番外編
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・夫婦設定
・善逸が柱
・原作の展開無視の未来
・鎹一族の設定など出てきます
*
チュンチュンチチチと、小鳥たちのさえずりで目を覚ました。
普通の人間にはただの鳴き声にしか聞こえないこの声も、小羽には人間と変わらずに言葉となって聞こえてくる。
日が昇り始めたばかりの早朝に沢山の話し声が聞こえてしまっては、ゆっくりと寝てなどいられなかった。
「うう……ん……うるさい……朝ぁ?」
小羽は重い瞼をゆっくりと開けると、眠たげに目を擦る。
障子からうっすらと明るい光が差し込んでいて、小羽は起きようと体をのそりと身じろいだ。
すると途端に腰にズキリと鈍い痛みが走り、思わず「うっ!」と小さく唸ってしまった。
激痛という程でもないが、じんじんと鈍く痛む腰のせいで、起き上がることができずに小羽は「いたたた」と腰を擦りながらまた布団に倒れ込む。
ふと横を見ると、すぐ傍で善逸が気持ち良さそうに涎を垂らして眠っていた。
そして彼は全裸であった。かく言う小羽もまた、生まれたままの姿をしていた。
そして瞬間的に思い出す。昨晩の行為はまたいつにも増して盛り上がり、激しくもねっとりと愛し合った。
結婚してからこういった営みは何度もしているし、別にこれが初めてではないのだが、なんとなく思い出して気恥ずかしくなった。
「……っ、お風呂入りたいな……」
汗やら誰かさんの精液やら、愛液やらで身体中が昨晩の行為の激しさを物語る様にベタベタであった。
正直気持ち悪いので、小羽はお風呂を沸かそうと痛む腰を無理して起き上がろうとした。
すると「カー!」と外から鴉の鳴き声がしたのである。
その鴉は小羽の鎹鴉である黒姫であった。
「黒姫?どうしたの?任務でも持ってきた?」
「カー!ハイデス!」
「そう、ありがとう。」
「えっ!!?嘘でしょ!!?」
「あっ、善逸くん起きたんだね。おはよう。」
黒姫の声に起こされたのか、いつの間にか善逸も体を起こして話を聞いていた。
今日は本来ならば久しぶりの休日であった。しかし、鬼殺隊の仕事上、ましてや善逸は今や柱である。
こうして急な任務が入ってくるのはよくあることであった。
だけど今日は久しぶりに小羽とゆっくりと夫婦の時間を過ごす気満々であった善逸は、突然入ってきた任務に絶望の表情を浮かべた。
「嘘でしょ!?嘘すぎない!?何で!?だって今日は休日だったんだよ!?久しぶりに小羽ちゃんとゆっくり過ごそうと思ってたのに!?任務だって昨日やっと終わらせたばかりなのにもう次!!?」
「はいはい善逸くん。諦めて支度しよう。」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!何でそんなに落ち着いてるの!?」
「善逸くんが諦め悪いだけだと思う。ほら、ベタついた体じゃ気持ち悪いでしょ?お風呂沸かすからさっさと体洗って急いで向かおう!」
「うう、小羽ちゃんのいじわるぅぅぅ!!!でも好きぃぃぃ!!!」
「はいはい、ありがとうね。」
いつものように泣き言を言う善逸を適当にあしらう小羽。
出会った頃は優しくしていた善逸への対応も、夫婦になってすっかり慣れてしまったのか、段々とおざなりになってきていた。
それでも、二人にとってはこれも大切なやり取りであった。
**************
あれから手短にお風呂と朝餉を済ませた二人は、黒姫が持ってきた任務先に向かうための準備をしていた。
「それじゃあ行こうか。」
「うん、今度の任務先は割と近いから、早ければ夜には帰って来れそうだね。」
「ほんと!?だったら俺、がんばるよ!!」
「できれば普段からもうちょっとがんばろうね?」
「えー!」
小羽が困ったように笑いながら言うと、善逸は嫌そうに声を漏らす。
そんな彼に呆れつつ、小羽は彼の任務に同行するためにいつものように雀の姿になろうとした。
