじゃないですし。」
ツインテールに結っていた髪は今は垂らし、小さかった背丈は今は年相応の娘らしくスラリと手足も身長も伸びきっている。
真っ平らだったな子供体型だった胸には、緩やかな曲線を描くくらいの豊かな胸が実っている。
今の私は、年相応の大人の女性に近い体つきになっていた。
私のこの7歳の頃から成長しない体は、夜の間だけ年相応の姿に戻るというなんとも中途半端な呪いだ。
しかも本来の姿が見えるのは呪力を持った人間にだけ。
だから非術士であった両親は私の変化に気付かなかった。
私だけが、この異常な身体に気付いていた。
昼間は子供のような小さな体が、夜になると少しだけ成長する。
そんなの、小学生の子供だって変だって気づく。
だから私はこの異常さを、ずっとずっと独りで抱えてきた。
だって言っても誰も信じてくれなかったから。
両親でさえ信じてくれないことを、誰が信じてくれるだろうか。
それが、あんな形になってやっと私の状況を理解してくれる人と出会えた。
五条先生には本当に感謝しているけれど、私は私のことが好きじゃないから。
だから正直、生きていて良かったのかと言われたら、言葉に詰まってしまう。
それでも生きていたいと思えるのは、恵くんに出会えたから。
恵くんの存在が、私の生きる理由だから。
私のこんな重い愛情なんて一生知らなくていい。分からなくていい。
どうか気付かないでほしい。私はこのまま、消えてしまってもいいのだから。
五条先生は、私のそんな重い重い感情に気付いていて、私に笑いかける。
「……名前はさ、本当にこのままでいいの?」
「……」
「名前が望めば、もしかしたら誰か一人くらい、君を見てくれる人はいるかもしれないよ?」
「いいんです。これは私とりゅうちゃんの問題だから。」
「でも君このままじゃ、二十歳になったら死んじゃうよ。」
「それも約束だから、仕方ないです。」
「名前がそんなんじゃ、本当に死ぬことになっちゃうよ?恵はいいの?」
「恵くんとは付き合いたい訳じゃないんです。それに、りゅうちゃんことも、嫌いじゃないんです。
私はただ、恵くんことを死ぬまで好きでいられたらそれでいい。りゅうちゃんが唯一、想うことだけは許してくれたから。」
「最終的に自分を選んでくれるなら誰かを想うことは許してくれるってのは、随分と寛大な呪霊だって思うけどさ。だからって名前を殺そうとするのは許せないよ。」
「仕方ないですよ。だって呪霊である彼の番になるってことは、そういうことです。人間のまま添い遂げるなんて出来ないからこその呪いだし。」
私は、二十歳の誕生日に死ぬことになっている。
それがあの日、りゅうちゃんとした約束だから。
正直死にたくなんてないけれど、生きていられるなら生きていたいけれど。
私はりゅうちゃんが嫌いになれないのだ。
幼い頃の約束だからと、彼との契約を破棄することはできない。それだけ強力な呪いだから。
五条先生がりゅうちゃんを祓ったとしても、私も道連れになるだけだ。
私とりゅうちゃんの魂は完全に繋がってしまっているから。
だから、五条先生もどうすることもできずにいる。
「ねえ五条先生。」
「ん?」
「私が二十歳になったら、ちゃんと殺してね。約束したよね。」
「……もちろん覚えてるよ。でもさ、本当にそれでいいの?」
「いいの。だって、解呪するなんてきっと無理だもん。」
「……そっか。まあ名前が後悔しないならいいよ。」
「ありがとう、先生。」
解呪する方法はないわけじゃない。
「私が好きになった人が私を好きになること。」それがりゅうちゃんの呪いを解呪する方法らしい。
私が成長しないのは、りゅうちゃんが私が異性として見られないようにするためらしい。
子供を本気で好きになる男なんて、余程の趣味を持った男くらいだ。
夜の間だけ元の姿に戻ると言っても、こんな奇妙な体質の私を好きになってくれる人はいるんだろうか。
仮に両想いになれたとして、呪いが解呪されても、りゅうちゃんが私を諦めてはくれない。
私が自由になる方法は、解呪した後にりゅうちゃんを倒すことだけだ。
特級呪霊であるりゅうちゃんを倒せるなんて、五条先生くらいしか無理だろう。
だけど五条先生は私を好きになることはきっとない。
そして私も五条先生だけはないと思っている。
なので五条先生は論外である。
だから私の呪いはきっと解けることはない。
私ももう17歳で、残すところの人生はあと3年だ。
もう諦めている。だから恵くんという心から愛する人がいても、両想いになりたいとは思わない。
大好きな人に、そんな重荷は背負わせたくない。
だから私はこのままでいいのだ。
私のこの想いは、誰にも知られずに消えてしまっていい。
誰かに知って欲しいとも思わないし、五条先生だってきっと黙っていてくれるだろう。
そういう縛りを、彼とはしてある。
だから、私は安心して死んでいける。
それでも、今はまだ、この気持ちを抱えていたいから、どうか言葉にすることは許して欲しい。
恵くんが好き。大好き。
愛してるとは、絶対に口にしないから。
どうか、この夢が覚めるまで……