「――あれ?」
「……どうしたの?」
「……嘘。雀に変化できない?」
「えっ!?」
茫然とした様子で呟かれた言葉に、善逸はサッと顔を青ざめた。
「えっ?えっ?どうして!?どこか悪いの!?」
「……分からないわ。さっきから何度も変化しようとしてるんだけど、どうしてもできなくて……」
「ええっ!?」
突然のことにどうしたらいいのか分からずに困惑した声を上げる善逸。
しかし、当の本人の小羽もそれは同じで、何故こんな事になってしまったのか分からずに戸惑っていた。
「……これじゃ任務に同行なんて無理ね。兎に角、善逸くんだけでも任務先に向かって。鎹鴉には黒姫を代理でつけるから。」
「ええっ!?何言ってるのぉ!!?こんな状態の小羽ちゃんを置いていくなんてできないよぉ!!」
「私なら大丈夫。ちゃんとしのぶさんやお兄ちゃんに相談するし、心配ないよ。」
「でも……」
「ほら!そんな顔しないで!善逸くんは一人でも多くの人を助けてよ!柱でしょ?」
心配そうな善逸を安心させるように、小羽が元気よく善逸の背を軽く叩きながらそう言うと、彼は渋々ながら頷いた。
「夜までには戻るからね!!ぜっったいに無理だけはしないでね!!」
「大丈夫だよ。ありがとう。」
「うう……じゃあ、行ってくるね。」
「行ってらっしゃい。黒姫、善逸くんのことお願いね。」
「カーー!」
小羽の言葉に任せろと言いたげに元気よく返事を返す黒姫。
彼女に導かれるように、善逸は後ろ髪を引かれる想いで任務に向かうのであった。
*
「うーん、特に体調に問題は無さそうですね。」
「そうですか……」
あれからすぐに蝶屋敷に向かい、事情を知ったしのぶが小羽を診察してくれた。
しかし、彼女曰くどこにも異常は見られないらしい。体調にも問題はなく、特に病気の疑いはない。鬼による血鬼術の可能性も考えられたが、そのような感じもなく、しのぶですら原因が分からなかったのである。
「一体どうしてこんなことに……小羽、何か変なことしてないか?」
「変な事って?」
「いつもと違うことしたとか……何でもいい。心当たりないか?」
「あったら言ってるよ。」
「……だよな。」
小羽の言葉に清隆は険しい表情をする。
しのぶとあーだこーだと色々と思いつきそうな仮説を話し合ってみたが、一向にこれと言った原因が分からなかった。
「うーん、もしかしたら鎹一族に関係があることなのかもな。俺、今日里に帰って長に相談してみるよ。」
「他に思い当たることもないし……お兄ちゃん、お願いできる?」
「ああ、任せとけ!夜までには帰るさ!」
こうして原因不明の現状をどうにかする為に、清隆は鎹一族の里へと向かうことになった。
残された小羽は不安を抱えたまま、一人家で待つことになったのである。
**************
善逸は走っていた。
任務を早急に終わらせ、神速のごとく全速力で走り抜ける。
一刻も早く家に帰りたかった。それだけ愛する妻が心配だったのだ。
いくら任務の為とはいえ、あんな状態の妻を一人置いてきてしまったことを善逸は後悔していた。
きっと今頃不安になっているかもしれない。早く帰って傍にいてやりたい。
善逸は家が見えてくると、勢いよく玄関の戸を開けて飛び込む勢いで家の中に駆け込んだ。
「小羽ちゃん!!小羽ちゃん大丈夫!!」
「わっ!びっくりしたぁ~……善逸くん、おかえりなさい。そんなに慌ててどうしたの?」
汗だくになりながら急いで帰ってきた善逸に驚いた様子で出迎える小羽。
小羽は居間でのんびりとお茶を啜っていた。その元気そうな様子に、善逸はほっと胸を撫で下ろす。
「よ、良かった……あれからどう?」
「んー、全然ダメ。何度か試してみたけど変化できなかった。」
「……そっか」
明らかに落胆したようにがっくりと肩を落とす善逸。自分よりも心配してくれる彼に苦笑すると、小羽は柔らかく笑いかけた。
「善逸くんの方がずっと不安そうだね。」
「小羽ちゃんは何でそんなに冷静なの!?」
「何でって……だって、善逸くんが私以上に不安になってくれて、心配してくれるから……なんだか逆に落ち着いちゃって。ふふ。」
「も~~!!小羽ちゃんは~~!!」
こんな状況なのにクスクスと可笑しそうに笑う小羽に善逸は困ったように苦笑すると、ぎゅっと包み込むように抱き締めた。
「……心配してたんだよ。ずーと。」
「……うん、ありがとう。」
「――なあ、そろそろいいか?」
「きゃっ!」
「おわーーーーーー!!!!!????」
ちょっとしんみりとしていた頃に、不意にどこからともなく聞こえてきた第三者の声に小羽は小さく悲鳴をあげ、善逸は全力で叫び声をあげた。
そこにはいつの間に入って来たのか、清隆があっけらかんとした態度で立っていた。
「よっ!」
「おお、お兄ちゃん!?いつの間に!」
「おおおおお!!驚かすなよ!!ビックリしたじゃんかぁぁぁぁ!!入って来るなら一言言えよ!!」
「いや、声掛けたけど反応無かったし。なんかいい雰囲気だったから邪魔すんのもあれかと思ったけど、早く話しておいた方がいいかと思ってな?」
「ああ、何か分かったの?やっぱりこの原因って、鎹一族が関係してたりする?」
「……へ?」
朝から任務に出ていた善逸は話が見えないようで、不思議そうに首を傾げた。
そんな彼に小羽は簡単に説明しつつ、兄に続きを言うように促した。
すると清隆は急に真剣な顔つきになった。
何か良くないことでもあったのかと、小羽と善逸がゴクリと喉を鳴らして神妙な顔つきで話を聞く。
「単刀直入に言うとな。小羽、お前……妊娠してるぞ。」
「「……は?」」
清隆の言葉に、小羽と善逸の声がハモった。
二人して清隆の言葉が一瞬理解できなかったようで、きょとりと不思議そうな顔をされた。
そんな二人を無視して、清隆は言葉を続ける。
「叔母さんに聞いてきた。鎹一族の女性は身篭ると、その瞬間から変化できなくなるらしい。
鳥との間に身篭ったなら人間に戻れなくなるし、人間との間に身篭ったなら鳥に変化できなくなる。
本来なら母さんから教わることだったのを、俺も小羽も教えられる前に両親を失ったから、ずっと知らなかったんだ。」
「えっ?えっ?」
「ちょっと待って!?待って!!」
「あっ、因みに変化できなくなるのは妊娠期間中だけらしい。子供を産めばまた変化できるようになるってよ。」
「えっ……私……妊娠したの?」
「いや、だからそう言ってるだろ?今朝から変化できなくなったって言ってたから、つまりは……昨晩やったからだな。」
「……っ」
兄に昨晩、夫婦の営みをしたことがバレて、気恥ずかしくて顔を真っ赤にする小羽。
でもそれ以上に、自分のお腹に子が宿ったことが信じられなかった。
無意識に腹をそっと撫でる。まだ膨らみのない平らなお腹。
だけど確かに命が宿っている。それも愛する夫の子。
ずっとずっと家族を作ってあげたいと思っていた人との子。
大好きな善逸と自分の子。
今この瞬間にも、その命は自分の中で育っている。
そう思うと、急に嬉しさと愛おしい気持ちが湧き上がってきた。
「私と……善逸くんの子。」
「う……うわぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああん!!」
「善逸くん!?わっ!!」
小羽が現実を確かめるように言葉にした瞬間、善逸が突然叫び出した。
そして小羽に抱きつくと、彼女の体を持ち上げたのである。
突然子供のように抱き上げられて、小羽は混乱した。
「ぜっ、善逸くん??」
「うおおおおぉ!!ありがとう!!ありがとうございます!!小羽ちゃぁぁぁん!!俺、すっっっごく嬉しいよぉおぉぉ!!」
涙も鼻水も、顔から出せるもの全部出してわんわんと泣きわめく善逸。
小羽を強く抱き締めながら、何度も何度も「ありがとうありがとう」とお礼を言い続ける。
相当喜んでくれていることが全力で伝わってきて、小羽はとても優しい気持ちになった。
――ああ、私は本当に幸せだなぁ
不意にそう思った。善逸と結婚してから、彼には沢山の愛情を注いでもらった。
とても幸せな日々だった。二人っきりの日々もとても幸せだったけれど、この人をもっと幸せにしてあげたいと思っていた。
生まれてすぐに親に捨てられ、実の親の顔も名も何も知らない。親の愛情を知らないのに、自分よりも他人を優先して優しくできる善逸は、ずっとずっと家族を望んでいた。
血の繋がった幸せな家族を夢見ていた。それが、やっと叶えてあげることができる。
じんわりと小羽の中に優しさと、喜びと、愛おしい気持ち、母性、色んな温かな気持ちが溢れてきた。
自分以上に身篭ったことを全力で喜んでくれている善逸に、やっと自分が母になるのだとじんわりと自覚してきて、目にうっすらと涙が浮かんだ。
嬉しい気持ちでいっぱいなのを善逸に伝えるように、小羽は善逸の背に手を伸ばしてぎゅっと抱きついた。
「……嬉しい。」
「俺も!!俺も嬉しいよ!!」
「うん!」
「俺、俺!!絶対良い父親になる!!小羽ちゃんを幸せにする!!」
「うん!私も……良い母親になる!善逸くんを幸せにしたい!」
「俺はもう十分すぎるくらい幸せだよ!!怖いくらい幸せだよ!!」
「それなら私だって!!善逸くんのお陰で毎日とっても幸せだよ!!もっともっと幸せにしてあげたいよ!!」
「やだ!!俺の奥さん可愛すぎない!!?天女も顔負けの可愛さなんだけど!!?とっっくに知ってたけどね!!?」
「もう!いっっつも善逸くんは大袈裟だよ!」
「本心だよぉぉぉぉぉぉ!!」
(……俺もいるんだけどなぁ~……)
すっかりその存在を忘れ去られた清隆は、目の前でイチャつく夫婦を眺めながら、呆れつつもとても嬉しそうに微笑んだ。
小羽と善逸はお互いにとっても幸せそうだ。
これからは新たに増えるであろう家族と、もっと幸せになっていくことだろう。
清隆はそんなそう遠くない未来に訪れるであろう幸せな日々を想像して、微笑むのであった。
・善逸が柱
・原作の展開無視の未来
・鎹一族の設定など出てきます
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チュンチュンチチチと、小鳥たちのさえずりで目を覚ました。
普通の人間にはただの鳴き声にしか聞こえないこの声も、小羽には人間と変わらずに言葉となって聞こえてくる。
日が昇り始めたばかりの早朝に沢山の話し声が聞こえてしまっては、ゆっくりと寝てなどいられなかった。
「うう……ん……うるさい……朝ぁ?」
小羽は重い瞼をゆっくりと開けると、眠たげに目を擦る。
障子からうっすらと明るい光が差し込んでいて、小羽は起きようと体をのそりと身じろいだ。
すると途端に腰にズキリと鈍い痛みが走り、思わず「うっ!」と小さく唸ってしまった。
激痛という程でもないが、じんじんと鈍く痛む腰のせいで、起き上がることができずに小羽は「いたたた」と腰を擦りながらまた布団に倒れ込む。
ふと横を見ると、すぐ傍で善逸が気持ち良さそうに涎を垂らして眠っていた。
そして彼は全裸であった。かく言う小羽もまた、生まれたままの姿をしていた。
そして瞬間的に思い出す。昨晩の行為はまたいつにも増して盛り上がり、激しくもねっとりと愛し合った。
結婚してからこういった営みは何度もしているし、別にこれが初めてではないのだが、なんとなく思い出して気恥ずかしくなった。
「……っ、お風呂入りたいな……」
汗やら誰かさんの精液やら、愛液やらで身体中が昨晩の行為の激しさを物語る様にベタベタであった。
正直気持ち悪いので、小羽はお風呂を沸かそうと痛む腰を無理して起き上がろうとした。
すると「カー!」と外から鴉の鳴き声がしたのである。
その鴉は小羽の鎹鴉である黒姫であった。
「黒姫?どうしたの?任務でも持ってきた?」
「カー!ハイデス!」
「そう、ありがとう。」
「えっ!!?嘘でしょ!!?」
「あっ、善逸くん起きたんだね。おはよう。」
黒姫の声に起こされたのか、いつの間にか善逸も体を起こして話を聞いていた。
今日は本来ならば久しぶりの休日であった。しかし、鬼殺隊の仕事上、ましてや善逸は今や柱である。
こうして急な任務が入ってくるのはよくあることであった。
だけど今日は久しぶりに小羽とゆっくりと夫婦の時間を過ごす気満々であった善逸は、突然入ってきた任務に絶望の表情を浮かべた。
「嘘でしょ!?嘘すぎない!?何で!?だって今日は休日だったんだよ!?久しぶりに小羽ちゃんとゆっくり過ごそうと思ってたのに!?任務だって昨日やっと終わらせたばかりなのにもう次!!?」
「はいはい善逸くん。諦めて支度しよう。」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!何でそんなに落ち着いてるの!?」
「善逸くんが諦め悪いだけだと思う。ほら、ベタついた体じゃ気持ち悪いでしょ?お風呂沸かすからさっさと体洗って急いで向かおう!」
「うう、小羽ちゃんのいじわるぅぅぅ!!!でも好きぃぃぃ!!!」
「はいはい、ありがとうね。」
いつものように泣き言を言う善逸を適当にあしらう小羽。
出会った頃は優しくしていた善逸への対応も、夫婦になってすっかり慣れてしまったのか、段々とおざなりになってきていた。
それでも、二人にとってはこれも大切なやり取りであった。
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あれから手短にお風呂と朝餉を済ませた二人は、黒姫が持ってきた任務先に向かうための準備をしていた。
「それじゃあ行こうか。」
「うん、今度の任務先は割と近いから、早ければ夜には帰って来れそうだね。」
「ほんと!?だったら俺、がんばるよ!!」
「できれば普段からもうちょっとがんばろうね?」
「えー!」
小羽が困ったように笑いながら言うと、善逸は嫌そうに声を漏らす。
そんな彼に呆れつつ、小羽は彼の任務に同行するためにいつものように雀の姿になろうとした。
「――あれ?」
「……どうしたの?」
「……嘘。雀に変化できない?」
「えっ!?」
茫然とした様子で呟かれた言葉に、善逸はサッと顔を青ざめた。
「えっ?えっ?どうして!?どこか悪いの!?」
「……分からないわ。さっきから何度も変化しようとしてるんだけど、どうしてもできなくて……」
「ええっ!?」
突然のことにどうしたらいいのか分からずに困惑した声を上げる善逸。
しかし、当の本人の小羽もそれは同じで、何故こんな事になってしまったのか分からずに戸惑っていた。
「……これじゃ任務に同行なんて無理ね。兎に角、善逸くんだけでも任務先に向かって。鎹鴉には黒姫を代理でつけるから。」
「ええっ!?何言ってるのぉ!!?こんな状態の小羽ちゃんを置いていくなんてできないよぉ!!」
「私なら大丈夫。ちゃんとしのぶさんやお兄ちゃんに相談するし、心配ないよ。」
「でも……」
「ほら!そんな顔しないで!善逸くんは一人でも多くの人を助けてよ!柱でしょ?」
心配そうな善逸を安心させるように、小羽が元気よく善逸の背を軽く叩きながらそう言うと、彼は渋々ながら頷いた。
「夜までには戻るからね!!ぜっったいに無理だけはしないでね!!」
「大丈夫だよ。ありがとう。」
「うう……じゃあ、行ってくるね。」
「行ってらっしゃい。黒姫、善逸くんのことお願いね。」
「カーー!」
小羽の言葉に任せろと言いたげに元気よく返事を返す黒姫。
彼女に導かれるように、善逸は後ろ髪を引かれる想いで任務に向かうのであった。
*
「うーん、特に体調に問題は無さそうですね。」
「そうですか……」
あれからすぐに蝶屋敷に向かい、事情を知ったしのぶが小羽を診察してくれた。
しかし、彼女曰くどこにも異常は見られないらしい。体調にも問題はなく、特に病気の疑いはない。鬼による血鬼術の可能性も考えられたが、そのような感じもなく、しのぶですら原因が分からなかったのである。
「一体どうしてこんなことに……小羽、何か変なことしてないか?」
「変な事って?」
「いつもと違うことしたとか……何でもいい。心当たりないか?」
「あったら言ってるよ。」
「……だよな。」
小羽の言葉に清隆は険しい表情をする。
しのぶとあーだこーだと色々と思いつきそうな仮説を話し合ってみたが、一向にこれと言った原因が分からなかった。
「うーん、もしかしたら鎹一族に関係があることなのかもな。俺、今日里に帰って長に相談してみるよ。」
「他に思い当たることもないし……お兄ちゃん、お願いできる?」
「ああ、任せとけ!夜までには帰るさ!」
こうして原因不明の現状をどうにかする為に、清隆は鎹一族の里へと向かうことになった。
残された小羽は不安を抱えたまま、一人家で待つことになったのである。
**************
善逸は走っていた。
任務を早急に終わらせ、神速のごとく全速力で走り抜ける。
一刻も早く家に帰りたかった。それだけ愛する妻が心配だったのだ。
いくら任務の為とはいえ、あんな状態の妻を一人置いてきてしまったことを善逸は後悔していた。
きっと今頃不安になっているかもしれない。早く帰って傍にいてやりたい。
善逸は家が見えてくると、勢いよく玄関の戸を開けて飛び込む勢いで家の中に駆け込んだ。
「小羽ちゃん!!小羽ちゃん大丈夫!!」
「わっ!びっくりしたぁ~……善逸くん、おかえりなさい。そんなに慌ててどうしたの?」
汗だくになりながら急いで帰ってきた善逸に驚いた様子で出迎える小羽。
小羽は居間でのんびりとお茶を啜っていた。その元気そうな様子に、善逸はほっと胸を撫で下ろす。
「よ、良かった……あれからどう?」
「んー、全然ダメ。何度か試してみたけど変化できなかった。」
「……そっか」
明らかに落胆したようにがっくりと肩を落とす善逸。自分よりも心配してくれる彼に苦笑すると、小羽は柔らかく笑いかけた。
「善逸くんの方がずっと不安そうだね。」
「小羽ちゃんは何でそんなに冷静なの!?」
「何でって……だって、善逸くんが私以上に不安になってくれて、心配してくれるから……なんだか逆に落ち着いちゃって。ふふ。」
「も~~!!小羽ちゃんは~~!!」
こんな状況なのにクスクスと可笑しそうに笑う小羽に善逸は困ったように苦笑すると、ぎゅっと包み込むように抱き締めた。
「……心配してたんだよ。ずーと。」
「……うん、ありがとう。」
「――なあ、そろそろいいか?」
「きゃっ!」
「おわーーーーーー!!!!!????」
ちょっとしんみりとしていた頃に、不意にどこからともなく聞こえてきた第三者の声に小羽は小さく悲鳴をあげ、善逸は全力で叫び声をあげた。
そこにはいつの間に入って来たのか、清隆があっけらかんとした態度で立っていた。
「よっ!」
「おお、お兄ちゃん!?いつの間に!」
「おおおおお!!驚かすなよ!!ビックリしたじゃんかぁぁぁぁ!!入って来るなら一言言えよ!!」
「いや、声掛けたけど反応無かったし。なんかいい雰囲気だったから邪魔すんのもあれかと思ったけど、早く話しておいた方がいいかと思ってな?」
「ああ、何か分かったの?やっぱりこの原因って、鎹一族が関係してたりする?」
「……へ?」
朝から任務に出ていた善逸は話が見えないようで、不思議そうに首を傾げた。
そんな彼に小羽は簡単に説明しつつ、兄に続きを言うように促した。
すると清隆は急に真剣な顔つきになった。
何か良くないことでもあったのかと、小羽と善逸がゴクリと喉を鳴らして神妙な顔つきで話を聞く。
「単刀直入に言うとな。小羽、お前……妊娠してるぞ。」
「「……は?」」
清隆の言葉に、小羽と善逸の声がハモった。
二人して清隆の言葉が一瞬理解できなかったようで、きょとりと不思議そうな顔をされた。
そんな二人を無視して、清隆は言葉を続ける。
「叔母さんに聞いてきた。鎹一族の女性は身篭ると、その瞬間から変化できなくなるらしい。
鳥との間に身篭ったなら人間に戻れなくなるし、人間との間に身篭ったなら鳥に変化できなくなる。
本来なら母さんから教わることだったのを、俺も小羽も教えられる前に両親を失ったから、ずっと知らなかったんだ。」
「えっ?えっ?」
「ちょっと待って!?待って!!」
「あっ、因みに変化できなくなるのは妊娠期間中だけらしい。子供を産めばまた変化できるようになるってよ。」
「えっ……私……妊娠したの?」
「いや、だからそう言ってるだろ?今朝から変化できなくなったって言ってたから、つまりは……昨晩やったからだな。」
「……っ」
兄に昨晩、夫婦の営みをしたことがバレて、気恥ずかしくて顔を真っ赤にする小羽。
でもそれ以上に、自分のお腹に子が宿ったことが信じられなかった。
無意識に腹をそっと撫でる。まだ膨らみのない平らなお腹。
だけど確かに命が宿っている。それも愛する夫の子。
ずっとずっと家族を作ってあげたいと思っていた人との子。
大好きな善逸と自分の子。
今この瞬間にも、その命は自分の中で育っている。
そう思うと、急に嬉しさと愛おしい気持ちが湧き上がってきた。
「私と……善逸くんの子。」
「う……うわぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああん!!」
「善逸くん!?わっ!!」
小羽が現実を確かめるように言葉にした瞬間、善逸が突然叫び出した。
そして小羽に抱きつくと、彼女の体を持ち上げたのである。
突然子供のように抱き上げられて、小羽は混乱した。
「ぜっ、善逸くん??」
「うおおおおぉ!!ありがとう!!ありがとうございます!!小羽ちゃぁぁぁん!!俺、すっっっごく嬉しいよぉおぉぉ!!」
涙も鼻水も、顔から出せるもの全部出してわんわんと泣きわめく善逸。
小羽を強く抱き締めながら、何度も何度も「ありがとうありがとう」とお礼を言い続ける。
相当喜んでくれていることが全力で伝わってきて、小羽はとても優しい気持ちになった。
――ああ、私は本当に幸せだなぁ
不意にそう思った。善逸と結婚してから、彼には沢山の愛情を注いでもらった。
とても幸せな日々だった。二人っきりの日々もとても幸せだったけれど、この人をもっと幸せにしてあげたいと思っていた。
生まれてすぐに親に捨てられ、実の親の顔も名も何も知らない。親の愛情を知らないのに、自分よりも他人を優先して優しくできる善逸は、ずっとずっと家族を望んでいた。
血の繋がった幸せな家族を夢見ていた。それが、やっと叶えてあげることができる。
じんわりと小羽の中に優しさと、喜びと、愛おしい気持ち、母性、色んな温かな気持ちが溢れてきた。
自分以上に身篭ったことを全力で喜んでくれている善逸に、やっと自分が母になるのだとじんわりと自覚してきて、目にうっすらと涙が浮かんだ。
嬉しい気持ちでいっぱいなのを善逸に伝えるように、小羽は善逸の背に手を伸ばしてぎゅっと抱きついた。
「……嬉しい。」
「俺も!!俺も嬉しいよ!!」
「うん!」
「俺、俺!!絶対良い父親になる!!小羽ちゃんを幸せにする!!」
「うん!私も……良い母親になる!善逸くんを幸せにしたい!」
「俺はもう十分すぎるくらい幸せだよ!!怖いくらい幸せだよ!!」
「それなら私だって!!善逸くんのお陰で毎日とっても幸せだよ!!もっともっと幸せにしてあげたいよ!!」
「やだ!!俺の奥さん可愛すぎない!!?天女も顔負けの可愛さなんだけど!!?とっっくに知ってたけどね!!?」
「もう!いっっつも善逸くんは大袈裟だよ!」
「本心だよぉぉぉぉぉぉ!!」
(……俺もいるんだけどなぁ~……)
すっかりその存在を忘れ去られた清隆は、目の前でイチャつく夫婦を眺めながら、呆れつつもとても嬉しそうに微笑んだ。
小羽と善逸はお互いにとっても幸せそうだ。
これからは新たに増えるであろう家族と、もっと幸せになっていくことだろう。
清隆はそんなそう遠くない未来に訪れるであろう幸せな日々を想像して、微笑むのであった。